表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男装令嬢は己の格好良さを極めたい  作者: 八星 こはく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/26

第2話 人生の目標

「お前、3カ月前に俺と恋仲になった女がいたのを覚えているか!?」

「ああ、覚えている。名前は確か……マリア、と言ったか? 花屋の娘だろう」


 聖ブリリア学園は王都のはずれに位置しており、少し馬車で移動すれば賑やかな街に行ける。

 特に外出制限はないため、一部の男子生徒は頻繁に街へ出かけているらしい。


 そこでフィリップが恋仲になったのが、花屋で働くマリアという若い娘だ。

 貴族の令嬢にはない健康的な美貌が美しい彼女を連れ、フィリップは得意げな顔でフランシーヌの前に現れた。


 婚約者の前に恋人を連れてくるなど、最低最悪の所業である。


「あの子は元気か?」

「……知らん」


 てっきり正式に彼女と婚約する、等と言い出すのかと思ったのだが、違ったらしい。


「彼女にお前が言った台詞を忘れたわけじゃないだろう!?」


 覚えていない、と言えばさらに面倒なことになりそうだ。

 フランシーヌは目を閉じて、3カ月前に想いを馳せた。


 確かあれは、レベッカとカフェに行った帰りだったな。


 偶然……いや、今思えば意図的だったのだろう。店を出てすぐ、マリアを連れたフィリップに出くわしたのだ。

 互いに気づかないふりをすればいいものを、フィリップがわざわざ声をかけてきたのである。


「……思い出した。婚約者がいながら女に手を出すような男には気をつけろ、だったか?」

「違う。『君のように可愛い子には傷ついてほしくない。一途な恋心は、誠実な相手に捧げるべきだよ』だ」


 一言一句覚えていた執着心が恐ろしい。

 嘘だと思わないのは、いかにもフランシーヌが言いそうな台詞だったからだ。


 しょうがないだろう。だって、あの子が可哀想だったんだから。

 フィリップは婚約者持ちの貴族で、あの子が遊ばれているのは分かりきっていた。私としては、可愛い女の子が傷つくのは見過ごせない。


「俺はあの後すぐ、彼女に振られた」

「……そうか」

「そして彼女はいつの間にか『フランシーヌお兄様親衛隊』に入ってたんだよ!」


 ああもう! と怒鳴ると、フィリップは頭をかきむしって地面を蹴りつけた。


「分かったか!? うんざりなんだ、お前みたいな奴といるのは!」

「私も、君との婚約破棄に合意すると言ったはずだが?」


 婚約破棄を言い出したのはフィリップで、フランシーヌはそれに頷いただけだ。だというのにこの男は、いつまでフランシーヌの時間を奪うつもりなのだろうか。


「俺は! お前のそういう態度も気に入らないんだよ!」


 舌打ちと共に、フィリップが距離を縮めてきた。当然のように後ろへ下がっても、それ以上にフィリップが近づいてくる。

 そして大きく拳を振り上げ、フィリップが下卑た笑みを浮かべた。


「もう我慢できない。俺は昔からお前のその顔が嫌いなんだよ」


 殴られる、と思った瞬間、フランシーヌはつい叫んでいた。


「やめろ! この世に私の顔ほど価値がある物はそう存在しないぞ!?」


 うっかり口にしてしまった本音に、フィリップがまた舌打ちをする。

 校舎の壁を背景に追い詰められてしまっては、フランシーヌは逃げることができない。


 いくらフランシーヌがフィリップより背が高く手足が長くとも、フランシーヌは女なのだ。

 貴族の令嬢である彼女は、素手で男と戦う方法なんて教わったことすらない。


 こいつ、本気なのか?

 婚約破棄したとはいえ、貴族の令嬢を殴るだなんて、周りに知られたらタダじゃ済まないぞ……!?


 そこまで考えて、フランシーヌは気づいた。

 この男は、今日の出来事をフランシーヌが周囲に漏らさないだろう、と確信しているに違いない。


 元婚約者に殴られて怪我をしたなんてダサいことを、私が他人に言うはずがないからな……!


 仲は険悪だが、それなりに付き合いは長い。

 フランシーヌのそんな考えを見抜くことなんて、フィリップには容易だったのだろう。


 まずい。どうすればいい?

 殴られるなんてごめんだ。だが、この状況からどう脱すれば―――。


 叫んで助けを呼びたいが、みっともない姿を晒すわけにはいかない。無意識のうちにフランシーヌが唇を噛んだ、その瞬間。


「女子に手を出すのは、男として最悪だろう」


 聞き慣れない低い声が、フランシーヌの耳に届いた。


 そして。


 腕を掴まれたフィリップが、空中で見事に一回転し、地面に背中を叩きつけられた。


「大丈夫か?」


 一瞬、なにが起こったのか分からなかった。それほどまでに自然な動作で、いきなり現れたこの男はフィリップを地面に叩きつけたのだ。

 右手だけで、まるで紙屑を投げるような軽やかな動きで。


 フランシーヌが驚きのあまりなにも言えなくなっている間に、覚えてろよ! と負け犬の教科書みたいな台詞を吐いて、フィリップが逃げてしまった。

 腹が立つが、今はあの男を追う気にはなれない。あんな男より重要なことが、今、目の前にあるのだから。


「……君は?」

「同級生のクロード・フォン・リファールだ。さすがに有名人だからな、お前のことは知っている」


 日に焼けた肌に藍色の髪、血のように赤い瞳。

 男らしい体格を有するこの男のことは、確かに見たことがない。しかし確かに、同じ学年であることを示すブローチを制服の胸元につけている。


「さっきの技はどうやったんだ?」

「技?」

「ほら、一瞬でフィリップを投げただろう!?」


 ああ、とクロードはあっさり頷いた。そして、信じられない言葉を口にする。


「お前が言った通り、ただ投げただけだ」


 嘘だろう!? と言えなかったのは、クロードの落ち着いた態度以上に、彼の鍛え上げられた肉体が目に入ったからである。

 間違いなく、この男は強い。そしてそれは、フランシーヌの持っていない格好良さだった。


「クロード」

「……なんだ?」

「私を弟子にしてくれ!!」


 フランシーヌ・フォン・シュヴラン。

 人生の目標は『とにかく格好良く生きること』

 そんな彼女が弟子入りを希望したのは、本人としては当然の流れであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ