第5話 ちょっとだけ嫉妬深い親衛隊
「……そろそろ、夕飯の時間か」
ランニング中にクロードが急に立ち止まったせいで、フランシーヌは彼の背中にぶつかりそうになった。
ぶつからずに済んだのは、ぶつかるほどの勢いを保つことができなくなっていたからだ。
宣言通り、クロードはあまりにも過酷な特訓をあっさりとやってのけた。
全身が悲鳴を上げているフランシーヌは、彼の5分の1ほどの量すらこなせていない。
だが……それでも、私は最後までやり遂げたぞ。
どれだけきつくても、走るペースが落ちても、ランニングをやめて立ち止まらなかった。腕が震えて上手く腕立て伏せができなくなっても、勝手に休憩をとることはなかった。
最後の最後まで、フランシーヌは諦めずに訓練を続けたのだ。
「クロード」
名前を呼ぶと、クロードは真っ直ぐにフランシーヌを見つめてきた。
その瞳にたいして感情が込められていないことが、フランシーヌにとっては新鮮である。
女子には好意や愛情を持って、男子には悪意や嫉妬を持って見つめられることが多いから。
「分かっただろう? 日々の訓練は地味だ。ほとんどの人間には楽しくないだろうし、優雅でもないぞ」
いや、地味だとかそういうこと以前に過酷過ぎるのが問題じゃないか!?
とフランシーヌとしては思うのだが、クロードにその認識はないらしい。
「だが、この日々の特訓が、君の強さに繋がっているんだろう?」
ごく当たり前のことをフランシーヌが口にすると、なぜかクロードは目を丸くした。
これほどの訓練をこなせるようになるまでに、クロードはかなりの時間と努力を要しただろう。
もちろん天性の才能もあるだろうが、それだけではないはずだ。
「改めて君の凄さを感じた。やっぱり私を弟子にしてくれ」
勉強やダンス、そして格好良さだって同じだ。成果を上げるには日頃の積み重ねが重要で、過程は決して優雅ではない。
「……本気か?」
「本気だ。心の底から、私は自分にないものを手に入れたいと思っている」
胸を張って堂々と伝える。嘘偽りのない気持ちだ。
未だにフランシーヌを見守ってくれている親衛隊が『さすがお兄様ですわ!』と拍手しながら叫んでくれた。
「……弟子をとるつもりはないが、共に訓練がしたいと望む同級生を頑なに拒むつもりもない」
「つまり弟子にしてくれるということか!?」
「弟子をとるつもりはない、とはっきり言っただろう」
呆れたように溜息を吐くクロードの表情は、訓練前よりも柔らかい気がする。
フランシーヌはとびきりの笑みを浮かべて、クロードに手を差し出した。
「分かった。それなら友人になろう」
「……ああ。だが、握手に応じるわけにはいかない」
クロードは困ったような表情を浮かべ、視線をフランシーヌの背後に控えた親衛隊へ向けた。
彼女達は果敢にも、圧倒的な強さを有するクロードを睨みつけている。
「悪いね。彼女達はちょっと嫉妬深いんだ。可愛いだろう?」
「……ちょっと?」
「とにかく、今日からは友人としてよろしく」
クロードが頷いた瞬間、夕飯の時刻を知らせる鐘の音がグラウンドに響き渡った。
◆
「聞いたわよ。フィリップに婚約破棄されたんですって?」
女子寮の食堂へ移動すると、レベッカが隣に座ってきた。婚約破棄についてフランシーヌはまだ誰にも言っていないし、クロードが言って回るとも思えない。
どうせフィリップが、自分の都合がいいように周囲に話したのだろう。
「ああ」
「シュヴラン伯爵、この話を聞いたら青くなるでしょうね。伯爵の慌てた顔が頭に浮かぶわよ」
呆れたように言いながら、レベッカは食事を始めた。
華奢な彼女だが、食事量はかなり多い。本人いわく、頭を使う分エネルギーを補給する必要があるのだ、とのことである。
「確かに、父上にはいろいろと言われるだろうな……」
フィリップとの縁談を成立させるために、父はかなり苦労していた。
男装令嬢として知られるフランシーヌは令嬢達に慕われる一方で、令息達には変わり者として扱われることも多い。
そんなフランシーヌの婚約者に立候補しようとする令息は存在しなかったのである。
「私にも手紙がきそうね。どうにかしてくれ、って」
「……いつもすまない」
「まあ別に、それはいいのよ」
レベッカとは幼少期からの付き合いであり、両親同士の仲もいい。フランシーヌと異なり、貴族の令嬢然としたレベッカのことをフランシーヌの父は信頼している。
まあ実のところ、レベッカもレベッカで通常の令嬢とは異なる部分があり、彼女の両親を悩ませてはいるのだが。
「それから、個人的なことを言うと最高の気分よ。しょうもない男が親友の婚約者だなんて、不快だったもの」
はっきりと言うと、レベッカは楽しそうに笑った。そして食事の手を止め、フランシーヌの肩を掴む。
「で、婚約破棄されて早々、他の男と友人になったのよね? フランシーヌが自分から男に声をかけるなんて、見たことがなかったのだけれど」
レベッカの瞳が輝いた。好奇心旺盛な彼女は、なんでも知りたがる習性があるのだ。
そして彼女の追及から逃れられないことは、今までの人生でよく分かっている。
「たっぷり話、聞かせてもらうわよ?」
分かったよ、と言いながら、フランシーヌは内心で溜息を吐いた。
疲労困憊の身だが、どうやら、ベッドに飛び込めるのはずいぶんと先になりそうだ。




