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2枚の戯曲  作者: 沖峰みきお
2/5

声と煙

長方形の机を囲むのは五人の審査員。その誰もが演劇の現場に長く関わってきた人間ばかりで、僕はこの場に居ることすらおこがましく思えてきた。


一人は、大鹿ゆうたろう。

所属する劇団で脚本・演者を務め、こもった独特の喋り方がウケ、たびたびテレビドラマにも出演している

成田の灯りに当たりながら歩んできた男で、今もその火を見失わぬよう、つい影を追ってしまう節がある


一人は、馬場京香。

女性だけで構成された劇団を主宰している。どうせすぐに消えると、偏見や冷笑に見くびられた火種は、静かに燃え続け、いまや焔のように客を惹きつけている

現在ではもっともチケットが取りにくい劇団と言えるだろう


そして隣に座り、タバコを灰皿にねじ込むのが小畑迅。成田さんと同期で、かつては「小畑派」「成田派」と呼ばれるほど競い合っていた。しかし、同じ小説を原作にした舞台で、煙のように凝りすぎた小畑の演出は観客の心に届かず、評価に決定的な差がついた。以来くすぶるような存在として煙たがられてるが、その煙の奥に燃え尽きぬ炎を隠し持っている。


そして僕、横山太一。

ここでは最年少、自身が主宰した劇団の劇作、演出を行う。少しずつ観客を取り込みやっと火種が出てきた。


そして最後に、審査員長を務めるのが大久保羅門。

劇団「燈火」を率い、国内の主要演劇賞を総なめにしてきた。

初演作品『冬の底』は、今や高校演劇の定番とされている。

70代となった今でも毎年一本の新作を発表し、商業主義に染まらない作風で、若手からの信頼も厚い。


この八田島登戯曲賞も、もとは若手育成の一枠にすぎなかった。

だが、大久保が審査員長に就任してから注目度は急上昇し、いまや劇作家志望の登竜門と呼ばれている。


そうそうたる顔ぶれに囲まれてると実感しながら

最後に手に取った戯曲に目を戻した。

この作品には一文字も書かれていない。


そこにあったのは2枚の絵だった。


絵の内容は

一つは、終演の礼と思える絵だ。ステージに一列に並び感謝を表している絵だった。泣いてる人も居れば笑っている人もいる。


もう一つは、5〜6歳くらいのの少女がピアノを弾き、女性が顔を隠しながら聴いている絵。


長い戯曲賞の歴史の中でも一際大きな異彩を放っている事だろう。


この作品を、皆はどう読み解くのだろう。

成田先生は──どう見たのか。



自分なりの答えを見つけ、隣に渡した


「なんだコレは?」驚きと怒りに満ちた煙が、充満した。


小畑はそうそうに評価を付けその絵を次に回わした。


「それでは、一通り作品をご覧いただきましたので、、選考に入りましょう」

審査員長の静かながら重い声が、どよめく空気を断ち切り、一瞬の静寂をつくった。


静寂を破ったのは小畑

「今回の中では、西原君の【カワセミの翡翼】か牧原君の【太陽と工場】じゃないか、この2作が奥行きもあり形もはっきりしていた、あとは好みの問題だろう、個人的には西原君の方が良いかな、彼の劇団が勢いがある理由がわかる出来だった、大賞を取れば新世代の筆頭とし演劇界を引っ張ってく存在になる」


絵の作品について、最初に追及をするなら小畑と思っていたので、何も言わない事に驚いた


絵について最初に追及したのは大鹿だった


「あ、えーと、小畑さんの候補の事もありますが、まず絵の戯曲について聞きたいです。ぼ、僕はよくわからなかったのですが、一次で成田さんが通してるので、あの人が見る目ないわけないですし、たぶん何か見えてるんですよ」


カタン。誰かがペンを置いた音がやけに大きく響く。誰もが言葉を飲み込む、目だけが静かに動いた。

その間、灰皿から細い煙がゆっくりと天井に向かってのぼっていた。


「成田が通した?だからなんだ、あいつの奇をてらえばアートみたいな癖は昔からだよ」

小畑が苛立った口調で答えた


「あいつの威光にあやかりたい、とかあいつと同じ物が見えてるから自分も同じ評価だ、とかはいらないんだよ。この2次選考の橋本もモロにそれだろ。大鹿、いい歳して成田が〜じゃなくお前の意見はどうなんだ」


「べ、別にあやかりたいとかじゃないですよ、僕はわからないって言ってます。そ、それに奇をてらうのは成田さんだけじゃないですし、失敗や成功を抜きにすれば、皆んな経験あるでしょ、それこそ小畑さんも奇をてらった作品あるじゃないですか、」


小畑に責められ、大鹿もムッとして答えた。


2人のやりとりに馬場が割って入った


「大鹿さん、ここに他の作品の評価を持ち込むのはやめてください、冷静になりましょ。まず、この絵の作品は評価をつけるべきか否か」

審査員の意見を問いつつ、自分の意見を続けた


「私はこの絵は評価をつけるべきではないと思います、これは絵であり戯曲ではないから、逸脱すぎます」


「でも、成田さんや橋本君は認めてますよ、それで最終選考まできてる」

大鹿が答える

「大鹿さん、誰かが評価したからとかは関係ありません、最終選考は私たち5名に任されてます、どの作品を選ぶのか責任があるんです」


馬場の意見に僕は一つの疑問を審査員に問いかけた

「これを大賞にするかどうかは兎も角、これを戯曲と見る事は出来ないですか?」

皆の視線がこちらに向く


僕は目の前に漂う煙を手で軽く払った。

──見ようとする者にしか、見えない景色があると信じたかった。


「絵は2枚あります」


大鹿が困り顔でどうゆう事か聞いてきたが、僕が答えるより先に小畑が煙混じりの声を吐いた


「だとしても、作るのはこちらだろ、この作者は作っていない」

馬場も続いて口を開いた「そうゆう事ね、確かにこの段階の物に評価をつける事は出来ないんじゃないかしら」


ますます困る大鹿をよそに、僕は続く

「他での評価は無理でも戯曲としては評価出来るはずです」


今まで静観を続けてた大久保が声を出す

「横山さんはなかなか鋭い目をお待ちですね、確かにここは小説を評価する場ではない。戯曲を評価する場です」


はっきりとした声は会議室全体を包んだ。


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