蒲公英色のハツコイ。episode3
「おーい、雉藤!手伝ってくれ〜!」
トラックを挟んだ向こう側から蒼生の大きな声が聞こえてきた。先日の態度とは想像がつかないほど真面目で、むしろ部活熱心な蒼生を少し尊敬するようになっていた。
今朝たまたま先生に用事があって、早く学校に着いた。職員室前で先生を待ちながら廊下の窓に目をやると、蒼生が朝日に照らされた汗を纏いながら息を切らして練習する姿が見えた。(今日は朝練の日じゃないし、もしかして毎日練習!?じゃあ、朝練前の準備してるの先輩なのかな?)こういう時、空藍は蒼生への嫌悪感が薄れて、ただかっこいいだけの憧れの人という肩書きに変えてしまうのであった。
けれどその思考も、放課後になると消えてしまう。蒼生のまわりには必ず誰かがいる。いつまでも食い意地の張ったハイエナのように、どこからともなくやってきた生徒たちは、蒼生の周りに輪を作るのだった。
「蒼生、今日は?俺と遊ぼうよ♡」「今日は俺っしょ、なんならホテル代俺が払うけど?」
「先輩、今日は僕にして♡」「蒼生、てめぇこないだの借りかえしてもらってねぇ。」
あちこちで甘い歌と言葉が飛び交っていた。(あっ、あの人クジャクバドだ。この間ハトはビッチとかって…なるほど。)輪の中で一際目立っていたクジャクバトの白い羽は確かに妖艶で、誘い方が、そういうことに疎い空藍にも分かるぐらい上手かった。(今日はあの人かな?)ほぼ日課になっている"先輩相手予想"をしていると、意外なことが起きた。
「おい、邪魔。退け。」
きつい淡々とした声が、甘ったるい輪の鎖を一瞬で切った。
声の主はモズだろうか、鋭い眼と複雑な旋律の歌を蒼生の周りの生徒たちに向けていた。
(うわぁ、怖っ!)
空藍はあまりの威圧感に後ずさりした。空藍と同様、怖気付いたハイエナたちは黙りこくって退散してしまった。
「ふっ、チョロすぎ。」モズの生徒は、蒼生の肩を抱きながら笑っていた。
「お前なぁ、いい加減にし…」蒼生が眉間にしわを寄せながら言いかけたその時、目を細めながら蒼生の耳元で何か囁いた。空藍には聞こえなかったが、何か蒼生が脅されているような気がした。
(先輩、どうしたんだろう?あの人と何かあったのかな?)そんなことを考えながら、同時に早くどこかに行って欲しいという気持ちが込み上げてきた。
「はぁ〜。」思わず大きなため息が出てしまった。 (やばい!ばれたかも。)空藍は焦った。(先輩は良くても、モズの人怖いし、何かされたらどうしよう。)胸の音が、ドクン、ドクンと速いリズムを刻み出した。空藍は恐る恐る顔を上げた。
しかしもうそこには、蒼生もモズもいなかった。慌てて校門まで走って行ったが、蒼生たちの姿はその先の道にもなく消え去ってしまっていた。
(あれ?まだ居るのかと思ったのに…)気づかれていなかったと思うと少し寂しくなった。
「先輩に、あいさつ、してなかった…。」
目の前の夕日は、空藍の暗赤色の眼よりも、赤く輝いていた。空藍は、そのあざ笑うかのような輝きを睨みつけた。さっきより大きなため息を一つ付け足して。