閑話:報告/所謂出会い
「⋯⋯聖属性魔法を使う魔族が現れた、じゃと?」
「はい。信じ難い話ですが、先程遭遇致しました。赤目黒髪、10歳程の少女です」
男──ジン=ヴェルディの言葉に、眉を顰めて伸びた白髭を撫でる1人の老人。
恐らく彼の部屋なのだろう、クラシック調に纏められた調度品は、とても落ち着いた雰囲気を醸し出している。
ソファーにゆったりと腰掛けた老人の前で、ジンは片膝をつき、先程の出来事を報告していた。
───ここ、『ルガント・ヴェルド王国』と呼ばれる大国には〝賢人〟と敬われる実力者がいる。
政治経済を纏めるのが王ならば、賢人は武力を纏める者である⋯⋯当然実力は折り紙つきだ。S級冒険者ならともかく、ギルド長ですら足元に及ばない。
因みに、どの国でも名前は違えど似たような体制を取っており、国によって数も強さもまちまち。場合によっては、王よりも強い権力を持つ為、ある意味国を支配する影の王とも言える。
この老人はその影の王の1人───名を、ヴィッセン=レザールという。
「⋯⋯お主は実績もある、実力もある。これまでにも、わしらに代わって数々の魔族を撃退してきた。感謝しきれない程じゃ」
「⋯⋯はっ、ありがたきお言葉」
「しかしのぅ、やはり信じ難いのぅ⋯見た目は何処にでもいそうな少女、しかしその正体は魔族に有効とされる聖属性を使う魔族など。ましてや、証拠も無いのじゃろう?」
「⋯申し訳⋯ございません⋯。俺の実力不足で、逃げられてしまいました」
項垂れたジンにヴィッセンは、ほっほっほ、と朗らかな笑みを浮かべる。髭を撫でつけながら、目の前の男に、慈しむような声をかける。
「いいんじゃよ。何の目的で来たのかは知らぬが、街に損害は無し、皆無事ならそれで何よりじゃ」
「⋯⋯次は必ず捕らえます」
「まあ、そう焦らずとも良いのじゃよ。流石若いもんは違うのぅ、元気が有り余っておる」
わしなんかもう大分鈍ってる筈じゃ───笑いながら言うヴィッセンに、「ご謙遜を⋯」とつられてジンも笑みを浮かべる。
しかし、直ぐに表情を引き締めた。声を固くして、目の前の老人を見る。
「⋯⋯お師匠様⋯」
「わかっておる。この事は早急に、他の者へと伝達するとしよう。⋯⋯して、ユウといったか?その魔族は、本当に何もしておらんのじゃな?」
「はい、ユウという名は流石に偽名だと思いますが───ユウは俺の怪我を治した後、直ぐに消えてしまいました。魔力の流れからすると、どうやら国外へと飛び去った模様です」
「⋯⋯ふむ」
何やら考え込むヴィッセン。その表情は険しい。
───静けさが部屋を包む。
「⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯」
沈黙を最初に破ったのはジンだった。
「⋯⋯魔族はあの大戦以来でしたね。あの数年間は魔族の最盛期でしたから、攻めてきても不思議ではありませんでしたが⋯」
「そうじゃのぅ。その後は警戒してなのか、すっかり影を潜めていたのじゃがなぁ⋯⋯忘れた頃にやって来るとは、この事を指すんじゃろうな」
あの頃が懐かしいのぅ⋯⋯、と目を細めるヴィッセンに、ジンは聞く。
「ユウの目的に、何かお心当たりはありますか?」
「⋯そうじゃな。最近の出来事であるならば、勇者の召喚が成功した事じゃが、お主の報告を聞くとそれも関係なさそうじゃのぅ⋯お手上げじゃよ」
「お師匠様でも分かりかねますか⋯。それに情けない話ですが、あの魔族は、どうしても敵対するとは考えにくいのです」
ジンの言葉に、ヴィッセンが意外とでも言うような乾いた笑い声をあげた。
「⋯⋯ほぅ?珍しい事もあるもんじゃな、日頃から魔族は悪者だと決めつけるお主が、そんな事を言うなんてな。となると、じゃ。あの魔族は脅威にはなり得ないと言いたいんじゃな?」
「あくまでも勘ですが、あの魔族は⋯⋯人間臭さがありました。脅威にならないとは言えませんが、少なくとも話は通じるかと⋯⋯」
「お主がそこまで言うとは、相当なものじゃな⋯⋯⋯いやはや面白い」
ヴィッセンの口角が上がる。その瞳は、子供のように無邪気に輝いていた。
久しぶりに見たヴィッセンの表情に、ジンは驚きを隠せない。
───これは、強者と戦う時のお師匠様の目だ。
そしてジンは知っていた、この目の時のヴィッセンは止められない、と。
「よし、今度会ったらここに客人として招く事にしよう。話が通じるなら⋯⋯やれるじゃろ?ジン」
「⋯⋯ですが、お師匠様。危険では⋯?」
「お主があっさり負ける程の実力じゃ、街にほうって置く方が危険じゃろ⋯⋯なぁに、心配はいらんよ。実力によっては、賢人全員で出迎えるからのぅ」
「⋯⋯お師匠様⋯」
「あくまで話し合いじゃよ、目的を聞き出す為の話し合いじゃ」
何故か楽しそうなヴィッセンは、どうやっても制止の声は受け入れてくれなそうだ。
負けた手前、強く言い返せない上に、実力によっては賢人全員で出迎えるなどと言われてしまっては、最早断ることはできない。
ジンは仕方なしに、苦い顔で了承する。
「⋯了解致しました。ならば、必ずや連れてきてみせましょう」
「うむ、楽しみにしてるぞ」
「では、俺はこれで。失礼致しました」
───ガチャン
機嫌良さげなヴィッセンの声を背に、ジンは扉の向こう側───外へと出る。裏道を抜けると、見慣れた景色がそこにあった。
国の心臓部である王都。
石畳の道を多くの人が歩き、時折馬車がそこを通る。西洋風に周りと揃えられた様々な店には、冒険者らしき者達が品物を吟味していた。
色とりどりの花壇の花は柔らかな風に揺れ、澄んだ青い空には小鳥達が舞っている。
何処を切り取っても賑わい、人々の顔には笑顔が浮かぶ───なんてことの無いただの平和な風景。
「これがあの頃は一面焼け野原だったなんて、今でも信じられねーな」
無精髭を撫でながら、思いを馳せるジン。
何においても平和が一番だ。その為には、自分が守らなければ───改めてそう痛感する。
暫く人の波を見つめていたが、ふと何かを思い出したのか、立ち止めた足を動かして足早に駆け出した。
───心に浮かんだのは焦り。
⋯⋯長居しすぎてしまった。約束の時間はとっくに過ぎている。
「やべっ!!そろそろ行かねーと、あいつに怒られちまう」
向かう場所は職場。
脳裏にいつもの怒り顔が浮かぶ。「遊んでないで仕事して下さい!!」───きっとまた、彼女はこう言うのだろう。
だが、不思議と不快にはならない。それどころか、嬉しいとさえ思ってしまう。
俺のガラじゃねぇな、とジンは苦笑する。そういう甘酸っぱい何かとは、てっきりもう卒業したと思っていたが⋯⋯。
───自分の守るべきものは、わかっている。
「あー、早いとこ魔族を、お師匠様のとこに連れて行かなきゃあな⋯⋯どうしたもんかね」
ヴィッセンの手前、大見得を張ったものの、実は作戦すら考えていない。一番手っ取り早いのは、誰かと協力する事だが、万が一魔族と張り合うなんてことになったら大変だ。
魔族と張り合える実力があり、且つ補助魔法がある程度使える者。欲を言えば、複数人が望ましい。
この際、誰かに依頼出来ればいいのだが⋯⋯───ふと考えを巡らせていると、突然閃いた。
「⋯⋯っ!そうか、その手があったか!」
───依頼、だ。
────────────
「ほぉーやっぱヨーロッパ風の街って感じだなぁ⋯」
特になんのイベントも無く、無事に森を抜けたタロウは、さっさと入国手続きを済ませていた。
門番に促され、人の出入り用の小さな扉を潜った先は、商人の声が飛び交う賑やかな街。
王都をぐるりと囲むように位置する街の一つ、東の街『エアスト』。商人がよく行き交う街で有名で、出店が多く開かれている。
それはもう店と店の間に隙間がないくらいに。店という店が、自分の商品を買ってもらおうと必死だ。
日本では見られない光景に、思わず呟きが漏れる。
「これは入国出来て、本当に良かったな」
入国審査時に、学生服が珍しいらしく案の定門番に怪しまれたが、異国の者だということ、転移に失敗したと必死に説明すると、案外簡単に入国を了承された。
持ち物が鞄のみで、武器は何も持っていないことも入国できた理由の一つかもしれない。
「とりあえず、第一目的達成だ」
ニヤリ、と口角を上げるタロウ。改めて通りに目を向けた。
本当に店が多い。
当然店の種類も多く、果物を売っている所があれば、武器を売っている所もある。
その他にも、魔道具や鎧、魔法を込めた巻物、アクセサリー、洋服、家具、変わりどころでは魔物の素材を売っている所まであった。
この調子だと、本当に全てが揃っているのかもしれない。
様々な店を前にタロウの心が揺らいだ。
「金⋯金が⋯⋯くそっ、金さえあればなぁ⋯」
店の誘惑から目を背けるようにして歩くタロウ。
まずは金を稼がなければならない。その為にはギルドで冒険者登録をするのが手っ取り早いのだが⋯⋯。
丁度、街角でタロウの足が突然ピタリ、と止まった。
「⋯⋯そもそもギルドって何処だよ」
はぁあー⋯、と深々とため息をつく。今まで気づかなかったなんて、とんだ阿呆だ。第二の目的は冒険者登録だというのに。
(ほんと、馬鹿だなー⋯異世界に来て、浮かれすぎたか⋯)
門番に聞いときゃ良かった⋯⋯なんて、今更後悔しても後の祭り。
知らないのなら、教えてもらうしかないだろう。聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥、とよく言うじゃないか。
仕方ない、人に聞こう⋯⋯、とタロウが再び歩き出した時だった。
───前方から衝撃が来たのは。
「へぶし!!」
街角からの不意打ち。避けきれずに真正面から受け止める。
⋯⋯変な声が出たが気にしない。
それよりも、顔面に何かが直撃した為とても痛い───主に鼻が。
ひりひりなんて生易しい所じゃない痛みを発する鼻を、よしよしと慰めも兼ねて撫でる。
思わず目を閉じてしまったタロウに、ある予想がパッと閃いた。
(きっとこれは少女漫画でよくある出会いなのだろう。ほら、美少女が食パンを加えながら角を曲がるとイケメンと出会うという⋯⋯そうアレだ。
つまりは、目の前にいるのは当然美少女というモノで⋯⋯ここからハーレムが始まるわけで⋯⋯)
きっとぶつかったのは美少女───そんな期待を胸に、恐る恐る目を開く。
最初に見えたのは〝最強〟という文字。だが、それは直ぐに、Tシャツにプリントされた文字だと気づく。
だとしたらこれは⋯⋯、
(⋯⋯まさか⋯⋯?)
そう胸板だ。とても逞しい胸板だ。男なら憧れる程素晴らしい胸板だ。
その事実を飲み込んだタロウが、上を向く。嫌な予感しかしない。
「よお、坊主。いきなり飛び出して悪かったな、怪我はないか?」
降ってきたのは男特有の野太い声。
目の前にいたのは美少女何かではなく、頬の大きな傷跡が特徴的な、大剣を背負った筋肉隆々のおっさんだった。
因みに、最強Tシャツがとてもミスマッチである。
(ち⋯ちっくしょぉおおおおおお!!!男じゃねぇかぁぁああああ!!!)
心の中で叫んだのは、単に美少女に会いたかったという欲望から。
そもそも顔に何か固いものが当たる時点で、美少女なわけがないのだが、夢を見たくて目を逸らしていたのだ。まあ、本当に一時の夢だった⋯本当に。
放心状態のタロウを、知ってか知らずか⋯⋯おっさんは申し訳なさそうに声をかける。
「いやぁ、こっちも急いでたもんでな⋯詫びはするからよ。許してくんねぇか?」
「⋯い、いえ。こちらも前を見ずに歩いていたので⋯」
太陽のような明るい笑み。それだけで、いい人だとわかる。きっと皆から好かれているのだろう。
「では、俺はこれで⋯」
ショックから回復したタロウは、軽く会釈するとおっさんの脇を抜けようと、歩みを進める。
しかし、それはおっさんの太い腕によって止められた。
「いいや、ちょっと待て。何かしねぇと⋯⋯このままじゃ俺の気が済まねぇ」
いい人すぎかよ、と心の中でタロウは言う。本当にいい人なのだが、今はそんな暇はないのだ。
申し訳なさを胸に、恐る恐る声を出す。
「いやでも、俺も急いでて⋯」
「そうか、何処かに行く途中だったか⋯そりゃあ、引き止めて悪かったな」
ちなみに何処に行くんだ?と聞くおっさんに、正直にタロウは応える。ついでに、道を教えて貰おうと思ったのだ。
「ギルドです。冒険者登録をしたいので」
これでやっと行ける。後は道案内してもらって別れるだけだ───そう確信したタロウだったが、何故かそれを聞いたおっさんは笑みを深めた。
「そりゃあ、丁度いいじゃねぇか。目的地が一緒だ」
「⋯⋯はっ?」
どういう事なのか。思わず声をあげたタロウに、おっさんは満面の笑みで名乗った。
「俺は、ジル=ヴェルディ。この街のギルド長だ」




