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闇に響く声  作者: まきの・えり


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4/4

私のお師匠様エルヴィス・プレスリーに捧げます。

あなたのお陰で、私は自分の望みを叶えました。

ありがとうございます。

「それを着て、一緒に来るんだ」

 夫は、私にコートを放り投げました。私は片手にグラスを持っていました。結婚生活が長引くにつれて、お酒だけが私を慰めてくれるようになっていました。

「飲んでもいいが、酔うな」と彼はよく言っていました。

 夫は、私からグラスを取り上げました。

「見つけたぞ、とうとう」

 夫の目は、異様な光を帯びていました。私は、冷ややかな目で、彼を見ていました。彼の瞳が輝くのは、仕事と趣味が一致した時に限られていました。

「白? 黒? それともハーフなの、トミー?」

 夫は私の質問を完全に無視しました。私も答えを望んではいませんでした。

「早く支度をしろ、お前の出番だ」

 車に乗り込むと、夫は空いている方の手で私を抱き、何度もキスをしました。彼の興奮が非常に大きいことがわかりました。

 スタジオの中には、ムッとするような熱気が立ち込めていました。皆、トミーの熱に感染したのに違いありません。

 大勢のスタッフの間で、まだ少年と言ってもいいくらいの男の子が歌っていました。

 赤褐色の髪、憂いを含んだブルーの瞳、ミルク色の肌、まだあどけない口もと。

 恐ろしく美貌の少年でした。

 一目で、彼がトミーの好みであることがわかりました。

 こういう場面には慣れていないのか、しきりに身体を揺すっていました。リズムに乗ろうと焦るあまり、かえってリズムから見放されているように見えました。

「伴奏をよく聞いて。だめだめ、もっとリズミカルに」

 録音技師が何か叫んでいました。

 私は、隅のソファに腰をおろし、あくびを嚙み殺していました。美貌の少年には同情しましたが、私には関係のないことでした。

「今日中にすませるんだ」とトミーが命令していました。

「この調子じゃ無理ですよ、ミスター・ビクスン」

 トミーは、関心のない表情で、私を見ていました。彼の考えていることがわかりました。

「ハニー」と彼は猫なで声で言いました。

「今日中にレコーディングをすませたいんだ」

 私はぼんやりと、彼を見ていました。いつか見た夢のように、現実感がありませんでした。

 酔っていたのです。

「あのぼうやには、手を焼いているんだ。歌えるようにしてやってくれ」

「お安い御用よ、ダーリン」と私は投げやりな気分で答えました。

「あなたのお役に立てるなんて、光栄だわ」

「休憩だ」とトミーはスタッフに言いました。

 皆、ぞろぞろとドリンクを飲みに出て行きました。

 後には、少年と私だけが残されていました。

「もう、帰ってもいいんですね」

 誰もいなくなると、少年は言いました。彼は、明らかに落胆していました。粗末な身なりをした、田舎のぼうやに見えました。

「なんて名前なの?」

「マイケル・ランバートです、マダム」

 彼は、礼儀正しく答えました。

 私は、膝を高く上げて、脚を組み直しました。コートを効果的に脱ぎました。下は、身体の線の透けて見える薄い部屋着一枚でした。

 自分のセックスアピールには、自信があったのです。

「どう? マイケル。私をどう思う?」

 彼の困惑ぶりは見ものでした。目のやり場に困っていました。

「とても美しい方だと思います」とマイケルは、私の視線を避けて答えました。

「ここに来て、マイケル。今夜は寂しいの」

 言ってしまってから、淋しいのは今夜だけのことではないことに気がつきました。私は、ずっと淋しかったのです。

 マイケルは、微かに微笑むと、人差し指だけで、そばにあったピアノを弾き始めました。

「この歌、知ってますか?」

「知ってるわよ、『淋しい夜には』じゃないの」

 私の大好きな歌でした。

 昔からある美しいバラードで、何人もの歌手が歌っていました。

 マイケルは、自分の伴奏に合わせて、ゆっくりと歌い始めました。

 今までに聞いたものとは、かなり違っていました。

 彼の声は、私の心に直接響いてくるようでした。

「淋しい夜には、慰めてあげる……」

「嫌いよ、そんな歌」と私は言いました。

 歌を聴いているうちに、今まで抑えていた、自分の弱さやもろさが、すべて現れてしまうように思えたのです。

「もっと賑やかな歌の方が好きよ」

 彼は、ちょっと私の方を見ると、『ダークムーン』を、それこそスタジオが壊れんばかりの声で歌いました。

 最高でした。

 音の波が一時に押し寄せ、私を取り囲み、全身を揺さぶりました。音の波に翻弄された気分でした。

「最高だわ」と私は叫びました。「いつも、こんな調子なの?」

「一人の時だけですけど」

ダーリン(ザ・サン)にも感謝を。

ダーリン、毎日毎日休まずに、愛してくれてありがとう。

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