第4話 思い出の花 (ヴィリニオ王子視点)
ーカキン!
剣が弧を描いて背後の地面に突き刺さる。
「っ・・・・!」
右腕を庇い、その場に膝をつく。
「殿下。戦の傷が癒えてないうちから激しい鍛錬などしてはなりませんと言ったではありませんか。」
乱れた髪を手櫛で整える男。
随分余裕そうだ。
「っ、こんなのただのかすり傷だ。」
剣を持ち、身体を起こす。
この程度の手負いなど、先の戦ではなんともなかったと言うのに。
(これじゃあ、"無敵王子"の名が傷つくな。)
心の中で自嘲する。
「殿下。殿下は十分お強いですよ。ひとりで幾千もの魔物を斬り捨て、姫を救ったのですから。」
「だが、こんなんではリルに合わす顔もない。」
立ち上がり、剣を構える。
「しょうがないお方だ。いいでしょう。いくらでも付き合いましょう。」
剣を構える。
今はただの鍛錬であって、魔物との戦いではないのだが、剣を握る手に力が篭る。
あの時は、一刻も早くリルを見つけ出し、魔物を殲滅することしか考えていなかったのだ。
(果たして、本当に平和になったのだろうか。)
そんな事を考えていると、耳に鉄が割れる音がした。
「おいっ!ヴィル!魔法を使うなんて卑怯だぞ!」
口の端に付いた血を拭う。
国王陛下から鍛錬と言えど、相手に攻撃魔法を使うのは禁止されていた。
ーただでさえお前の魔力は強烈なんだ。王家に殺人犯など出したくないからな。
それに、魔力制御装置が先の戦で故障したことも完全に忘れていた。
「ご、ごめん。ちょっとやり過ぎた。」
「ちょっとじゃねぇよ。全く。王宮騎士団団長の俺じゃなきゃ吹っ飛んでるぞ。」
「・・・・・・」
「ヴィル。いい加減目を覚ませ。今巷じゃあ、お前の正妃の座を貴族のご令嬢が争ってるって噂だぞ。」
「は?僕はリルしかいらないし、リルしか愛せないから。」
(なにをトボけたことを。)
「はいはい。ごちそうさん。だがな、ヴィル。ご令嬢らは本気らしいから、せいぜい気をつけるんだな。」
「ああ。気をつけておくよ。」
この時は気にさえしていなかった。まさか、本気で正妃の座を争っているとは。
◇
「殿下。無理はなさらないでください。我が娘の為とはいえ、あの子は喜びませんよ。」
ため息まじりにこちらを睨む宮廷医師。
「分かっている。」
「では。私はこれで。くれぐれもお身体ご自愛下さい。」
部屋を出ていく。
「はぁ。」
グラスに残ったブランデーを飲み干し、ため息をつく。
(確かに、こんな姿、リルには見せられないな。)
盛大にため息をつく。
「ホー。ホー。」
鳴き声がして、窓の方を見ると、真っ白なふくろうが窓枠に止まり鳴いていた。
『ヴィリニオ。リルヴィアから手紙だよ。』
口に咥えた封筒を落とす。
「?」
封を開けるとジャスミンの匂いがした。
〔ヴィル様。毎日青い星の花をありがとうございます。貴方に頂いた花を花瓶に活けるのが日課になっています。ですが、もう何も贈り物は要りません。どうか私のことはお忘れください。貴方にはもっと相応しい方がいらっしゃいますから。リルヴィアより〕
「なっ・・・・」
可愛らしい字が綴られた手紙には不穏すぎることが書かれていた。
幼げな字で彼女の署名があった。
『それじゃ、届けたから。』
人の驚きなどに関心がないのか、飛び去って行った。
「っ・・・・・」
頭を抱える。
「ー♪」
優しい歌声が聞こえてくる。
知らぬ間に、思い出の星がよく見える丘に来ていた。
星空の光を受け、青い花が咲き乱れる美しい丘だ。
その場所に真っ白なドレスと赤いフード付きのケープを着た彼女がいた。
足元に咲く青い星の花を見つめながら歌っている。
『忘れないで わたしのことを
時が流れて 誰かに出逢っても
忘れないで 心の隅に
もう 夢の中しか 逢えないから』
意味は分からないが、聞いていて切なくなる。
「リル。」
そっと近く。
「あっ・・・・ヴィリニオ殿下。」
こちらに気づいたのか、泣き腫らした目を擦り、立ち上がると、ドレスの裾を持ち、深い礼をとる。
王族に対する礼だ。
「・・・・・」
「・・・・ごめんなさい。殿下。何も思い出せないんです。部屋にいても、何だか休まらないし、その・・・ここに来れば何か判るんじゃないかって。」
そう言って泣き出す彼女を優しく抱き締める。
「・・・・・ごめんなさい。ごめんなさい。」
「謝らなくて良い。無理に思い出すこともない。もう苦しむのはよせ。こうなったのも、お前のせいじゃない。」
優しく頭を撫で、泣く子をあやすように背中を叩く。
◇
身体を冷やしてはならないと、自分の部屋へと連れて帰った。
「・・・・・リル。少しは落ち着いた?」
「はい・・・・」
俯く。
あの塔で目を覚ましてからというもの、何か違う雰囲気を纏っている気がする。
彼女とは、母上がお気に入りの騎士を茶会に連れて来たのが始まりだった。
一目惚れだった。
それからというもの、男に混じって剣を振るう姿、休日に宮廷医師をしているという父君の忘れ物を届けに行く姿、昼休憩に裏庭の噴水で精霊たちと戯れる姿。気づけばそんな彼女の姿を追っていた。
彼女に恋い焦がれ、やっと手に入れた頃だった。
しかし突然、世界の終わりを告げる、闇との戦が始まってしまった。
世界中の若い少女らが謎の眠りに就き、姿を消した。
それはリルも同じだった。
やがて、闇の力が弱まり始め、戦が終わりに近づいた頃、姿を消した少女たちが戻ってきた。
リルただひとりを除いて。
戻ってきた少女たちは言った。
ーリルヴィア様が残って下さった。闇の王の塔にひとり篭り、光を取り戻そうとなさっている。
と。
不思議な事に、闇は消え去っていった。
彼女に何が起きたというのか。
最後までお読みくださりありがとうございます。
主人公が丘で歌っていた、『』の歌詞は、北原 ミレイ の 忘れないで という歌の一節です。
切なさいっぱいの回でした。