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1 不思議世界
わたしは顔をぐりんと上に向けた。
凄まじく天上の高い部屋だった。
ものすごく高いところにでっかい窓が均一に並んでいる。
ずらりと並んだ巨大なガラス窓は首が痛くなるくらい見上げた上のほうで夕日を反射してきらめいていた。
ああ、小学生、中学生時代の体育館を思い出しますねえ・・・。
それよりも高さもあったし数も多かったのだけれど、わたしは体育館くらいしか比べられる対象が思いつかない。
わたしが力なくぺたんとすわっているのは赤いカーペットのうえで、もふもふの肌触りを太ももで感じる。
高級そうだ。この上ででも寝られそう。
前方方向には床に備え付けられた立派な椅子。豪華できらきらして、王様とかが座ってそうだ。
そう思った瞬間、さっと心臓に冷たい血が流れた気がした。
もしかして王様・・・・・・座るんじゃないかな?
少なくとも、偉いひとが座るのはたしかだろう。
バッ、と振り返ってみる。大きな観音開きの扉がある。
・・・・・・あの扉から王様に謁見・・・したりするんじゃないの?
わたしが座っているここは、椅子と扉のちょうどまんなかくらいで、部屋が静かだったせいか、その扉の向こうからきこえる音も微かながらきこえた。
それは堅い靴底でつるつるの大理石を踏みしめる様なカツーン、カツーン、という音だった。
ヤッバイ。わたし、不審者じゃない?
あわてて周りを見渡してみる。
先ほどは目に入らなかったが、壁にずらりと見たことのない文様のはいった布が掛けられている。
・・・・・・あれに隠れるのは長さが足りなさすぎる。
わたしは咄嗟に椅子のほうに駆け寄った。
椅子の周りには重ねるように重苦しいカーテンが束ねられており、ひとまず身を隠すには最適かと思われた。どっしりとした椅子の影に身を隠す。
ふむむ。
何者だろう。
わたしは影のあやかしである可能性が高いとみて、胸ポケットに持っていたボールペンで手のひらにカーラ神の印を書いた。
何かの役にたつかもしれない。
重たそうに億劫そうに、扉はギギギと音をたてゆっくり開く。
何者かが部屋にはいってきた。
足音はあのもふもふカーペットに吸収されてきこえない。だが何かがいる気配はビンビン伝わってくる。肌がちくちくするのだ。
残念ながら、何かはわからない。
・・・せめて二足歩行だったらいいなあ。
気配はあるところで止まった。
・・・・・・わたしがさっきまで座り込んでいたところだ。
犬のように嗅覚が発達した生物だったらどうしよう。わたしがここにいることなんて、一瞬でバレる。
どきどき鼓動が煩く響く。冷や汗どころではない。悪夢のかくれんぼ気分だ。鬼に見つかれば即喰われる。
椅子の影から除くか否か逡巡していると、どこからかラッパの音がきこえてきた。
およ?
ざっ、ざっ、ざっ、という音が近づいてくるかと思うと、目の前のカーテンがスパッと割れて、男の人が現れた。
「・・・・・・ッ!!」
いきなりすぎて、わたしは椅子の背中にへばりついたままその人を凝視した。
悲鳴をあげなかった自分を賞賛したい。
人間・・・・・・っぽい。
金髪に碧眼。麗しの少女にみがまうかのような美貌の君は、頭にわかりやすい王冠を抱いていた。
どっちかって言うと王子様っぽいけど王様・・・・・・?
そうかあ・・・ここ、やっぱり王座だったのね・・・。
「え?」
驚いたようにわたしを見つめた目は、小さな声を発したきり次の瞬間にはもう扉のほうに向けられていた。
・・・・・・不審者よりお客様か。
彼は不審な侵入者をみても声すらあげることはなかった。すこし動揺したようだったが、一瞬にしてスッと目を反らしたのだ。
腕に覚えでもあるのだろうか。それとも信頼できる守りがあるか。こちらのことはなにもわからないに等しいのだ。わたしもあえて動くようなことはしない。
わたしはなんとなく、口の端だけでふは、と笑ってみる。
王子の目がちらりとこっちをみてまた前に戻る。
なんにしろ、わたしは後回しということか。
王子の興味がそれたことを感じて、わたしはじりじり後退して王子様みたいな王様がでてきたあたりのカーテンをゆらさないようにかきわけさぐったが、壁があるだけで開けられるような扉は存在しなかった。
・・・・・・なぜ?
見つかったことには変わりないのだ。
逃げられるなら様子をみて、身をかくすためにもここから逃げ出したかったのだが。
王子様見たいな王様はそれを見ていたのか見ないのか、椅子から離れ、もふもふカーペットの海を進んでいく。
「ルーシオ。君がここにくるなんて珍しいね。どうしたの?」
王子様は美声だった。
「お時間をとらせます、陛下」
こたえる声は男性のもの。
王子様より格段に低く、地の底から響く様な、でもなんだか無理に押さえつけたかの様な声だった。
低級霊の発するキーキーしたものやぼわぼわした声とは違い、しっかりしている。
ーーー人間か?
やはり影の世界にも人間がいたということかしら。
考えたこともなかった。
影の世界はあやかしばかりがうごめいていると思っていたのに。四肢を喰われる覚悟もできていた。
「それで、どうしたんだい今日は。珍しいこともあるもんだよね。あ、そうだ。珍しいついでにさあ、アメリアもさそって久々にお茶でもしない?」
王子の声が華やいだ。
彼には相対する男から発せられるピリピリした空気を感じられないのだろうか。・・・王子はともかく向こうの男はあやかしかもしれない。
「申し訳ありません陛下。私にはまだ仕事が残っておりまして」
「そう?仕方ないなあ・・・・・・」
そりゃあそうだろうな。
声の感じからしかわからないけど、あの殺気まがいの苛だち加減からして絶対優雅にお茶会なんてしそうになさそうだし。
「ここへきた目的は、陛下の挨拶ついでにこの王の間を少し調べさせていただく許可をもらおうと思いまして」
「逆でしょう」
王子様は苦笑する。
わたしは心臓を凍り付かせた。
あの人この部屋に用があるんだ・・・・・・。家捜しでもされたらたまらない。王子には見つかっているので、あとさきはどうあれ、隠れている以上怖いヒトには見つかりたくないじゃないか。
「君は僕も利用する人間だもの」
「礼に欠けるは重々承知。ただ今は・・・・・・」
「はいはい。どうぞ」
あ、王子いま人間って言ったな・・・・・・。
ーーー影の世界にも人間がいるーーー
でも人間の定義が王子とわたしとで同じかどうかはわからないぞ。
でもなんだか意外というか。不思議な感覚だ。
わたしはこっそり、椅子の背からもふもふカーペットの二人を除き見る。
毛皮マントを羽織った王の背中が見える。
あれ?
もうひとりの姿がみえない。
まさか透明人間とか?それはわたしもまだ見たことがない。
ん?
あ、あれ・・・もしかして・・・。
考え事に夢中で気付かなかった。
頭の底がすうっと冷える。わたしの上に、いつのまにか影が差し、顔にかかっていた夕日の筋が消えていた。
ああっ。二人目でなかった。