エピローグ:カラオケスナック硅素谷 ママ
――長いこと、このサンノゼの片隅でスナックやってきたけど。
今夜ほど心を揺さぶられた夜は、正直一度もなかったわ。
あの男――一ノ瀬直也。
最初は“スーパー物産マン”とか呼ばれて、大げさな『通り名』を背負って来ただけの名前負けする若造かと思っていた。
どうせ、ちょっと歌って調子に乗って終わり……そう思っていた。
けど違った。
歌えば笑わせ、踊れば盛り上げ、そして最後には涙まで奪っていった。
それも作り物の演出なんかじゃない。
心の奥から本気で届けようとしている声。
その姿に、オジサンたちも、女の子たちも――そして私までも、すっかり持っていかれてしまった。
「ナオヤーーッ!!!」
最後の大歓声がまだ耳に残ってる。
武道館でもない、アリーナでもない、ただの場末のスナック。
けれどあの瞬間だけは――確かにここが“世界の中心”だった。
気付いたら、私の目からも涙がこぼれていた。
三十年、この商売をやってきて、一度もなかったことよ。
お客に泣かされるなんて――あり得ないと思っていたのに。
笑わせて、盛り上げて、泣かせて。
全部決め切ったあの男。
きっと彼は、ただのビジネスマンでも、ただのエリートでもない。
人を惹きつけて離さない――“本物のエンターテイナー”なのよ。
今夜は、私のスナック史上、最高の夜。
そして伝説の夜。
それからしばらくして、風の噂に聞いたの。
あの日あの夜に事実上決裁された契約というのは、五井アメリカの年度の業績を前年比で7%以上も上向かせた要因になったとね。
伝説のエンターテイナーに相応しい結果という事かしらね。
又サンノゼに来たら、是非来店して欲しいわ。
――ありがとう、ナオヤ。
あんたのお陰で、またこの場所が少しだけ輝いた気がするわ。