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れべる2

「おー、来たきた」

男はポテトチップスを頬張りながらひとりごちます。

それは久しぶりの訪問でした。多い時では月に二、三回、同じように複数人のグループを組んで城にやって来るのです。今回は前回の訪問から数カ月ぶりのお出ましでした。

「ゲームよりも退屈させたら承知しねーぞ」

男は空になったポテトチップスの袋を放り投げると準備に取り掛かることにしました。面倒臭いとは分かっていても。やるからには向かってくる最高の演出で御もてなしをしなくてはならないと考えるのです。

手始めに男は両手を空に掲げます。するとどうでしょう。雲ひとつない青空を真っ黒な雨雲が待っていましたと言わんばかりに素早く覆い始めたではありませんか。一緒に雷鳴も轟くようになります。そよ風に踊っていた森の木々も闇に溶け込み不気味に静まり返ります。その中で遊んでいた小鳥も徒ならぬ空気に、叫ぶように鳴き声を上げながら飛び去っていくのです。

男は手を下ろして人間たちを見ます。案の定、彼らは突然の変化に困惑していました。足を止めて視線を右往左往させるのです。

サンサンと太陽が姿を見せているよりも世紀末のようなムードを漂わせた方が盛り上がるはず。男の考える演出の一つです。

「ふふん」

自画自賛の完璧な雰囲気作りに大きく頷きます。

そして男は玉座の間へと戻ると、出しっぱなしのテレビとゲーム機器を両手で抱えると玉座の後ろに隠します。ゲーム機を目にして拍子抜けされても困りますからね。

雰囲気と言えばやはり恰好も当然に拘らないといけません。男は玉座の後ろに置かれた大きな木箱から何かを取りだします。

シルクの黒マント、怪しく光るこれまた黒の甲冑一式、そして角のカチューシャ。Tシャツにジーパン。これは男にとって一番着慣れているし動きやすい恰好ですが、戦闘に際してのドレスコードにはちょっとそぐわないと思うのです。ですから人間が抱く魔王像に近い恰好をするために、過去に葬り去った人間が身に付けていたモノを組み合わせて、わざわざ作り上げたのです。

早速、Tシャツとジーパンの上から着替えることにします。早くしないと人間たちがここに辿り着いてしまいます。ほら、扉の向こうから忙しい足音が聞こえてきました。

 早着替えを終えた男は慌てて玉座に腰を掛けます。足を組んで頬杖なんかついておけばバッチリ。これでお出迎えの準備は万端です。

「おっと――」

角のカチューシャを忘れていました。急いで頭にはめます。

「魔王ッッ!」

 ギリギリセーフ――。

威勢のいい叫び声と共に剣を手にした男が広間に入ってきました。それに続いて一人、二人と横に並ぶは早く、戦闘態勢に入ります。

 男は少し落胆します。久しぶりに姿を現した人間たちは例に違わず、お決まりの様子を呈していたからです。

高価な鎧を身に纏う端正な顔立ちをした剣士からはナルシスト臭がプンプンしますし、左に立つ男は薄い布を巻いただけの変態筋肉バカですし、武道着を着た男は薄っぺらい顔で何の特徴もないし……と。お前らは本気で、死ぬ気で、この場に足を踏み入れたのかと、男はいささか疑問に思うのです。

打倒魔王を掲げた数知れない人間の命がこの場で絶えました。そこから学び、向上するという考えは人間には及ばないのだろうか。男は彼らと対面するたびに他人事ながら頭を悩ませることが多いのです。

――やれやれ。

今回も結局はそうなのでしょう。ゲームを中断してまで戦闘の準備をしてやった 時間を返しやがれと怒鳴り散らしてやりたい気にもなります。

しかし最後に広間に姿を現した者が、あの足の遅かった女でしたが、その彼女を目にした途端に男の顔色は変りました。

男三人の後ろに立ち、加えて帽子を深く被っているために顔を窺うことはできません。背も小さいですし、マントに杖と典型的な魔法使いの格好にも関わらず、どこか着慣れていない様子からは何のオーラも見えません。

しかし男は彼女に他の三人とは異なる、いいえ、今まで対峙してきた全ての者と異なる、筆舌に尽くしがたい何かを感じ取ったのです。その正体は分かりません。強力な攻撃魔法を唱えることが出来るのでしょうか。それとも補助魔法に長けているのでしょうか。召喚魔法を使いこなせるのでしょうか。はたまた――。

「おい! 何か返事をしろ!」

 おっと、イケません。

客人に無用な苛立ちを覚えさせてしまったようです。男は咳払いを一つすると玉座から腰を上げます。声はいつもよりも低く、口調もそれっぽく。

「いかにも、私が魔王である」

男はマントを大きく広げます。すると仕掛けられたように外では雷が眩く光り、続けてピシャッと大きな音が轟きました。

――グッドタイミィングっ。

思いがけない演出に思わず男の頬は緩んでしまいます。しかしすぐに顔を引き締めて人間たちのもとへと歩んでいきます。

男が一歩近づくと人間たちは半歩下がります。その様子はとても滑稽でした。広間に入ってきた勢いは風前の灯であり、あと何歩か近づけば尻尾を巻いて逃げていくのではないかと思われるほど。

――はいはい、そのまま出て行ってくれていいよ。

そうすれば無駄に争わなくて済むでしょうし、ゲームも再開できます。しかしそんな上手くはいきません。

「な、なんだよ、背格好は俺たちと一緒じゃねーか」

 そう言うのはあの筋肉バカです。パーティーの中でも一番の大男は顔を引きつらせながらも笑うのです。外見だけの判断。なんと愚かなことでしょう。脳みそまで固まってしまっているのかと男は憐れみます。

「俺たちだけでいけるんじゃねーか?」

大男は手をゆっくりと頭の後ろに回すと、背負った斧の柄を固く握りしめます。その行為が他の仲間を鼓舞するのです。逃げ腰だったパーティーの面々は再び顔を引き締め戦闘に備え始めたのです。

 ――ちっ、余計なことしくさって。

男は小さくため息を吐きます。今回に限ったことではありませんがやはり見た目で判断されるのは好きではありません。こう言う時は決まって、

「私は貴様らが思う以上に恐ろしく強い。世界に存在するありとあらゆる恐怖が慄く魔王の力を貴様らは味わわせてやろう」

 と、大袈裟な表現を使って威圧してみたりするのです。そうすれば、今までの流れだと、五割弱のパーティーはこの時点で恐れをなして逃げだします。

 しかしこのパーティーは若干顔を強張らせはしましたが、「こけおどしは通用しないぜ」なんて調子に乗った発言をするのです。勇敢にも逃げ出す気配なんて一切ありません。第一段階はクリアのようです。

――だりぃな。

男は心の中で呟きます。面倒臭いですがこうなったら仕方がありません。次のステップ――実際に力の差を見せつけてやることにします。

「では誰から始末して欲しい?」

 男は不敵な笑みを浮かべながらそれぞれに視線を配ります。四人に緊張が走るのが分かりました。誰一人として動きを見せようとはしません。

「やれやれ……弱いというのは辛いものだな」

 男は鼻で笑うと肩を竦めます。そして四人に背中を向けると玉座に戻ろうとするのです。しかし戦闘を放棄したわけでもありません。

「もらったぁあああああああああ!」

 叫び声が男の後ろで上がります。同時に男の足もとには大きな影が落ちます。男は素早く腕を頭上に掲げました。

バリィイイイイイインンンッッ――。

 ガラスの割れるような音が響き渡ります。男がゆっくりと振り返ると筋肉バカが目を丸くして立っていたのです。彼が握りしめた斧は大きく欠けていました。

「どうなってんだよ……」

 筋肉バカは状況が飲みこめずに声を震わせます。

「どうなっている、だと? 見たら分かるではないか。背中を向けた私に全力で立ち向かったとしてもこのザマ。何を意味しているか無能な貴様らにも理解できるだろう」

 男がワザと隙を見せるのも彼らに攻撃の契機を与えるためです。男が背中を向けることで戦意喪失気味のパーティーは「この状況なら倒せる」と言った淡い期待と勇気を得ることが出来ます。そうすることで彼は足を動かすことが出来るのです。

事実、この大男も隙を狙って敵の首を取りに来たのでしょう。しかし男が易々と倒されるわけがありません。ここが大事なシーンなのです。人間にとって圧倒的有利な場面においてその想像を凌駕するほどの力の差を見せつけてやるのです。それが今のように、振り返らずに防御したり、時にはふっ飛ばしたり、と時と場合によってやり方を変えては人間たちを絶望の淵へと追い込むのです。

「さて、次は誰だ?」

 男が笑います。

八割強のパーティーはここで脱落します。今回の面々もいつ慌てて逃げ出すか楽しみで仕方がないのです――が、しかし前にした四人は一向に逃げ出そうはしません。反対に剣士と武道家が同時に攻撃を仕掛けてくるではありませんか。

「ちっ――」

 男は少し不満げな顔を見せながら応戦します。

「閃光剣ッ!」

 剣士がそう唱えると手にしていた剣は白く光ります。そしてそれを上に掲げると男に飛びかかってきたのです。

 毎回のことでもう萎えることはなくなりましたが、今のように何故に人間はいちいち技や魔法の名前を口にするのだろうと思うのです。変に洒落た名前だったり横文字を駆使したスタイリッシュな名前だったりするのは少しカッコが良いなと思いながらも、その名前を漏らしてしまうせいで大体どんな技が展開されるのか読めてしまうから勿体ないと思うのです。

閃光剣――それこそ文字通りで、閃光のごとく素早い動きを見せる剣技なのでしょう。そうではなくて、例えば、手品師のように剣を花束へと変え、相手を唖然とさせてからのローキック――なんて、「閃光も剣も関係ないじゃん!」と誰もが突っ込みたくなるような、技名と内容のギャップを生じさせれば案外に強力なダメージを与えられるかもしれないのにと男は結構真面目に考えるのです。

しかし、ほら、今回も、閃光剣のイメージから逸脱しない技が繰り出されます。眩い光と共に鋭い一閃が放たれたではありませんか。

叫んでから技を発動するまで僅かコンマ五秒です。電光石火の技としては上出来です。しかし人間との身体能力の差をナメてもらっては困ります。思考のスピードも然ることながら動きだってどんな人間にも劣るわけがありません。男は人差し指でいとも容易く剣士の振りかざした剣先を止めてしまいました。

「クソッ!」

 剣士は顔を顰めて後退します。しかしすぐにしたり顔へと変化するのです。

「よそ見とは随分と余裕だな!」

 その声は下から聞こえてきました。腰を屈めた武道家が、勢いよく地面を蹴り上げて拳を突き上げていたのです。なるほど、剣士は囮だったのです。

「必殺! ヒートアッパァアアアアアアッッ!」

 武道家の振り上げる硬く握りしめられた拳と筋骨隆々な腕は昇竜のごとく――……見えたのは一瞬でした。

 ――また言っちゃってるし、ばっかじゃねーの。

 男は武道家の拳をなんなく手の平で防ぐと、間髪を容れずにがっちりと掴み、そのまま武道家を後方へと投げたのです。とはいえ、本当に軽く、攻撃を受け流すように投げたものですから武道家は気付いた時にストンと上手に着地しているわけです。

 そんなアクロバティックなことをしなくてもそのまま地面にめり込ますように叩きつければいいではないかと思いますが、男は無駄に傷を負わせたりしません。しかし優しさ故の配慮ではありません。一度でも真面目に戦闘態勢に入った人間へ下手にダメージを与えるとややこしいからです。恐怖で尻込みさせるどころか反対に戦闘意識を奮い立たせてしまう恐れがあるのです。男の経験上ですが、「俺の仲間をよくも傷つけてくれたな!」なんて怒りに身を任せて向かって来ることが多いものですから、そうなると鬱陶しいったらありゃしない。

 もちろん完膚なきまでに叩きのめすことだって、一瞬にしてパーティーを瀕死状態にすることだって、むしろ全滅させることだって造作もないでしょう。ですが、それはちょっと可哀想だと思うのです。男は決して慈悲深いわけではありません。しかし無下に人間の命を奪うほど腐ってはいないと自負するのです。

 ですから、男は戦いという命のやり取りを回避すべく、なるべく人間と関わらないようにと距離を置くことに努めてきたのです。取るに足らない存在だと邪険に扱ったこともあります。勝ち目のない争いをしても意味がないと説き伏せようとしたこともありました。気に食わない部分があれば直すと屈辱的な譲歩により和解を求めようともしました。しかし人間にとって男は絶対悪なのです。残念なことに一切の赦しも妥協も甘受もありません。どう接しようとも彼らは男の命を狙ってきます。

 そうなると向き合うしかありません。しかし死を与えることは最後の手段であります。とにかく人間の成す術を掻き消して、勝利への望みを断ち切ろうとするのです。人間自らが己の浅はかさを知り、勝手に退散してくれることを願うのです。

 しかし――。

「何が可笑しい?」

 男が剣士に問います。その口元が緩んでいたからです。剣士はまだ希望を失ってはいないようです。

こんな場合に限っては仕方がありません。月とすっぽん以上の力の差を見せつけても、それでもなお立ち向かってくる者には、いえ、命を奪おうとしてくる者には、永久に眠ってもらうしかありません。

「いいだろう。その余裕諸共に貴様をあの世へと送ってやる」

 男が大きく広げた手を前にしましたがすぐに下ろしてしまいます。どこか違和感を覚えたのです。

例の筋肉バカの大男が剣士の横に並びます。武器がボロボロの使い物にならない状態であるにも関わらず、不思議と笑みを浮かべていたのです。あまりの恐ろしさに正気を保てなくなったのでしょうか。しかしどうも違うのです。

 ハッとして男は振り返りました。

 武道家が性懲りもなく何か仕掛けているのかと思ったからです。しかし彼はこちらをじっと見つめているだけでした。やはりその表情は大男と同様にこの圧倒的不利な状況とは似つかわしくないものでした。渾身の技を交わされ、挙句の果てに投げ飛ばされてしまったというのに飄々とした表情を見せていたのです。

 やはり普段の人間たちとは何かが違う。この劣勢の中で誰もがこれほどまでに余裕を見せられる根拠は一体どこに…………――――男の目は大きく開かれました。

「あの女はッ!」

 男は思わず声を上げてしまいました。あの掴めない雰囲気を醸し出していた魔法使いはどこに行ったのだと男は辺りを見渡します。

「気付くのが遅かったな、魔王!」

 そう声を上げるのは剣士でした。筋肉バカと共にスッと横に退けます。

するとどうでしょう。男の視界に正座をした魔法使いが飛び込んできました。彼女は杖を地面に置き、顔を天井へと向けていました。同じく空に向かって伸ばした両手に白い輝きを包みながら何かを唱えていたのです。

「ちょ、やめろ!」

 男は役柄も忘れて素のままに叫びます。

 直感――なんかヤバくね?


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