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私のお師匠様エルヴィス・プレスリーに捧げます。
あなたのお陰で、私は自分の望みを叶えました。
ありがとうございます。
「それを着て、一緒に来るんだ」
夫は、私にコートを放り投げました。私は片手にグラスを持っていました。結婚生活が長引くにつれて、お酒だけが私を慰めてくれるようになっていました。
「飲んでもいいが、酔うな」と彼はよく言っていました。
夫は、私からグラスを取り上げました。
「見つけたぞ、とうとう」
夫の目は、異様な光を帯びていました。私は、冷ややかな目で、彼を見ていました。彼の瞳が輝くのは、仕事と趣味が一致した時に限られていました。
「白? 黒? それともハーフなの、トミー?」
夫は私の質問を完全に無視しました。私も答えを望んではいませんでした。
「早く支度をしろ、お前の出番だ」
車に乗り込むと、夫は空いている方の手で私を抱き、何度もキスをしました。彼の興奮が非常に大きいことがわかりました。
スタジオの中には、ムッとするような熱気が立ち込めていました。皆、トミーの熱に感染したのに違いありません。
大勢のスタッフの間で、まだ少年と言ってもいいくらいの男の子が歌っていました。
赤褐色の髪、憂いを含んだブルーの瞳、ミルク色の肌、まだあどけない口もと。
恐ろしく美貌の少年でした。
一目で、彼がトミーの好みであることがわかりました。
こういう場面には慣れていないのか、しきりに身体を揺すっていました。リズムに乗ろうと焦るあまり、かえってリズムから見放されているように見えました。
「伴奏をよく聞いて。だめだめ、もっとリズミカルに」
録音技師が何か叫んでいました。
私は、隅のソファに腰をおろし、あくびを嚙み殺していました。美貌の少年には同情しましたが、私には関係のないことでした。
「今日中にすませるんだ」とトミーが命令していました。
「この調子じゃ無理ですよ、ミスター・ビクスン」
トミーは、関心のない表情で、私を見ていました。彼の考えていることがわかりました。
「ハニー」と彼は猫なで声で言いました。
「今日中にレコーディングをすませたいんだ」
私はぼんやりと、彼を見ていました。いつか見た夢のように、現実感がありませんでした。
酔っていたのです。
「あのぼうやには、手を焼いているんだ。歌えるようにしてやってくれ」
「お安い御用よ、ダーリン」と私は投げやりな気分で答えました。
「あなたのお役に立てるなんて、光栄だわ」
「休憩だ」とトミーはスタッフに言いました。
皆、ぞろぞろとドリンクを飲みに出て行きました。
後には、少年と私だけが残されていました。
「もう、帰ってもいいんですね」
誰もいなくなると、少年は言いました。彼は、明らかに落胆していました。粗末な身なりをした、田舎のぼうやに見えました。
「なんて名前なの?」
「マイケル・ランバートです、マダム」
彼は、礼儀正しく答えました。
私は、膝を高く上げて、脚を組み直しました。コートを効果的に脱ぎました。下は、身体の線の透けて見える薄い部屋着一枚でした。
自分のセックスアピールには、自信があったのです。
「どう? マイケル。私をどう思う?」
彼の困惑ぶりは見ものでした。目のやり場に困っていました。
「とても美しい方だと思います」とマイケルは、私の視線を避けて答えました。
「ここに来て、マイケル。今夜は寂しいの」
言ってしまってから、淋しいのは今夜だけのことではないことに気がつきました。私は、ずっと淋しかったのです。
マイケルは、微かに微笑むと、人差し指だけで、そばにあったピアノを弾き始めました。
「この歌、知ってますか?」
「知ってるわよ、『淋しい夜には』じゃないの」
私の大好きな歌でした。
昔からある美しいバラードで、何人もの歌手が歌っていました。
マイケルは、自分の伴奏に合わせて、ゆっくりと歌い始めました。
今までに聞いたものとは、かなり違っていました。
彼の声は、私の心に直接響いてくるようでした。
「淋しい夜には、慰めてあげる……」
「嫌いよ、そんな歌」と私は言いました。
歌を聴いているうちに、今まで抑えていた、自分の弱さやもろさが、すべて現れてしまうように思えたのです。
「もっと賑やかな歌の方が好きよ」
彼は、ちょっと私の方を見ると、『ダークムーン』を、それこそスタジオが壊れんばかりの声で歌いました。
最高でした。
音の波が一時に押し寄せ、私を取り囲み、全身を揺さぶりました。音の波に翻弄された気分でした。
「最高だわ」と私は叫びました。「いつも、こんな調子なの?」
「一人の時だけですけど」
ダーリン(ザ・サン)にも感謝を。
ダーリン、毎日毎日休まずに、愛してくれてありがとう。




