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前夜

今回初めて小説を執筆させていただきます今井です。

拙い文章ですが、御感想や御意見など頂けたら嬉しいです。

気付くと空からは小さな白い粒が降ってきた。雪の予報は無かったが、今日の午後から寒気団がやってくるという話は聞いていた。予想に反して今年はホワイトクリスマスになるかもしれない。

その寒さのせいか、街の明かりがいつも以上に温く見える。行き交う人々は皆空を見上げ、雪だ雪だと語り合っている。

僕は彼女に電話しようかと思ったが、携帯電話の時計の表示を見てやめた。こういう時に限って時間が過ぎるのが早い。閉店までにあの店を見つけなければならないのに、僕はまだ見覚えのある景色にさえたどり着いていなかった。

僕は自分の地図感覚の無さをいつもより強烈に嘆き、街を歩き回る。少し立ち止まって自分がどこにいるか確認したほうが良いと思ってはいるが、どうしても立ち止まれず、次の曲がり角の先に淡い期待を抱いて足をすすめてしまう。

とうとう時計も七時を過ぎ、僕が明日のプレゼントに陳腐な長財布をあげることを覚悟した瞬間、僕の前にその店が現われた。

少し古ぼけた店ではあったが、昭和とは違う香りを漂わせている。通りにしっかりと面しているにも関わらず、その存在は空気の用に目立っていなかった。

ドアを開けると、薄暗い店内の奥に、この店の主人である老人が置物のようにひっそりと椅子に座っていた。店内が予想以上に暗かったので、僕は閉店時間を過ぎていたかと思った。

「いらっしゃいませ」

全く愛想の無い作業的な声の出しかたで老人は僕を迎えた。どうやら閉店していたわけでは無いらしい。

店内を見渡しても、それが見つからなかったので、僕はお目当ての品を老人訪ねてみた。もしかしら売れてしまったのかもしれない。

「あの〜、申し訳ありませんが、この間ここに小さな箪笥がありませんでしたか?」

「箪笥ですか?」

「ええ、このぐらいの大きさの…」

僕は自分の腰ぐらいの高さに手のひらをつくった。

「はて…ウチにそんな箪笥ねぇ…」老人には覚えがないようだ。

「この間、一週間くらい前でしょうかね…、この店で見たんですよ。落ち着いた木の目模様ですね」

「一週間前ねぇ…」

本当に覚えがないようだ。

僕は何度か店を間違えたかと思ったが、何度思い返してもこの店だった。老人がいたかは思い出せないが、この店の間取りも雰囲気も全く同じだ。

少し不安になってきた時、老人は声を漏らした。

「ああ、もしかして、前に来た時お連れの方がいらっしゃった…」

確かに、僕はあの時彼女とここへ来た。その時に彼女があの箪笥をえらく気に入ったのだ。

「そうです、そうです。箪笥は…そう、あの辺りにあったと思います」

僕は老人がいるのとは逆側のほうの店の奥を指した。

だが、少し老人の顔が曇った。

「あの箪笥ですか…申し訳ありませんが、あれお売りしてはいないのです」

申し訳なさそうに言った。

「あぁ、そうだったのですか」

僕は肩を落とした。鞄の中の長財布がガッツポーズをした気がした。

確かに、今持っている長財布を渡しても彼女は喜ぶだろう。学生にとってはなかなか買えない値の物だし、僕も冬のボーナスを当てにしなければ買うのに相当苦労するほどだ。

でも、それでも、僕は彼女にあの箪笥を買ってあげたかった。財布はオマケでありたかった。

「恋人の方へのプレゼントですか?」

老人は肩を落とした僕に心配そうに声をかけた。

「えぇ。でも大丈夫です。代わりの候補も幾つかありますから」

少し僕が強がり、鞄の中で代わりの第一プレゼント候補が、俺だけで十分だって、といった。

その瞬間、老人の背後にあったドアからこえがした。

「おじいさん、もう店じまいのじかんですよ。どうしたんですか、今日は?」

ドアを開けて出てきたのはおばあさんだった。

おばあさんは僕を見ると、あぁ、お客様でしたか、と言って僕に会釈をした。何も言わないただの会釈だったが、不思議と暖かみを感じた。

僕は老人に、どなたですか、と尋ねそうになった。状況からも、

「おじいさん」と読んだことからも、二人は夫婦以外有り得ないのだが、二人の持つ空気が違いすぎたのだ。

生活感が無く、仙人のような空気を持つ老人と、暖かさをもち、相手を包み込むような空気のおばあさん。

僕は少し戸惑いながら、おばあさんに会釈を返した。だが、僕の場合それでは失礼な気がして、お邪魔しています、と加えた。

「お邪魔だなんて、あなたはお客様なんですよ」

おばあさんはそう言って笑った。良き祖母コンテストがあったら、ダントツで優勝するな、と僕は思った。

「で、どうしたのですか?何をお求めですか?なにぶん年寄りだけで経営しているものですから、商品を把握しきれていないのですよ」

「わしはしっかり把握しとるよ」

老人はおばあさんの言葉を否定した。

「あら、じゃあどうしておじいさんとその方が話していたのですか?まさかおじいさんと世間話をしますまいに」

そう言うと老人は黙った。

この老人の無機質な空気は人との交流の少なさからくるのかもしれないな、と思った。だが、この空気を持つからこそ人との交流が少ないようにも思えた。

「この若者がシナの箪笥を欲しいと言ってな」

老人が少し不機嫌そうに口を開いた。

支那の箪笥?あの箪笥は中国製だったのだろうか?

それを聞いたおばあさんは少し驚いた。

「あの箪笥をですか…」

おばあさんはこちらをまじまじと見た。

「ええっと、スイマセンが、いつかお会いしましたかね?年を取ると知り合いかそうでないかも分からなくなってしまいまして」

おばあさんは苦笑を浮かべた。

「あぁ、一週間程前にこの店に来ました」

あの時おばあさんはいただろうか?僕は記憶になかった。

「ほら、恋人と二人でお出でになった」

老人が付け加えた。

「あぁ、あの時の」

おばあさんも思い出したようだ。

二人とも僕個人では覚えていないが、若い一組の恋人達だと覚えている。そういうものなのだろうか。

おばあさんが少し笑い、おじいさんの方をみた。

「おじいさん、この方にあげましょう」

老人は驚きと戸惑いを浮かべた。

「本気か?」

よほど大事な箪笥なようだ。あの小さな箪笥に、何か思い入れでもあるのだろうか。

「大丈夫ですよ。この方なら。それに私もおじいさんも明日どうなるか分からない身でしょう」

おばあさんはにっこりと微笑んだ。

老人は納得しない表情のままだった。

そんな様子を見ると、箪笥を買うのがはばかられた。

「いえ、無理にというわけではないのです。もし大事なものでしたら、僕はいただけません」

「いえいえ、いいのですよ。あの箪笥は前々から大事にしてくれる人を探していたのです。あなたのお相手の方がずいぶん気に入って下さったようでしたから、今度来たら差し上げましょうと思っていたのです」

老人はしぶしぶながら納得したようだった。

僕も、そう言われると断りづらかった。何より、最初に箪笥を欲しいと言ったのは僕なのだ。

「ありがとうございます。それで、お題はいくらですか?」

僕は深く頭を下げて言った。

「お代はけっこうです。代わりに、大事にしてやって下さい」

そう言うと、おばあさんは奥へ入っていった。

戸が閉まると、おじいさんは僕を心配そうに見た。

「何かあったら連絡してください。そしたらすぐに引き取りにいきますから。間違っても捨てないでください」

霊でもついているのだろうか。僕は少し怖くなった。

「おじいさん、手伝って下さい」

奥からおばあさんの声がした。

老人は奥へと入っていった。

僕はどうにか断れないものかと思ったが、彼女の喜ぶ顔を想像したら、断れなくなった。

奥から出て来た箪笥はやはり小さかった。

70を過ぎたであろう二人には少し重かったが、23の僕には一人で十分持てる重さだった。

店を出る間際に、大事にしてくださいね、と念を押された。

僕は近くのコンビニで弁当を買い、夜のすいた電車でアパートへ帰った。帰り道は雪で道路が白くなっており、手がかじかんだ。箪笥を持って帰るのが予想よりつらかった。

アパートに帰り、今日は霊が見れるかもしれないな、と思いながら横になった。

幸い、その日の夜は何も起こらなかった。

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