三話 今後
屋敷の内装は意外にも普通だった。所有者があれだから、とことん奇妙なものを予想していた。果てしなく続く廊下には所々、綺麗な花が印象深くその花弁を開いていた。
「案外普通だな」
『最初はあの方の御意見が採用されかけたのですが、御客人や来賓の方々のことが優先されました』
「あいつのの趣味で決まらなかったのか。良かったな」『はい、本当に』
最後の言葉に力が籠っていた。悪魔の中でも特殊とは、一体どんな感覚を持っているのか。知ったこっちゃないし、知りたくもない。
『此処だよ』
「何だこの部屋」
『コウノスケ様のお部屋でございます』
かなり広い。一人で扱える範疇を超えている。様々な家具が置かれているが、この部屋では小さく感じる。家具もそれなりの大きさがある筈なのだが。元の世界のどんな大富豪でも、このような部屋での待遇はないだろう。
「あほなのか?」
『失礼な。勉強や睡眠、娯楽やそのほか大半を此処で済ますんだ。これでも狭いかもしれない』
「分割って言葉知ってるか?」
『私は一括という言葉の方が好きだな』
皇輔は何を言っても無意味なのだと悟り、話を次の段階に進める。
「で、俺は何を学べばいいんだ?」
『コウノスケ様には基本的な悪魔等の、知識や常識を学んで頂きます』
『後は礼儀作法や戦闘能力の向上も頑張ってもらおう』
果たして彼等は最終的に自分をどうしようとしているのだろう。あれか?オカルトにやたらと詳しい怪しい変人になれというのか?残念ながら、そういったものにに興味がない訳ではないのだが、変な奴になるのは勘弁だ。
「まぁ、いいや。どうせ俺には選択権はないからな」
『諦めが良いのは美徳だね』
「誰のせいでこうなったと思っている?」
『成長というものは素晴らしいね』
此奴と出会ってから、ため息ばかりだ。もう少し休んでも良いんじゃないか。皇輔がそんなことを考えていると、ラーンドが豪奢な机を持ってきた。その大きさは殆どが無駄なのではないかと思う程大きく、赤い布や輝く金銀で覆われている。
「誰からの贈り物だ?」
『何を仰っているのですか?こちらの机は、コウノスケ様のお勉強机になります』
しまった。此奴も阿保だ。こんな気を散らせる為だけに作られたような机で、勉強しろと言っている。今迄会った中で、かなりまともな方だと思っていたのに。というか、何故あの部屋を選べる美的感覚を持っていて、この机を選んだのか。皇輔は疑問に思えて仕方がなかった。
「もう少し質素な机はないのか?」
『有りますが、黒一色ですよ?』
「それで良いから」
『畏まりました』
素早い動きで机を取りに向かった彼を横目に、ガタリに顔を向けると、化け物の顔から、人間の顔に変化していた。かなり端正で、甘いマスクの美男爵みたいになっている。何だろう。ムカつくな。
「人間に成れるのか」
「此方の方が、生活しやすいんだ。あの世界では敵対者が多いから、全力を出せるあの姿でいたのさ」
顔面だけでなく、声までも心地良いものになっている。恐らく、大多数の女性から耳を塞ぎたくなる位の黄色い悲鳴が上がるだろう。仮に一流の美形男性俳優が五だとしたら、二十五という数値が叩き出せるであろう顔面が他人の不愉快さを引き出す様に、にやけている。沸々と殺意が湧いてくる。もう、消し飛べ。消し飛んで仕舞え。彼女でさえのいたことのない独り身の怨みを思い知れ。
「さて、ラーンドが戻ってきたら早速勉強だ」
「どの位までに、終わらせればいい?」
「そうだな、、、期限は明日にしよう。まずは魔界語に、魔界歴一章から六章。悪魔作法についてや、悪魔の在り方についてなどに体力作り。更には先程言っていた悪魔生態学第1科目から第十三科目と、ニンゲンの扱う秘術についても学んで貰おう。おっと、神についても触れなくてはね。後は知り合いに連絡を取って、特殊な経験もさせようと考えて「ちょっと待った」、、、ん?」
此奴は果てしなくおかしいのか?例え、どんなに厳しい家庭教師でも、塾の講師でも、こんな日程は組まない。そんな調子では、体を壊すに決まっている。とてもでは無いが、一日にも満たない時間でその量はどう考慮しても無理だ。
「はっはっはー。、、、ニンゲンはね、限界を超えると笑いが止まらないらしいよ」
それはギリギリの人間のそれだ。そんな領域に入りたくはない。魔界で気狂いになっちゃった♡は、笑えない。
「まあ、やるしかないね」
「本当にやるのか?」
「時間がいくつあっても足らないんだ。さっさと終わらせよう」
余りにも重過ぎて動かない足を無理矢理引き摺られていく少年の顔は、大層ひどいものだった。
「終わりました、、、、」
「うん。お疲れ」
動きを止めた両腕両足は、今日は復活しないだろう。全身の体力が埃一つ残さず出て行ったところで、全ての学習を頭に叩き込み終わらせた。とにかく寝たい。幸い、最後の作業は自分の部屋だったので、直ぐに寝られる。
「いやいや。本当に一日で終わらせてしまったね」
「あなたにやれと言われたのですがね、、、」
「いやいや、私に対する態度も大分変わったね。背中がむず痒いよ」
「教鞭を取ったのがラーンドさんでしたからね。徹底的に教えられました」
やけに型にはまった教師だった。威圧感があって、心配にもなったが、丁寧な教えだった。そのおかげで、慣れない言葉遣いも一日目だが、しっかりと使い熟せている。自分で言える位、不自然がない。又、これからの行動・目的についても知らせてもらった。
「神と世界の存亡について、話し合う?」
「少々大袈裟だよ。少し今後について話すだけだよ」
「未だ大分先だしね」と、にこやかに笑うガタリだが、皇輔としては全く笑えない。悪魔ときて神とは、ここ数日の体験が濃密過ぎて、脳がパンクしそうだ。それに、神とそんなに軽く会えるものなのだろうか。神職が祝詞を唱えてだの何だのするんじゃないのか。説明を受けた限りはそんな話は聞いていない。神と何かパイプがあるのか。
「ガタリは悪魔の中ではどの様な位置付けなのでしょうか」
「私かい?上から数えて十二番の中には入るよ」
中々の実力者らしい。それはともかく、神とはどんな姿形をしているのだろうか。本などで語られるように、人間に近いものなのだろうか。悪魔みたいな姿をしていたら嫌だな。人肌恋しいではないが、化け物は流石に見飽きた。一生分見たんじゃないか?
「化け物とは人聞きの悪い」
「間違いではないでしょう?」
「、、、ところで、その言葉遣いはいつまで続くんだい?」
「お気に召しませんでしたか?」
「何と言おうか、不自然極まりないね」
変えさせたのはあの執事なんだけど。まあそれは兎も角、そろそろ悪ふざけも切り上げるとしよう。
「こんな感じで良いかな」
「嗚呼、是非そうしてくれ。ゾワゾワする」
「ガタリ様、コウノスケ様。御食事の御時間ですよ」
「おや、それでは行くとするか」
「あぁ。そういや夕飯があったか」
丁度腹が減っていたので、少し急ぎつつ重い体のまま食堂へ向かう。食堂は壁紙が赤、床に横たわっている石版は青がかった紫だ。何とも食欲を湧かせない色合いだ。今度の選色は、ガタリだ。食卓は純白の布に覆われており、木の匂いがすることから、その下には使い古された木製の机が値打ちものであることが、容易に想像できる。
「今日の料理の説明を」
『はい。前菜は新鮮な野菜を使ったサラダに鋼鉄の塩を振って五年ねかせたものを。主食には先日偶然にも捕獲した橙蝙蝠の羽と、此方も希少な一角獣の眼球、肋骨肉をふんだんに使用する肉団子。最後は真実の破魚、苦味のある備長炭を盛り付けたデザートもございます」
待てや。あからさまに人間が食べちゃいけないものが入ってただろ。知ってる備長炭でさえ食用の物体じゃないんだが。それ以外も自分が耳にしたことがないものは全て、魔界原産の食糧だろう。絶対に体に悪いものが五、六個入っている。皇輔は確信していた。
「美味しそうだね。所で料理長君、声をニンゲン寄りにしてくれないかな」
『はい。こんなものでどうでしょうか?」
「いや、そこは突っ込みどころじゃないよ」
ガタリは首を九十度傾け、困った顔を見せる。悪魔基準で話を進められると、既に瀕死の体へ止めを刺してしまうことになりかねない。どうかやめてほしい。
「そうかい?どれも高級で、一生に一度しか食べる機会がないかもしれないものばかりだが」
備長炭は高級ではないし、一生に一度でも食べたいとは思えない。流石に受け入れ難い。第一、この世界に備長炭という存在があることに驚いた。悪魔も野宿などをするのか?
「悪魔召喚の儀式に使われるだろう?それ繋がりさ」
「私達魔界の悪魔は、ニンゲンにとても興味があります」
「人の欲望は何故止めどないのか?何故そのまま食した方が効率的な食材を調理するのか?何故悪魔を敵対視するのか?」
「そういったことを、ニンゲンと同じ様な生活を送ることで学んでおります」
悪魔はそんなことをしているのか。やけに人間に近い生活をしているとは思ったが、まさかそんな背景があるとは思わなかった。学術的な欲望が強いのか?まぁ、欲望の権化である悪魔に欲の強いも弱いもないか。そもそも、そんなことを知った所で活用可能な知識とも思えないな。皇輔の興味はすぐに他へ移った。
「あれはなんだ?」
少し霞んだ硝子窓から透けて見えるそれは、大きな城のようだった。本当はそっちがガタリの実家なのではないかとも思える程に。
「おいおい。私にはあれは合わないよ」
「何を言うか。魔王の癖に、謙遜が過ぎるんだよ」
そう、身分が高い奴だとは薄々気づいていたが、ラーンドに教えてもらってはっきりした。彼はこの魔界を統べる王、、、、の一端らしい。まぁ、馬車の下り辺りから予想はしていたが。一端というのも、彼はこの魔界を統べる魔王という団体の一人?一体?らしい。遡ること遥か昔、十二の悪魔が魔界の王座を巡り、毎日の様に戦闘を繰り返していた。ある日、気づいた。『魔界を十二等分したら、万事解決するんじゃないか』と。彼等はこの競争に飽き、疲労していた。それから、十二等分した魔界を各々統治し、全員が魔王を名乗り、現在に至るというのが魔界歴六章までのあらすじ。
「いや〜。あの頃は凄かったなぁ」
「聞いた限りだとえげつない事しかしてないんだけど」
「あはははは」
彼は笑っているが、人間にも大きな影響を与えているのだとか。歴史に残る大事件は大抵が彼等の仕業だったり、辿りに辿ると彼等が関係しているらしい。
「こんなことより、あの建物は何なんだ?」
「界立育成学園だよ」
「なんじゃそりゃ」
「行ってみればわかる」
「は?」
「君にはあそこへ編入してもらうから」
一言も聞いてない予定が投げ入れられたんだが。今すぐ此奴を窓から放り投げてやろうか。皇輔はそう思った。確かに、ある程度の知識はあの地獄で叩き込まれた。しかし、周りの奴等の実力がどの位なのか不明でいきなりその中へ入れられる。そのことがどれだけ自分の胃に、無数の傷を与えていくのか。ガタリがそこの所を理解して発言しているのか。それだけが、皇輔の現在知り得たい情報だ。
「大丈夫さ。悪魔ばかりではないし、ニンゲンもいる。きっと普通では体験不可能なことが待っているよ」
何のフォローにもなっていない。彼の普通は、自分とはかけ離れているから当てにならないし、待っているといっても、皇輔の頭の中には待ち伏せしている映像しか流れない。
「大丈夫。種族間の戦闘能力に差が出ると思ったから、私と契約を結び、君の能力を引き上げる予定だ」
何が大丈夫なんだろうか。何処に魔王を連れた生徒がいるのか。いや、いない。いてたまるか。第一、契約ってなんだ。一昔前の魔法少女か。魔法少女でも悪魔とは契約しないわ。
「大丈夫。私はたまにしか力を貸さない。面白、、、ゥヴン!、、、君のこれからに繋がらないからね」
おい、今面白いって言いかけたぞ?此奴性格がネトネトした排水溝みたいに陰湿だな。
「まぁ、なんだ。頑張って私の相棒となってくれ給え」
「まぁ、、程々にやるよ。相棒ってなんだ」
神だの入学だの言って、その後は夕飯を食って寝た。それはもうぐっすりと。そんな感じであの大事件とは裏腹に、不思議な感じで俺の学園生活は始まりへと向かっていった。というか、自然と向かわされる羽目になってしまった。
これから、魔界→神々→??????と、なっていきます。因みに、タグにある異世界は皆様が思い描いているものとは少し違うかもしれません。結構後になりますが、ご了承ください。