蒲公英色のハツコイ。 episode1
「橙珠!おはよう。」 爽やかな気持ちのいいあいさつをしたのはこの春、飛翔学院の高等部に進学した雉藤 空藍だ。この至って普通の男の子には、ある特別な事情がある。空藍は一見どこにでもいるBランクのキジバトだが、実は、100万分の1と言う確率で産まれてくるフェイルなのだ。この事実は家族以外には知られていない。空藍は、自分の身のためにも言わないほうがいいと思っている。 フェイルは免疫力が低く、少しの風邪でも病院に入院しなければならず、幼い頃は特に不自由な暮らしをしてきた。そんな息子を両親は、少しでも外へ出て他の子と一緒に元気に遊んで欲しいと願って、スポーツ教室に入れて体力をつけさせてくれた。10歳年上の姉、茶々もよく遊んでくれていた。そんな両親や姉のおかげで、5歳になる頃には他の子と一緒に何不自由なく遊べるようになった。むしろ、同い年の子供達より元気が良く、空藍の周りにはいつも友達がいた。
「ただいま!」玄関先で、汗まじりの澄んだ大きな声が聞こえてきた。毎日泥だらけになって息を切らしながら帰ってくる空藍を母は「遅い!何時だと思ってるの!」と用意してあった濡れたタオルで泥だらけの息子を拭きながら叱った。その時の顔には、安心した気持ちと楽しそうな笑顔を浮かべる空藍に成長を感じ取って嬉しく思う気持ちが入り交じっていた。
空藍がほかの子と違うと告げられたのは、小学5年生の時だった。両親はフェイルの特質性が理解できるまで黙っていたみたいだった。空藍は、だんだん体が不自由になることにショックを覚えたが、まだ11歳の子には30歳が程遠いものに感じた。今まで黙っていたことに、両親は何度も謝ってくれたが、むしろ今まで他の子と同じ環境で育ててくれた事に感謝した。どんな顔をしたらいいのか分からなかった空藍を見て、姉は強く優しく抱きしめた。「私たちはずっと空藍の味方だから。」そう言う姉の声は震えていた。その様子を見ていた母は、いてもたってもいられずに姉と空藍の手をとって泣いていた。その時初めて不安を感じて、家族の愛に包まれながら、空藍は大泣きした。
両親は真実を伝えてもなお、自由にのびのびと生きさせてくれた。それに、陸上部の強豪校「私立飛翔学院」に憧れていた空藍を中等部から入れさせてくれた。本当に両親には、感謝してもしきれないほどだった。空藍は純粋に幸せだと思った。いつしか、自分がフェイルであることが気にならなくなっていた。
4年目の春、新しい友達もできて、草花が咲き乱れる通学路を、軽やかな足取りで歩くその青年には、まだ青臭さが残ってはいたが、暗赤色の目は自分が歩く道をまっすぐ見据えていた。