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第7話 『うんこうんこ言ってられなくなりました』

 「なんでこんなに『魔物』が多いのよ!?」

 

 モンタージュ山中腹で、イグニスの戸惑いの声が響いた。

 『哨戒班』は、大量の黒いモヤモヤとした『魔物』や、黒毛皮の『魔獣』などの害獣に囲まれていた。


 イグニスは、次々と焼き切っていく。


 「これは・・・。 ウズメ、どう見る?」


 副班長が、大盾を構えながら後ろに隠れているウズメに問う。


 「・・・ここにたどり着くまでも普段より多くの『魔物』や『魔獣』は見えてたし、それらから逃げるように飛び出してくる獣たちも多かった。 そして、今もこっちに走ってくるのが多い」


 「ちっ! そんな死に急ぐんじゃないわよ!」


 イグニスが走ってくる『魔獣』を切り捨てる。


 「・・・随分と、慌てているな」


 普段無口なアングリフがウズメの背後から這いよってきていた『魔物』を直剣で切って止める。


 「大変! あっちの方から雪崩のように群れがこっちに来てる!」

 「これは、流石におかしいよ!」


 すこし高くなった箇所から敵の様子を見ていた少年フィールと少女アウトの双子は、敵の異常な行動を4人に伝える。


 「行き急ぐ・・・。 慌ててる・・・。 群れが同じ方向からこちらに向かう。 なるほど。 わかったよ」


 「何がわかったんだ?」


 副班長が獣の爪を盾で受け止めて、右手の直剣で切り殺しながら問う。


 「多分この子達は、『清め人』から逃げてきたんだと思う!」


 「なるほど! と言うことはあの先に2人はいるわけだな!?」


 イグニスがウズメの言葉を聞いて状況を理解する。


 「班長! だとしてもこれは無理だ! 降りよう! あの村で待っていれば会えるだろ!?」


 副班長がそう言うとイグニスは舌打ちをする。


 「ちっ! 仕方ないか・・。 確かにこの量は無理がある。 撤退するわよ!」 


 「舌打ちは、はしたないぞ!」


 「副班長、うるさい!」


 副班長の注意に、彼のとなりに飛んできたイグニスがそう言い捨てて退避を開始する。

 それに全員が続いた。


 そして、ボロボロになりながらもなんとか逃げ延びて、追い求めている2人の行方を教えてくれた村にたどり着いた。

 すでに日付は変わって朝になっていた。


 「え? もう次の村に行ったよ?」


 村の早起きなお婆さんに聞くと、そんなことを言われてしまった。


 「え~・・・」


 「おやおやまぁまぁ、それにしてもぼろぼろだねぇあんたたち。 ちょっとまってな」


 そう言って家に戻って、SHQ下級ポーションを5本持ってくるお婆さん。


 「ほれ、これを使いな!」


 「お婆ちゃんありがとう! このお礼は必ずするね!」


 「巫女様とそのおともだちに使ってもらえるなら、本望だよ! その傷ならこれで足りるだろうしねぇ」


 「ん? これで? もしかしてお婆ちゃん! 中級ポーションを持ってたりする!?」


 「んー? あぁ。 昨日の夕方にソフィアさんから買ったんだ。 良い買い物だったよ」


 「お婆ちゃん見せて! 悪いようにはしないから!」


 「おぉおぉ、待っててくれ」


 そう言ってお婆さんが持ってきた中級ポーション。


 「嘘だ。 本当に中級ポーション。 しかも、SHQだよ。 素材の綺麗な水は変わらず『神性』帯びてるし」


 ボソッと呟いた声はお婆さんには聞こえていない。


 「あまりに安かったからね、3本も買ってしまったよ。 これでしばらく怪我や骨折を心配しなくてすむ」


 「3・・・本? え? 他にも買った人っている?」


 「そうさね? この村の人間は大抵の人が買ったんじゃないかい? 街で買えば倍はするからね」


 「まってまって。 いくらで買ったの?」


 「1万マルだったよ」


 「そりゃ誰だって買うよ!」


 頭を抱えるウズメ。

 ポーションを飲んでちょっと元気になったイグニスが問う。


 「王都や街で買うと?」


 「2万前後。 SHQ中級ポーションを1万で売るのは、よっぽどのお人好しが低価格で売る場合か、素人が練習で作った物を売るような場合だけだよ」


 「そうか、なら、借金を抱えているにも関わらず低価格で良いものを売る。 よっぽどのお人好しなのね。 ますます欲しくなったわ」


 「・・・まぁ、たまにいる、価値を間違えて覚えてる人って可能性もあるけど」


 「ははっ! だとしたら早く教えてやらないといけないわね! 『特別哨戒班』! まだ行けるかしら!?」


 ポーションを飲んで少しだけ元気になった哨戒班の面々が手を上げた。


 「よろしい! 流石私が見込んだ者たちね! 行くわよ!」


 イグニスの号令で全員が立ち上がって歩き始めたのだった。


 ◯


 「ただいま・・・って、俺の家じゃないんだがな?」


 「・・・そうですね。 でも、悪くないです」


 俺とソフィアさんは、ソフィアさんの家にたどり着いていた。


 「とりあえず、鍵を開けますね」


 ソフィアさんは、荷車から降りて家の鍵穴に鍵を入れて回す。


 「・・・あれ?」


 ソフィアさんは、首をかしげて扉を開けた。


 「どうかしました?」


 俺は、荷車から荷物を下ろしながら聞く。


 「いえ、鍵が開いて」



 「待ってたわよ」

 

 

 「・・・え、うぐっ!?」


 開けた扉から手が伸びてきてソフィアさんの首をつかんだ。


 「な!?」


 「動くなよ!?」


 怒鳴り声。

 四方の茂みから数人の男が現れて俺を取り囲んだ。


 家からソフィアさんの首を絞めながら女が現れた。

 桃色の髪を雑にひとつに纏めた女。

 その後ろにはガタイの良いスキンヘッドの刺青男が立っていた。


 「ソフィアさん!」


 俺がソフィアさんを救おうと手を伸ばしたと同時。


 「動くなって言ったのが聞こえなかったのかてめぇ!」


 「くうっ・・・」


 女の後ろに立つ男の怒声。

 女がソフィアさんの首を握る手が強めて叫ぶ。


 「何かしたらこの女の手と足を切り落とす!」


 「くっ」


 女が剣をソフィアさんの脇に当てる。

 俺は手を降ろす。

 自身の無力さが悔しい。


 全員を倒す事は『加護』任せで突っ込めばなんとかなるかもしれないが、動いた途端にソフィアさんの腕が切り落とされてしまうのは避けたい。

 彼女の腕は、ポーションを作るための腕だ。

 ソフィアさんが、どれだけポーション作りが好きかはこの3週間でよくわかっている。

 それを奪わせるわけにはいかない。

 そもそも、ソフィアさんに痛い思いはして欲しくない。


 俺が手を降ろしたのを見た女のソフィアさんの首を絞める力が緩んだ。


 「かはっ!」


 それでも苦しいのだろう、苦悶の表情である。


 「いや~。 驚いたよ。 4日も帰ってこないんだ。 また夜逃げしたのかと思って部屋の中をちょっと触らせて貰ったよ」


 女が話し始める。


 「まさか、借金まみれの分際で男と2人旅なんてね? なんだい? お別れ前の思い出作りかい? 良かったねぇ、始めては知らない奴じゃなくて」


 「・・・おい、どう言うことだ?」


 俺は女に言ってる意味を問う。


 「あ? 金の用意を諦めたんだろ? だったら、新しい仕事、体を売って貰うんだよ」


 「・・・同じ女だろ? それに嫌悪感はないのか?」


 「なぁいねぇ? だって私じゃないし。 借金したのはこいつだし?」


 「く・・・外道が」


 「あら! 心外ね! 私、これでも傷ついてるのよ!? 好意で貸してあげたのに、家賃を払えないって泣きついてきたからお金まで貸してあげたの! なのに借り逃げされたたのよ!? 私の心はとても傷ついているわ!! 慰謝料を請求したいくらい!」


 舐め腐っている。


 「うっ・・・くっ・・・あっ」


 「あら? なにか言いたいことがあるのかしら?」


 首から手を離す女。

 ソフィアさんがその場に崩れ落ちた。


 「かはっ! げほっげほっ! おえっ」


 ひどく咳き込み、嗚咽までしている。

 苦しそうに喘ぐソフィアさんが見てられない。

 早く助けに行きたいが、今度はソフィアさんの首に剣がつけられた。


 「はぁ、はぁ、お、お金は必ず準備します。 目処も付きました。 はぁ、はぁ、ここに戻ってきたのがその証拠です」


 「まぁねぇ? 返せないなら帰ってこないわよねぇ?」


 「だから、期限まであと少し待ってください。 お、お願いします」


 見上げて頼むソフィアさん。


 「あら? 誠意が足りないんじゃなくて? それに? 私の精神的苦痛に対する謝罪もないんだけど?」


 俺は腸が煮えくり返る思いだった。


 「も、もし。 不安にさせてしまったならごめんなさい」


 「ソフィアさん! 謝っちゃ駄目だ!」


 謝ると、それを認めたことになってしまう。


 「足りないわぁ~! あぁ、心が痛い! しんどいわぁ~!」


 わざとらしく胸を押さえる女。


 「ごめんなさい。 すみません。 その事は謝罪しますのでどうか、期限まであと少し、待ってください」


 ソフィアさんが頭を地面に付ける。

 

 あれは、土下座だった。


 「くそが!」


 俺は思わず悪態を付く。

 あんな優しいソフィアさんに、何て事をさせているんだアイツらは!


 「そうそう、わかってるじゃない。 でも足りないわ」


 「・・・どう、すれば良いんでしょうか」


 「そうねぇ? 担保が欲しいわ」


 「担保・・・ですか?」


 頭を上げる。

 

 「頭を上げて良いなんて行ったかし、らっ!」


 平手打ち。

 剣とは反対方向にソフィアさんの頭が向いてそのまま倒れ込んだ。

 帽子も飛ぶ。

 頬が腫れ上がっていた。 


 「ごめん・・・なさい。 ごめんなさい」


 小さくなって謝り続けるソフィアさん。


 「あ、そう言えばあなた、良いもの持ってたわよねぇ」


 「・・・え」


 ・・・まさか。


 「おっと動くなよ? 動いたらあの女の手足はさよならするぜ?」


 俺の首元に剣を向ける男。

 ソフィアさんと出会った翌朝に家に訪れて、盛大に転んだ男だった。

 剣と首の間には砂の壁ができているため俺に剣は当たらないが、ソフィアさんは違う。

 切られればちゃんと切られてしまう。


 うずくまったソフィアさんの肩の近くにはスキンヘッドの男の剣がある。

 動きを見せたら切られるだろう。


 「くそ!」


 そんな俺の姿を尻目に女はソフィアさんのローブを引っ張る。


 「な、なにを」


 

 そのままローブを自分の剣で切りはじめた。


 「あっ! 待って! それだけは! うぅっ!?」


 ソフィアさんも感づいたのだろう、慌てて手を伸ばそうとしたが、背中を女に踏まれて地べたに固定されてしまう。

 女は全体重をのせてソフィアさんを踏みつけているため、ソフィアさんが踠いてもびくともしない。


 「おね、お願いします。 そ、それだけは、や、止めてください。 お、お願いしますぅ・・・」


 何度も懇願し、泣き出すソフィアさん。

 拳を強く握る。

 爪が食い込んで血が出る。

 

 俺は無力だ。

 何が『土の加護』だ。

 何が助けさせて欲しいだ。


 何もできないじゃないか。


 「ふふっ、これよこれ! この金貨! これ1枚で相当な価値があるわ! ふふっ。 あははっ! お兄ちゃん! これでまた、しばらく遊んで暮らせるわね!」


 「あぁ」


 後ろのスキンヘッドに抱きつく女。


 ローブの切れ端を投げ捨てた彼女の右手に握られているのは金貨。

 ソフィアさんが師匠から貰った大切な金貨。



 追い詰められても、売ることができなかった。

 大切な金貨だった。



 「おね・・・がい、じばず。 がえじでくだざい。 そ、ぞれば、だ、だいぜづなぁ」


 「あぁ、もううっさいわね!」


 立ち上がろうとしたソフィアさんの横腹を蹴り飛ばす女。


 「うぐぅっ」


 転がって玄関扉に衝突し、止まる。


 「それじゃ、これは預かるわね? 期日までにお金を持ってこなかったらこの金貨を売って、足りない分はあなたの体を売るから覚悟しなさい?」


 「が、がえ・・・じで、がえじでぐだざいぃ」


 涙と腫れた頬。

 唇も切ったのだろう血が出ていた。


 そんなぼろぼろの姿で女に手を伸ばす。


 「ソフィアの男? もし、私たちに何かしたらこの金貨を破壊するわ。 嫌よねぇ? 大切なものなんでしょ?」


 「きたねぇぞ」


 「ふふっ! なんとでも言えば良いわ! 今月末、楽しみにしてるわね! 帰るわよ!」


 「おい、女! もし、その金貨を借金返済までに売ったりなんかした日には許さねぇからな!」


 俺の情けない、精一杯の脅し。


 「あら怖い! 気を付けるわ! それじゃ!」


 ひらひらと手を振って全員が消えていった。


 「ソフィアさん!」


 俺はうずくまって震えているソフィアさんに駆け寄る。


 「うっ・・・うぅ・・・。 ごめんなざい。 ごめんなざいじじょう・・・。 うぅ・・・」


 悔しそうに泣く彼女の姿が痛々しい。

 

 「ソフィアさん」


 手を伸ばす。


 「だ、だいじょうぶ、です。 さ、さわらないで」


 ふらふらと俺の手を拒否しながら立ち上がる。


 「ソフィアさん」


 顔を見ようとして。


 「・・・こっちを見ないで下さい。 先に部屋に入ります」


 「あ、あぁ」


 

 あぁ、俺は無力だ。



 ◯


 翌朝。

 俺は荷車で目を覚ました。

 と、言ってもほとんど寝れてないが。


 荷車で寝ていたのは、ソフィアさんに配慮してだ。


 あんなことがあった後なのだ、ひとりになりたいに決まっている。

 だから、昨日も俺の手を拒否したのだろう。


 だったら、俺は家に入らずに寝るべきだ。

 ちょうどよく荷車もあるわけだしな。


 俺は荷車から降りて伸びをする。


 とりあえず、荷物を降ろそう。

 昨日は結局降ろせなかったからな。

 ソフィアさんが起きてきたら、これからの事を話そう。

 必ず、借金は返させてみせるし、アイツらとの縁は切らせてみせる。


 俺は、そう思い立って荷物を降ろす。


 家の前まで草を入れた土でできた箱を3つ持っていく。


 あぁ、そう言えばこの家に置いて行ったろ過装置の様子も見ておかないと。

 一応、ここを出る前に自動でろ過が繰り返されるように改良しておいたが、うまく動いてくれていただろうか?


 荷物を置いてすぐに裏庭のろ過装置に向かう。


 すると、そこに。


 「こ、こここ、これは・・・」

 「なに? スゴいの?」

 「「も、もうむり~・・・」」

 「少し休んでいて良いぞ」

 「・・・見回ってこよう」


 いつぞやの騎士達がいた。


 いや、え?

 なんで?


 似た顔の男女は畑の近くの地面に背中を合わせ合って座り込み、ごつい男は腕を組んでその様子を笑いながら見ていた。

 巫女と女騎士はろ過装置を見上げながら仲良さそうに話している。

 始めて声を聞いたあの男がこっちに向かってきた。


 「・・・む。 班長! 居たぞ!」


 男性騎士が巫女となにやら話していた女騎士に声をかける。


 「なに!? 居たか!?」

 「本当に!?」


 ぐりんとこちらを向く真っ赤な髪の美しい女騎士と、可愛らしい顔つきの黒髪の巫女。


 「な、なんでここに?」


 ずんずんとこっちに寄ってくる巫女と女騎士。

 鬼気迫る表情に身構える。


 「な、なんだなんだ!?」


 「あれはなんですか!?」

 「ソフィアさんはどこ!?」


 「いや、ひとりずつ話してくれ!」


 「む。 すまない。 ウズメ、先に良いぞ」


 「それじゃ、遠慮無く」


 ウズメと呼ばれた巫女がズイッと前に出る。


 「あれはなんですか!?」


 続けざまにろ過装置を指差す。


 「え、いや、ろ過装置だけど・・・」


 「ろ過・・・装置? そんなわけ無いです! ・・・いや、まさか、そう言うこと!?」


 ひとりで勝手に話して勝手に納得している巫女。


 「なんなんだよ」


 「なんなんだよ!? それこっちの台詞です! 確認ですが、あれはあなたの力で作りましたか?」


 「あ、あぁ」


 「あぁ、確証を得てしまった」


 頭を抱える巫女さん。


 「なによ? そんなにあのろ過装置とやらがスゴいの?」


 女騎士がそう問うと巫女さんがブンッと音がなるほどの勢いで女騎士を睨む。


 「スゴいなんてものじゃない! あのろ過機の中で作られているのは、正真正銘、純度100パーセントの『神水』だ!」


 ばっと今度は俺を見る巫女さん。


 「『清め人』に質問です。 あのろ過装置はどれだけ動かしてますか?」


 「え? 4日?」

 

 俺たちが留守の間も動き続けていたのだとしたら4日だ。


 「なるほど。 4日間、『清め人』が『神性』を帯びた土で作ったろ過装置で、浄化し続けたわけですね・・・。 あぁ、頭が痛いです」


 女騎士も理解できていないのか困惑している。


 「それほどにすごい水なのか?」


 「もちろんだよ! 純度100パーセントの『神水』は、『神級ポーション』の材料のひとつだ! この世界では、神の世界『幽世(かくりよ)』に一番近い場所と言われる山『神山(しんざん)』の頂上に流れる『三途の川』でしか手に入れる事はできなんだよ。 こんなところで手に入ったらいけないものなんだ!」


 な、なんだ?

 三途の川?

 なに、この世界は仏教が盛んなの?


 「・・・『三途の川』?」


 女騎士は頭がパンクしそうな顔をする。


 「『三途の川』は『現世(うつしよ)』と『幽世(かくりよ)』の境界線とされている川で、人は『帰幽(きゆう)』した時、『三途の川』を渡って『幽世(かくりよ)』、つまり神様の世界に渡るんだ。 そして神様になる。 ってのは知ってるよね?」


 「え、えぇ。 ウズメから何度も聞いたわ。 人は死んだら神様になるって。 でも、『三途の川』は初めて聞いたような・・・」


 「ごめん、それはないと思う。 もう! ちゃんと話、聞いててよね!」


 「ご、ごめんなさい」


 「で、その『三途の川』でしか、『神水』はとれないはずなんだ! それがこんなところでとれてしまったら」


 「しまったら?」


 「『神水』の大暴落! 『神級ポーション』大量生産に1歩進んでしまうんだ!」


 「な、ななな、なんですってえええ!?」


 なんだか面白い話を、面白い組み合わせで、面白く話しているが・・・。


 「えと、すまん。 今はゆっくり話してる時間はない」


 俺は2人を押し退けてろ過装置に向かう。

 今はこんなところで時間を消化している場合じゃない。


 水を土で作った樽にどんどん入れていく。


 「あ、あ~! 『神水』が、あんな雑に~!」


 巫女さんが後ろで、2礼2拍手1礼をしていた。

 と、そんな巫女さんの隣にいた赤髪の女騎士が俺の真後ろに立った。


 「次は私の番よ!」


 腕を組んで随分と高圧的だ。


 「ソフィアさんはどこ? 話があるんだけど!」


 振り替える。

 そわそわしてる気がする。


 「・・・家の中にいるが、今はそってしておいて欲しい」


 「・・・なんでよ!」


 「色々あって」


 「色々ってなによ!」


 不躾な態度に腹が立つ。


 「おまえには関係ないだろ?」


 思ったより低い声が出てしまったが仕方ない。


 「なっ! なんで怒ってるのよ! もういいわ! 勝手にあがるから!」


 俺は水の放出を止める。


 「待て! それは駄目だ!」


 「あぁもうしつこい! しつこいのは嫌いよ! だったら、あなたが呼んできなさいよ!」


 「こらこら班長、困ってるぞ。 なにか事情があるんだろ? それを聞いてからにしよう」


 ごつい男が女騎士の後ろから宥める。


 「でも!」


 「でもじゃありません。 えーと、『清め人』。 名は?」


 「・・・埴岡です」


 フルネームを答える義理はない。


 「そうか、ハニオカさん。 少しで良いんだ、話をさせて貰えないだろうか?」


 大人の言い方だ。

 ここで反発したら、大人げないな。

 俺もいい歳のおっさんだ。

 諦めよう。


 「・・・わかりました。 声をかけてはみますが、拒否されたら帰ってください」


 「あぁ、それで十分だ。 ありがとう」


 「最初からそうすれば良いのよ!」


 ふんっと、怒りを露にする赤髪女。

 なんだぁ? てめぇ?

 と、言う心の怒りを落ち着かせながら家の扉に向かう。


 女騎士もなぜかついてきた。


 「なんでついてくるんだよ」


 「私が用事あるって言ったじゃない」


 「・・・ちっ。 いいか? 絶対に無理させるなよ?」


 「ちっ。 舌打ち、良くないわよ」


 「お前もしてるじゃねぇか!」


 「は? 不敬よ?」


 「お前なんかを敬うか!」


 「はぁ!? 言ったわね!? たとえ『清め人』でも斬るわよ!?」


 「あぁ、怖い怖い!」


 「あー! 腹立つ~!!」


 ムキーと怒りを露にする赤髪を無視して扉の前に立つ。


 「・・・ソフィアさん?」


 返事はない。

 意外にも腕を組みながら静かに待つ赤髪。


 「寝てるのかしら」


 小さな声で呟く当たり、常識はあるらしい。

 俺は扉に手を掛ける。


 鍵は開いていた。

 

 「開いてる・・・」


 俺は、悪いとは思いながらも扉を開ける。


 「ソフィアさん?」


 返事はない。


 中に入る。


 いない。

 ソフィアさんどころか、中には何も無かった。

 家具も、何もかもだ。


 「・・・どうなってる?」


 猛烈に嫌な予感がした。


 「どうした?」


 後ろから女騎士も入ってきた。


 「様子が変だ」


 俺は遠慮してる場合じゃないと察して歩みを進める。


 「ソフィアさん!? どこだ!?」


 俺が寝ている間に出ていった!?

 ひとりで夜逃げした?

 ソフィアさんの事だ、俺のためにひとりで逃げた可能性はある。

 それともまさか、ひとりで金貨を取り返しに行った!?

 あり得ない話じゃない。


 「ソフィアさん!」


 俺は、奥の『調合室』を開ける。

 やはりも抜けのから。 

 

 ・・・では、無かった。

 鼻を突く鉄の臭い。

 部屋の奥。

 窓からの光が斜めに差し込んで照らした床に広がる赤く紅い水溜まり。


 「嘘だろ・・・ソフィアさん?」

 

 肝が冷える。

 歩み寄る。



 薄暗い部屋の中でソフィアさんが左手の手首から大量の血を流して眠っていた。



 「な!? どけろ『清め人』!!」



 俺は、女騎士に突進されて吹き飛ばされる。

 土の壁が俺を守ってくれた為痛みはないが、床に倒れ込んだ。


 どこだ、どこで間違えた!?


 「おい! しっかりしろ!」


 女騎士が声をかけながら、近くに落ちていた血に濡れた黒いローブを破って手首にきつく巻き付ける。


 「・・・すー」


 ソフィアさんが息を吸った。

 とても弱々しく、今にも止まってしまいそうなか細い呼吸。

 ・・・だが、息はしてる。


 「ソフィアさん!」


 俺は、ソフィアさんの元に這うようにして向かう。

 すると、ソフィアさんがゆっくりと目を開いた。


 透き通っていた、晴れ渡った空のように美しく青い瞳に光は無く、濁りを含んでいた。

 綺麗な三つ編みだった青い髪はぼさぼさになり、血に染まっていた。

 透明感があり、暖かさを感じさせていた肌からは生気が失われ、昨日の殴られた傷はそのままに冷たく、ただの肉の塊へに変わろうとしていた。


 そんな、ソフィアさんの様子に腹の奥底に冷たい物が落ちる。

 

 知っている。

 これは、絶望だ。


 「ウズメ!! 緊急事態だ!」


 女騎士の大声。


 「・・・あれ? どう・・・して。 ハニ・・・オカさんが・・・?」


 ソフィアさんが焦点の定まらない瞳で俺をとらえる。

 声はか細く、今にも消えてしまいそうだった。

 

 「あぁ・・・これは夢だ。 ハニオカさんは・・・私に・・・愛想を・・・つかして、はぁー・・・。 はぁー・・・。 出ていった・・・の、です、から」


 手が俺の頬に伸びてくる。

 

 「これは、都合の良い夢・・・。 ハニオカさんは、私にとって・・・都合が良すぎましたから・・・ね。 夢の中にだって・・・出てきますよね」


 冷たい手が頬を撫でる。


 「・・・暖かい。 もっと、触れたかった・・・なぁ・・・」


 バタバタと入ってくる騎士の面々。

 慌ただしくなる。


 「ソフィア・・・さん」


 ソフィアさんから、ふっと力が抜けて手が血溜まりに滑り落ち、血を飛ばした。


 「ソフィアさん!」


 死んだ?

 なんで?


 俺があの時この家に入らなかったから?

 俺があの時ソフィアさんを守れなかったから?

 俺があの時ソフィアさんの大切な金貨を取り返せなかったから!?

 

 俺のせいだ。

 俺なんかのせいでソフィアさんが死んだ。


 なにが、『土の加護』だ。

 なにが、助けさせてくれだ。


 なにが都合が良いだ!


 俺のせいで、心優しい1人の女性が死んだ。


 もう、あの笑顔は見れない。

 もう、彼女と話せない。


 たった3週間足らず。

 それだけの関係。


 だが、それでも、確かに彼女は大切だった。


 恩人だったのだ。


 それを、俺が殺した。


 「うっ、あぁ、あぁあああ!」


 頭を抱える。

 苦しい。


 なんで俺はこの世界に来てしまったんだ。

 


 「落ち着け『清め人』!!」


 

 パンッと頬をぶたれた。

 じんじんと痛む。


 痛みで我に戻る。


 視線を戻す。

 赤い瞳と目が合う。


 

 「彼女はまだ、死んでいない! ウズメ!」



 女騎士はソフィアさんを抱えて『調合室』の中心に向かう。


 「わかってるよ!」


 巫女は巫女鈴を懐から取り出す。


 『調合室』の中心にソフィアさんを寝かせた女騎士は俺のもとに戻ってきて胸ぐらをつかんで立ち上がらせてきた。


 「ソフィアさんはウズメに任せろ。 ソフィアさんが意識を取り戻したらしっかり事情を話せ。 あの傷つき方、普通じゃないぞ」


 憤怒の形相。

 俺は、巫女を見る。


 続けて横になるソフィアさんを見る。

 息は続いている。

 昨日やられた傷は痛々しく残ったままだ。


 「大丈夫。 神様が救ってくれるよ。 この間言っていたんだ。 彼女は信心深く、とても良い子だから報われるべきだって。 だから大丈夫。 信じて」


 巫女が微笑みながら、俺を落ち着かせる為だろう、はっきりと言いきってくれた。

 思わず目の前が潤む。

 

 「・・・わかった。 頼む。 ソフィアさんを、頼むぅ」


 「うん! 彼女はまだ『幽世(かくりよ)』にはいかせるべきじゃない! だから、救うよ!」


 シャリンっと音を響かせて、舞が始まった。

 光の粒が舞う。


 「我が身を捧げます。 『スクナヒコナ』様」


 巫女が呟くと巫女に半透明の何かが降りた。


 『うん。 そっか、ソフィア。 辛かったね。 大丈夫。 僕が必ず元気にしてあげるよ』


 光の粒がソフィアさんに集まっていく。


 『ソフィア。 生きるんだ。 こっちに来るには早すぎるよ。 君にはまだ、成すべき事が沢山あるんだから』


 やがて光が弾ける。


 俺は思わず目を腕で覆った。


 ◯


 翌朝。


 俺は『調合室』で、『特別哨戒班』が用意してくれた布団で眠り続けるソフィアさんの隣に座り続けていた。

 部屋は彼女たちが綺麗にしてくれた。


 俺はただ、じっと彼女の目覚めを待ち続けていた。


 そして。


 「うっ・・・う~ん」


 朝の日差しがソフィアさんの綺麗な顔を照らす。

 ソフィアさんが眩しさに目を擦る。


 そして。


 目を覚ました。


 「あ・・・れ?」


 体を起こして自分の体を見る。


 「私、生きて・・・?」


 「おはよう」


 俺は、意を決して声をかける。


 目を見開いてゆっくりとこっちを見るソフィアさん。


 「・・・嘘。 なんで?」


 彼女の瞳に涙が浮かぶ。


 「あの時・・・出ていったんじゃ・・・」

 

 口を押さえてポロポロと涙を流し始める。


 「出ていくわけ無いだろ・・・。 君を置いて勝手になんて」


 その様子に俺も安心して涙を流す。


 「うっ、ううっ・・・ハニオカさん。 ハニオカさぁん!」


 ソフィアさんが抱きついてきた。

 暖かい。

 生きてる。


 俺は優しく抱き返す。


 「ソフィアさん! なんで、なんであんなことしたんですか! 怖かったんですよ!」


 「ごめんなさい! ごべんなざい~!」


 「あ、謝るのは俺だろぉ!?」


 2人で抱き合ってわんわん泣いた。

 あんなに泣いたのなんて、子どもの頃以来だった。

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