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男装令嬢は己の格好良さを極めたい  作者: 八星 こはく


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第26話 男装の理由

「フランシーヌ」


 いつものように図書館裏のベンチへ向かうと、そこには大きな箱を持ったクロードが立っていた。


「この前の勝利祝いだ」

「……プレゼントかい?」

「ああ。気に入るかは分からないが」


 フィリップとの決闘のために、クロードにはかなり手を貸してもらった。むしろ、フランシーヌが贈り物をすべきだろう。


 なのに、わざわざプレゼントを用意してくれていたなんてな。


 差し出された箱を受け取ると、かなりの重さがあった。思わずベンチに箱を置いて、クロードの顔を見上げる。


「開けていいか?」

「ああ」


 クロードからのプレゼントか。

 なにを選んでくれたのか、想像もつかないな。


 少しだけ緊張しつつ、そっと箱の蓋を開ける。中に入っていたのは、二つの巨大な鉄の球体だった。


「……こ、これは……?」


 そっと手の伸ばし、球体を持ち上げてみる。かなりの重さがあり、片手で持つことは不可能だった。

 球体には鎖のようなものがついていて、鎖の先には丸い輪がついてある。


「俺が愛用している特注の器具だ。少し貸してくれ」


 そう言うと、クロードは軽々と右手だけで球体を持ち上げ、地面に置いた。そして、靴を脱いで足首に輪を通す。


「これをひきずりながらランニングをすることで、身体に負荷をかけられる。それに、単純にこれを持ち上げるだけで筋力トレーニングもできるぞ」

「……トレーニング?」

「ああ。フランシーヌのために、俺が使っている物より軽い物を注文した。先日の決闘を見ていて、やはりフランシーヌには力が足りないと分かったからな」


 顎に手を当て、それから……とクロードはフランシーヌに不足しているものを次々に口にした。


 筋力、相手の弱点を見極める洞察力、剣さばき、突く時の勢い……あげればキリはないから一部分だけだが、という言葉で締めくくられたわりに、ありとあらゆることを指摘された気がする。


「だが、俺が一緒に訓練できる時間は限られている。そこで、部屋で訓練できる物を、と思ったんだ。……いらなかったか?」


 不安そうな顔でフランシーヌを見つめてくるクロードは、こんなに大きいのに、なぜだか子犬のように見えた。

 女性への贈り物としては、0点どころかマイナスに属する部類の品だろう。けれどクロードが真剣に考えて選んでくれたことは分かる。


「いや。嬉しいよ、クロード。ありがとう」


 クロードはきっと、令嬢へ何を贈るか、なんて考えていない。フランシーヌという個人に何を贈るのかを必死に考えてくれたのだ。


「これを使って、毎日訓練に励むとしよう」

「ああ」


 決闘が終わってから、フィリップは1カ月間の自宅謹慎を命じられた。令嬢相手の決闘に応じたことも両親に伝わり、かなりきつく叱られている……というのは、親衛隊の子から聞いた噂だ。


「……なあ、フランシーヌ。前から聞きたかったことがあるんだが、聞いていいか?」

「なんだい?」

「男装をするようになったきっかけだ。そもそもなんで『格好よくあろう』と思うようになったんだ?」


 クロードの目が不安そうに揺れている。きっと、この問いをするのにも勇気が必要だったはずだ。

 それでもこうして踏み込んでくれたのは、フランシーヌのことを知りたいと思ってくれたからだろう。


「いや、悪い。言いたくないなら、言わなくていいんだ」

「そんなことはないよ。そもそも、隠すような話でもない。君は『ブロサール女伯爵物語』を知っているか?」

「……ああ。幼い頃に絵本でだが、読んだことがある」


『ブロサール女伯爵物語』は、この国に古くから伝わる有名な本だ。元々は伝記だが、絵本や小説、舞台や歌など、様々な媒体になって多くの国民に親しまれている。

 主人公は物語の名前通り、ブロサール女伯爵だ。彼女は女ながらに爵位を継ぎ、様々な領地の問題を解決し、挙句の果てには国まで救った大英雄である。


 そして彼女は、男装の麗人の代名詞としても知られている。


「初めて私が『ブロサール女伯爵物語』を知ったのは、両親が連れていってくれたオペラだった。そこで私は思ったんだ」

「……なにをだ?」

「めちゃくちゃ格好いいな!? と」


 今でも、当時の記憶は薄れていない。ブロサール女伯爵を演じたオペラ歌手は、とびきり美しい男装の麗人だった。

 フランシーヌは彼女の虜になり、両親にせがんで公演期間、毎日のように劇場へ通っていたのだ。

 それからフランシーヌは『ブロサール女伯爵物語』に関するありとあらゆる本を読み、舞台を見るようになった。


「ブロサール女伯爵は私の憧れなんだ。憧れに近づきたいと思うのは、自然な感情だろう?」


 つい気持ちが昂って立ち上がると、クロードが声を上げて笑い出した。


「……なにかおかしなことを言ったか?」

「いや。フランシーヌらしい、最高の理由だと思っただけだ。……なあ、フランシーヌ」

「なんだ?」

「よかったら今度『ブロサール女伯爵物語』のオペラに連れていってくれないか。俺も興味が湧いてきた」

「もちろんだ!」


 つい、興奮してクロードの手を強く握ってしまう。

『ブロサール女伯爵物語』は定番の物語だが、それゆえに、こうして新鮮な興味を持ってくれる人は貴重なのだ。


「そうだ。予習として本も絵本も、あらゆる物を貸せるぞ? 今すぐ持ってこようか」


 オペラだけでも楽しめるが、事前知識があればさらに楽しめるはずだ。

 せっかく興味を持ってくれたのだから、クロードには思う存分楽しんでもらいたい。


「今すぐじゃなくていい。一個ずつ、順番に貸してくれ。あまり読書には慣れていないんだ」

「ああ。任せてくれ」


 まさか、クロードが『ブロサール女伯爵物語』に興味を持ってくれるとは……!

 押しつけがましくならないように配慮しつつ、全力ですすめないとな。


「クロード」

「なんだ?」

「君とオペラを観にいくのが楽しみだ」


 想像しただけで、つい笑顔が溢れてしまう。

 そしてそれは嬉しいことに、クロードも同じらしかった。

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