第19話 もしかして君は
「これは……?」
明らかに刃物で切り刻まれた教科書類は、間違いなくフランシーヌの物だ。
ぼろぼろにされているが、名前を書いた部分が見えるようにしているのは意図的な行為だろうか。
「お、お兄様! その……あ、朝学園にきたら、こんなことになっていて……」
「私達は、フランお兄様にこの状況を見せたくなかったんですわ……」
泣きそうな顔で、彼女達が俯いてしまった。
きっと彼女達は、ぼろぼろになったフランシーヌの教科書を見て心を痛めたのだろう。
「大丈夫だよ、心配しないで。私としては、君達が悲しそうな顔をしている方が辛い」
彼女達がうっとりとした表情を浮かべたことに安心しつつ、ぼろぼろになった教科書に近寄る。
どう修復しても使えそうにないが、そもそも使うつもりもない。
伯爵令嬢であるフランシーヌにとって、教科書を買いなおすことなど容易い。もちろんいい気分にはならないが。
それにフランシーヌには、嬉々として教科書を見せてくれる親衛隊がいくらでもいるのだ。
つまりこれは、あまり意味のない嫌がらせだな。
◆
次の日教室へ行くと、教室には大量の親衛隊が集まっていた。その中心には、本来同じ教室にはいないはずのリリアーヌがいる。
「お兄様、見てください」
リリアーヌが指差したフランシーヌの机は、泥まみれになっていた。教室にあるうち、一つの机だけがそんな風になっていれば、かなり違和感がある。
「……これはまた、派手にやられたな」
机はフランシーヌの私物ではなく、学園の備品だ。教師に言えばすぐに新品に変えてもらえるだろう。
昨日に引き続き、こちらも小さな嫌がらせである。
私を嫌いな人間の仕業だろうが……ただの妬みだろうな。
くだらない嫌がらせをやった犯人は、フランシーヌの友人でも、彼女を慕ってくれる令嬢達でもないはずだ。
つまり犯人は、フランシーヌにとって大事な人間ではない。
そう確信しているからこそ、落ち着いていられる。
「わたくし達、犯人を知っていますわ」
「犯人を?」
「ええ。お兄様に嫌がらせをするなんて許せない! と思って、親衛隊の何人かで、早朝から隠れて教室内の様子を窺っておりましたの」
どうやら彼女達は、フランシーヌ自身よりもこの問題を深刻に捉えてくれたらしい。ありがたいことである。
「犯人はあのクソ男、フィリップでしたわ」
リリアーヌがフィリップの名前を口にした瞬間、親衛隊のみんなが一斉に彼の悪口を言い始めた。
「わたくし達は必死にとめましたの。でも……」
リリアーヌが辛そうに俯く。その瞬間、リリアーヌの髪がわずかに湿っていることに気がついた。
「リリアーヌ」
そっと手を伸ばし、彼女の髪に触れる。
「朝風呂でもしたのかい?」
「……じ、実は、あの男をとめようとした途中で、わたくし達の何人かに泥がかかってしまって」
言われてみれば、リリアーヌだけでなく、何人かの髪の毛が濡れていた。
フランシーヌのように短髪な女子生徒はおらず、令嬢達は皆長い髪を有している。慌てて湯浴みをしたのなら、髪を十分に乾かす時間はなかっただろう。
「泥がかかってしまった? 君達に?」
頷いた親衛隊達を見て、沸々と怒りが湧いてくるのを感じた。
おそらく揉み合いになった結果で、最初から彼女達に泥をかけようとしていたわけではないだろう。
フィリップがやたらとフランシーヌに難癖をつけてきたのは『女のくせに男の真似事をしている』からだ。さすがに彼も、一般的な淑女に対し、それほど野蛮な振る舞いをする男ではないはず。
だが、そんなことは関係ない。
「ありがとう、教えてくれて」
くだらない嫉妬心からしょうもない嫌がらせをするだけなら、これほど腹は立たなかった。
だが、彼女達に危害を加えたのなら話は別だ。
「あのクソ男とは、今から話をつけてくる」
◆
廊下から呼び出すと、フィリップはあっさり教室から出てきた。たいして筋肉もついていない貧相な胸を威張り散らすように張って、フランシーヌを睨みつけてくる。
「何の用だ?」
「君こそ、何のつもりだ? 君のしていることは、とても紳士の振る舞いとは思えないぞ」
「お前みたいな男女に、紳士の振る舞いだのなんだのと言われたくないな」
この男は、いったいなにがそんなに気に入らないんだ?
既に婚約破棄を済ませて、私達はただの他人になったはずだ。私に嫌がらせをすればするほど、令嬢達のこいつへの評判も悪くなるだろう。
フィリップにとって、フランシーヌに嫌がらせをするメリットは一つもない。
それなのに幼稚でくだらない理由をするのはなぜなのか。
「……フィリップ」
「なんだ?」
「もしかして君は、尋常じゃないほど頭が悪いのか?」




