0
序:かげ
逃げろ。
逃げろ。
逃げろ。
ーーー何から?
どこへ。
何から逃げろというの。
頭の中の誰かの声が、わたしに逃げろと囁いた。
ーーーーーねこのゆめーーーーー
簡単なことだった。
お守りの(こういう言い方をするのかはしらないが)消費期限が切れていたのだ。
だから奴はーーー悪しき、影のあやかしは、わたしをまどろみの夕刻時の校庭から掻っさらい、絢爛豪華なわけのわからない部屋へつれてきたのだ。
ーーーああ。
神社へいっておくんだった。
陰陽師の血をひくわたしは、前にも一度おなじような理由で神隠しとやらにあったことがある。
たしかそれはわたしが幼稚園にはいってすぐのことだったように思うが、16になって成人し、あれから気をつけていたからかなにも起こらなかったので油断してしまっていたようだ。
じいさまが昔言っていた。
とうに廃れた、根っからの陰陽師の我らが血筋は影のあやかしの好むいい匂いをしているそうな。
影のあやかしとはそこらへんにいる動植物と大差ないあやかしとは異なる異界の生息物。
夕闇の刻限に長くのびたひとの影によくみられることから影のあやかしと呼ばれている。
だからわたしは毎年毎年、神社にお参りし、そのようなモノが近づかないようにお守りを頂戴していたのだ。
お守りと言って軽んじるなかれ。あれはよく効く。
しかし何事にも有効期限という物があって、お守りなんかはだいたい一年。
それなのに、わたしはその有効期限をすっぱりさっぱり忘れてしまっていたようで、学校帰りの道筋、いわずもがな夕刻の長く尾を引く足下の影からあやしく伸びる黒い手首に、自分の影のなかに引きずり込まれてしまったのだ。
ーーーああ。
この身に陰陽師の血が流れているというのなら、人生何度目かのピンチを救ってはくれないものか。
悪霊とかじゃないみたいだけど、質が悪かったらわたし死んじゃうよ?これ、嫌な予感しかしないよ?
悪霊は何回か見かけたことがあって比較ができる。
ちなみに見かけただけでスルーだ。
見えるだけでわたしはなんの力もないしお人よしでもない。
ただ、じいさまからきいたことのある低級な獣霊やあやかしといったモノが長い長い年月をかけて恐ろしく力をつけたあやかし改!!みたいなやつだった場合、わたしみたいな珍しい毛並みの人間はなぶり殺しにあうかなぶり殺しにあうかなぶり殺しにあうかだろう。
結局なぶり殺しにあうだろう・・・。
わたしはまだ幸いなことに遭遇したことはないのだが、我が家に伝わるご先祖様の災難伝は小さな頃寝物語によくきいたものだ。
つまりうちの家系に生まれた者は、あやかしに対処できるほどの力をもっていなくては普通の人間よりも少し生きにくく、そうでなければ信頼できる神様に守ってもらって戦々恐々と生きるしかないのだ。
昔は、慈愛溢れるカーラ神の信仰は邪教だとして国が認めていなかった。
ご先祖様は盾なく自らとぎすました矛のみで生き延びていらしゃったわけだ。おいたわしや。
つまり、かつての我が家系の者たちは実力イコール生死の決着につながった。
しかし、現代では幸運なことにそうではなくむしろ平和で普通、安穏な生活が約束されていたというのに、わたしは自分の愚鈍さからご先祖様と同じステータス装備になってしまったわけで。
しかもわたしは攻撃力はゼロに等しい。
お守りもないので守備力もゼロに等しい。
だからもし、そんな高等なあやかしにひっ攫われたというのなら、予想されうるわたしの運命は、それ、なぶり殺しかなぶり殺しかなぶり殺しなのである。
・・・・・・ふむ。
悪い方へ考えても仕方ないものだ。
まず現状把握といこうではないか。
影へひきこまれた時点で一度は死ぬかと覚悟は決めた身。影の世界を見てみるのも悪くない。
まあ、たいした修行もせずあやかし共から隠れるようにして生きてきたわたしであります。
成人までつなぎつなぎ生きてこられたのが不思議なほどだが。それはそれ。今まではわたしには守ってくれるナイトがいたから。
今はまっさらそれもない。