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002) 光2

 短い悲鳴を上げた自分の口元を、私はとっさに両手で覆った。

 

 男の身体が硬い床の上に打ち付けられ、横たわり、頭の下から血が流れていく。

 

 落ちてきたのが宇咲うざく代表だと、いつ気が付いたかは定かではない。細く小柄な身体が腰でよじれ、鼻筋の通った顔は、瞳を閉じて床へ向けられている。

 

 何故そうできたのだろう。気が付けば、私は吹き抜けを仰いでいた。


 四階の手摺から、身を乗り出している男の上半身が見えた。その男と目が合ってしまい、たじろいだ私。


 中学生の私から見たら大人の男で、何となく、どこかで会ったことがある顔のような気がしたけれど、知らない男だった。


 その男が、代表を転落させたことが容易に想像できて、恐ろしさで自分の顔が強ばっていくのを感じた。


 男も覚悟のようなものを秘めた瞳で、私を見つめてくる。目撃した私を、今度はどうにかするつもりだろうかと不安が過った。


 男は逃げる素振りも見せず、私を見下ろしたままだ。


 私が目を反らせずにいると、男の口がゆっくり『つむぎ』と、私の名前の形に動くのが見えた。


 恐怖がピークに達したのだと思う。苦しくなった私は、顔を歪めて胸を押さえた。


紬生つむぎっ」


 座り込んだ私に驚いた様子で、男は階段を下りかけ、そして、はっとしたように視線を移動させた。そのまま動きを止めている。


 私も不思議な気配を感じた。喘ぐようにして、何とか男の視線の先へ目を向けた。


 横たわった代表の近くに何かがあった。人の形のようにも見える空間という表現が近いだろうか。


 胸の苦しさも忘れて、私は目を凝らした。


 やがてそれは光になり、強く、更に強く輝き始めた。


 光に押し流される、そんな風に思った。眩しさに堪えきれず、両腕で顔を庇って目を閉じた。


 静寂が続いた後、急に辺りが騒がしくなった。


 恐る恐る腕を下ろして瞳を開けると、白装束姿の子達が不思議そうに私の顔を覗き込んでいた。既に翌朝になっていて、私は廊下の椅子に座っている所を発見されたのだった。



 あれから五年。このエントランスホールを昔ほど高くも広くも感じなくなっている。


 五階まで吹き抜けになっている天井を見上げ、天窓の丸い乳白色の板を、遠く、ぼんやりと眺めた。


 優しい光。


 光子達が踊りながら舞い降りてくる。重力の存在を知らしめられた、あの時と同じ場所には思えない。


 代表を突き落とした男の顔も忘れてしまった。あの頃の私がおじさんだという印象を持たなかったから、二十代くらいの男だ。


 だけど、そんな情報は必要ないのかもしれない。

 

 私は確かにあの時、この吹き抜けから落ちて来た代表を見た。なのに、誰もその話をしようとしないし、代表ご自身もちゃんと生きている。


 私が見たと思っているのは、夢か何かなのだろうか。


 それとも……。


「紬生。何、ぼっとしてるの」


 ママが冷たく言い放ち、私を置いてさっさと階段を上って行く。


 ママの後ろ姿を、私は射すように見上げた。


 もしかしたら、今の私はあの時の世界にいないのかもしれない。あの時の世界にいる私だったら、きっと今頃自由に生きているはずたから。

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