第4話 クロードの脳筋特訓
「俺は他人用のメニューなんて用意してない。俺と同じ訓練をしてもらうことになるが、それでいいな?」
放課後、運動場に現れたクロードは制服姿ではなく、動きやすそうな訓練着を着用していた。
むき出しになった腕は丸太のように太く、立派すぎる胸筋には圧を感じる。
「ああ、大丈夫だ」
「……それと、あいつらはどうにかならないのか」
クロードの目線の先には、日傘をさした大量の令嬢達がいる。フランシーヌが運動場で訓練をするという話を聞いて押し寄せてきた親衛隊の子達だ。
「大丈夫だ。彼女達は見ているだけだからな」
それでも嫌だ、とクロードの目は力強く主張しているが、気づかないふりをする。
そもそもフランシーヌが呼んだわけでもないため、実のところ、どうしようもないのだ。
「まずは準備運動だ。いきなり身体を動かせば怪我をする」
「分かった」
クロードは無言になって、ストレッチを始めた。ゆっくりと時間をかけ、全身の筋肉をほぐしていく。
見た目に反し、クロードは身体も柔らかいらしい。
ストレッチが終わる頃には、既に少し息が上がってしまった。
「次はランニングだ。俺は30周する。お前は……俺と同じ時間走っていればいい」
「了解した」
クロードの隣を走ろうという考えは、すぐに消失した。彼と同じペースを保とうとすれば、すぐに走れなくなってしまうことが明らかだったからだ。
綺麗としか表現しようがないフォームで、クロードがグラウンドを走る。情けないことに、フランシーヌは彼の2分の1……いや、3分の1程度のスピードしか出すことができない。
噂には聞いていたが……さすがだな、この男は。
クロードのことを全く知らなかったフランシーヌは、親衛隊から彼のことを聞いた。親衛隊の中には、クロードと同じクラスの女子生徒も存在しているのだ。
彼は座学こそ不得手で成績別クラスでは下位クラスに所属しているが、男子生徒のみを対象とする剣術や体術の授業では学年一の成績を誇るという。
本人が言っていた通り女子生徒は苦手らしいが、そもそも人付き合いが下手で、常に一人でいることが多いとも言っていた。
弟子として認めさせるのは難しいかもしれないが、私は諦めないぞ!
気合を入れなおし、フランシーヌは足に全身の力を込めた。
少しでも彼に誠意を見せるために、せめて、立ち止まるわけにはいかない。
◆
「ランニングはこんなところだ。……大丈夫か?」
きっちり30周走り終えた後、クロードはフランシーヌの傍に駆け寄ってくると、心配そうな顔で身を屈めた。
爽やかな笑顔で『問題ないよ』と言えるのがいつものフランシーヌだが、残念なことに現在はいつものフランシーヌではない。
「だ、大丈夫だ……」
息を乱しながら、そう答えるのが限界だった。
本当は今すぐ地面に倒れ込んでしまいたいが、グラウンドの周囲にはまだ多くの令嬢達がいる。
フランシーヌを『お兄様』と慕ってくれている彼女達に、情けない姿を見せるわけにはいかない。
「分かった。じゃあ次は筋力を鍛える訓練だ。腕立て伏せ、腹筋をそれぞれ200回ずつだな」
「に、にひゃくっ……!?」
思わず声が裏返ってしまい、フランシーヌは慌てて口をおさえた。
「ああ。剣術の訓練に入る前にな。一人での訓練だとどうしても基本的なものが中心になる。剣術や体術に関しては、相手がいる時に鍛える方がいい」
確かに、一人でできることには限界がある。
剣の相手をしてくれる指導者がいない状況では、基本的な身体能力向上のためのトレーニングが最も大切だろう。
だが……あまりにもやりすぎじゃないか!?
「その後は剣の素振りだ。大体1000回くらいだな。そして、最後にまたランニングだ。夕飯後も訓練に戻るが……さすがにそれは一緒にはできないぞ」
「わ、分かっている。夕飯後、女子寮と男子寮は閉鎖されるからな」
聖ブリリア学園は自由な校風で知られているものの、貴族の令息や令嬢が通っているため、門限にはかなり厳しい。
学外への外出ができなくなるだけでなく、夕食後の時間は女子寮、男子寮の敷地からそれぞれ出られなくなってしまうのだ。
正直助かった、とフランシーヌは思ってしまった。
夕飯後に今と同じようなペースで身体を動かせば、確実に吐く。
「じゃあ、早速筋力トレーニングに移る。できないなら、自由に帰っていいぞ」
そう言うと、クロードはさっさと腕立て伏せを開始した。しっかりと腕が曲がっているのに、恐るべきスピードである。
慌ててフランシーヌも腕立てを始めたものの、ランニングの疲れがたまっているせいで、思うように身体が動かない。
それでも。
「お兄様、頑張ってくださいましー!」
「訓練中のフランお兄様も素敵!」
「その汗、小瓶に入れて保管したいですわ!」
親衛隊の応援がフランシーヌに力を与えてくれる。フランシーヌは、極度の格好つけなのだ。
「応援ありがとう、みんな。君達の可愛い声援のおかげで、いくらでも頑張れるよ」
腕立て伏せを一時中断し、左手だけで身体を支えながら、彼女達に向かって右手を振る。
きゃあっ! という歓声がやたらと遠く聞こえてしまうくらいには、フランシーヌの身体は限界だった。




