第11話 お互い様
「クロード様。お預かりしていた剣の手入れが無事に完了いたしました」
店主が重々しい動作で剣をクロードへ差し出したのは、クロードを尊重しているから……ではなく、単純に剣が重すぎるからではないだろうか。
だがそう思ってしまうほど大きい剣を、クロードは片手で軽く受け取った。
そして、簡単に片手だけで動かし、満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう。相変わらずの仕事ぶりに感謝する。やはり、これほど手に馴染む剣はここでしか手に入らない」
……手に馴染んでいるのか。人間ではなく化け物が使いそうなほど大きな剣が。
やはりクロードは規格外だと驚いていると、店主がフランシーヌへ視線を向けた。
「クロード様のご友人でしょうか」
「ああ。フランシーヌ・フォン・シュヴランだ」
先程と同じように名乗ると、やはり不審げな顔をされた。
フランシーヌが男装姿でいることは、学園ではもはや当たり前のことだ。けれど市井に出ると、やはりこういった目を向けられてしまう。
「シュヴラン伯爵家長女だ。こんな見た目だが、女だよ」
ここの店には『使える剣しか売らない』という流儀がある。
昔気質の職人なら、そもそも女性が鍛冶屋に足を踏み入れることすらよく思わない人間もいるだろう。
女が、男の真似事をするな。
そう言われたことは、一度や二度じゃない。
なにを言われたとしても、ここはクロードが懇意にしている大事な店だ。
それを踏まえた上で対応しなくてはな。
覚悟を決めて店主を見つめたフランシーヌの耳に届いた言葉は、予想とは全く違うものだった。
「そうでしたか。フランシーヌ様も、剣をお探しでしょうか?」
「……え?」
「違いましたか? 申し訳ありません。剣を扱う方かと思いましたので」
店主の視線は、真っ直ぐにフランシーヌの手のひらに向けられていた。
クロードとは比べ物にならない実力だろうが、フランシーヌも日々剣の稽古を行っている。
その努力が、彼女の淑女らしからぬ手のひらに現れていたのだろう。
……でも。
「私は……女だが」
「はい。先程、お伺いしました。ですが、うちでは一人ひとりにあった特注の剣を用意しています。男女問わずそれぞれに合った物を作りますので、依頼は受け付けられますよ。しかも、国内でも指折りのいい剣を作ります」
得意げな表情で胸を張った店主からは、自らの仕事に対する誇りを感じられた。
「どうだ? 一つ、依頼してみるのは。短剣も長剣も、どれも上手く作ってくれるぞ」
楽しそうな笑みを浮かべ、クロードがフランシーヌの背中を押してくれた。
「フランシーヌはあまり力ないが、動きが素早い。細身の長剣なんてどうだ? 両手を上手く使えるなら、双剣もありだろう」
クロードがフランシーヌを見つめながらそう言うと、店主も弟子の少年も、真剣な顔で頷きながら意見を出し始めた。
その様子を見ていると、なんだか泣きそうになってしまう。
女が剣を習ってどうするとか、実戦向きの武器なんて必要ないだとか、そんなことばかりを男には言われてきたからな。
フランシーヌのことを肯定してくれる友人や親衛隊の隊員達は、武器のことになんて詳しくない令嬢ばかりだ。
だからこんな風に、誰かと楽しく剣の話をしたことなんてない。
「どうした? 予算の心配……じゃない、よな?」
不安げな表情で聞いてきたクロードの質問を笑い飛ばす。
「そんなわけないだろう? シュヴラン伯爵家の財政は安定している」
フランシーヌが答えた瞬間、店主がにやついた。
「でしたらぜひ、うちでご注文を! 値は張りますが、いい品を作ると約束しますよ!」
身を乗り出した店主に、フランシーヌは反射的に革袋を懐から取り出していた。
中にたっぷりと金貨銀貨が詰まった財布である。
「言い値を支払おう。代わりに、最高の品を」
◆
「完成が楽しみだな、フランシーヌ」
「ああ」
剣の完成までにはそれなりに時間を要するが、なるべく急ぐと言ってくれた。
とにかく実戦向きの物を、と伝えた時の店主の笑顔は忘れられない。
「こんなにいい買い物をしたのは久しぶりだ。今日はきて本当に良かった」
昔から生活に困ったことは一度もなく、服も装飾品も、常にいい物を親が用意してくれた。
けれど父が使用人に用意させるドレスやアクセサリーは、フランシーヌにとって心躍るものではなかった。
男子用の制服を着ると伝えた時も、父親にはかなり反対されたものだ。
「クロード。本当にありがとう」
立ち止まって、改めて感謝を伝える。頭を下げようとすると、クロードに止められてしまった。
「……礼を言いたいのは俺も同じだ。俺も、楽しかったからな。フランシーヌほど熱心に剣の話に付き合ってくれる奴なんて滅多にいない」
「クロード……」
学園に通う令息達の中でも、将来軍人になることを考えている人間は少数派だ。
軍人を志す少数派の中でも、クロードのように実戦部隊への配属を想定している人間はごくわずかだろう。
「なら、美味しい食事でも楽しみながら、もう少し話をしよう。腹は減っているか?」
フランシーヌの問いに、クロードは勢いよく頷いた。
「ああ。今日は、とにかく大量に食べたい気分だ」




