5.冒険者登録しました
ユウ───いや、ノアは険しい表情で呟いた。
「ここが、冒険者ギルド⋯⋯」
目の前に堂々と佇む、ウエスタン風の三階建ての建物。魔法によって明るく照らされた木製の看板には『冒険者ギルド』と、荒々しいフォントで書かれている。
個々に名前が無いことから、やはりギルドはどの国でも共通⋯⋯なのかもしれない。
行こう、とノアは2人に無言で目配せし、幾何学模様の入った重々しい扉を開けた。
「⋯⋯失礼します⋯」
小声で断りを入れながら、ギィ⋯とドアの音を響かせる。
───ギルド内に入った瞬間、人々の騒ぐ声と酒の匂いが一度に飛び込んできた。
「⋯⋯うわぁ」
思わず声が漏れる。後ろから続いた2人も、声に出さないだけで、顔にはありありと嫌悪感が滲み出ていた。
(こんなにも賑わっているものなのか⋯⋯)
心の中で謎の感心をするノア。
どうやら、建物には防音魔法が施されていたらしい。外では感じられなかった程の喧騒が、ここではガンガンとノアの鼓膜を叩く。
辺りを見回した後に、ノアはある一点を見つめた。
「冒険者関係はあそこか」
左には酒場、右には冒険者への依頼掲示板とその受付。
どちらのスペースにも、老若男女様々な冒険者達で賑わっていた。中には、獣人やエルフなどの異種族も混じっている。
その間を縫うように、ノアは右手にある受付へと向かった。ローザとモミジも、それに続く。
人の腰あたりしか見えない中、ノアは声をかけながら人との間を潜る。
「ちょっと失礼。通らせてください」
「ああ、すまな⋯⋯」
高めの声に気づいた他の冒険者達が、避けようと3人を見た───その瞬間、
「⋯⋯っ!?」
誰かの息を呑む音が聞こえた。同時にピタリ、と場が水を打ったように静まる。
突然現れた3人組───誰もがソレに⋯⋯その美しさに釘付けとなった。
まるで天使の生き写しの様な、神々しさ。ある筈のない御光すら見えてくる。
男性は勿論、女性───それも全種族で上位の美しさを誇るエルフでさえも、その光景に開いた口が塞がらない。
それは、街一番の美女だと噂される受付嬢にしても同じことだった───⋯⋯
────────────
イアストのとあるギルドでは、今日も変わらずの一日を送ろうとしていた。
「ああ゛ーもう!!本当にあの馬鹿ギルド長は、何やってんのよ!!」
「まあまあ、アーニャちゃん落ち着いて。いつもの事でしょう、ジルさんが外で遊ぶのって」
「それでも、遅すぎじゃないですか!!」
受付のカウンター越しに立ちながら、憤慨する1人の受付嬢。それを隣りの受付嬢が宥めている。
アーニャと呼ばれた受付嬢は、怒りの余り頭部から生えている猫耳を、ピクピクと頻りに動かしていた。
アーニャ=プリリアル、21歳女性。種族は半獣人で、白い猫耳と長い尻尾が特徴的。穢れ知らずな白髪と、愛らしいその童顔が人気を呼び、ある意味イアストの名物となっている。
そんな彼女は怒る姿も可愛らしい。
依頼掲示板を見るふりをして横目で彼女を見る男性を、同じパーティーの女性が頭を叩く───それが日常。
することも無くギルド内を彷徨う多くの輩は、殆どが彼女を見る為、目の保養の為である。
とうとう頬杖をついたアーニャを、先輩の受付嬢であるアリアが、
「あらあら、アーニャちゃん。お行儀が悪いわよ?⋯⋯ジルさんが心配なのは分かるけど、お客様の前なんだからちゃんと笑いなさいな」
と、苦笑して言う。すぐその言葉にアーニャが反応した。
「なっ!?心配なんかしてないですよ!!」
「はいはい」
真っ赤にして否定するアーニャを、アリアはクスクスと楽しそうに笑う。
最早、日常茶飯事化している事だ。
「⋯⋯アリアさん、笑いすぎですよ⋯」
「あら、ごめんなさいね。つい」
アーニャが不貞腐れた顔で言う。その反応を見て更に笑うアリア。眼前に垂れた長い黒髪を耳にかける。
「まあ、時間になったらジルさんも戻って来るわよ。気長に待ちなさいな」
「⋯⋯はぁーい」
生返事をして、アーニャは依頼の受理作業を行う。
変わらない毎日、いつも通りに時間が過ぎる。あっという間に夜になり、酒場の方から賑やかな話し声が聞こえ始めた。
この時間帯になると、依頼を受ける冒険者は殆どいなくなり、受付嬢としての仕事はめっきり減る。ギルドに入ってくるのは、主に酒場に用がある連中だ。
手元の書類を整理しながらアーニャが不貞腐れる。
「⋯⋯ほんと、何処で油売ってるんですかね⋯あの馬鹿長は」
「ギルド長よ、ギルド長。実際馬鹿でも、その呼び方は可哀想よ」
「そうですかね⋯⋯って、何気にアリアさんも言いますね」
「あら、そうかしら?⋯⋯気のせいじゃない?」
「⋯⋯ええー⋯⋯」
しれっとした顔で答えるアリア。アーニャはそれを見て、この人には一生勝てないことを悟った。
「⋯⋯⋯」
会話が途切れ、再び暇を持て余す。
アーニャは自身の髪を弄びつつ、カウンターに肘をつけた。
待ち人来ず。
ギルドの出入口を見つめるその表情は、どことなく寂しそうだ。
「あ⋯⋯」
突如、その扉が開かれた。しかし、入ってきたのはアーニャの待ち人ではない。
期待とは違う結果に肩を落としかけたアーニャだったが、その3人組を見てピン、と背筋を伸ばした。
信じられないものを見るような目で、出入口を見つめる。
「うわあ!!」
そこから目を離さず、ビシバシとアリアの腕を叩く。
「アリアさん、アリアさん。とんでもなく美人の3人組が来ましたよ!!」
「⋯⋯あら、ほんとね」
声だけで、隣りに呼びかけるアーニャ。対するアリアはさほど驚いていないようで、いつもの微笑みを絶やさず出入口に目を向ける。
「三姉妹かしら?こちらに来るわよ」
「⋯⋯えっ!?あっ⋯」
3人のうちの1人であるとんがり帽子を被った幼い少女が、周りの冒険者に声をかける。
───今まで気づかなかった他の冒険者が、その3人の存在に気づいた。
「⋯⋯っ!?」
「⋯⋯えっ」
静寂。
あんなに盛り上がっていた空気が一瞬にして、平坦なものへと変わる。酒場の方の話し声も消え去り、誰もが音をたてずにソレを凝視していた。
コツコツ、と3人の足音だけが響く。
目が奪われる、という表現の方が正しいのかもしれない。言葉通り、目が離せない。
今まで何人もの冒険者を見てきたアーニャだったが、ここまで整った顔立ちは初めてだった。
整った顔立ち───いや、整い過ぎている。それはまるで精巧に作られた〝人形〟のようだ。整いすぎて、寧ろ不気味とさえ思ってしまう。
アーニャが見蕩れていると、不意に目の前から声がした。
「すみません。3人分の冒険者登録をしたいのですが」
少女に似つかわしくない、妙に大人びた口調。
いつの間にか、カウンター前に少女がいた。丁度、カウンターからその整った顔が見える。
こちらを見つめる紅い瞳に、はっと息が詰まった。
「あ⋯⋯は、はい。少々お待ちください」
アーニャの出した声がやけに弱々しい。
引き出しから取り出した3組の紙とペンを、震える手で少女の前に差し出す。
「こ、こちらに必要事項をお書き下さい」
少女はそれを一瞥すると、差し出されたペンを取らずに後ろを振り返った。
「ローザ姉さん」
その言葉で、らそれまで従者の様に少女の後ろについていた2人の女性の内の1人が動く。
一つ頷くと、すっと少女の前に出た。
「⋯⋯私が代筆で書きますわ」
口元は笑っているが、どことなくこちらを見下す様な冷たい視線だ。
怖い───アーニャが思わず目をそらす。
こんな視線は今までに1度も受けたことがない。人を人として見ていない───そんな視線。
そんなアーニャの怯えを知ってか知らずか⋯⋯ローザ姉さん、と少女に呼ばれた女性はすらすらと滞りなく、紙に必要事項を書き込む。
───暫くして、その女性がペンを置いた。
「これで宜しいのでしょう?」
女性が妖艶な笑みと共に紙を差し出す。その色気に息を飲みながらも、アーニャはそれに目を通した。
必要事項は全て書かれてある───問題ない。
「はい⋯⋯ローザ=ヴェーダ様、モミジ=ヴェーダ様、ノア=ヴェーダ様ですね。登録致します」
なるべく目を合わせないようにするアーニャ。
頷くと、俯きながらカウンターからメダルを3枚取り出した。
カウンターに置いたメダルそれぞれに紙を乗せると、すっと魔力片と化した紙がメダルに溶け込む。
これで個人情報が登録されるのだ。
「こちらがギルドメダルとなります。身分証明書代わりにもなりますので、紛失なさらないようご注意下さい。また、紛失した場合は再発行手数料がかかります」
ギルドの紋章をあしらわれたメダルには、それぞれに3人の名前が掘られていた。青銅の鈍い光を放つそれは、3人が初心者だということを示している。
───ギルドメダルは素材によって、持ち主のランクがわかる。
規則としてメダルは常に身につけるものであり、故にメダルを見るだけでその人の強さが明らかとなる仕組みだ。
「そ、ありがとぉ」
素っ気ない返事でメダルを受け取ったのは、朱色の髪を持つ少女。
今までもう一人の女性と一緒に、後ろに控えていた少女だ。
メダルを掴むと、それらをとんがり帽子の少女へと一礼して差し出す。その姿は素っ気ない返事をした少女だとは思えない程、洗練された物腰だった。
「⋯⋯これを」
「ありがとう、モミジ。でも、威圧は弱めてね」
ギルドに入ってからずっと強かったよね───メダルを受け取った少女は微笑して言う。
優しい口調にもかかわらず、声の響きには何処か刺があった。
「⋯⋯っ」
言われた少女は一瞬にして青ざめると、勢いよく頭を下げる。
「ごめんなさい!!」
そんな悲鳴に近い声がギルド内に響き渡ると同時に、息が詰まるような張り詰めた空気が緩まった。
───それでも話し始める者はいない。変わらない静寂を保っている。
「謝らなくていいよ、モミジ。直してくれればそれでいい」
帰ろう、ととんがり帽子の少女が背を向けた時だった。ふわり、と少女の黒いローブが浮くと同時にドアが開く。
待ち人来たる。
「わりぃな!!遅くなっちまっ⋯⋯た?」
「ちょっ、おっさん!早く中に入れって!!なんで止まんだよ⋯⋯って、何でこんな静かなんだ?」
絶句し、ドアを開けた姿勢のまま固まる男性。それに続いて、少年の声がした。
「⋯⋯え」
突然の登場に驚きの声をあげたのは、とんがり帽子の少女だった。目を見開いて、出入口を凝視する。
「馬鹿長、遅い!!」
「アーニャ、待たせてすまないな。いやぁ、たまには息抜きも大切だからな!!」
「たまにじゃなくて、いつもでしょ!?」
「あはは⋯⋯」
普段通りに受付嬢と話す男性によって空気が軽くなったのか、漸くギルド内に喧騒が戻る。少女たちを頻りに見ては、何かを話す冒険者たち。
先程の静寂が嘘のようだ。
見世物の様な扱いに気分を害したのは、当然少女たちだ。
朱色の髪の少女が、無表情を貼り付け小声で話す。 もう一人の女性の方も口角は上がっているものの、瞳は笑っていなかった。
「⋯⋯こっちは見世物じゃぁないのにぃ、ほんと⋯⋯目ん玉潰したいなぁ」
「目をくり抜いてネックレスにしようかしら⋯⋯?」
本来ならば注意する所だが、生憎とんがり帽子の少女は乱入者に気を取られ、注意が出来なかった。
最強という文字が入ったTシャツを着た男性と、学生服を着た少年。
少女の脳裏を横切るのは、数時間前に戦った男性───そして日本での記憶だ。
「⋯⋯ジン=ヴェルディ⋯?いや、違う⋯?それに、あの少年は⋯」
学生服⋯⋯───その小さな呟きは、誰にも届かない。
やっと状況を理解したのだろう、男が口角を上げて言った。
「⋯⋯驚いたな。こんな美人のお客様が来るなんてな」
───ガチャン
唐突にドアが閉まる。男性が前へと進み、そのまま軽く腰を曲げた。
「初めまして。俺はジル=ヴェルディ───ジン=ヴェルディの双子の弟にして、ここのギルド長を務めている。よろしくな」
───頬に傷跡を持つ男は、至極人の良さそうな笑顔でそう言った。