001) 光1
西暦二○四一年。
叫び声と共に、人が落ちてきた。
どさり……。
鈍い振動が、白い大理石の床を踏む足元に響いた。その感覚がここへ来る度に蘇り、私の足裏がぞわっと脈打つ。
あれは夕暮れ時で、西側の窓から差し込む光が、このエントランスホール全体をオレンジ色に染めていた。
高校受験を控えていた時期だから、私は十五歳だった。
その日は合格祈願の行事に参加するため、この教団本部へ来ていた。
普段なら、教団に来るのは気乗りしない。けれど、あの日は少しだけ心が弾んでいた。
同じ目的の人達だけで一晩中お祈りをするなんて、私にとってそれは、宗教行事では無く、クラスメイトが話しているお泊まり会みたいに思えた。
母親の監視から離れられる数少ない機会。何をしても許される、そんな気にさえなっていた。
一階の準備室に集められた若い信者達は、お互いに顔は知っていても話したことの無い者同士ばかりだったと思う。
楽しみにしていた行事とは言え、知らない子といきなり仲良くなれるほど、私は器用にできていない。
祈祷用の白装束に着替えを終えると、他の子達が着替えに手間取っているのを幸いに、一人でそそくさと部屋を出た。行き先は至聖所と決まっていたから、困りはしないと思った。
所が、照明の落とされた廊下は薄暗く、大人の信者の姿も無なければ気配さえ感じらない。急に、自分だけが別の世界に入り込んでしまったような感覚に襲われて心細くなった。
仕方無く、準備室の中へ戻ろうと扉へ手を伸ばした時だ。雄叫びのような声が聞こえた。でもそれは一瞬だった。
何? 今の。
しばらく耳を澄ましてみる。だけど、しんと静まり返った冷たい空気が存在感を増すばかりだった。
ここでじっとして、準備を終えた誰かが出て来るのを待つか。それとも、扉の中へ戻るか。
どちらの選択肢もつまらなく思えた私は、建物の入口のほうへ行ってみることにした。
声は入口のほうから聞こえたのは確かだ。少なくとも、そっちへ行けば誰かがいる。
長い廊下の先の、エントランスホールに満ちた光に注目しながら急ぎ足で向かう。どこからか、低い声で誰かが会話しているのが聞こえてくる。
明るさが近付くに連れ、話し声の発信元が上階からだとはっきりしてきた。エントランスホールの吹き抜けを通って、一階まで響いているのだ。
吹き抜けの手前で歩みを緩め、上階を窺った。何となく、ここに自分がいてはいけない気がして息を潜める。
二人の男の声がした。一人はこの教団の教祖で、皆が代表と呼んでいる人物、春夏秋宇咲の声だった。
「何で、お前がここにいるんだ!」
穏やかな、いつもの聞き慣れた声色から程遠い、興奮した代表の声に戸惑いを覚えた。ここから離れたいと思った。だけど、叱られているような気持ちになってしまい、動けないでいた。
相手の声が小さくて、会話の内容は聞き取れない。けれど、普段、皆から崇められている姿しか見たことの無い代表が、劣勢に立たされているのが伝わってくる。
二人の声のトーンが落ち着き、やがて何も聞こえなくなった後も、知ってはならない領域に踏み込んでしまった気がして動揺した私は、その場で、しばらく自分の気持ちを宥めていた。
そろそろ戻ろうと、足を動かした時だ。
それが上から落ちてきた。




