蒲公英色のハツコイ。 episode6
「…っしゃ!あともう1セットなぁ〜。」
(…うぇっ!まだやんの…っ、すごいな先輩…。)
蒼生は、言葉通り特別で過酷な練習を空蘭に強制した。
「はい…っ!」
空蘭は感心しながらも内心、練習に付き合うと言ったことを後悔していた。それでも真剣な蒼生に応えようと、威勢良く返事をした。それを見て蒼生は、満足そうな顔をする。いつもはクールな顔をしているのに、顔がくしゃっとなって子どものような笑顔を向けられると、空蘭は少し気恥ずかしいような気がした。
(そうそう、この笑顔…ギャップ萌えってやつ…?)
空蘭は単純なのだろう。どんなにきつい練習でも、これさえあれば頑張れてしまうのであった。
「…っおい!雉藤、何ぼぉーっとしてんだ?」
「えっ?あっ、すみません。聞いてませんでした…。」
「…ったく。なんも言ってねぇけど、お前たまに意識飛ぶよなぁ。」
「すみません…っ!」
(…ふっ、かわいい…。)
「…っえ!?先輩今なんて?」
「だから、なんも言ってねぇって。」
空蘭ははっきりと蒼生の言葉が聞こえなかったが、自分のことを言ってるのはなんとなくわかった。
「…っお前ってさ、兄弟いんの?」
蒼生はつい口に出してしまい照れ隠しなのか、どうでもいいような質問をした。
「えっと、うちは4人家族で10歳上の姉がいます。」
「へぇ〜、けっこう年離れてんのな。」
「はい!なんでいろいろ俺は甘やかしてもらってます。お小遣いとかくれたりして…それに勉強も、銀翼高校出身で…。」
(…うっ、ちょっと喋りすぎたかな。)
事実、空蘭の姉、茶々はとても面倒見のいい優しい人だ。空蘭はつい姉の自慢をしてしまい、自分の年齢に合ってないことを言ったことを後悔した。
(こんなこと言ったら、俺が姉ちゃん大好き…みたいな…。)
「へぇ、凄ぇな、あの銀翼だろ…、進学校の。」
「…姉弟揃って優秀かぁ…姉ちゃんは?お前と一緒でハト?」
(…えっ?先輩なんで俺の成績のこと…知って…っ?)
「…えと、姉はヤマドリですけど、なんで成績のこと知ってるんです…?」
「…成績?そりゃ噂流れてきてっからな。そっか、姉ちゃんヤマドリか。そりゃ美人だな。」
「…う、噂ってなんですか!?」
(噂ってなんだよ…っ!?聞いたことないけど!?)
空蘭は身に覚えのないことを言われて動揺した。
「てめっ、知らねぇのか?凄ぇ奴が一年に入って来たっての。」
「知りませんでした…。」
「はぁ〜鈍感だなぁ…ほんと、変なとこ鈍いっつうか…まぁそういう所がかわいいけどな…。」
(またかわいいって…なんなんだよ…。)
心の中ではそう思いながらも、いちいち反応していたらもっとからかわれると思った空蘭は、蒼生の言ったことに何も反応しなかった。
「…あの、なんで姉のこと聞いて来たんですか?」
「いや、そりゃお前に似てるならちょっと見てみたいなぁ〜的な?」
「意味わかりませんけど…?」
「…あっ、分かりましたよ、そんなこと言ってあわよくば付き合うみたいな?あいにく姉は婚約者がいますんで…年上の人がいいなら他を当たってください。」
(…ふっ、先輩が他人のことを聞くなんてこれしか理由ない。告白する前に振ってやった…っ!ざまぁ見ろ。この節操なし…っ!)
空藍は頭の中で意地の悪いことを考えながら、蒼生を馬鹿にした。
「何言ってんだ?…お前って想像力?あっ妄想力?長けてんなぁ…。」
口で蒼生に勝てるはずもなく、空藍は白旗を挙げざるを得なかった。空藍はこんな恥ずかしい思いをするなら何も言わなければ良かったと、ちょっとでも意地の悪いことを考えた自分を恨んだ。
「…んじゃあ、なんで、姉のこと聞いたんですか?」
空藍は、不貞腐れながら蒼生にもう一度聞いた。
「いや、だから雉藤に似てんなら男女関係なくかわいいだろうなって…それだけだ。」
「…いや。俺別に可愛くないでしょ、どこからくるんですその考え…。自分で言うのもなんですけど、俺けっこう筋肉ついてるし…。」
「…いや、なんつーかかわいい。」
「…根拠もないのにかわいいって言ってるんですか?」
(バカじゃねぇの…っ!全然俺なんか先輩の射程範囲内じゃないじゃん。ほんと先輩って…)
「…たらしですよね。」
心の中で言ったつもりが、無意識のうちに声に出てしまった。空藍はしまったと思ってビクビクしていたが、蒼生は言われ慣れているのだろう、全く気に留めていない様子だった。
「…っんあ?俺も好みってのは一応あんだぜ?」
「…俺、先輩の好みの人と全然似てないと思うんですけど?」
「…いや、お前の場合は…」と蒼生が言いかけたが、遮るようにチャイムが鳴り、いつのまにか敷地内は生徒で溢れていた。
「…おっ、やっべ…っ!雉藤、また部活でなっ!」
蒼生は最後まで言わず、逃げるようにしてグラウンドを横切っていた。
(なんなんだよ…っ!最後までちゃんと言えよ、気になるじゃんっ…。)
空藍はむしゃくしゃしながら、自分の教室へ向かっていった。友人たちが「おはよう。」と空藍に声をかけたが、ほぼ反射的に答えただけで空藍は実際誰に挨拶しているか分かっていなかった。