七日目 土曜日 決着
七日目 土曜日 決着
さて、世の中は本当に予測不可能でなにが起こるかわからないものだ。
姫乃が投げたパフェのグラスは見事に強盗の頭に命中して砕け散った。
カフェにいる人間で今何が起こっているのかわかるのは当事者である姫乃と僕だけだと思う。
姫乃はテーブルやイス、あるいは人などの障害物を気にする様子もなく、巧みなフットワークでパフェグラスの一撃をくらって朦朧としている強盗に向かっていく。
止める暇はなかったけれど、僕も黙って見ているわけにはいかない。なんといっても相手は二人いるのだし、本物の拳銃を持っているのだ。
といっても姫乃のようにスピーディに進めるわけもなく、倒れたテーブルを避けて転がっているイスをまたいでと慎重に進んでいった。
姫乃があと一歩まで迫った時だった。
パフェのグラスの直撃を受けてノックアウト寸前だと思っていた強盗が、拳銃を持ち上げピタリと姫乃の額に標準を合わせた。
酔っ払いのようにふらふらしているくせに、なぜか拳銃だけは微動だにしなかった。
「まったくひどいことをしてくれる。そんなにじゃじゃ馬だと彼氏に嫌われちゃうぜ」
「余計なお世話です。わたしと優太さんの絆はこれくらいでは壊れません」
まあ壊れないけどさ、強盗相手に何を言っているのさ。
友達だった時はどこか遠慮がちだった姫乃だったけれど、正式につき合うことになってからはどこか自信というかふっきれたようだ。
それに拳銃を向けられているのにまったく動じていないところはさすがだった。けれどもしっかりと狙いを定められていては、姫乃もうかつには動けないらしい。
「ハン! 言ってくれるね。だがそのきれいな顔がキズものになっても彼氏は好きでいてくれるかな」
と言って強盗は拳銃を振り上げて、グリップの部分を姫乃の顔面に打ちおろす。
だれかが小さく悲鳴を上げた。
僕以外の誰もが姫乃が殴り飛ばされる場面を想像したはずだ。
しかし姫乃がそう簡単にやられるはずがない。
撃ちおろされる右手の手首を右手で掴んで外側にひねる。それと同時に左手は拳銃の側面を外側にまわして強盗の手から奪い取ってしまった。
早すぎて何がどうなったのか見えないくらい傍から見ていると一瞬で簡単に拳銃を手に入れてしまった。
一方曲がらない方向に手首をひねられた強盗は、すでにふらふら状態だったのであっさりと体勢を崩してしまっていた。
それでも体勢を立て直そうと身体に力を入れたところで、その反動を利用して姫乃は強盗を投げ飛ばした。きれいな放物線を描いて強盗の体が宙を舞った。
受け身もとれずに強盗は床に転がった。
うめき声をあげて悶えている。
車の事故にスペシャルパフェの巨大なグラスの直撃、そして姫乃に思い切り投げ飛ばされたというのに強盗はまだ意識があるらしかった。
頑丈な強盗だ。
あっさり気を失っていれば、こんなにも痛い目には合わなかったのに。
ちょっと同情してしまう。
姫乃は拳銃を強盗に向けて構えていた。
そして怪訝な表情を浮かべて引き金を引いた。
「ちょ、姫乃!」
驚いて声をあげたけど間に合うはずがない。まさか抵抗できない相手に姫乃が拳銃を撃つとは思わなかった。
「って、あれ?」
引き金を引いたはずなのに銃声は聞こえてこなかった。
姫乃は連続して引き金を引いていた。
そのたびに床に転がっている強盗はうめき声を上げる。
それから、姫乃が引き金を引くたびに、パスン、パスン、パスン、と気の抜けた音が聞こえてきた。
「残念、そっちはただのおもちゃでした。本物はこいつ一丁だけよ。で、てめぇらいい度胸じゃねえか。俺は確か言ったよなぁ。しゃべったやつは殺すってよぉ。悲鳴を上げたやつは殺すってよぉ。動いたやつも俺の気にくわねぇやつも、俺たちの邪魔をするやつは殺すって言っといたよなぁぁぁぁぁぁぁ!」
車から現金を取り出していたはずの男だった。こいつは簡単に人を殴って拳銃をぶっ放す危ないやつだ。
今も拳銃を振り回していつ発砲するかわからない状態だ。
しかも相棒が倒されていて余計に興奮している。
姫乃はおもちゃの拳銃をろくに狙いもつけずに男に向かって投げつけた。
一直線に男の顔面に向かって拳銃が飛んでいく。
パフェのグラスの時もそうだったけれど、姫乃のコントロールは抜群だった。
おもちゃの拳銃を投げるのと同時に姫乃は走り出していた。
僕も走った。
男との距離は僕の方が近かった。
男は飛んできたおもちゃの拳銃を、拳銃を持っている方で払いのけた。
狙いが定まっていない今がチャンスだ。
幸いなことに男の視線には僕の姿は見えていないようだった。
「くそったれがぁ!」
吠えるように叫んで、姫乃を睨みつける。そして改めて姫乃に拳銃を向ける。
半身になって右腕だけで拳銃を持つスタイルだった。
「うぉぉぉおおお!」
拳銃を持つ右腕に叫び声をあげながら飛びついた。
銃声。
間一髪だった。
なんとか伸ばした左腕が、男の拳銃を持つ右腕を掴んで上に向けさせることができた。
「なんだぁコラァ!」
僕の登場は男にとって完全に予想外の出来事のようだった。
驚きの声をあげて振り払おうとするけれど、僕は必死にしがみついた。
そして左手は拳銃を持つ右腕を、右腕で男にラリアートを食らわすように襟首を掴んだ。それから飛びかかった勢いのまま足を引っ掛けて男を後ろ向きに押し倒す。偶然だけど、柔道でいうところの大外刈りのような感じになった。
もつれるように倒れた僕は男が正気を取り戻す前に、掴んでいた服の襟を無理矢理伸ばして首に巻きつくようにした。そのまま体重をかけて男を締めあげる。文字通り首を絞めてこのまま落とすつもりだった。
男が必死に暴れる。
だけど僕は絶対に離す気はない。
拳銃を持つ右手も関係ない人に銃口が向かないようにしっかりと脇に抱え込む。
銃声がして左の腿に激痛が走った。
「優太さん! 優太さん」
姫乃が駆けつけてくれた。これで一安心だ。姫乃が拳銃を持つ右手首に手刀を打ち込むと、あっさりと男から拳銃をもぎ取った。
さすがは姫乃だ。
拳銃を捨てて姫乃が肩を掴んできた。
「優太さん、後はわたしに、わたしに任せてください。優太さん離して」
掴んでいるはの僕じゃなくて姫乃の方じゃないか。
離すなら僕じゃなくて姫乃……。
姫乃は泣きだしそうな顔で必死に何かを言っていた。
よくわからないけど、もう大丈夫だよ。
暴れていた男もいつの間にか大人しくなっていた。
よかった。
なんだか視界がぼやけてきた。
姫乃の顔がよく見えない。
あれ?
僕は何をしていたんだっけ?
だんだんと辺りが暗くなっていき、僕の意識はそこで途絶えた。
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