第12話 嬉しくない話
「もう一皿、同じ物を頼む」
手を上げたクロードの要求を聞いて、店員は顔を引きつらせながら頷いた。
無理もない。クロードのこの注文は、12回目なのだ。
「本当によく食べるな、君は……」
大量に食べたい気分だ、とは言っていたが、さすがにこれは食べ過ぎだ。
これほど食べて、後から腹痛に悩まされることはないのだろうか。
「フランシーヌが少食過ぎるんじゃないか? 一人前しか食べていないだろう」
「クロード。言葉の意味をよく考えてみてくれ。一人前というのは、一人が十分に満足できる量を指すんだぞ」
おまけに、二人がやってきたのは男性客が多いレストランで、一人前ですらかなりのボリュームがあった。
残すのはマナーが悪いと考え、フランシーヌは苦しい思いをしながら完食したのだ。
男女差……なはずはない。だとすれば、周囲の反応がおかしいからな。
また、山盛りの揚げ物料理が届いた。見るだけで胃がもたれてしまいそうな料理を、クロードは軽々と平らげていく。
やはり普段はよほど節制しているのだろう。
「フランシーヌも食べるか?」
「……いや。私はもういい。見ているだけで十分だ」
「そうか。なら、デザートを先に食べたらどうだ?」
「遠慮する。私はもう満腹だからな」
驚いたようにクロードが目を見開いたが、驚いているのはフランシーヌも同じである。
思わずフランシーヌが笑ってしまうと、クロードは不思議そうな表情で首を傾げた。
◆
「今日は楽しかった、ありがとう」
学園に到着した頃には、既にかなり遅くなっていた。外出申請をしているとはいえ、それでも門限ぎりぎりの時間だ。
フランシーヌ単独であれば、この時間まで街を歩くことはできなかっただろう。
「礼を言うのは俺もだと言っただろう」
「だったら互いに礼を言えばいい。ありがとう、なんて言葉は、言われて不快になるものじゃないだろう?」
フランシーヌが微笑みながら言うと、クロードはすぐに感謝の言葉を口にした。
「ありがとう、フランシーヌ」
「……なあ、クロード」
「なんだ?」
「私が男なら、夜通し街で遊び倒せたのかもしれないな」
もちろん、男子生徒にも門限はある。だが無断で外泊した際、女子生徒に比べ咎められないのは事実だ。
それに私が男なら、あの鍛冶屋にももっと早く行っていただろうし、もっと気ままに街にも出かけられていただろうな。
男であるクロードと出かけたことで、女の身の不自由さを改めて自覚させられた。
男として生まれたかった、なんてどうにもならないことを願うのは、とっくの昔にやめたはずなのに。
「……フランシーヌ」
「すまない。反応に困る話をしてしまったな」
「……ああ。正直、なにを言えばいいか分からない」
素直すぎる反応がクロードらしい。
また明日、と手を振って別れようとしたフランシーヌの手首を、焦ったような顔でクロードが掴んだ。
「だが……俺は、女に生まれながら、強くあろうとする姿勢を尊敬する」
「……クロード」
「俺には想像力がない。だが、その……フランシーヌが、いろいろと苦労してきたことは想像できる。そんな状況で、それでも自分を貫こうとしているのは、すごいことだ」
クロードがいつもよりゆっくりと話すから、頭の中でいろいろと考えながら必死に言葉を紡いでくれているのが分かる。
不器用なりに彼は、フランシーヌを励まそうとしてくれているのだろう。
「ありがとう。君は優しいな」
「……他の奴には言われたことがないが」
「それは他の奴らが悪い」
最終的な門限を知らせる鐘が鳴った。さすがにこれ以上会話を続けることはできない。
今度こそ手を振って、二人はそれぞれの寮へと向かった。
◆
「ずいぶん遅い帰宅ね、フランシーヌ?」
女子寮へ戻ると、玄関前にレベッカが立っていた。
「貴女がいないって、女子寮はかなりの騒ぎだったわよ」
「そうなのか?」
「ええ。私もリリアーヌもいるのに、いったい誰と出かけたのか、ってね」
からかうように笑うと、レベッカはフランシーヌの肩を軽く叩いた。
「大事にならないように適当に誤魔化しておいたわ。それで、クロード殿との外出は楽しかった?」
クロードと街へ出かけることはレベッカにも伝えていない。だが、幼馴染の目は誤魔化せないようだ。
「……楽しかったよ」
「それはよかったわ。これから貴女に、あまり嬉しくない話をしなきゃいけないから」
「嬉しくない話?」
レベッカが懐から二通の手紙を取り出した。一通は既に開封済みである。
「シュヴラン伯爵からの手紙よ。貴女が無視しないようにって、わざわざ私にまで手紙が届いたわ」
「……なんて書いてあったんだ?」
「話があるから、今度の休み、リリアーヌと一緒に帰ってきなさいですって」
父のことは嫌いではない。嫌いではないからこそ、無視できないのが厄介だ。
またいろいろと言われるのかと思うと気が重いが、さすがに帰らないわけにはいかないな。




