蒲公英色のハツコイ。 episode7
「…空藍!おーい!聞いてんの?」
「…っあ、えっ?ごめん…聞いてなかった…。」
高校から入った友達、橙珠(オカメインコ)に何か言われたが、空藍は朝の一件のことが気になって上の空だった。
「…っおい…お前、今日なんか変じゃね?」
(…それどころじゃないんだよっ。あ〜先輩なんて言おうとしたんだよ…っ!)
「…あ〜、もう…っ!」
空藍は無意識に声が出ていた。
「…っびっくりしたぁ。どうしたんだよ…っ!お前やっぱなんかおかしくね?」
話しかけているのに全く反応がない。
それでもなお、ため息をつく空藍に橙珠はこれ以上声を掛けるのを諦めた。
「こりゃだめだ…。なぁ雪樹、空藍がなんかおかしいんだよーっ!ぼぉーっとしちゃってさぁ。なんか聞いてる?」
橙珠が慌てふためいているのを呆けながら見ている雪樹(シマエナガ)は中学から空藍と仲が良く、親友である。
「お前ならなんか分かるだろ…っ。俺より付き合い長えんだから。」
「えー、大丈夫じゃない?それよりさぁ、僕、ほんと眠い…。」
「お前なぁ…。友達がなんか様子がおかしいのに呑気過ぎんだろ…っ。」
「…ん、眠いよー。前にもあったけど大したことなかったから大丈夫じゃない…?」
「…はぁ、お前に聞いた俺が悪かった。早く寝ちまえ…っ!」
橙珠は、本当に空藍と雪樹が仲がいいのか疑心暗鬼になった。
「なぁ、空藍。なんかあったら俺らに言えよ!あーまぁこいつに言っても無理かもだけど…。」
橙珠は、気持ち良さそうに机に顔を乗せる雪樹の頭を軽く叩きながら空藍に向かって言った。
「…うん。ありがと。大丈夫だから…、心配掛けてごめん。なんて言うか、人に話を途中でやめられてモヤモヤする〜みたいな…だから、大したことないから。」
「あっそ、なんならいいけどあんま心配させんなよ。」
「うん。なんかごめん…。」
空藍はもちろん心配を掛けたことに謝まったが、橙珠の話を全然聞いてなかったことにごめんと言った。
(気になって仕方ないけど、今聞きに行くのは変だし…あー早く部活なんないかなぁ…。)
お昼休みが終わる頃の空藍の頭の中は、蒼生の話の色に染まって、意識までグラウンドの方に向いていた。
("お前って、かわいい……")
("いや、お前の場合は…")
蒼生が発した一言一句が耳に共鳴して、頭の中を行ったり来たり、その言葉の音は少し痛いぐらいだった。
「さよーならっ!」
「おつかれさん…っ!」
「う〜つっかれたぁ…。お、じゃな…っ!」
結局、今日の部活は終わってしまった。
空藍は蒼生に朝の一件を話すタイミングを逃したのだ。
(…っなんで、俺ってば聞かなかったんだよ…っ!あー最悪…。)
教室にいた空藍の顔よりさらに浮かない顔がそこには出現していた。さすがに酷い顔をしているので、帰り際に部長に声を掛けられた。
「おいっ、どうした?雉藤。」
「…っあ、福先輩、お疲れ様です。すみません…なんでもないですから。」
明らかに何でもあるような顔をして返事をするので、福はため息をついた。
「…はぁ、お前なぁ、てい…っ!」
「…っいった…っ!ちょっ、いきなり何すんですか…っ!」
空藍は福に小突かれ、額をさすりながら抗議した。
「…ったく、元気あんじゃねぇか。お前が嘘ついてっからだろ。…どした?なんかあった?」
言ってみ、と言われて空藍はその重い口を開いた。
―そう言う事か。空藍は昨日の出来事を洗いざらい福に話した。
空藍の話を聞いた福は少し驚いた顔をしていた。少し間を置いて福は蒼生のことを話し始めた。
「あいつってさぁ、かっこつけだろ…。」
「…はい。まぁ、そうですね…なんか、ちょっと子供っぽいとこもあるような感じがします。」
「…っだろ。や、お前の言ってることは正しいよ。あいつは子供だ。」
「蒼生先輩は、昔からああなんですか?」
「…ん〜そうだな、あいつは気づいてないみたいだけど、だんだんあいつが有名になって周りの目とか結構気にするようになってな。人の顔色伺いながらやってる感じがする。」
「…そう、なんですか。」
空藍は意外に思った。
(先輩って人のこと外面しか見てないと思ってたけど、顔色伺ってんなら俺のこと見て…っいやいや、何言ってんだ俺…っ。)
「…まぁ、普通そうなったら成績不良になるけどな。でも違う。あいつの凄いところってそういうとこだろうけどな。」
「そ、そうですよね。凄いメンタルだと思います…。」
「…ん、だから雉藤…っ!あんまりあいつに振り回されんな。なんかあったら、俺に直ぐ言えよ…。でも、あいつ何言おうとしたんだろ…?気になんな。」
「…そうなんですよ。意味わからないですよね。」
「お前、それ、聞けなかったんだよな。俺が聞いといてやろうか?」
「…でも、そしたら、直接聞けって言われそうだし…今、福さんから蒼生先輩の話聞いて、先輩のこと悪く思いすぎかなって反省しましたし…。」
「…でも気になんだろ?大丈夫、そう言われないように聞いといてやる。聞き辛いのはわかるからさ…。」
(…確かに、福さんに聞いといてもらう方がちゃんと話してくれるかも…。俺だとまた誤魔化されそう…。)
「じゃあ、お願いします…。あの…聞き出せなかったらそれでいいですから。」
「りよーかい…っ!ま、あいつの事だからどうせ大した事じゃねぇとは思うけど。」
「ありがとうございます…っ!」
空藍は一安心したのか、急に表情が明るくなり、大きな声でお礼を言った。
「…っおうよ。お前はさ、あいつの事どう思ってんの?」
空藍は不意を食らった。いきなりそんな事を言われて動揺した。
(…俺が、先輩のこと、どう思ってるか…なんて、そんなの…分からない…。でも、尊敬はしてる。かっこいいし、やさ、しいし…。だから俺は、先輩をどう思ってるんだ?)
空藍は必死で答えを見出そうとしたが、尊敬以外の感情が何なのか分からなかった。
「…尊敬、してます。それだけですよ…。」
「…そっか、良かったなあいつがペアで。」
福は少し目尻を下げ優しい笑顔で空藍に目を向けた。
けれど、少しおかしそうに笑ってるようにも見えた。
空藍は福と別れ、軽い足取りで校舎の間を抜けて校門まで歩いて行った。
(そういえば、福さんなんであんなこと聞いてきたんだろ?別に俺が蒼生先輩のことどう思おうが勝手なのに…福さんは部長だから先輩のこと気にかけてるのかな?…まぁ、いいや。考えても仕方ないって福さんも言ってたし…っ。)
空藍は不思議と福の言ったことに対してはあっさりと考えるのをやめ、気にする素振りすらなかった。それ以上に、蒼生のことが解決するかも知れないという不確かな希望で胸を躍らせていた。
(お願いします…っ!どうか、先輩がなんて言ったか分かりますように…っ!)
空藍は校門を出た所で、福が帰った方向に願掛けでもするかのように頭を下げた。
学校の周りの閑静な住宅街は一つ二つと灯りがともり、夕食の匂いがしてきた。
空にはうっすらと三日月が微笑み、急ぎ足で帰る空藍をその優しい光で包み込んでいた。