第14話 我儘でも、くだらないこだわりでも
「フランシーヌ。何人か、お前の婚約者候補を見繕ってみた」
夕飯の席へ行くと、食事前にもかかわらず、数枚の書類を父から手渡された。
紙に書いてあるのは、知らない男達のプロフィールである。
婚約者候補の男がシュヴラン伯爵家より格下の家の男なのは、父なりの配慮なのだ。格上の婿をとった場合、フランシーヌが爵位を継ぐことは難しいだろうから。
「正直、私にはいい相手とは思えない。金欲しさに息子を売るような家ばかりだ。だが全員、女伯爵の夫として生きる覚悟はできているらしい」
「……父上」
「分かってくれ、フランシーヌ。私は君を愛しているし、君の希望は叶えてやりたいと思っている。だが、貴族には貴族の務めがあるんだ」
お父様! と文句を言おうとしたリリアーヌを右手で止める。
父はなにも間違ったことは言っていない。それどころか、ずいぶんとフランシーヌに寄り添ってくれている。
女だろうが、爵位を継ぐことは法律的には可能だ。しかし、女性が当主を務める家は極めて少ない。
そんな中、父は家督を継ぎたいというフランシーヌの希望に沿った配偶者を探そうとしてくれている。
「……今度、王都でパーティーがあるだろう? 私としては、去年と同じような状況になるのは避けたい。ドレス姿のフランシーヌと、彼らの顔を合わせる場にしたいんだ」
来月王都で開催されるパーティーには、多くの貴族が参加する。
婚約者や配偶者探しの場になることも多いパーティーだが、年頃の男女……特に家督を継ぐ立場にある者なら、婚約者と共に参加するのが一般的だ。
去年、フランシーヌはフィリップと共にパーティーへ参加したが、父にとっては思い出したくない記憶だろう。
男装姿でパーティーへ行ったフランシーヌをフィリップはエスコートしようとしなかったし、フランシーヌも彼と踊ろうとしなかった。
その結果、そろってパーティーに出席したにも関わらず、フィリップは他の令嬢とばかり踊っていたのだ。
もっともフランシーヌの方も、行列を作った親衛隊の令嬢達と踊っていたのだが。
「分かってくれ、フランシーヌ」
伯爵家時期当主として、分かりました、と頷くのが正解だろう。頭ではそう理解している。
それでもドレスを着て、女性らしく装飾品を身に着けてパーティーへ向かう自分を想像すると泣きそうになってしまう。
今まで長い時間をかけて、努力を重ね『格好いい自分』を作ってきたつもりだ。
ドレスを着てパーティーに参列すれば、そんな自分が壊れてしまう気がする。
「……旦那様」
フランシーヌが黙ってしまったのを見て、ナタリーが夫に声をかけた。
「すまない。フランシーヌにそんな顔をさせたいわけじゃないんだが……」
「……分かっています、父上」
シュヴラン伯爵は、なにを? と重ねて問うことはしなかった。
◆
「お兄様。お父様はああ言っていましたけれど、無理をする必要はありませんわ」
帰りの馬車に乗った途端、泣きそうな顔でリリアーヌに背中を撫でられた。
「もちろんわたくしは、お兄様にはドレスもお似合いになると確信していますけれど……嫌なのでしょう?」
大きな瞳に見つめられたら、素直に頷くしかない。
くだらないこだわりだと言われれば、その通りだと認める。けれどそのくだらないこだわりが、フランシーヌを支えているのも確かなのだ。
「お父様も意地悪だわ。顔合わせなんて、パーティーでしなくてもいいでしょうに」
「……父上の主張は当然だよ、リリアーヌ。男装姿の変わり者の娘なんて、社交場に連れていきたくないだろう」
「そんなことありませんわ! お兄様は会場で一番美しいんですもの!」
「ありがとう、リリアーヌ」
「それにお父様もああは言いますけれど、結局お兄様に甘いもの。お父様の主張を無視したって、きっとなんとかなりますわ」
確かにそうだろう。でもそれはただ、我儘を貫き通すだけだ。
父に迷惑をかけてまで、自分のこだわりを貫いていいものなのだろうか。
……いっそパーティー当日に、高熱でも出てしまえばいいのに。
一時的な現実逃避だと分かっていながらも、そう願ってしまう。
大半の令嬢は望みもしない相手との婚約や結婚を受け入れ、貞淑な妻として生きられるよう努めているのに、自分はその努力すらしていない。
情けないな、私は。
顔を上げて、窓の外を眺めようとすると、窓に映る自分と目が合った。
相変わらず格好いいな、私は。
こんな状況ですら、自分の格好良さには惚れ惚れしてしまう。そうすると、溢れそうになっていた涙も引っ込んだ。
我儘だろうが、くだらないこだわりだろうが、やはり自分にとっては大事なものなのだ。
格好いい自分を見るだけで、背筋がピンと伸びるのだから。
「リリアーヌ」
「はい、お兄様」
「父上に迷惑をかけずに私らしくいられる方法をなんとか模索してみるよ。心配してくれてありがとう」
今までだって、この姿にいろいろと文句を言われることはあった。
それでも私は、自分のこだわりを貫いてきた。
譲れないことは、やはり譲るわけにはいかないな。




