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男装令嬢は己の格好良さを極めたい  作者: 八星 こはく


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第15話 一つだけ問題があってな……

 学園に戻ってすぐ、動きやすい服装に着替えてランニングを開始した。帰省の間は身体を動かしていなかったから。

 クロードと共に訓練をするようになり、前よりも運動量が増えた。引き締まった身体を見ると気分がよくなるし、体力が増えたのは喜ばしいことだ。


 領主としてやっていくには、男に負けない体力も必要だからな。


 ランニングを終えて女子寮へ戻ろうとしたところで、おい、と声をかけられたくもない相手に声をかけられた。

 フィリップである。


 婚約破棄を告げられた時の態度を思い出すと警戒してしまう。


「聞いたぞ。お前の父親が必死になって、お前の次の婚約者を探しているらしいな」

「……君には関係ないことだ。それに、次の相手を探す必要があるのは君も同じだろう」

「お前と違って、俺ならいくらでも相手を選べる」


 得意げな顔で胸を張ったフィリップは、嘘をついているわけではない。

 彼はそこそこ裕福な男爵家の次男であり、彼と婚約を望む女性は多いだろう。特に地方貴族の娘なら、彼の女癖の悪さは知らないはずだから。


「今度のパーティーはどうするんだ? 男みたいなお前がドレスを着るなんて見物だな。まあ、案外似合うんだろうが」


 似合う、という言葉とは裏腹に、フィリップはフランシーヌを馬鹿にするような顔をしている。


「婚約当初から、お前はドレスなんて着ようとしなかったが……さすがにそろそろ限界だろう。どうしてもと言うなら、俺がエスコートしてやってもいいぞ」

「誰が君なんかに頼むものか」


 フランシーヌが睨みつけても、フィリップはにやにやと笑うばかりだ。腹が立って仕方ない。


「せいぜい貴族の令嬢として着飾ることだ。結局お前は、そうやって生きるしかないんだから」


 笑いながらそう言い残し、フィリップは去っていった。

 その背中にありったけの暴言を浴びせてやりたいが、我慢する。あんな男と今さら揉めたところで、何の意味もない。


 婚約当初、フィリップには何度も普通の令嬢のようにドレスを着ることを要求された。

 茶会でも、パーティーでも、街へ出かけようと誘ってきた時も。

 常にフィリップはおしつけがましく、フランシーヌの好みやこだわりに耳を傾けたことは一度もなかった。


「……くそっ」


 思わず優雅さとはかけ離れた呟きがもれてしまい、フランシーヌは溜息を吐いたのだった。





「元気がないように見えるが、なにかあったのか?」


 いつものように訓練を終え、へろへろになった身体で荒い呼吸を繰り返していると、クロードが顔を覗き込んできた。


「これほどきつい訓練の後に元気が残っているのは、君くらいのものだろう」

「……そうじゃない。ここ最近、元気がなさそうに見えるぞ。いや、俺の勘違いかもしれないが」


 だったらすまない、とクロードが頭を下げた。

 彼の太い首筋が目に入って、羨ましくなる。


 太い首筋だけではない。立派な肩幅も、たくましい胸筋も、見上げなければ目が合わないほどの長身も、全てが羨ましい。

 それらは全部、フランシーヌがどう頑張ったとしても、一生手に入らないものだから。


「……パーティーが憂鬱なんだ」


 クロードが相手だと、つい本音をもらしてしまう。彼は不器用ながらも、真面目に向き合おうとしてくれるのだ。


「今度、王都で開催されるやつか?」

「ああ」

「意外だな。フランシーヌは、ああいう華やかな会は好きなのかと思っていたが」

「……それは間違っていない」


 パーティー自体は好きなのだ。

 美味しい料理や酒があるし、ドレスは着たくないけれど、着飾ることは好きだから。

 だが今回だけは、楽しみだなんて思えない。


「なら、今回はなにかあったのか?」

「ドレスを着てくるようにと、父上から言われたんだ」


 クロードは、それがどうしたんだ? とは言わない。

 女なんだから当たり前だろう、とも言わない。


 けれどすぐに上手い言葉を口にするわけでもなく、クロードは無言のまま数秒間黙り込んでしまった。


「……フランシーヌはドレスを着たくない、という認識で合っているか?」

「ああ。合っているよ。ドレスは趣味じゃない」

「もう一つ確認させてくれ。シュヴラン伯爵はなんで、フランシーヌにドレスを着ろと言ったんだ?」

「私は婚約破棄されたからな。新たな婚約者候補達と顔合わせがさせたいそうだ。誰も、男装姿の令嬢とは踊りたくないだろう」


 あまりにも卑屈な声が出てしまって、自分でも驚く。慌てて首を横に振って、フランシーヌはいつもの笑顔を作った。


「すまない。愚痴ばかりで」

「いや、それは構わないが……なんで、男装姿だと相手がいないんだ?」


 心底不思議そうに、クロードは首を傾げた。


「どんな格好をしていようと、フランシーヌに変わりはないだろう?」

「クロード……」


 フランシーヌを慰めるための言葉ではなく、彼の本心だということは目を見れば分かった。

 だからきっと彼は、その言葉にフランシーヌが救われたことを知らない。


「なあ、フランシーヌ。もし相手がいれば、ドレスを着ずに済むのか?」

「え?」

「俺と踊るのはどうだ? 実は俺も、エスコートする相手はいないのかと両親にしつこく言われていてな」


 利害は一致するぞ、とクロードに手を差し出された。


「……いいのか?」

「むしろ、俺としても助かる。だが、一つだけ問題があってな……」


 なんだ? と身を乗り出したフランシーヌに、クロードは真剣な表情で応じた。


「俺は、死ぬほどダンスが下手なんだ」

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