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私のお師匠様、エルヴィス・プレスリーに捧げます。
あなたのお陰で、私は望みを叶えました。
「どうぞ」と静かな声が聞こえた。
エミリー・ビクスンだ。私は、唾を飲み込んだ。
「エミリーおばさん」
コンスタンスは、ドアを開けると同時に、エミリーの方に進み、彼女を抱擁した。
「コニー、コニー」
私が居場所を失うほど、エミリー・ビクスンの声には、コンスタンスに対する愛情がこもっていた。
「ミスター・トーマス・ハンスベリー。ミセス・エミリー・ビクスン」
コンスタンスが、私達を紹介した。
「おかけになって、ミスター・ハンスベリー」とミセス・ビクスンは言った。
「マイケルのことでいらしたのね。そういう時期だと思っていましたわ。コニー、そうなんでしょう?」
窓はアルミホイルでおおわれている。
エミリー・ビクスンは、濃いサングラスをかけ、薄暗い部屋の中で、何かの影のように見えた。
「ええ、エミリーおばさん」
コンスタンスは、私がハッとするほど冷静な声で答えた。
「私も知りたいの」
エミリー・ビクスンは、サングラスを外すと、優しい目でコンスタンスを見た。
二人はとてもよく似ていた。まるで、本当の親子かと見まがうほどだ。
エミリーの髪には白髪が混じり、顔には幾多のしわが刻まれている。
しかし、年齢的な差異にもかかわらず、二人には非常に似通ったところがあった。
それは雰囲気であり、二人に共通する何らかのエネルギーだった。
そして、それは、私が聞いたマイケルの歌のエネルギーでもあった。パワーと言いかえてもいい。
部屋中に、目には見えない力が満ちているようだった。
「ありがとう、エミリーおばさん」
コンスタンスの声は優しかったが、まるで作り声のように感情が無かった。
「おばさんには、感謝しているわ。私は、父についても母についても何も知らない。私が知っているのは、おばさんが私を育ててくれたということだけ。
マイケル・ランバートというのも、私にとっては、遠い名前。でも、素晴らしい人だったのね。おばさんを見ていればわかるわ。マイケルの話をするおばさんは、本当にきれいなんだもの。
でも、この世で一番大切な人は、私が一番よく知っている人よ。わかるでしょう、エミリーおばさん」
エミリー・ビクスンは、片方の手をコニーに預けた。動きが鈍かった。まるで、作り物の手のようだ。
しばらくの間、彼女は黙って、コニーを見ていた。
「時期が来たのでしょう」と彼女は言った。
「マイケルが死んで、もう二十年以上の歳月が流れました。いつかは、こんな日が来るような気がしていました」
彼女は、しばらくの間、黙って自分の手を見つめていた。
「今日は、朝からマイケルの歌を聴いていました。力が必要でした。自分と戦う力が。
私の人生は、コニーを抜きにしては考えることができない。私の話を聞いた後、果たして私のコニーは、今まで通りに私を見てくれるでしょうか。……辛い戦いでした」
沈黙が訪れた。
コニーは、エミリーと同じ表情で微笑んでいる。
再びエミリーが話し始めるまで、私にとっては、永遠に近い時が流れた。
私にとっても、つらい戦いが始まったのだ。
私は、自分の小説の主題を、実話によって発見することになった。
悪魔とその帝国。
エミリーの話の足りない部分は、新聞雑誌で得た知識と、私の『想像力』で補った。
これは、最初で最後の、私の『作品』でもある。
『私の夫トーマス・ビクスンは、レコードや映画のプロデュースをしていました。
私達は仲のいい夫婦でした。少なくとも、世間では、そう思われていました。
夫には、本当の意味での女性に対する関心というものがなかったのです。夫と私とは、何ページにもわたる契約書で結ばれた夫婦だったのです。
プロダクション所属の歌手や俳優と同じ、私は会社の資産の一部だったのです。
パーティーでの一流のホステス、社会的信用の基礎となるパートナー、そして、本当のトーマス・ビクスンを隠すカムフラージュとして、夫は私を必要としていたのです。
大部屋女優だった私には、代償として、上流階級へのパスポートが与えられました。
夫は、品物を検分するように、私を調べました。
容貌、体重、プロポーション、衣服のセンス。
笑顔の一つ一つまで、冷たい目で見回すのです。正直、心臓の凍る思いでした。
夫の希望で、子供を作ることは、許されませんでした。夫婦とはいっても、形だけのもの。
彼は、一人の女としての私には、興味も関心もなかったのです。
餌でした。
夫は、愛玩動物にエサを与えるように、私にセックスを与えました。
愛の交歓には程遠い、哀しいほどに索漠とした行為でした。
残念なことに、私は、夫を、愛していました。
彼の残酷さ、非情さにも関わらず、彼に惹かれていたのです。乞食のように、彼の愛情を待っていたのです。
表面的には、何不自由ない平穏な生活でした。夫は、有能なプロデューサーと評されていました。
異性に対する無関心は、仕事に対する情熱で埋め合わされていました。
彼の性癖は、まだ、私を含めてごく一部の人間しか知りませんでした。
ある日、夫は、息せき切って帰宅しました』
私のダーリン(ザ・サンのこと)にも。
ダーリン、毎日毎日ありがとう。




