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とある国の山奥で

作者: 加賀 蒼夜

とある国の山奥で出会った、天狐と少年のお話。


昔々、日本がまだ戦国時代と呼ばれていた頃ーーーある国の山奥に、クレナイという名の天狐がいました。


クレナイは山奥にあるお社に棲む土地神様に仕える狐で、お社を離れられない神様の代わりに、国の様子を見る事が仕事でした。


いつもの様に国の様子を見てきたクレナイは、ある日、お社に戻る途中で山の獣道を進む少年を見かけました。


はて、何故こんな所に人がいるのだろう?


クレナイは首を傾げます。

神様の棲むお社は山の奥深くで、今では森を住処にする獣や妖怪が来るばかり。昔は疎らながらも来ていた人も、今は来る事もありません。いつの間にか参道も、クレナイや獣以外は通らない為に獣道になってしまいました。

そのお社に続く獣道を、少年は慎重に歩いています。


もしかして、参拝に来てくれたのだろうか。


だとすれば、何十年振りの人間の参拝客でしょう。「山奥だから仕方がない」と寂しそうにしている神様も、きっと喜んでくれるに違いありません。クレナイは少年にお社への近道を教えてあげようと思い、先回りして少年の前に出ました。

少年は驚いた様に目を見開きましたが、すぐに顔を綻ばせました。


「こんにちは、狐さん。綺麗な赤い毛並みだね。まるで夕日の様だ」


クレナイの毛は他の天狐と違い、真っ赤な色でした。天狐は本来なら金色なのですが、クレナイだけは生まれた時からずっと真っ赤なままです。今まで貶されたことはあっても、褒められた事はありませんでした。

それに気を良くしたクレナイは、少年の足元に擦り寄ります。

少年はそれに嬉しそうに笑ってかがみ、クレナイの頭を優しく撫でます。

その時、かちゃりという何かがぶつかった音がしました。クレナイは何となく音が聞こえた方を見て、驚いて少年から跳びのきました。

音を鳴らしたのは、少年の腰紐で黒光りする立派な刀だったのです。


「あぁ、ごめん。驚かせてしまったね」


少年は刀を凝視するクレナイに気が付き、慌てて腰紐から外して地面に置きます。


「君に使うつもりは無いんだ。ただ、この先に妖怪が巣食うお社があると聞いてね。これから退治しに行く所なんだよ」


退治するだって?


クレナイは耳を疑います。

この森には、土地神様のいるお社以外にお社はありません。

そのお社に集まる妖怪とは、寂しがりやな神様を励ます為に集まった、クレナイの仲間でもある妖怪達に違いないでしょう。

クレナイは後悔しました。

大切なモノを傷つけるかもしれない人間を、神様の元に連れて行こうとしていたのかと。

それと同時に、妖怪達の事を何も知らないのに、勝手に傷付けようとしている少年に、クレナイは強烈な怒りを覚えました。

クレナイはクルリと宙返りをし、人の姿に変化します。

長い紅色の髪を風に靡かせる、陶磁器のように白い肌の美女。それが、クレナイの人の姿でした。

突然の事に驚く少年を睨めつけ、クレナイは口を開きます。


「ーーー恥知らずが。自分で見聞きしていない事を鵜呑みにして、よくもまぁ退治すると言えたものだ」


澄んだよく通る声だと神様が褒めてくれる声は、今ばかりは低く地を這うような声です。今にも噛みつきそうな表情のクレナイに、少年は息を呑みました。


「帰れ人間。参拝に来たなら未だしも、主のお社を血で濡らす為にこの先を進むと言うのなら、この天狐クレナイが許さない」


今もかがんでいる少年を、一歩でも近づけるものかと、クレナイは睨みつけます。

少年は何を考えていたのか暫く黙り込み、やがてクレナイを真っ直ぐに見据えながら2つ問いました。


「貴女は、神様にお仕えされる天狐様なのですか」


「私が退治すると言った妖怪達は、貴女のご友人なのでしょうか」


クレナイはどちらも「そうだ」とキッパリ答えます。

少年はそれを聞くと目を瞑り、一拍遅れて深々と頭を下げました。


「あなたのご友人を何の確認もなく傷つけようとした事。また、神様のいるお社を血で濡らそうとした事・・・誠に申し訳ない」


頭を下げる行為が、人で言う謝罪を表す行為だと思い出したクレナイは唖然とします。


こいつは、阿呆なのだろうか。


他人の話を鵜呑みにするなと言ったばかりなのです。それなのに、初めて話すクレナイの言葉を信じ、少年は自分が悪かったと認め謝罪までしています。


「私の言葉を信じるのか?」


もしかしたら騙しているのかもしれない。

警戒は解かずに問えば、少年は頭を下げたまま答えます。


「貴女が嘘を付いているようには見えません」


クレナイは目を瞬かせます。

一般的に、狐は人を騙すものと言われています。そんな狐が目の前で化けているのに、その言葉を信じるというのです。

怒りは何処へやら。クレナイは呆れ果て、大きく溜息を吐きました。


「わかった、許そう。だから頭を上げてくれ」


何も言わなければいつまでもそうしていそうな少年に声をかけると、少年はゆっくりと顔を上げました。

その表情は凛としたもので、クレナイは思わず見とれてしまいます。大きな黒い瞳に、艶やかな髪。よくよく見れば、整った顔をしているのがわかりました。ただ一つ気になったのは、顔が青みがかかって見えるほど白い事です。


あぁ、こいつは身体が弱いんだな。


袖から見える腕や、襟から伸びる首は、同じ年頃の人間と比べると細く真っ白でした。これ以上この場に留まれば、それこそ倒れそうな程です。


「お前の謝罪は受け取った。だからもう、帰れ」


日暮れが近いのでしょう。気づけば薄暗くなってきた森を見渡しながら、クレナイはそう告げます。

今は春の終わりかけで昼間は暖かいとは言えど、夜は冷え込みます。暗くなる前に帰るのなら、もう引き返さなければならならない頃合いでした。

少年も日暮れまでには帰るつもりだったらしく、クレナイのいう事を素直に聞き、もう一度頭を下げてから山を降りました。



数日後、クレナイはまた山を登る少年を見かけました。

まさか妖怪退治を諦めていなかったのかと、クレナイはまた先回りして狐の姿のまま少年の前に姿を現しました。


「あぁ、こんにちは天狐様」


クレナイの姿に気がつくと、少年はにこやかに挨拶をします。それに呆気に取られていると、少年はその場にしゃがんで手に持っていた風呂敷包みを開き、中身を見せました。

中身は大量のお饅頭で、とても甘い匂いがあたりに広がります。


「今度はちゃんとお詣りで来たんです。お供え物もちゃんと持ってきたんですよ」


クレナイは驚いて少年を見ます。少年はお饅頭が汚れないようにと風呂敷に包んでいる途中で、クレナイに見られている事に気がつきませんでした。


「神様も、お饅頭は好きだとよいのですが」


私のお勧めなんですよ。

そう言って微笑む少年は、前に見たときよりはマシですが、あまり顔色は良くありません。これ以上登り続ければ、きっと倒れてしまうでしょう。

クレナイは悩んだ末、少年を引き止めることにしました。


「嬉しいが、気持ちだけ受け取らせて頂こう。これ以上進むのは、きっとお前の身体が持たないよ」


クレナイがそう言うと、少年は驚いた様に目を見開きました。しかし、すぐ苦笑を浮かべ「わかりました」とだけ答えると、少年はせめてお供え物だけでもと、お饅頭を風呂敷のままクレナイに渡します。


「また来ますね」


少年はそう言ってクレナイの頭を撫で、山を降りて行きました。


言葉の通り、少年は数日後にまた山を登ってきました。

しかし、やはり少年の体調が悪く、クレナイはまた途中で引き返させます。

その次も、その次も。毎日ではないものの、山に登って来ては様子を見てクレナイが引き返させるという事が続くようになり、いつしかクレナイは、少年がお供え物と共に山を登ってくるのが、楽しみになっていました。


少年が山を登るようになって1年近く経ちました。

ある日、神様の元で報告をしていたクレナイは、また少年が森に来た事を森に棲む妖怪に聞いて知りました。場所はこのお社から程近い所で、前よりもずっと奥に進んでいる事に驚くと同時に、体調は大丈夫なのかと心配になります。クレナイは神様に許しを貰い、少年の元へ急ぎました。

少年は休憩中だったのか、聞いていた場所からもう少し進んだ木の根元部分に座り込んでいました。


「どうした、体調が悪いのか」


人の姿で声をかけたクレナイに、少年はゆっくりと顔を上げました。心配した通り体調が悪そうで、顔色は今まで見た中で最悪です。これは引き返すのも無理そうだと、人を乗せることが出来そうな妖怪を呼んでこようとするクレナイですが、それは少年に止められました。


「今日はどうしても、お詣りに行って神様にお会いしたいのです」


クレナイがどれだけ止めても、少年は譲りません。クレナイは渋々、少年を神様のいるお社へ案内する事にしました。


神様のいるお社へ到着する頃には、日が傾いてあたりはすっかり薄暗くなっていました。

土地神様は少年が来る事がわかっていたようで、いつもは灯篭にしか灯さない明かりを、どこからもってきたのか、ぼんぼりも近くに並べて明るくさせています。

いつもより明るいお社にクレナイは目を細め、少年は初めて見るお社と、その前に座っている人の姿をしたモノに目を見開きます。


「よく来たね。こんな山奥に来るのは大変だったろう」


お社の前に座っていた土地神様が、穏やかに微笑みました。

呆然していた少年は、慌てて頭を下げました。神様の前だと思い出したのでしょう。神様はそれを微笑ましそうに笑い、頭を上げてこちらにおいでと声をかけました。

頭を上げた少年は緊張した面持ちで、お社へと進みます。時折フラつくのはクレナイに支えられながら、少年はなんとか神様の前にたどり着きました。


「お初にお目にかかります。いつもクレナイさんにはお世話になっています」


そう言って、また頭を下げました。


「クレナイからよく話しは聞いているよ。いつも美味しいお供え物をありがとう」


神様がそう言うと、気に入っていただけたならなによりですと、少年は嬉しそうに微笑みます。クレナイは神様に少年の事を話しているのがバレてしまい、何だか気恥ずかしい思いでそれを眺めていました。


「それで、私に話したい事とはなんだったかな?」


どうやら神様は、少年が自分に用がある事もお見通しのようです。少年はそれに少し驚いたようでしたが、直ぐに表情を引き締めました。これまでクレナイが見た事がないような、真剣な面持ちで神様を見据えます。


「今日は、どうしても神様にお願いしたい事があって参りました」


久方ぶりに聞く願いに、神様は嬉しそうに笑います。促す神様に、少年は大きく深呼吸をしてから口を開きました。


「クレナイさんを、私のお嫁に頂けませんか」


寝耳に水とはまさにこのことでしょう。クレナイは突然の言葉に驚き、固まってしまいました。神様は願いの内容もわかっていたらしく、驚いた様子もなく「理由を聞こうか」とだけ言います。

少年は答えました。


「私は身体が弱く、周囲は私に無理をしないようにと、身の回りの事を全てやってしまいます。それはとてもありがたい事ではありますが、私にはとても窮屈で、自身が情けないと思っていました」


自分にも何かできる事はないのか。そう考えていた最中、山奥のお社で妖怪が群れをなし、夜な夜な人里に降りて悪さをしているという話しを耳にしたのだと、少年は話しました。


「今思えば愚かでした。きちんと確認をしないまま、退治してやろうと刀だけ持って山を登ったのですから」


あぁ、あの時か。

クレナイは最初に少年と出会った時の事を思い出しました。どうりで妖怪退治にしては軽装だったはずだと1人納得していると、少年が後ろにいるクレナイを振り返り、微笑みました。


「彼女は私の誤りを指摘し、叱ってくれました。ただ追い返す事も出来たのに、身体が弱い私が山に登る事を止めずにいてくれました。それが何より、嬉しかったのです」


ありがとうございます。

少年は唖然とするクレナイにそれだけ言って、また神様に向き直りました。


「勿論、クレナイさんの気持ちが私に向いたらのお話です。どうかこのお願い、許してはもらえないでしょうか」


少年はまた深々と頭を下げました。神様は少年を暫く見つめた後、頭を上げさせます。そして、クレナイをまっすぐに見据えました。


「クレナイ。彼はこう言っているが、君はどう思う」


正直に言ってごらんという神様の言葉に、クレナイは考えます。


神様に仕える中で、誰かと夫婦になりたいとも、なれるとも考えた事がありませんでした。ましてや人間となんて思いつくはずもありません。

それに何より、クレナイは今まで恋をした事が無かったのです。

自分が妻になるという事が想像できず、クレナイは悩んだ末に「わからない」と小さな声で答えました。

その答えに、少年が寂しげに笑ったのを見て、クレナイは何故か胸が苦しくなりました。


「けれども、嫌だとは思いませんでした」


気がつけば、そう続けていました。少年は驚いたように目を見開き、神様は微笑ましそうに目を細めます。


「なら、君がクレナイを振り向かせる事ができれば、夫婦になる事をゆるそう」


神様は嬉しそうにそう言いました。

少年も嬉しそう笑って「ありがとうこざいます」と答えます。

クレナイは何故2人が嬉しそうなのか訳が分からず、1人首をかしげていました。


その様子を、少年を驚かせないようにと木の陰で隠れて見ていた妖怪達。

ある者は喜び、ある者は嘆き、ある者は悔しがりと、様々な反応を見せていたのですが、神様の嬉しそうな顔にホッとしたのは言うまでもありません。

結局、その日は人が久々にお社を訪れた祝いにと、妖怪も交えて夜通し宴会となりました。


果たして2人は夫婦となれたのか。

それはまた次の機会といたしましょう。


昔々の、とある国の山奥で起こったお話でした。

初投稿となりました。普段は小説作成作成(妄想?)ばかりなので童話っぽいものと化してしまった気が・・・気軽に読んで頂けたならありがたいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。 少年が何回も山を登ってくる時点で、目当てが何か分かり展開も読めてしまうのですが、最後の神様への「クレナイさんをお嫁さんにください」の申し出にはニヤニヤしてしまいますね。^…
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