ヌーディストビーチにて
海でビニールのボート型の浮き輪の上に寝転んで、波が来るままに遊ばれていた。
日差しは鮮烈で、海は青くどこまでも透き通っていた。
文句のないバカンスだった。
浜に目をやると無数の人、人、人。
もっと少なくてもいいと思うが、こればかりは仕方ない。
プライベートビーチを持てる身分でもないしなあ。
波の音に混じって、なにか聞こえてくる。
もしや誰か溺れたか? と周囲を見渡すがそれらしい様子はない。一番近いカップルまで数十メートルは離れていた。
気のせいか。
しかし、確実になにかが聞こえてくる。
それも次第にはっきりと。
「ーーーーかーーー」
低い怨嗟を孕んだ声だった。それだけは分かる。
「柄杓貸せー柄杓貸せー」
俺の浮き輪の回りに海面から無数の蠢く手が浮き上がってくる。
その手はどれも血の気がなく青白い死人の色をしていた。
ああ、なんだっけか? 底が抜けた柄杓を渡さないと船に柄杓で水入れられて沈められるんだっけか?
ボート型とは言え浮き輪をどうやって柄杓で沈めるんだ? という疑問はあったが俺はとりあえず海パンをずらして、
「ほいよ、柄杓」
と亡者の手にちんこを握らせた。
マノフィカ。
亡者はきゃっ、と生娘のような悲鳴を上げていなくなった。
勝った。
そのあと、ライフセイバー兼監視員の人になんでちんこ出してるんだ、とめちゃくちゃ起こられた。
次の年、俺はとあるヌーディストビーチでバカンスを楽しんでいた。
もちろん全裸で。
なんたってヌーディストビーチなのであるから、みんな全裸だ。ライフセイバー兼監視員の人だってちんこふりふりだ。
砂浜をちんこふりふりで歩いたって怒られたりしないのだ。
去年と同じようにボート型の浮き輪で俺は波に遊んでいた。
ちんこに当たる夏の日差しが鮮烈過ぎて痛い。
ちんこにもサンオイルを塗るべきだったか。しかし、先端は粘膜じゃん。粘膜にサンオイル塗るのはいかがなものか。
塗るべきか塗らざるべきか、それが問題だ。
そんな葛藤に苦しんでいると、なにか聞こえてくる。
「ーーーーーかーーーー」
低い怨嗟に満ちた亡者の声だった。
「柄杓貸せー柄杓貸せー」
またかよ。
「はいはい、柄杓柄杓」
今年は海パンずらす手間もいらないぜ。
海面から突き出る亡者の手にちんこを突き出す。
するとちんこが物凄い力で引っ張られ、俺はきゃっ、と生娘みたいな声を上げて海の中に引きずり困れた。
海はどこまでも青く澄んでいた。
そのせいで亡者の姿がはっきり見えた。
さすがヌーディストビーチ、亡者もちんこふりふりだった。
水面を目指して必死に足掻く。けれども亡者はちんこを離さず、俺は水底に落ち込んでいく。
俺が吐いた息だけが泡になって水面に逃げていく。
死が近づいてくる。
俺もこの青白い亡者どもと同じように、
「ちんこ貸せーちんこ貸せー」
と怨嗟の呻きを漏らしながら、生きている人間のちんこを掴んで海中に引きずりこむようになるのだろうか。
永遠に。
ああ、神様!
せめて、せめて。掴むのはちんこでなくて、おっぱいで。
それきり俺の意識は海の底に溶けていった。