二日目 月曜日 その1
二日目 月曜日
月曜日の朝の教室はちょっとだけ特別だ。といっても別にこれといったことがあるわけではないのだけれど、やけに元気なやつもいれば、いつも以上に疲れているようすのやつもいる。
たった一日顔を見ないだけなのに、不思議と月曜の朝は懐かしく感じたりする。
僕が教室に入るとすでに半分以上の生徒が登校してきていた。
これもいつも通りのことだ。
僕の席は廊下側の真ん中あたりだった。壁に寄りかかることもできたりして、なかなか居心地がいいポジションだ。
鬼姫こと鬼塚姫乃さんの席は、窓際の一番後ろの席だった。暗黙の了解で彼女の指定席になっていた。
その鬼塚姫乃さんだけど、彼女はまだ来ていない。これもいつも通りだ。彼女はいつも朝のホームルームが始まるギリギリの時間に登校してくるのだ。
僕は適当にクラスメートにあいさつしながら自分の席に着いた。鞄を机の脇にひっかける。それから机の上に両手を伸ばして突っ伏した。
さすがに今日は身体というか気持ち的に昨日の疲れが残っていた。
「どうしたん? カトちゃん、月曜の朝から元気ないやんけ?」
話しかけてきたのは前の席に座る小野寺だった。たまにあやしい関西弁を使ったりもするけれど、本人は一度も関西に行ったこともなく、普段は普通の標準語だ。
「んー。いろいろあってちょっと疲れているんだよね」
「いろいろってなんやねん?」
「いろいろはいろいろさ」
「なんや、人に言えないことなんか? まあいいや。そういえばカトちゃんがいつも読んでいるマンガの新刊が発売されてたぜ。もう買ったか?」
「ああ、昨日一応買ったけど、まだ読んでないんだ」
「そっか、じゃあ読んだら貸してぇな」
「わかった」
などと適当なことをいつも通り話していると予鈴のチャイムが鳴り始めた。
そろそろ鬼塚姫乃さんも登校してくる時間帯だ。
普段は気にしていなかったのだけど、今日は身体を起こして後ろの出入り口付近をそれとなく眺めていた。
彼女が教室に入ってきたのは、本鈴が鳴る寸前だった。その時間になると慌てて教室に飛び込んでくるやつが多いのだけれど、彼女、鬼塚姫乃さんはいつも通り平然と背筋を伸ばしたきれいな姿勢で教室に入ってきた。まっすぐ前を向いて、無表情のまま自分の席に向かって教室の後ろを歩いていく。
「おはよう」のあいさつもないし、彼女にあいさつする生徒もいない。黙って自分の席に着いて静かに座っている。
それがいつもの光景だった。
学校での鬼塚姫乃さんは、決して笑わないし誰ともしゃべらない。授業でも指されるということがないので下手をすると彼女の声を聞いたことがない生徒がほとんどなんじゃないだろうか。考えてみれば僕も彼女の声をしっかりと聞いたのは昨日がはじめてだったかもしれない。
鬼姫。
家がやくざで親が親分。彼女自身も口よりも先に手が出るという武闘派で、関わるものすべてを恐怖のどん底に陥れるという鬼のような存在。一般の生徒は好んで係わり合いになろうとする者はいないし彼女からも関わってこない。だったら不良とかそういった存在がうちの学校にも少なからずいるのだけれど、そういった連中が近づいてくると問答無用で拒絶してぶちのめすと評判だった。
だから学校での鬼塚姫乃さんの周りには誰もいなかったし誰も近寄らなかった。
今日も無言のまま彼女は自分の席に着いた。
もしかしたら僕の方を見たりするかなと思ったりもしたのだけれど、それは僕の自意識過剰だったようでいつも通りの彼女だった。
昨日の出来事が夢か何かだったのかと思うくらい、僕のことも他の生徒のこともまったく関心がないといった様子だ。
みんなが知っている鬼姫の姿だった。
ちょっとがっかりした僕がいた。でもそれは不公平だよな。僕からも別にあいさつを送ったわけじゃないのだし。それにもしも彼女からあいさつされたなら、僕はうまく返事を返せたか自信がない。
「カトちゃんよ」
突然両肩を掴まれた。
びっくりする僕に小野寺は顔を近づけてくる。
「なんやさっきから鬼姫に熱い視線を送って、見つめちゃっているけれど、友達として一言だけ忠告させてくれ」
「……」
「鬼姫はヤバいって」
「………」
「たしかに鬼姫は美人さんや。あれで愛想がよければ文句なしや。スタイルだって悪くないと思う。せやけどな、相手はあの鬼姫やで。いくらカトちゃんが恋い焦がれようが、眠れないくらいに思いつめようが、その前に殺されるのがオチやで」
「…………」
僕は穴が開くくらい小野寺の顔を見つめた。大きな声で話せないのはわかるけれど顔が近すぎるぞ。何を興奮しているのか知らないけれど、鼻息がかかってくる。
それよりも気になるのは、こいつは何を言っているんだ。
「とにかく鬼姫はやめとけや」
それだけ言うと小野寺は掴んでいた僕の両肩を話して前を向いてしまった。
「いやいや待てって!」
僕は慌てて誤解を解こうとしたのだけれど、その時ちょうど担任が教室に入ってきてしまったため、反論も弁解も言い訳もなにもする暇がなかった。
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