プロローグ:カラオケスナック硅素谷 ママ
私ながいことオンナやっているけど、もう最近のオトコは本当にダメね。……ハッキリ言ってヤバいわ。
ここ、サンノゼに日本人向けのカラオケスナックを立ち上げて、かれこれ30年になるかしら。でも、いわゆる「接待」が、きちんと成立しているケースって先ずみた事ないわ。
もうヤバいケースしかないの。
何がヤバいって、そもそもお仕事の一環で『飲んで、歌って』いるという自覚がまるでないって事よ。そもそも接待するって、結局は成約に結びつける関係性を作るか、これまでの契約関係を継続したいと思わせるか、要するに、ビジネスでの結果に結びつけるためにするものじゃない?
でも、そのためにはエンターテイナーとしての立ち居振る舞いってやつが必要なの。つまり相手を楽しませるって事。もちろん相手が楽しむくらいなんだから、同じお店でその時相席している人たちも含めて、楽しませるって事が肝心なのよ。
ところが、酔ってカラオケ歌う連中のほとんどは、ガナリ声あげて、自己満足するだけ。哀しい自慰行為ね。見ている人、聞いている人を楽しませるだけの力量も、せめてものサービス精神すらも、そこには皆無。
電報堂もダメ、五菱なんて銀行から商事から重工まで全部ダメ、総領事館勤務の外交官なんてもっとダメ。結局この店に来るオトコどもは、表面的な『仕事』はできたとしても、エンターテイナーとしてはダーメンズばかり。
挙げ句の果には、嫌がるのを無理やり連れてこられた女性社員をキャバ嬢扱いして、させて、ペタペタお触りセクハラ三昧よ。そんなの、コッチの社会でやってごらんなさい。一発解雇のレッドカード。ムショ暮らし一直線ってヤツね。
今日も期待なんてしてないわ。五井物産?総合商社の中の総合商社?エリート中のエリート?どうせお高くとまったつまんない連中でしょ。わざわざ予約まで入れて、奥のステージブース貸し切りってさ。ふふっ、どんだけ〜の見世物を出せるってのよ。滑稽極まりないわ。
ホント、シリコンバレーに来る日本人の客層もすっかり落ちた。ITバブルの前までは、まだ本気の日本人も多かった。でも最近は勘違いした連中か、その勘違い連中をカモにする連中か、要するにそんなのばかりよ。
え?五井物産主導で大型プロジェクトが発表されたって?――ま、そりゃ会社の図体はでかいんだから、それくらいはあってもいいんじゃない?米国大統領まで巻き込む一大プロジェクト?――ああ、先日なんか式典シスコでしていたって言っていたわね。なんで、わざわざシスコでやるんだか。昔『シスコは碌でもないシティ』って歌なかったっけ?――違うか。
まぁ、少なくとも『仕事』は出来るって事かしらね?でもさ、それは、所詮はデスクワークだけって事よ。『お仕事』が出来るって証拠にはならないわ。そして、私が言っているのは、その『お仕事』が出来るかどうかって事よ。それ、それが大切なの。
ま、たしかにグダグダ言っていても始まらないわね。もう夕方だし、そろそろネオンサイン点けてちょうだい。さぁ、軽く掃除して、開店準備しましょ。どんなにお粗末な客だからといって、お店として手抜きは絶対しない。それが私のポリシーよ。
さぁ、まぁあんたがそこまで言うなら、ちょっとだけ期待して見てみるわ。その五井物産の実力ってヤツを。
※本編はカクヨムにも掲載しています。