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闇に響く声  作者: まきの・えり


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1/3

エルヴィス・プレスリーに捧ぐ 1

『初めにことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。このことばは初めは神とともにあった。すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。このことばに命があった。そしてこの命は人の光であった。光は、闇の中に輝いている。そして、闇は、これに勝たなかった』


 私は、新約聖書の一節を暗唱していた。

 最初に『ことば』ありき。

 そして、ことばは、私とともにあった。

 私が、ことばであった。

 少なくとも、私だけは、そう信じていた。


「ハロー」

「ハロー」

 寝ぼけながら、受話器を取った。前日の徹夜がこたえていた。

 ことばが洪水のように押し寄せてくる。

 そういう時にこそ、書かなければならなかった。

 やっと、寝入ったところなのだ。

「すぐ行く」と電話の向こうの声は言った。

「何だって?」

 もう、電話は切れていた。

 相手が誰か、考える暇も無かった。私は、半分眠っていたのだ。

 気分は最悪だった。

 数時間後、私は、ニューヨークのアパートの一室で、訪ねて来た友人のステュワート・カートと向かい合っていた。

 仕事にあぶれていたので、どんな仕事でも欲しかったのは事実だ。

「簡単な仕事だ」と彼は言った。

「君に、マイケル・ランバートの記事を書いて欲しいんだ」

「マイケル、何だって?」

 聞いたことのない名前だった。

 ステュワートは、無造作に、何枚かの写真をテーブルの上に並べ始めた。

 私は慌てて、灰皿やコーヒーカップを片づけた。

 ヒュー、私は口笛を吹いた。

「おそろしくハンサムじゃないか。昔の映画スターか何かかい?」

 写真は、かなり色あせたものだった。

「そうか。君は知らないんだね」と彼は言った。

「君の生まれた頃の話かな? 歌手だよ。もう二十年以上前に死んだ」

「生まれる前の話だろう。それに、お門違いだよ。僕は、視覚的な人間なんだ。音楽には興味が無いね。BGMに過ぎない」

「君がどんな人間だって、別に構わないさ。ただ、僕は自分の好きなようにやりたいだけなんだ」

 私は彼を知っていた。

 私には力が無く、彼には力があった。

「OK、できるだけの協力はするよ。結果は知らないけどね」

「そう、それでこそ、未来の大作家、トーマス・ハンスベリーだ」

「やめてくれよ。僕が今の世の中じゃ、認められることがないのは、君が一番よく知ってるだろう。僕の役割を話してくれ」

「マイケル・ランバートの記事を集め、彼を知っている人間を探し出すこと。まず、そこから出発だ」

「わかったよ」と私は、何もわからないままに答えた。

「しかし、腑に落ちないね。何で、今頃、そんな昔の歌手を掘り返すんだい?死者は…」

 と私は、何を言おうかと迷いながら言った。

「死者は、安らかに眠らせてやるもんだろう」

 ステュワートは、唇の端を歪めた。冷静に見えたが、目だけは、異様な熱気を帯びていた。

「きっかけは、これさ」


 彼は、もう一枚、その美貌の青年の写真を取り出した。

 色あせた写真で、マイケルと一人の女性が写っている。

 マイケルは、ベッドに横たわり、女性は、ベッドに頭だけをのせて、眠っているように見える。

「見ろよ、この二人の表情を。恍惚としている。これは、なぜなんだ。一体、誰が写したんだ?

『彼らの最後の日』

 どうだい、思わせぶりなタイトルじゃないか」

「きっと、その日に寿命がきたんだろう」と私は、あくびを噛み殺しながら言った。

 ステュワートは、疑り深い目で、私を見た。

「よくわかったよ、君の大作なるものが。想像力の欠如したものだ」

 正直、私は、ムッとした。

「君が文学を知っているとは、意外だったよ。作家の想像力の世界は、現実とは遊離したものなんだ。悪いけど、ほかをあたってくれ」

「時間の無駄というわけか」と彼は言った。

「これは、君に欠けているものを発見する、いいチャンスだと思ったんだが」

 私の自尊心は、ズタズタだった。

「僕のことはほっておいてくれ。僕には、今、遠大な構想があるんだ」

 しかし、ことばとは裏腹に、私は、抵抗する気力を失っていた。

 ステュワートは、いつものように、子供をあやすような目で、私を見ていた。

「知ってるよ、君が手伝ってくれることは。残念だが、僕は忙しい人間だ。詰まらないビジネスでね。ある意味で、君を羨ましいと思っている。実際、君にしかできない仕事なんだ、トーマス・ハンスベリーにしか」

「OK」と私は答えていた。

 彼には、何度も仕事をもらっている。

 売れない小説にかける時間は、ほとんど彼のお陰で稼ぎ出したものだった。

「君の勝ちだ。君が欠けていると言うなら、多分、僕には、欠けたところがあるんだろう」

「君は」とステュワートは言った。

「社会を知らない。だから、君の文章には、説得力が無いんだ」


 ステュワートのことばは、私の胸に突き刺さったままだった。

「君は、社会を知らない。君の想像力は、その程度のものか」

 私は、永遠に未完で終わるだろう大作のことを思った。

 悪魔とその帝国のことを。

 そして、それを、空中に放り出した。


 図書館に通い、新聞をくまなく調べた。

 二十年以上昔の話だ。いくつかの記事を発見した。


「期待の新星、マイケル・ランバート」

「マイケル、ミス・トゥエイン・ライトと結婚」

「マイケルに赤ちゃん誕生」

「毒婦エミリー、マイケルの声を奪う」

「マイケル・ランバート、自宅にて衰弱死」

「マイケルの葬儀、各国から参列者、多数」

「トゥエイン・ランバートに無罪判決」


 新聞記事によって、私はかなりの知識を得た。

 マイケル・ランバートが、一時期、人々の称賛を集めた歌手だったということ。

 凄まじい熱狂の記録があった。

 一本の映画に主演し、多くのヒット曲を残していた。

 トゥエイン・ライトという共演女優と結婚し、女の子が生まれた。

 エミリー・ビクスンという毒婦と関係があった。

 声を失い、自宅で死亡。「衰弱死」と記録されている。

 マイケルの妻トゥエインは、エミリーとその夫トーマス・ビクスンを射撃した罪で起訴され、無罪となっている。

 エミリー・ビクスン。

 私でも、名前だけは知っている。

 有名なビクスン・プロダクションの女社長だ。夫の遺志を継いで、会社を発展させた女性だ。

 有能だ、と言われていた。

「毒婦エミリー」

 何度も記事に現れた記述だ。

「毒婦」というものには、お目にかかったことが無い。興味がわいた。


 ステュワートが置いて行った、マイケルのレコードを聞いた。聞き覚えのある歌も混じっている。

 嫌いな歌ではない。

 心に直接響いてくる、存在感のある歌だ。

 これは、私にとって、かなり奇妙な体験だった。

 私は、音楽を知らない。家族や親せきにも音楽家はいない。没音楽的環境だ。

 それにもかかわらず、私は歌を聞いて、心を動かされていた。

 マイケル・ランバートの歌は、私の視覚に訴えかけてくる。私の存在を揺るがせ、私を何かに駆り立てる。

 活字以外のものに、そのように心を動かされたことは、今までに一度としてなかった。私は未知の歌手に囚われ始めていた。

 彼は、何者なのか。なぜ、彼の歌は、私の心を動かすのか。なぜ、彼の歌には、私の作品にはないエネルギーがこめられているのか。なぜだろうか。なぜ?

 私は、未来の大作家たる自分以外の存在に、生まれて初めて興味を抱いた。

 マイケル・ランバートと「毒婦」エミリー。


「マイケルのこと? さあ。ファンだったけど、昔のことよ。メアリー・オズボーンなら詳しいはずよ。マイケルとステディだったって、騒いでいたから」

 マイケルの高校時代のクラスメイトの一人が、メアリー・オズボーンを紹介してくれた。

「ええ、昔のことね」と髪に白いものの混じっているメアリーが言った。

「あれは、嘘よ。彼が有名になったんで、嘘をついたの。少し好きだったのは本当よ。ハンサムだったんだもの。でも、彼は、女の子には興味が無かったみたい。いつも、ぼんやりと窓の外を見ていたわ。それは、現実離れした雰囲気で、近寄るのが怖いぐらい。何だかわからないけど、どこにもないものを見ていたような気がするわ。彼が、あのマイケル・ランバートだなんて、今でも信じられないわ。いつの間にか、遠くに行ってしまっていた。昔の話なのよ」








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