マグロ様が見てる ~聖シーブリーム女学院~
「鯛が曲がっていてよ」
私の鯛を見て赤身の君が指摘する。
慌てて視線を落とすと背びれが制服の襟に当たって曲がってる。
「でも......いけないわ。それは校則違反よ?」
赤身の君は淡く微笑みながら、その白魚のように美しい指先を使い私の鯛を直してくださった。
今日の私の装いはアコウダイだ。
タイと付くけれどカサゴ目フサカサゴ科の別種の魚。
こっそり制服の鯛を変えるという、私の密やかな遊び心もお姉さまにはお見通しでした。
ああ、なんて素晴らしいお方!
このようなお方が私のお姉さまになっていただけるなんて、未だに信じられない!
ここ、聖シーブリーム女学院は全寮制のお嬢様学校。
全国より集まった格式高い、本物のお嬢様が通う高校です。
一般的な企業の社長の娘といった程度では受験資格すら貰えません。
明治時代から続く名門のお嬢様、はたまた臣籍降下された方を親に持つといったような、これぞお嬢様!という方々が通われる場所です。
そんな名門校に普通の家庭に生まれた私が通うことになったのは、まさに運命の悪戯と言えます。
私は聖シーブリーム女学院に入学するまで、弟と一緒に区内の学校に通っていました。
それも当たり前です。
私はタダラユミカ。
父親がマグロの一本釣り漁船で生計を立てている、ごくごく平凡な家庭で育ちました。
そんな私の運命が急転することになった機会はそう、一年前の夏。
雲ひとつ無い青空の下、父親と一緒にマグロを釣っていた時のことでした。
「ユミカ!そっちはどうだ!?」
左舷で竿を振るっているお父さんが声を張り上げる。
お父さんは既に2mのメバチマグロを2本釣り上げている。さすが現役の漁師だ。
夏休みということで御自慢の漁船「第三タダラ丸」で私を漁場まで連れて来てくれた。
久しぶりの親子で釣りとあって、私の様子も気になるのだろう。
「お父さん、結構大きい!キハダマグロかも!?」
私はその期待に応えるような、大きな獲物のあたりに確かな手ごたえを感じていました。
キハダマグロなら1.5mは行きます。そうなると私一人で上げるのは難しいかもしれない。
「よし来た!手伝うからまってろ!」
お父さんは竿を船に固定すると私の左にポジショニング。
私は持ち手を少しずらして握りやすい場所を父に譲る。
「「ふ~~~ん!」」
二人で力を込めて竿を立てる。あとは根競べだ。相手の力が弱まったらすかさずリールを巻く。
なんてことを予想していたのに様子がおかしい。
二人がかりで引っ張ればするすると寄ってしまう。
しばらくして水面近くに浮かんだその風貌が見えてくる。
海の青に紛れて見える、キハダマグロに相応しい黄色い肌...じゃない。白い?。
って、あれ?黒い鱗かと思ったら髪の毛?......白いのは人間の肌!
「お父さーん!あれ人間だ!?マグロじゃない!人間だ!」
それが学園の麗しき赤身の君、サチ様との出会いでした。
海から引き上げられた人は、白い制服らしき服を着た女性でした。
海水に浸かっていたせいか顔色はいささか血の気の失せており、整った顔立ちと共に儚げな印象を受けます。
きれい......
思わず見とれてしまい、あわてて救命活動に入ります。
私の懸念をよそに、救命活動をはじめるとすぐに水を吐いて息を吹き返しました。
どれだけ海中にいたのかは分かりませんが、おそらくすぐに気絶して海水を多く飲み込まなかったのでしょう。
「う、うん......」
どうやら女性が気が付いたようですが、意識がはっきりしないのかぼんやりとした視線を向けてきます。
濡れてはりついた髪を掻き分けてあげると、その美しい顔がはっきりとした姿を現しました。
「あれ、ここは...?私はクルーザーで海に......」
「私たちが海であなたを釣り上げたの。その格好だと体に良くないわ。まずは私の替えの服を着てください」
私は手持ちの服に着替えさせてから父に報告しました。
港に引き返すために船の舵を取っていた父も、女性が意識が戻った様子を見ると思わずほっとした表情をしています。
それから身元確認のために名前や連絡先などを聞き、無線で港に救急車の手配を済ませると急いで寄港するのでした。
そんな衝撃の出来事も二学期が始まり、学校と共に始まったいつもの日常に埋もれて忘れかけた頃、私の家に驚きの訪問者がありました。
黒塗りの高級車でお付きの老紳士と共に現れた女性は、あのときの女性でした。
「タダラ様、先日は本当にありがとうございました。あなた方はお嬢様の命の恩人です」
「本当にありがとうございます」
陸に上がり身なりを整えた彼女本来の姿は、それは美しいものでした。
しっとりとした黒髪に白い透き通るような肌。整った顔立ちに柔らかい眼差しを浮かべています。
お付きの紳士と共に上品な佇まいで、誰もが思い浮かべるお嬢様像を体現しています。
普通の一軒家の玄関にいると違和感がハンパ無いです。
家族みんなが面白いくらいに混乱していましたが、我に返った母がなんとか応接間にお通しします。
「先日命をお救い頂いた小笠原サチです。本日はあなた方御家族にどうしてもお礼をと思い、こうして参りました。」
「い、いえ!当然のことをしたまでです。こちらこそ一本釣りしてしまったのにお礼なんて畏れ多い!」
自分でも何を言っているかわからないまま、両親と老紳士の間でお話は進んでいきました。
その間サチさんは私を慈しむような目で眺めていましたが、時々右手で唇に触れているのが少し気になりました。
二人が帰り、私が正気に戻った時には、私の高校受験は聖シーブリーム女学院への推薦入学という形で終了していました。
どうも学院理事長のお孫さんなのだそうです......
その後の中学校生活は迫る入学準備などに追われてあっという間に過ぎ、4月から栄えある聖シーブリーム女学院の一員となったのでした。
学院での生活はまるで御伽噺のようでした。
明治時代に西欧風で建てられた歴史ある校舎、白亜の時計塔に代表される建造物、そして由緒正しいお嬢様たち。何もかもが私を魅了し、そして平凡な私との違いを思い知らされます。
こんな所にいていいのかな...猟師の娘なんて場違いじゃないかな...
不安に押しつぶされそうになる私を支えてくださったのは、サチ様でした。
学院は投票で選ばれた赤身の君と白身の君という二人が、それぞれ委員長、副委員長として生徒会を運営しています。
サチ様はその赤身の君に選ばれ、二年生ながら生徒会長をしていました。
忙しい公務の合間も私を気にかけ、会いに来てくださいました。
私はそんなサチ様に深い感謝と共にひそかな憧れを抱くのでした。
そんなある日、事件が起こります。
私が何かとサチ様に気にかけられていることに他の女性とが嫉妬し、嫌がらせを受けたのです。
慣れない環境に周囲からの嫌がらせで私はすっかりまいってしまいました。
事態に気付かれたサチ様は、私を守るためにみんなの前で宣言したのです。
「ユミカは私にとって大事な後輩です。命の恩人である彼女をいきなり学び舎に呼んでしまったのは私です。貴方たちの言う品格という物を問うならば、私は彼女を誰もが認める淑女にするため私の『リール』にします」
そうして高校に入学した初めての夏、私はサチ様の妹に選ばれ、彼女と『二人をつなぐ糸巻き』という意味の『リール』になるのでした。
白身の君のリールとなった私に嫌がらせを続ける人はもういませんでした。
もちろんお姉さまと共に淑女になるための努力はしていますし、まだまだ直すところはいっぱいあります。
それでもお姉さまのリールとなれて、今では幸せな日々を送っています。
ただ、なんだか最近思うのです。
お姉さまの私を見る目が...なんというか肉食のシャチのような目をしている時があるような...
私の聖シーブリーム女学院での生活は、まだまだ始まったばかりです。
お読み頂きありがとうございます。
誰もが思いつくであろうネタですね。
私なりにマ○見てを想像して書いてみました。
お気に入りユーザーに登録してくれた奇特な方がいたので、お礼にと執筆してみました。