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2枚の戯曲  作者: 沖峰みきお
3/5

絵の声

戯曲を書き始めたばかりの頃、成田さんからこう言われたのを覚えている。

「いいか。戯曲ってのは、紙の上で完成させるもんじゃない。舞台で呼吸させて、はじめて命になる」


そのひと言に、演劇のすべてが詰まっている気がした。

深さ、柔軟さ、そして舞台にしかないあの得体の知れない生の気配。


舞台に立ち上がらなければ、見えないし、伝わらないし、評価もされない。

たとえそれがシェイクスピアの未発表作だったとしても。


それ以来、僕もずっとその言葉を信じて書いてきた。


では、この“絵の戯曲”は、どうだろう。

呼吸することができるのか。

誰かに届くことができるのか。



思えば、この“作品”に目を通したとき、僕は無意識にセリフを探していた。

誰が何を言っているのか、どう動くのか、感情の流れはどこにあるのか——

でも、何度も眺めるうちに気づいた。台詞は“描かれていない”んじゃない、“削ぎ落とされている”んだ。


ひとつ目の絵。

終演の礼。

舞台に立つ役者たちは、確かに言葉を交わしていない。でも、その姿勢、目線、背中の丸み、頬を濡らす涙が、語っている。


——ありがとう、楽しかった。忘れないで。


ふたつ目の絵。

少女がピアノを弾いている。女性が顔を手で覆いながら、それを聴いている。


——弾けたよ。聞こえてる?

——…ごめんね。ほんとは、ずっと聴いていたかった。


言葉なんてなかった。でも、声はした。

台詞はない。けれど、声がした。

そしてその声が、僕の中の小さな火に息を吹きかけてくる。


「……これ、舞台にできるな」


独り言のようにこぼした声を、誰かが聞いていたのかもしれない。

目の前の空気が、ほんの少しだけ変わった気がした。




「さっきの、“演じられなければ見えない”って話、僕もわかる気がします」


ぽつりと、そんな声を出したのは大鹿さんだった。

さっきまで小畑さんに押されっぱなしだった彼が、絵をじっと見ながら言葉を選ぶように続けた。


「この絵、僕なら多分、真ん中の子ども役をやりたいです。……セリフがないからこそ、動きだけで、想いをどう伝えるかって、挑戦になるなって」


その横で、馬場さんもゆっくりと口を開いた。


「“この段階では評価できない”とは言ったけれど……この作品、たぶん、台詞が書かれていたら、きっとここまで印象には残らなかった。……そういう作品って、あるのよね。私の劇団でも、演出次第で大化けする戯曲、あったし」


その場に、少しずつ別の色の煙が流れ始めていた。

懐疑と拒絶の煙だけじゃない、火の手前の——可能性の匂い。



そして、小畑が再び口を開いた。


「だからって、大賞にふさわしいって言えるのか? ただのアイデアにしか見えない。想像しすぎだろ」


僕は、小畑の視線をまっすぐに受け止めた。


「想像することが、僕たちの仕事じゃないですか?

この2枚の絵は、完成じゃない。……演劇にとっての“脚本”じゃなく、“種”なんだと思います」


「まさに火種」


そう言ったのは、大久保さんだった。

その声には、笑いでも怒りでもない、静かな熱があった。


「面白い。少なくとも、今ここでいちばん戯曲について語っているのは、横山さんですね」


僕は思わず、背筋を伸ばした。


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