第18話 次回からも
「先程は私の父が迷惑をかけたな。すまない」
「いや……次は、俺の親が迷惑をかけるかもしれない」
苦笑して、クロードは視線をパーティー会場の隅へ向けた。
そこではフランシーヌの両親とクロードの両親が集まり、ワインを片手に大盛り上がりしている。
「意外だな。君の親には、あまり歓迎されないものと思っていたんだが」
「なんでだ? 俺の親からすれば、フランシーヌは格上の家の令嬢だぞ」
「……だが、私は自分が家を継ぐつもりだ」
伯爵家の当主になれるという条件であれば、変わり者の男装令嬢でもよいと考える者はもっと多いだろう。
しかし、フランシーヌは爵位を夫になる他人に譲る気なんてない。
「だからこそだ。俺は政については詳しくないし、軍人になるつもりだからな。親も俺の意向は分かっている」
クロードがそう言い終わった後、二人はしばしの間無言で見つめ合った。
もしかして私とクロードは、婚姻関係を結ぶにはかなり条件がいいんじゃないか?
おそらく会話をしているうちに、互いの両親もそのことに気づいたのだろう。
「まあ、とにかくまずは一曲、踊るか?」
クロードが手を差し出してくる。その手をとると、クロードが真剣な顔つきになった。
練習の成果を無事に発揮できるかどうか、緊張しているのだろう。
「大丈夫だ。あんなに練習したんだから」
「……ああ」
曲に身を任せ、踊り始める。クロードの動きはやはりまだぎこちない部分が多いけれど、それでも、周囲から浮くようなことはない。
苦手な上におそらく好きでもないダンスを、彼は真面目に練習したのだ。
「クロード」
「なんだ?」
「今日のパーティーは、楽しいな」
自分が好きな格好で参加できた上に、クロードのおかげであれほど両親も楽しそうに過ごしている。
フランシーヌと踊りたいと順番待ちをしている令嬢達とも、ちゃんと後から踊ることができる。
こんな風にパーティーを楽しめる日がくるなんて、夢にも思っていなかった。
「そうだな。俺はあまり余裕がないから、次回はより楽しめると思うのだが……」
「次回も、私をエスコートしてくれるつもりなのかい?」
からかうように言ったつもりなのに、クロードは真面目に答えてくれた。
「ああ。次回からも頼む」
次回も、ではなく、次回からも、という言葉を選んだ意味はあるのだろうか。
聞いてみたい気もしたけれどやめた。彼の返答次第では、ステップが狂ってしまうような気がしたから。
◆
「フランシーヌ! その……クロード殿と仲良くするように」
フランシーヌにそう告げてすぐ、父はクロードに向かって深々と頭を下げた。
「クロード殿。よろしくお願いいたします」
父がこれほどまでに深く頭を下げるのを見るのは生まれて初めてだ。
全く同じ対応をクロードの両親にされ、苦笑しつつ頷く。
親を安心させようとはしていたが、まさかここまで言われることになるとは想像もしていなかった。
この分だと、すぐにでも婚約だの結婚だのと言ってきそうだな……。
クロードとは恋仲なのではなく、友人関係にある。何度もそう言ってはいるのだが、あまり伝わっていない気がする。
隣を見ると、クロードも困ったような顔をしていた。
苦労するな、お互いに。
目だけでそう会話をし、会場を出てそれぞれ馬車に乗り込む。
すると今度は、レベッカとリリアーヌが興奮した様子で詰め寄ってきた。
「かなり噂になってたわよ。貴女がクロード殿と婚約するんじゃないかって。私としては、結構いいと思うわ」
「そ、それはさすがに早すぎますし違うってわたくしは言いましたけどね!?」
左右から異なる意見に挟まれ、溜息を吐く。レベッカはにやにやと楽しそうに笑っているし、リリアーヌは可哀想になるほど不安そうな目をしている。
「今回のパーティーでエスコートを依頼しただけだよ」
「でも、これからもそうするんでしょ?」
レベッカの問いに答えずにいると、リリアーヌが泣き出した。
「うっ、わ、わたくしのお兄様が……っ! いや、あのクズ男に比べると全然いいんですけれど、でも、でも……ああっ! どうしてわたくしとお兄様は結婚も婚約もできないのかしら!?」
頭を抱えたリリアーヌが急にしゃがみ込んだせいで、派手に馬車が揺れた。
危ないでしょ、と冷めた目で注意するレベッカを無視し、リリアーヌが立ち上がってフランシーヌの両手を握る。
「でもわたくし達は、血が繋がっていますものね? この先お兄様が誰と婚約しても結婚しても、その方とは血が繋がっていませんものね?」
そう言って、リリアーヌは勝ち誇ったように笑い出した。情緒不安定すぎるわよ、とレベッカが溜息を吐く。
「私にとってリリアーヌは、一人だけの大切な妹だよ」
「お兄様……!」
抱き着いてきたリリアーヌを受け止める。
「一生ついていきますわーっ!」
あまりにも大きすぎるリリアーヌの声に、レベッカはとうとう耳を塞いだのだった。
◆
「おっ、フランお兄様、あのっ、教室にはまだ入らない方がいいと思いますわ!」
「そ、そうですわ、というか今日はお休みした方がいいんじゃないかしら!?」
翌日教室へ入ろうとすると、なぜか親衛隊達が教室のドアの前に立ちふさがった。
日頃はフランシーヌと目が合えばすぐに崩れ落ちるような彼女達が、今日はなぜか焦っている。
「……なにかあったのかい?」
「いえ! ありませんわ! 全くなにも!」
「そうです! ただフランお兄様に今日の教室は向いていないというか……」
どうやら彼女達にはフランシーヌを教室へ入らせたくない理由があるらしい。
だがフランシーヌとしては、理由も聞かずに引き返す気にはなれなかった。
「ごめんね」
一言だけ謝って、彼女達を押しのけて教室へ入る。
そしてすぐ、彼女達がフランシーヌを帰らせようとした理由が分かった。
フランシーヌの机の上に、ぼろぼろに切り刻まれた彼女の教科書が置いてあったのだ。




