第16話 喋らなければ最高の姉妹
「……ダンスが、下手?」
「ああ。壊滅的にリズム感がなく、身体の動かし方が悪いらしい」
額に手を当てて、クロードが深い溜息を吐いた。どうやら、過去に受けたダンスレッスンを思い出しているらしい。
「練習なら私が付き合おう。いつもとは逆だな」
「よろしく頼む」
「任せてくれ。ダンスには自信がある」
社交場での優雅さは格好良さに直結する。
それに今までフランシーヌは、何人もの令嬢達と踊ってきたのだ。中には踊りが下手な令嬢もいたが、彼女達に恥をかかせるわけにはいかなかった。
フランシーヌが踊りを主導すれば、踊りが苦手な令嬢が相手でもなんとかなる。
だが……クロードの場合、そうはいかないだろうな。
軽い令嬢であれば、いくらでもフランシーヌが動きをコントロールすることができた。
だがクロードほどの大男を操ることは難しい。多少誘導はできるだろうが、彼自身にもしっかりと踊ってもらう必要がある。
「クロード。明日からパーティーまでの間、毎日昼休みに練習しようか」
頷いたクロードは、あからさまに嫌そうな顔をしていた。
◆
「……なんとか様になったんじゃないか?」
フランシーヌが考えた末にその言葉を口にできたのは、パーティーの前日だった。
予想していたよりずっとクロードはダンスが下手だったが、予想していたよりずっと根性があったのだ。
膨大な練習時間のおかげで、なんとか形は整えられた。
「ありがとう。これで俺も、明日は親に面倒なことを言われずに済む」
「……君の両親も、いろいろと言ってくるのかい?」
「俺の場合は次男だからな。それほどきつく言われることはないが、いつまでも家にはいられない。親としては、結婚相手を探すのに必死だ。俺に任せていても、どうせいい縁談はないだろうからと」
困ったように言うクロードを見れば、なんとなく彼の状況を察することができた。
将来軍人になる予定であれば、学園卒業後クロードは自立することになる。跡継ぎの男や貴族令嬢に比べると自由に婚姻相手を選べるが、だからこそ厄介でもある。
軍人として出世するには、身分が高い相手との結婚が必須だからな。
クロードは出世にこだわるようには見えないが、親心はまた別だろう。
「お互いに苦労するな、クロード」
「ああ。だが今回は互いに、ひとまず親に怒られずに済むんじゃないか?」
両親にはまだ、パーティー当日のことは何も言っていない。おそらく父は、当日フランシーヌが一人で男装姿でやってくるものと考えているはずだ。
久しぶりに、父の喜んだ顔を見られるかもしれないな。
◆
「フランお兄様! ほんっとうにお美しいですわ! それ以外に言葉が見つからないわ……」
身支度を終えたフランシーヌを見て、リリアーヌはうっとりと頬を染めた。
そう言う彼女も、パーティー会場にいる男の視線を独占しそうなほど愛らしく着飾っている。惜しいのは彼女が『お兄様以上に美しい殿方としか踊りませんわ』と公言していることくらいだろう。
「ありがとう、リリアーヌ。今日はいつもより気合を入れてみたんだ」
今までは男装姿でパーティーに参加する際、父に対して申し訳なさがあった。でも、今日は違う。フランシーヌはきちんと、彼女をエスコートしてくれる男を見つけたのだ。
「わたくしがエスコートされたいわ……いえわたくしがエスコートしたいわ! クロード殿ったら、本当に羨ましい!」
唇を強く噛んだリリアーヌの頬に手を伸ばす。
真っ直ぐに見つめただけで、彼女はとろけるような表情になった。
「唇を噛んではいけないよ、リリアーヌ。せっかく可愛いんだから」
「好きです大好きです愛していますわお兄様……」
リリアーヌが早口でまくし立てた瞬間、ノックもなしに部屋の扉が開いた。
真っ青なドレスに身を包んだレベッカが、呆れたように姉妹を見つめる。
「そろそろ出発の時間よ、二人とも」
「レベッカお姉様!」
「リリアーヌ。ヒールが高いから、今日はあまり飛び跳ねないようにしなさい」
「はーい」
フランシーヌと幼馴染であるレベッカは、当然のようにリリアーヌとも長い付き合いだ。
三姉妹の末っ子であるレベッカは、リリアーヌを妹のように思ってくれてもいる。
「フランシーヌも、リリアーヌも……貴女達って本当、喋らなければ最高の姉妹よね」
失礼な褒め言葉を口にすると、行くわよ、とレベッカが歩き始めた。
パーティー会場までは数人ずつ馬車に乗って移動することになっている。エスコート役の男性とは、会場前で集合するのが一般的だ。
クロードも今日は、ちゃんと正装してくると言っていたな。
馬車に揺られながら、正装姿のクロードを想像する。着慣れない服にうんざりしているであろう彼の表情が頭に浮かんで、フランシーヌはつい笑ってしまった。




