エピローグ
病院にて
気がつくとベッドに寝かされていた。
「優太さん。よかった、優太さん」
姫乃が泣いていた。
ああそうか、僕は拳銃で撃たれたのだった。
麻酔の所為でやけに眠たかった。
姫乃はベッドの脇に陣取って僕の右手をずっと握りしめていた。
「ごめんなさい。わたしが短気を起こしてしまったせいでこんなことになってしまって」
また姫乃の目に涙が浮かんでくる。
「姫、大丈夫だよ。だから泣かないで」
「優太さん、無茶なことはしないでください」
「うん、ごめんね。でも……」
「わたしも短気を起こさないように気をつけますね」
「うん、そうだね」
目を開けると鬼塚龍虎さんが僕の顔を覗き込んでいた。
寝起きにはあまり見たくない顔だった。
「お、婿殿気がついたようだな」
婿殿?
「それにしても拳銃を持った相手に素手で飛びかかるとはやるもんだ」
と龍虎さんは豪快な笑い声をあげた。
「お父さん、病院なんだから静かにして!」
「いや、すまんすまん」
姫乃に怒られて首をすくめる龍虎さんの姿はやくざの親分には見えなかった。
「入院中のことは何にも心配するこたぁない。全部おれにまかせといてくれ。必要なものがあったら遠慮なくいって構わんぞ」
そういえば僕が入院しているのは広い個室だった。
動けずにベッドに寝っぱなしの僕にとってはあんまり関係ない話だけど、この個室は特別個室と呼ばれていて病院で一番いい部屋らしかった。
シンさんがいた。
「昨日に引き続き災難でしたね」
「まあ、姫とつき合うんだからこれくらいは覚悟の上ですよ」
「優太さんひどいです」
「昨日はどうなるかとあたしも冷や冷やさせてもらいやした。加藤さんが友達をやめるとおっしゃったときは肝を冷やしましたよ。けれども雨降って地固まるじゃありやせんが、お二人がよい関係になられたことはわがことながら喜んでおりやす」
「いろいろと迷惑をかけちゃうと思いますけどよろしくお願いします」
寝たまま首だけでなんとかお辞儀をする。
「いえこちらこそ。ただ気を悪くしないで聞いてほしいんですが、昨日のような状況、お嬢と加藤さんのどちらかを選ばなければならなかった場合、あたしはお嬢を守らせていただきやす。それだけは心の隅にでも留めておいてくだせえ」
「シンさん!」
怒ったような表情を姫乃はシンさんに向ける。
でも僕もそれは当然だと思うし、気を悪くするようなことじゃない。
「もちろんです。僕も姫を選びますからね」
シンさんはお辞儀をすると病室を出ていった。
入れ替わるように入ってきたのはカツマ君だった。
「若! 調子はどうっすか?」
「拳銃で撃たれた割には元気だと思うよ」
実際は麻酔でしびれた感覚が残っていて、気だるい感じだった。
これ、麻酔が完全に切れたら左足は激痛が走ったりするのだろうか。
ちょっと不安だ。
「にしても、若の武勇伝はすごいっすね。さすがはお嬢が見込んだ男っすね。もう俺のことは子分だって思ってくださいよ」
「………」
それは遠慮したいような。別にカツマ君が嫌いというわけじゃないけれど、すでに忍者が一人押しかけてきているんだ。子分を増やす余裕はないよ。
「俺、若が退院するまではだいたい病室の前に詰めてますんで、何かあったら遠慮なく呼んでくださいね。お嬢もあまり無理しないで休んでくださいね」
といってカツマ君は出ていったけれど、間違いなく廊下に陣取っている事だろう。
桃井刑事は柿崎刑事と連れだってやってきた。
「いやぁお手柄だったねぇ」
柔らかい口調で話しながら事件の詳細を教えてくれた。
あの二人組は全国指名手配の凶悪な強盗犯だったのだそうだ。
「おたくらが運よく、というか運悪くあの場に居合わせたのが運のつきだったねぇ」
どちらかというと僕たちも強盗たちも運が悪かったってことじゃないか。
「まあもう少し怪我がよくなるころにまたお邪魔させてもらうよ。その時はお嬢さんと一緒に事件について話してもらおうかな」
と言って桃井刑事は帰っていった。
そういえば柿崎刑事は結局また一言もしゃべらなかった。
「わたしの言ったとおりにして良かっただろう?」
「この姿を見てそのセリフを言いますか?」
「いいではないかラブラブなのだから」
「お母さんと優太さんは知り合いなのですか?」
僕と洋子さんの掛け合いを見て、姫乃が不思議そうに尋ねてきた。
「そうなのだ。姫乃には黙っていたが、実は私と少年は一緒にご飯を食べる仲なのだ」
「え? ほんとうですか?」
姫乃はびっくり顔で僕と洋子さんの顔を交互に見比べている。
確かに、警察署の取調室で一緒にカツ丼を食べた仲だけど、洋子さん、なんだかその言い方だと変な誤解を与えそうですよ。
「というわけだから近いうちに家にご飯を食べにくる約束もしているのだ。どうだ姫乃、うらやましいだろう」
「ゆ、優太さん!」
「待って姫、言っておくけど僕に姫とつき合っちゃえばって勧めた張本人は洋子さんだからね」
忍はずっとつきっきりで離れなかった姫乃が、所用でほんの少しだけ席を離れた隙にやってきた。
「申し訳ありませんでした」
「昨日のことだったらもういいよ。手錠外してもらったし」
「いえ違うのです」
と言って忍は神妙な表情を浮かべた。
「昨日に引き続き、あたしはまたもや不覚をとってしまいました。しかも今回は若様に怪我まで負わせてしまい……あたしは護衛失格です」
「この怪我のこと? これは僕が無茶をした結果だし、忍はあの場にいなかったんだから気にする必要はないよ」
「いたのです」
「……?」
「あの場にあたしもいたのです!」
「え? あそこにいたの?」
まったく気がつかなかった。でもあの混乱だし姫乃の突飛もない行動の結果だ。だれが強盗に向かってデートが邪魔されたからってパフェのグラスを投げつけると思う。
と言って慰めたのだけれど、忍はますます落ち込むばかりだった。
「実は、カウンター席に座っていて車が突っ込んでいた時には挟まれてしまい身動きが取れなかったのです」
そういえばカウンターとテーブルに挟まれた人がいたような気がするぞ。
あれが忍だったのか。
「まあ三度目の正直って言葉もあるし、次、がんばろうよ」
「はい次こそは必ずや」
意気込む忍には悪いけど、次がないのが一番なんだけどね。
「そういえば家に来るって言ってたけどどうするの?」
「若様が戻るまでご自宅のことはあたしにお任せください。立派に務めてみせます」
「それはいいけど、いきなり知らない人が家にいてご近所さんに変に思われないかな?」
「その点はぬかりありません」
やけに自信満々な感じで忍がとりだしたのは、メイド服だった。
「このメイド服を着用していれば何の問題もありません」
「………」
もしかして忍はドジっ子というやつなのか。
一度洋子さんにきっちりと聞いた方がいいかもしれなかった。
「あれ? 話声がしたように思ったのですけど」
そういいながら姫乃が入ってきた時には忍の姿はすでになかった。
どうやって消えれいるのか謎だけれど、忍者であることは間違いない。
それにしても家に帰るとメイドさんがいるのか。
なんだかなぁ。
頭を撫でられている感覚で目が覚めた。
「よう久しぶり!」
懐かしい顔があった。会うのは一年ぶりくらいだ。
女の子のくせにタコのいっぱいあるごつごつした手をしているのに、撫でられているのは気持ちがよかった。
真夜中だった。
窓から月明かりが差し込んでいる。
「どうしてここにいるんですか?」
「いやね、かわいい弟子が一人前になったってんでお祝いに来てあげたわけよ」
「一人前って、僕は弱いままですよ」
「だから前からいってるじゃん。強さっていうのは腕っ節じゃなくてここに宿るんだって」
そう言って師匠は僕の胸の上に手を置いた。
師匠が優しい顔で微笑んでいる。化粧っけのない顔で、鼻のあたりに微かにそばかすがあった。癖の強い髪の毛を無造作に一つにまとめて後ろでくくっていた。
「お祝いって言うのなら、たまにはおしゃれしてきてくださいよ」
「何言ってんだい。あたしが化粧しておしゃれな服着たら、優太が気づかないじゃないか。だからあたしはわざわざいつものジャージ姿でやってきてあげたのだよ」
「はい嘘。面倒くさかっただけですよね」
「まあね、優太に会うのに着飾ってもしょうがない。あたしはあたしだからね」
これが僕の師匠だった。化粧はしないしガサツだし、いつもジャージに下駄というスタイルだし、なのにめちゃくちゃ強くって。稽古とご飯とお酒が大好きな変わりものだ。
「でも師匠、僕はぜんぜん一人前じゃないですよ。今だってこんな様だし」
いくら強さが心に宿るといっても最近の僕はやられっぱなしだ。
「何言ってんだい。その怪我だってその子を守るために負ったんだろ。誰かを守ることができたら、誰かを守りたいと思う心を持てば、それが一人前の証なんだよ」
と言って師匠はポンポンと僕の頭を叩いた。
「それにしても優太の相手が鬼姫とはね。あたしゃびっくりだよ」
ぺチンとおでこを叩かれた。
この病室には泊まり込みもできるように簡易ベッドが備え付けられていた。けれども姫乃は僕の横から離れるのを嫌がって今もベッド脇に陣取っていた。
もっとも今は両腕を枕にしてベッドに顔をうずめて眠っている。
昼間は掴んで離してもらえなかった右手で姫乃の頭をなでる。
すると気持ちよさそうに姫乃は顔を寄せてきた。
「あーあ、あたしの予定も狂っちゃったなぁ」
「なんです突然?」
「あたしの夢はね、優太のお嫁さんになることだったんだよ」
顔の横で手を組んで妙な品を作って師匠はわけわからないことを言った。
「逆光源氏物語計画がこれじゃパーだよ。困ったもんだ」
「なんですかその計画? いやなんとなく想像つくから詳しい説明はしなくていいです」
目を輝かせ始めた師匠を慌てて制止する。
「せっかく優太を大切に育ててきたのに、鬼姫ちゃんに奪われちゃうとは残念だ」
「大切にって、どの辺りが大切だったんですか?」
師匠の修行はそりゃあもうつらい思い出ばかりだ。
「どこって、全部に決まっているじゃないか。獅子が我が子を谷に突き落として鍛えるように、優太を谷に突き落としその上から石まで落として、登ってきたら突き落として、あたし好みの強い男になるように修行したのに」
「ああ、そうですか」
つき合ってられない。
「そうそう強いといっても腕っ節のことじゃないぞ。ここのことだぞ」
と師匠は自分の胸をドンと叩いた。
「それで師匠。ほんとのところなにしに来たんですか?」
「ん? だから言ったじゃん。一人前になったお祝いだって。それとあたしの優太がどうしているか気になっちゃって」
「ししょー」
「本当に優太の顔を見に来たんだって。優太があたしの優太のままで安心したわ。お嫁さんは鬼姫ちゃんにとられちゃったから、あたしは愛人で我慢すっか。というわけでいつでもあたしの操を奪いに来ていいからね」
またわけのわからないことを言い始めた。
「なにいってんですか。行くわけないでしょ」
「そんな子に育てた覚えはないぞ。こないんだったら無理矢理あたしの操を奪わせてやる」
「それ、なんか違くないですか?」
「結果は同じだから全然オッケー」
親指を立ててぺろりと舌を出して見せた。
「さてあんまり長いして鬼姫ちゃん起しちゃったらかわいそうだし、巡回の看護婦さんにあたしと優太の情事を見られちゃうのも恥ずかしいからそろそろ帰ろっかな」
と言って師匠は大きく伸びをした。
あれ? 本当に顔を見に来ただけなんだ。
拍子抜けして師匠の様子を眺めていると、最初と同じように僕の頭を撫で始めた。
「本当に優太が優太のままで安心した。知ってる? 優太はこの街の三大勢力の全部にコネができちゃったんだよ」
「三大勢力ですか?」
「そうだよん。鬼姫ちゃんを通じてだけど、表は栗原さんとこの警察関係、裏は鬼姫ちゃんの鬼塚家。で、最後はあたしんとこ。表と裏は説明しなくてもわかると思うけど、あたしんとこはね、戦闘力だけだったら最強だから。あたしは完璧に優太の味方だし、大先生から一門総出で何かあったら優太の味方だからね。覚えといて」
「もしかして僕が変わっててダメなやつになってたらどうするつもりだったんですか?」
「もちろんこのまま拉致して道場に監禁して、徹底的に鍛え直してあげたよん」
師匠は本当に僕の顔を見に来ただけだったけど、面接でもあったわけだ。とりあえず合格だったみたいで安心した。
もし不合格だったかと思っただけで背中に冷たい汗が流れてくる。
「それで大きな力を使うことができるとわかった優太君は、この力をどう使うかな?」
どことなくふざけた口調の質問だけど大事なことだということはよくわかった。
でも力を使えたからといって特になにがしたいといこともない。できれば昨日や今日のような事件にあわないで平和に暮らしたいだけだ。
「師匠が師匠であるように、僕はただの高校生の僕なだけですからね。誰かを守れるなら遠慮なく使わせてもらいますけど、そうじゃないならいらないです」
「よしそれでこそあたしの優太だ!」
と言って師匠は拳を僕の胸に突きおろした。もちろん本気じゃなくて軽いやつだ。
それでもあばらが折れるんじゃないかってくらいの衝撃がきた。
「ああそうだ。僕は僕ですけど、姫乃の彼氏という肩書が増えました」
「鬼姫ちゃんの彼氏ね」
「師匠違いますよ。ただの姫乃の彼氏です」
鬼姫と呼ばれる姫乃じゃなくて、ただの姫乃のことが好きなんだ。
師匠はしばらく黙ったまま頬をかいていた。
それからにやりと笑って腕組をした。
嫌な予感がする。
「よしあたしは今日から優太の愛人という肩書を増やすことにする」
「し、師匠! 今僕結構いい感じで今日を終われそうな感じだったんですけど、今ので台無しですよ!」
「優太のくせに生意気だからだ。じゃあ本当にあたしは帰るからね。そうそう怪我が治ったら道場に来るように。絶対に来るように。来なかったら優太んちにあたしの操を奪わせに行くからね! じゃ、おやすみ!」
というと本当に帰ってしまった。
師匠がいなくなると病室は怖いくらいに静かになった。
師匠の所為ですっかり眠気も吹っ飛んでしまっていた。
姫乃はぐっすり眠っている。
あれだけ騒いでも起きないところをみると相当疲れていたんだろう。
月明かりの中、僕はしばらく姫乃の寝顔を眺めていた。
ああそうか。
思い出したことがある。
あれは確か小学校二年生の写生大会の時だった。
どこかの自然公園だったと思う。
僕は友達と絵を描くのもそっちのけで鬼ごっこをやっていた。
そのうちの一人が、一人で絵を描いていた他のクラスの女の子に思い切りぶつかったのだ。
ぶつかった本人はそのまま走り去ってしまったけれど、僕はこぼれた絵具を拾い集める女の子の元に近寄って、拾うのを手伝ってあげたのだった。
ただの気まぐれだ。
あの時、確か女の子は「ありがとう」と小声で言った。
そして僕は「ああ」とか「うん」とか返事とも言えない返事をして立ち去ったのだった。
たったそれだけだ。
ほんの些細なすれ違いだ。
それなのに姫乃はそれをずっと覚えていてくれた。
僕は姫乃の頭を撫でた。
「ありがとう」
そっとつぶやく。
「姫乃に出会えてよかったよ」
「私もです」
姫乃は眠っている。
寝言かもしれないけれど、確かにそう聞こえた。
あとがき、というか裏話を少々
ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。
人まずここでいったん簡潔になります。
シリーズもので行ったら第一巻、または第一部といったところでしょうか。
優太と姫乃がしっかりと付き合うまでのお話しになります。
実を言うとこの作品は某電〇の賞に応募して2次選考で落選したお話です。
その時評価シートをもらったのですが、五段階中の上から二番目のB+の評価をいただくことができましたが、まとまりすぎててひねりが足りないという評価でした。
規定枚数ぎりぎりの作品だったので、ここからどうひねったらいいのか考えながら今回投稿したのですが、なかなかうまくいかず、結局誤字脱字や細かいところを治しただけになってしまいました。
少しでも楽しんでいただけたのなら、物書きを目指すものとして大変うれしく思います。
さて、ここからちょっとネタばれになるかもしれませんが、続編について少し。
アイディアはいくつかあるのですが、
たとえば、一人暮らしの優太が鬼塚邸に怪我が治るまで拉致される話とか。
師匠に拉致られて師匠をはじめとした先輩方にしごかれる話とか。
やはり続編といえば第二のヒロイン登場?とか。
候補としては姫乃のせいで怪我をした優太を彼女から遠ざけようとする委員長や生徒会長のような存在が登場して優太を拉致するとか。
逆に姫乃をライバル視するスケバン(表現古)が登場して優太を拉致するとか。
または姫乃に惚れている男が登場して邪魔な優太を拉致するとか。
まあ優太が拉致られるネタはいっぱいあるわけです。
どうなるかはわかりませんが、(投稿作品も書きたいので)機会があればなと思っています。
ただ言えるのは姫乃視点はありません。
姫乃については行動や言動を見て想像してもらって楽しんでもらえたらと思っているので、やったとしても優太じゃなくて姫乃の周りの人間からみた(両親など)話になるかなと。
長くなりましたが、読んでいただけて幸せです。
いい評価も悪い評価もこれから先の糧とさせていただきますので、ご意見や感想、評価などをいただけたら幸いです。
ストックのある他の話も投稿しようと思っているのでよろしければそちらもよろしくお願いします。
ではでは。




