下見かそれとも本番か
時見正義。10歳の男の子。
正義は時見神社の宮司の一族の子だ。
その正義が、時見神社の節分の豆を20個食べた時。
なんと正義の体が20歳の体になった。
「よーし、これで大人の遊びを全部できるぞ!」
正義は早速、酒を買って一気に飲み干した。
体がカッカと熱くなり、目が回る感じがした。
次は大人の怪しい店が、正義を誘っていた。
正義は誘われるがまま、大人の店に入っていき、大人の体験をする・・・。
節分の日。
正義の家の時見神社は、節分祭で大忙し。
祖父も両親も神社の仕事で駆け回っている。
だから、誰も正義の相手をしてくれず、正義は退屈していた。
豆撒き自体には参加を許されてはいるが、
背の高い大人たちにほとんど豆を取られてしまうだけだ。
だから正義は、家族の分の豆に目を付けた。
時見神社は節分祭で撒く豆以外にも、
家族が歳の数だけ食べる分の豆も用意してある。
木の四角い枡に山のように豆が積まれている。
神事のために清められた、特別な豆だ。
それを見て、通りがかった父親に声をかけた。
「ねえお父さん。節分の豆、食べても良い?」
すると父親は正義の方も見られないほど忙しそうに答えた。
「正義、後で家族みんなで食べようよ。」
「それまで待てない。ちょっとだけだから、食べさせて。」
「しようがないなぁ。ちょっとだけだぞ。
それと、自分の歳の数の豆10個は、後のために取っておくんだぞ。」
「はーい。」
正義は父親に言われた通り、10歳だから10個の豆をポケットに入れた。
それから豆を5個ほど口の中に入れた。
ポリポリポリ。
節分の豆は香ばしい味がした。
それから退屈した正義は、家の床にゴロリと横になった。
「お祭りまで、ちょっと寝ようかな。」
重いまぶたが下りてきて、正義は眠りについた。
トントントントン。
台所から料理をする音が聞こえる。
外からはスズメたちの囀りが聞こえる。
正義はまぶたをうっすらと開けて目を覚ました。
何だか体が軽い。というか、小さい。
小さな手のひらを見て、正義は声を上げた。
「なんだこれ!?体がちっちゃくなってる!」
正義の声に、台所から母親がやってきた。
母親の顔がいくぶん若くなっているように見えた。
「おはよう、正義。もうすぐ朝ごはんができるからね。
朝ごはんが終わったら、お父さんとお母さんは節分祭の準備をするから。」
笑顔でのんびりと答えた母親に正義は泡を食って言った。
「お母さん、そんなこと言ってる場合じゃないよ!
見てよ!僕の体がちっちゃくなってる!」
体をぐるぐると回して見せる。
しかし母親は首を傾げるばかりだった。
「正義の体は元々小さいでしょう?
子供はこれから成長して大きくなっていくのよ。」
「そういうことじゃなくて!
僕の体、とても10歳の体じゃないよ!
どうなってるの!?」
「どうもなにも、正義は今5歳でしょう?」
母親の答えに、正義は愕然とした。
それから正義は考えた。
そして、事のからくりに気が付いた。
体が小さくなったのは、きっと節分の豆を食べたせい。
時見神社の節分の豆は、特別に清められた豆だから、
余分に食べた分、体に変化が現れたのだろう。
歳は、豆を食べた数の歳。
つまり今回は豆を5個食べたので、5歳になった。
豆を食べて眠ると、時間が飛ぶ。
目覚めると、豆を食べた数の歳の、節分の朝になるらしい。
その証拠に、ポケットには、
あの10歳の時にポケットに入れた10個の豆が入っていた。
「よかった。
このポケットにある10個の豆があれば、
いつでも元の歳に戻ることができるだろう。」
試しに正義は10個の豆を食べてみた。
すると今度はすぐに眠気がやってきて、正義は眠りについた。
そして目を覚ますと、そこは時見神社の中。
あの節分の豆を食べる日の朝に戻ってきたのだった。
「やった!元の時間に戻って来る事ができたぞ。
ということは、この豆を食べて年齢を自由に変えられるってことか。
よし、じゃあ次は大人になってみよう!」
正義は今度は20個の豆を食べ、眠りについた。
そうして節分の豆を20個食べて寝た正義は、
目が覚めると予想通り、20歳になっていた。
そして20歳の体を使い、大人としての遊びを満喫するのだった。
前から飲んでみたかった酒を飲み、タバコは好きではないので吸わなかった。
財布には大人に見合った額のお金が入っていたので、
大人の店にも入ってみた。
「あら、いらっしゃぁ~い。お客さん、初めて?」
言われるがまま、正義は店のおねえさんに手を引かれていった。
そして個室に案内され、この世のものとは思えない体験をした。
「はぁ~大人っていいなぁ。
こんなに気持ちがいいことばっかりだなんて。
きっと大人はいじわるして、子供には禁止してるんだ。」
大人の店を数件ほどまわって、今度はあやしい店に入ってみることにした。
汚い雑居ビルの一角、何かの葉っぱのマークが書かれた店だった。
そこで売っているのはタバコ。それと、お菓子のような粉だった。
「あんちゃん、今なら上物があるぜ。やるだろう?」
「う、うん。」
わけも分からず、言われるがまま、正義はお菓子のようなものを口にした。
すると目の前がぐるぐると回り始め、天にも上る気持ちになった。
「わぁ、なんだこれ・・・なんか・・・目の前が変。」
「なんだあんちゃん、初めてだったのか。飛ぶだろう?」
「うん、なんか体が飛んでるみたい。でも、ちょっと気持ち悪いかも。」
こんな時はあれだ。正義には節分の豆がある。
ポケットの中の節分の豆は、今回も用意されていた。
それを食べて、正義は気を失った。
目が覚めると、正義はやっぱりあの日の朝にいた。
あの妙なお菓子のようなものを食べた感覚もきれいに消えていた。
「よかった。今回はちょっと無茶をしすぎたかな。
今度はもうちょっと先を見てみよう。
戻るときも豆をすぐに食べるんじゃなくて、数日経ってから食べてみよう。」
試しに正義は25個の豆を食べて眠りについた。
そして目を覚ますと、体はきっかり25歳の世界にいた。
ポケットにはいつもの10個の豆がある。
今度は豆をすぐに食べずに、しばらく大人の生活を体験してみた。
しかしそれは予想とは違って、ちっとも楽しいものではなかった。
朝は早くから満員電車に揺られ、会社に出勤。
昼ご飯を食べる時間も惜しんで、夜遅くまで働く。
そしてまた夜の満員電車で家に帰る。
家に帰っても疲れて何もする気が起きず、
コンビニで買った弁当を食べて眠るだけ。
ただその繰り返し。
「これが大人の生活?全然楽しくないよ。
こんなのだったら、僕、大人になりたくないなぁ。」
大人の生活に嫌気が差した正義は、
ポケットの豆を食べて10歳の時の時見神社に戻った。
そうして正義は、大人の生活の楽しさだけでなく、厳しさも知った。
「そうだ。今度はもうちょっと先を見てみよう。」
正義は今度は35個の節分の豆を食べて眠りに付いた。
目が覚めるとそこは、10歳の時見神社の中だった。
「あれ?あれぇ?
35個の豆を食べたのに、戻ってきちゃった。
なんでだろう?」
何かイレギュラーでもあったのだろうか。
次に正義は、試しに30個の節分の豆を食べて眠りについた。
今度は無事に30歳の世界に目覚めた。
しかしやはりそこでも、朝から晩まで会社で働く生活は変わらない。
会社を終えて家に帰り、いつものコンビニ弁当を食べようとした、その時。
急に胸に刺すような痛みが襲った。
正義は苦しそうに胸を抑え、床に倒れ込んだ。
これはただごとではない。体に何かが起こっている。
「このままじゃ死んじゃう・・・!
そうだ、あれを・・・!」
正義は薄れゆく意識の中で、ポケットの中の10個の豆を口に入れた。
ポリポリと豆を噛んでいる最中に、正義の意識は途切れた。
ガバッ!と目を覚ますと、そこは時見神社の中だった。
正義の体は10歳。どこにも異常はない。
どうやら無事に元の10歳の時見神社に戻って来られたようだった。
「あー、びっくりした。急に具合が悪くなるなんて。
あのまま死んじゃうかと思った。
いや、多分、僕はあの時に死んでいたんだろう。
だから、その先の35歳の世界に行こうとして、失敗して戻ってきたんだ。」
節分の豆による時間跳躍。
その結果、正義は、30歳で自分は死んでしまうことを知ってしまった。
体がガタガタ震えて止まらない。
「どうすればいいんだろう?」
幸い、正義が体調を崩す日時はわかっている。
そこで正義は賭けに出ることにした。
「もう一度30歳の世界に飛んで、具合が悪くなる前に病院に行けばいいんだ!」
上手くいくだろうか。一抹の不安が襲う。
「上手く行かなければ、また豆を食べて10歳に戻ればいいだけさ。
瀕死の状態でも、10歳の世界にはちゃんと戻れたんだから。」
決意の結果、正義はもう一度、30個の豆を口にした。
微睡みの後、正義は目を覚ました。
ハッと手を見る。ちゃんと30歳の体になっている。
「よし、30歳の世界にきたぞ。
僕が死ぬのは、明日の夜だったっけ。
今日は会社を休んで、明日行く病院を探しておこう。」
そうして正義は、比較的近所にある大きな救急病院に当たりをつけた。
次の日、正義は朝からその救急病院の中にいた。
「今日はどうしました?」
看護婦の言葉に、正義は答えに窮した。
そして、ありのままのことを告げることにした。
ただし、時間跳躍のことは伏せて。
「えっと、今日は体調がなんだかおかしいんです。
夜辺りに、死ぬほど体調が悪くなるかも・・・。
お願いです、助けてください!」
「じゃあ、一応検査してみますか?」
看護婦に言われるがまま、病院で一通りの検査を受けてみた。
その結果。医者にはこう言われた。
「心臓に異常の兆候が見られますね。
緊急に処置をしたほうが良いでしょう。
このままでは最悪、倒れてしまうかも知れない。
いやあ、倒れる前に病院に来られるなんて、運がいいですよ。」
「そうですか!よかった!」
こうして正義は、30歳の世界の死ぬはずだった日を、
病院で無事にやり過ごすことができた。
翌日、目が覚めるとやはり病院。
しかし医者が言うには、このまま治療を続ければ、
そう長くかからずに退院できそうだという。
「病院でこれ以上、痛い思いをするのは嫌だな。」
そこで正義はズルをすることにした。
ポケットの中の10個の豆を食べ、10歳の世界の時見神社に戻った。
それから35個の豆を食べて寝て、35歳の世界に飛ぶことにした。
豆を食べて眠り、目を覚ますと、
今度はちゃんと35歳の世界で目覚めることができた。
「やった!30歳の僕は、ちゃんと病気が治ったんだ!」
服の胸を広げてみると、大きな手術痕が残っていた。
これで正義は、死の恐怖から逃れることができた。
しかし、別の考えが浮かんでくる。
自分は何歳まで生きられるのだろう?
いっそ節分の豆を100個ほど食べてみようか。
しかしそれは恐ろしくて、10歳の正義には無理だった。
自分がいつ死ぬのかなど、大人でも知るのは恐ろしいことだから。
だから、正義は、別の方法を取ることにした。
あれから正義は、11歳から一年ずつ、
節分の豆を食べて未来の世界を見ていくことにした。
未来の世界で生活を続けて、未来の世界で1年間無事に過ごせたら、
その次の歳の世界を試していく。
もしも死んだり致命的な出来事があれば、
ポケットの中の豆で10歳に戻りやりなおす。
10歳に戻って、今度は同じ歳の問題を解決し、その次の歳に飛んでみる。
それを繰り返して、自分が何歳まで生きられるのか、
何歳まで生き延びられるのか試していった。
結婚や子を設けるといった幸せにも恵まれながら、
時には大きな病気で倒れて、1年をやり直して凌ぐということもあった。
そんなことを続けて、もう90回ほどにもなっただろうか。
その世界では年老いた正義は、家の縁側で椅子に揺られていた。
もう老衰で満足に動くこともできず、
今は家の庭で孫たちが元気に遊んでいる声を聞いている。
「はて、今の私は、節分の豆を食べた世界の自分だったか?
それとも、本当の世界の自分だったか?」
節分の豆を食べて1年ずつ無事を確認することを何十回も続けて、
年老いた世界の正義にはもう、それが時間跳躍か現実かの区別も曖昧だった。
今日は節分。孫たちが節分の豆を撒いている。
「鬼は外ー!福は内ー!」
年老いた正義は、震える手でポケットの中をまさぐった。
そこには今でも、10個の節分の豆が入っていた。
それを歯の抜けた口にゆっくりと運びながら、思った。
「私の今までの人生は、本当に現実だったのだろうか?
それとも、節分の豆で見た夢の・・・」
正義の体から力が抜け、手がだらりと垂れ下がった。
縁側に節分の豆が散らばる。
ポケットの中の10個の豆を食べきること無く、正義は事切れた。
特にどこが病気ということもない、老衰の末の死だった。
これでもう、10歳の時見神社に戻ることはできない。
この世界が時間跳躍の世界なのか、それとも現実なのか、
正義の疑問に答えられるものは誰もいなかった。
終わり。
自分はいつ死ぬのだろう。
それは誰もが興味があり、でも知りたくはないことです。
節分の豆の魔法で未来の世界に時間跳躍する事になった子供が、
自分がいつ死ぬのかを知り、それを回避することに成功しました。
そこまではよかったのですが、今度は次にいつ死ぬのかが気になって、
結局、寿命を迎えるまで時間跳躍を続けてしまいました。
やはり自分がいつ死ぬのかなど、先に知っておくのは恐ろしい事だと思います。
お読み頂きありがとうございました。




