第12話:カラオケスナック硅素谷 ママ
――はいはい、もう完全に“直也一本足打法”ね。
支社長なんて、もう泣き笑いで「ナオヤ頼む!お前しかいない!」って叫んでる。
情けないったらありゃしない。
でも分かるわよ。今夜のこの空気、もう直也がいなけりゃ一気に沈没だもの。
……でもね。私は知ってるの。
ここで失敗するオトコを、幾人も見てきた。
ギャグや替え歌で散々盛り上げた後――調子に乗って同じ路線に突っ走って、気づけばオジサンたちが疲れ果てて白け顔。
あれほどの盛り上がりを“逆に消耗”で終わらせちゃうの。
だから大事なのは――ここ。
“締め”をどう決めるか。
笑わせるんじゃない。感動させて帰らせるのよ。
これを分かるかどうかで、本当の“お仕事”が出来る人かどうかが決まるの。
(さあ、直也。あんたはどこまで読めるのかしら?)
モニターに浮かんだタイトルを見て、思わず息を呑んだ。
――「Pieces of a dream」
(……凄いわ。分かってるじゃないの)
これよ。完璧な選曲。
オジサン世代にも耳馴染みがあって、なおかつ“泣かせ”の王道。
ただし――高音域を外せば即死の難曲。普通の若手なら絶対に手を出しちゃダメな曲。
イントロが流れ、直也が静かに目を閉じた。
そして――。
「デ〜タ〜ラメな夢を〜好き勝手ばらまいて〜♪」
出だしから……完璧。
伸びやかで艶があって、低音から高音への移行が自然すぎる。
Bメロ――。
「Ah〜せめてボクたちが〜一度背を向けたら〜」
もう完璧よ。完璧。
そしてサビ――。
「ハンパな〜夢の一カケラが〜不意に誰かを傷つけていく〜♪」
……来た。オクターブ高い部分。
「指先に〜ふれては感じる〜懐かしい痛みが〜♪」
直也は一切ブレずに、むしろ余裕すら漂わせて歌い上げる。
ビブラートが震えるたびに、店内の空気が震えた。
(……鳥肌よ、これは)
昭和臭オヤジたち?
さっきまで「ナオヤ!口説きすぎ!」と大爆笑してたのに、今はシーンと静まり返っている。
グラスを握った手が震えてるじゃない。
あらあら……目尻を拭いてるの、バレバレよ。
「月が〜ボクたちを〜見ている〜♪」
泣かせの一撃。
直也の声が響くたびに、店内が感動で満たされていく。
これは凍っているんじゃない。
――感動が、このスナックを完全に支配しているのよ。
最後のロングトーンが消えた瞬間、静寂を破ったのは……。
「……ナオヤぁぁぁ……!」
嗚咽混じりの歓声。
昭和臭オヤジたちが、涙ぐんで直也に拍手を送っている。
支社長なんて感極まって立ち上がって、直也を絶賛しているし。
でも、亜紀?玲奈?あの子たちまで真っ赤になって直也を睨んでいるわ。
あれは惚れさせたオトコを恨めしく思う潤んだ視線ね。
(……やれやれ。本当にとんでもない男ね)
笑わせて、盛り上げて、そして最後は泣かせる。
三拍子揃ったエンターテイナーなんて、私は30年のスナック人生で初めて見たわ。
“スーパー物産マン”だなんて肩書きじゃ足りないわね。
今夜の彼は――“魂を震わせるシンガー”だった。