第6話 ……変わってるな、お前は
「クロード。いるか?」
教室の扉を開けた瞬間、きゃー! という令嬢達の黄色い歓声と、何事だ!? と訝しむ男子達の声が教室を埋め尽くした。
令嬢達に手を振りつつ、教室の奥にあるクロードの席へ向かう。彼はいきなり現れたフランシーヌを見て、目を丸くした。
「……俺に用か?」
「ああ」
フランシーヌが他クラスの教室にやってくるのはかなり珍しい。休み時間は基本的に、同じクラスのレベッカと行動を共にすることが多いのだ。
普段とは違うフランシーヌの行動に、続々と親衛隊達が集まり始める。
「今日は君を昼食に誘いにきた」
「……は?」
「私達は昨日、友人になっただろう? だが考えてみれば、お互いのことをほとんど知らない。昼食でも食べながら親交を深めようと思ってな」
訓練中は、雑談をする余裕なんて全くない。そのためクロードのことを知るには、別に時間を設ける必要があると考えたのだ。
あれほど大変な訓練を毎日こなしているのだから、きっとクロードにはクロードの美学がある。
それを知りたい。昨日、眠りに落ちる寸前に思い立ったのだ。
「おっ、お兄様が自分から殿方を食事に誘うなんて……!」
「入学以来初めてのことよ!?」
「貴方、もっと嬉しそうにするべきですわ!」
令嬢達がクロードを取り囲み始める。彼女達が言うように、フランシーヌが男子生徒を食事に誘うのは初めてだ。
そう。初めてなのだ。
婚約者であるフィリップのことすら、フランシーヌは一度も食事に誘わなかった。
ちなみにフィリップは、親衛隊の皆から蛇蝎のごとく嫌われまくっていた。
「……勘弁してくれ」
右手で顔を覆い、クロードは苦しそうな呟きをもらした。やはり彼は、令嬢達に囲まれるのが苦手なようだ。
「みんな、すまない。彼は少々人見知りでね。今日の昼休みは、少しだけ放っておいてくれないか?」
フランシーヌが頼むと、令嬢達はうっとりとした顔で頷いてくれた。
彼女達は、とにかくフランシーヌには従順なのである。には、という部分が厄介なのよ、というのはレベッカの談であるが。
「よし、行くぞクロード」
「……ああ」
◆
目立ちたくはないが、婚約者同士でもない男女が密室で二人きりになるのはまずい。
その理由から、二人は図書館裏のさびれたベンチにやってきた。ここなら滅多に人がこないし、誰かに見られたとしても、外なのだから問題はない。
念のため、今日は食事を持ってきておいてよかった。
寮だけでなく学園内にも食堂があり、そこで食事をする者がほとんどだ。だが事前に注文をすれば、持ち運びができる昼食を用意してくれる。
クロードの食事事情が分からず、とりあえず昼食を持ってきたのだが、正解だった。
「食事にしよう、クロード」
「ああ」
この男、会話の9割を『ああ』で済ませようとしているのではないだろうか。
そう思ってしまうくらいには、口下手な男だ。
フランシーヌの昼食はサンドイッチだ。クロードも似たような物だろうと思っていたフランシーヌは、彼が持参した容器の中身を見て思わず大声を出してしまった。
「な、なんなんだいそれは!?」
四角い箱の中に、これでもかというほど詰め込まれていたのは蒸した鶏肉だ。
隅に申し訳ない程度の野菜が入っているが、大半が鶏肉である。しかも、味付けがされているようには見えない。
「鶏の胸肉だぞ」
「そればかりじゃないか!」
学内での食事は学費に含まれているため、生徒達は自由に好きな物を食べることができる。
持ち運ぶための弁当だって、ある程度リクエストを聞いて作ってくれるのだ。
もしかしてクロードは、とんでもない偏食なのか?
「知らないのか。筋肉を鍛えるのに鶏の胸肉は適しているんだ」
「……そういったことは、聞いたことがあるが」
さすがに過剰ではないのか。
そんな気持ちを込めてクロードを見つめる。彼は美味しくもなさそうな鶏の胸肉を慣れた様子で食べると、ゆっくりと口を開いた。
「身体を作るのは、鍛錬と食事だ」
「ああ、それはそうだな」
「完璧な肉体のために栄養を補給する。俺にとって食事は、それだけで十分なんだ」
貴族にとって、食事は日々の楽しみの一つだ。平民に比べ行動を制限されることも多い貴族だが、食事に使える金額は桁違いである。
そのためこの学園にも美食家は多く、それほどではないにせよ、フランシーヌも毎日の食事を楽しみに過ごしている。
なのにクロードは、食事を栄養補給だと割り切っているのか!
「……引いたか?」
食事の手を止め、クロードはフランシーヌを見つめた。
「いや、全く」
むしろ逆だ。口ぶりから察するに、クロードは偏食ではなく、身体のために日々の食事を制限しているのだろう。
尊敬に値することだ。
「君の姿勢に感銘を受けた。格好いいな、君は!」
フランシーヌとしては、極めて一般的な感想を述べたつもりなのだが、なぜかクロードは驚いた表情を浮かべた。
「……変わってるな、お前は」
初めて見るクロードの笑顔は、想像していたよりもずっと甘かった。




