第6話 『うんこして山の薬草を育てます』
翌朝、俺とソフィアさんは早くに村を出た。
イグニスさんには、一応挨拶できたが、他の村人達は起こさないでおくことにした。
疲れているだろうからな。
「あ~・・・。 頭いてぇ」
俺は荷車を引きながら頭を押さえる。
昨日は酒を飲みすぎた。
「うぅ・・・。 私もです」
小窓から覗くソフィアさんが頭を抱えていた。
「そういえば昨日、SHQ下級ポーションは2日酔いに効くって言ってなかったか?」
「・・・言ってましたよ。 ただ、素材が」
「SHQの綺麗な水はあるだろ?」
「・・・まだ出来てません。 村を出てから作ったので、さっきHQの綺麗な水ができた所です」
「そ、そうか。 ちなみにHQの下級薬草は?」
「そっちはもう在庫切れです」
「・・・そうか。 じゃあ、背に腹は変えられないな?」
俺は荷車を置いてソフィアさんに手を向ける。
「なんですか?」
「水をくれ!」
「・・・はっ! いや! いやいやいや! まさか!?」
「そのまさかだ! うんこするぞ! いま、ここで!」
「そんなキメ顔て言わないでください! あいたた~・・・」
叫んで頭に痛みが走ったのだろう頭を抱える。
「くぅ~・・・。 もう! はい!」
ぽんっと水の球が飛んできた。
俺は、土の入れ物を作ってそれを受けとる。
「じゃあ、行ってくる!」
「気をつけてくださいね」
「おう!」
俺は茂みに入り、ズボンを降ろした。
「行くぞ!」
ぽんっ!
◯
「立派なもんだろ?」
俺はHQ下級薬草が何枚もついた草を両手いっぱいに抱えて荷車に戻った。
「・・・洗いましたか?」
荷車の背面にある出入り口の扉を開けてソフィアさんがしゃがみながら俺を見下ろして聞いてきた。
目のやり場に困る。
「もちろん!」
俺は胸を張る。
尻は綺麗にしとかないとな!
「いや、その薬草です」
「あ」
尻だと思った。
薬草は洗ってないな。
「はぁ・・・。 良いですか? 確かにハニオカさんは『土の加護』を持っているので、貴方の排せつ物に有害な物は無いですよ? ですが、それを調合するこちらの身にもなってください!」
言いながら荷車から降りて薬草を受け取り、『魔術』で産み出した水で洗い始めるソフィアさん。
「すまん」
「まったく。 私以外はこんなことしないので気をつけてくださいね!」
ふむ?
ソフィアさんは気にしないのか?
いや、馬鹿か俺は。
ソフィアさんの優しさだろ!
次から気をつけねば!
「・・・わかった。 こんなこと頼めるのソフィアさんだけだと思うけど気をつけるよ」
ソフィアさんの薬草を洗う手が止まる。
「・・・私だけ」
「どうした?」
「はっ! な、なんでもありません! 本当にハニオカさんはもう!」
俺の問いに乱暴に答えながら薬草洗いを再開させるソフィアさん。
なんで怒ってるんだ?
分からないぞ?
◯
ポーションのおかげで2日酔いもすっかり良くなり、道も唐突が少なくて順調。
時おり見かける村でポーションを売って借金返済のために少しでも稼ぎつつ、気づけばモンタージュ山の麓まで来ていた。
「さぁ、ここからが本番だな」
「そうですね。 ここまで運良く『魔物』に出会いませんでしたが、山の中は基本的に無法地帯です。 『魔物』の管理も行き届いていないはずです。 気を付けていきましょう」
「了解」
俺は、荷車を引きながら山へと一歩踏み入れた。
◯
埴岡達が村を出て行ったあと、『巫女』『ウズメ』が目を覚ました。
慌てて起き上がる。
あまりに慌てていたため、着ていた巫女服ははだけてしまっているがそれには気づいていない。
「イグニスちゃん!? イグニスちゃんはどこ!?」
部屋を出て扉を片っ端から開けていく。
どこにもいない。
階段で下に降りる。
「いやはや、まさか貴女が」
「この事は内密で頼むな?」
「それはもう! いや、しかし、助かります。 今年は不作で納税が満足に出来てませんでしたので、変わりにこの村の幼女を差し出せなんて言われてしまった時はどうしようかと・・・。 何から何まで皆様に救われてしまいましたな! あの2人にはお礼を言えず、『巫女』様はまだ起きてこない。 貰ってばかりで困りますなぁ」
「あぁ、彼女は我が班自慢の『巫女』であり、私にとってかけがえの無い『友人』だ。 目を覚ましたら、彼女が好きなみそ汁を作ってやってくれ。 彼女にとってはそれが礼になるだろう」
「わかりましたってぬぉおお!?」
一階の居間でイグニスと談笑をしていた村長が、居間の入り口から服がはだけた救世主の突然の登場で酷く取り乱した。
「どうしました?」
せっかく伸びた寿命が消し去るかと思った村長が震えながら指を指す。
イグニスはその指先をおう。
「・・・って、ウズメ!?」
振り返って驚き、そのまま立ち上がり、すぐさま側によって服を直す。
慣れた手付きによる早業。
「ウズメ! 駄目じゃないか! ここは、我々の本部ではないのだぞ!?」
「そんなことより!」
「そんなこと!?」
「ソフィアさんと『清め人』は!?」
ぐいっと迫られてたじろぐイグニス。
イグニスは、ウズメには勝てないのだ。
ウズメの前ではおとなしい猫だ。
「ふ、2人ならすでに出立したぞ? なにやら、急ぎの用事があったらしい。 そんな中で助けに入るのだから、お人好しにも程が・・・」
「イグニスちゃん! 今すぐ追いかけよう! じゃないと勿体ないよ!」
イグニスの話を聞かずに話をするウズメ。
「・・・どう言うことだ?」
ウズメの真剣な顔にイグニスもただ事ではないと判断して話を聞く体勢になる。
「えっとね? 『清め人』の作った素材が貴重なものなのは確かなんだけど、本当に凄いのはソフィアさんなんだ!」
「まて、話が見えない」
「あ! ごめんね! うん。 イグニスちゃんはポーション作りについてどこまで知ってる?」
「・・・ふむ。 良くわからんな? あれは、飲むものだろ?」
「うん。 イグニスちゃんはそうだったね。 戦い以外はからっきしだもんね」
「なっ! 馬鹿にするのか!?」
「馬鹿にしてないよ! そこもかわいいと思っただけ!」
「なっ!?」
「っと、話を戻すね? ポーション作りには、素材が必要なのはわかる?」
「まぁ、この剣にだって鉱石とか色々使っているしな?」
「剣と同じにするのはどうかと思うけど・・・まぁ、今はそれでいいや! それで、その素材を集めて『調合』すると出来上がるのがポーションなんだよね?」
「うむ」
「で、その『調合』なんだけど、もちろん良いものを作ろうとすればそれだけ難しくなるんだ!」
「お、おう? 難しい剣技を習得するのは難しいのと同じか?」
「まぁ、それで良いよ。 突っ込みたいところはあるけど。 で、今回村人に使っていたポーションを覚えてる?」
「あぁ、あれなら覚えてるぞ! SHQの下級ポーションだ!」
「正解! 偉い!」
「ふふん! 私は馬鹿ではないからな!」
「あ、気にしてたんだ・・・。 いや、そんなことより、問題はそのSHQ下級ポーションだよ!」
「お、おう、凄い勢いだな」
「そりゃそうなるよ! だってあのSHQ下級ポーションは何で出来てたかわかる!?」
「知らん」
「あれはね!? 『土の加護』で育ったHQ下級薬草と、『土の加護』で浄化された『神水』で作られてたんだ!」
「・・・『神水』?」
「うん。 見慣れない人にはHQの綺麗な水の範囲で落ち着いてしまうほどにかすかなものだけど、あれは確かに神性を帯びていた」
「それが、ソフィアさんが凄いのとなんの関係がある?」
「それはね? わずかでも神性を帯びている水は、そのわずかのせいで調合難易度がとても上がってしまうことにあるんだよ!」
「・・・うーん?」
「とにかく! あの素材でSHQ下級ポーションを調合するのはその辺の薬師には無理だってこと! あの素材でSHQ下級ポーションを作り上げるのは熟練の薬師で安定するかな? くらいの難易度なんだよ!」
「つまり、凄く難易度の高い技をソフィアさんはやってのけていたと言うことか?」
「うん! しかも、あの時倒れていた村人28人分、それもひとり2本以上ずつ、つまり単純計算56本以上の数を」
「なんと!?」
「しかも、素材が良い分、普通のSHQ下級ポーションよりも自己治癒能力が高められていた。 ソフィアさんが村人を『現世』に留めたって言うのは、そう言うことだったんだよ!」
「なんて事だ」
「ソフィアさんは、ポーション作りの天才だよ! どうして今まで日の目を見てなかったのか不思議なくらい! あれだけの才能を野放しにするのは勿体ない! 欲を言えば私たちの仲間に入れたい。 最悪でも私たちが彼女を贔屓するなり、常連になるなり、彼女との繋がりを固めないと下手したら他国に取られちゃう!」
「・・・それはまずいな。 『穢れ人』や他の国の身勝手のせいでいつ戦争が始まってもおかしくないのに、敵国にポーションで良いものを作られてしまうと、こちらが不利になる」
「うん。 良いポーションは戦況を変えるからね。 それに、無いとは思うけどSHQ神級ポーションなんてものを作られたら終わりだよ。 殺しても死なないで復活してくる無敵の兵団が出来てしまうからね」
「よし、『特別哨戒班』を集めるぞ。 哨戒活動を行いながら2人の情報を集めて追いかける!」
「ほっほっほっ! それは、私たちもなにかお礼をしないとなりませんねぇ。 なにせ、そんな貴重なポーションをタダ同然で使わしてもらいましたので」
イグニスとウズメが慌て始めた横で、村長も話を聞いていたため、お礼を考え始めていたのだった。
◯
「あの・・・大丈夫ですか?」
「おう! 問題ない! ソフィアさんは寒くないかい?」
「・・・おかげさまで」
俺は今、荷台を引きながら山を登っていた。
登る前は寒さを感じず、ほどよい気候だと思っていたのだが、登れば登るほどに寒くなってきていた。
強風が伴って、体感温度は10度前後だ。
ただし、荷台の中にはかまどがあるためソフィアさんの防寒対策はばっちりだ。
俺?
これくらい何ともないさ!
・・・これは、強がりではない。
土が勝手に強風から俺を守ってくれるのだ。
この砂の壁を見ていると、某忍者漫画の砂の術を思い出す。
あれも確か、登場した頃は自動で守ってたな? 絶対防御なんて言って。
しっかし、あやつもこれくらいの安心感だったのかもしれない。
さらに、砂は俺の体の表面にも現れていて、薄く膜のように広がり、砂風呂のように俺の体の熱を閉じ込めてくれていた。
半袖でちょっと寒いなと思えているのはこれのおかげだろう。
本当、どこまでも便利だな『土の加護』は。
「手先と足先が冷えやすいので、このかまどは重宝しますね」
ソフィアさんは冷え性気味か。
「そうか! ソフィアさんの冷え対策にもなるなら良かった!」
「・・・む。 ハニオカさんの優しさは留まるところを知りませんね」
「それは、ソフィアさんもだろ?」
「むぅ」
なにも言い返せまい。
「・・・ずるいです」
小窓から顔を出し、唇をとんがらせて拗ねたように言う姿が可愛らしい。
「はっはっは! それでソフィアさんや? 中級薬草はまだかね?」
さっきから何回聞いてるか分からない質問を投げ掛ける。
「それ何回目ですか・・・む? あれは、2000メートルの目印ですね・・・」
「え? どこ?」
「ほら! あれですあれ!」
小窓から身を乗り出して指差すソフィアさん。
彼女が指差す先を追いかける。
「あの赤い旗か?」
「それです!」
ずいぶんとまぁ、遠くにいらっしゃる。
「まだまだ道のりは遠そうだな?」
「そうですね・・・。 ですが、あの旗が見えたと言うことは1000メートルを越えたのは確かです! なので・・・」
言いながら荷台に引っ込むソフィアさん。
荷台の後ろの扉を開けて出てくる。
「・・・おぉう。 思ったより寒いですね」
一瞬震えてすぐに俺のとなりに来る。
「こちらをどうぞ」
渡されたのは暖かい飲み物だった。
「これは?」
「寒いので暖めたSHQ下級ポーションです」
「え? 勿体ないよ!」
「駄目です。 飲んでください。 SHQ下級ポーションには高山病の対策にも使えるので」
真剣な瞳。
これは、断る方が悪いな。
俺は受け取って飲む。
「あちっ」
めちゃめちゃ熱いが、この感じ。
前の世界の熱燗を思い出すなぁ。
「しっかり暖めてますのでゆっくり飲んでください。 ふー、ふー」
ソフィアさんは、自分のポーションを入れたコップを両手で持って息を吹き掛けて冷やしてから飲んだ。
「あちっ」
「ソフィアさんも猫舌なんですね」
「むっ。 悪いですか?」
じとっと睨まれる。
「いやいや、俺も猫舌だから同じだなと思って」
ソフィアさんは、驚いたように目を見開いて顔を背けてしまった。
「・・・いっしょ」
おっさんと同じは屈辱だっただろうか。
何か悪いこと言っちゃったな。
「あ、ごめん。 嫌だったよな」
「え!?」
ばっと振り返ったソフィアさんの顔は心なしかにやけているように見えた。
ほっぺは寒いのか少し赤い。
「あ、あぁ~・・・」
ぎこちなく体の向きを荷台後方に向ける。
「・・・別に、嫌じゃないですよ」
こっちを見ないでボソッと何とか聞き取れる声で呟いたあと逃げるように馬車に入っていった。
「・・・無理してフォローしなくてもいいよぉ」
逆に惨めだ。
◯
「着いたよソフィアさん!」
俺は荷台の中に籠ってしまったソフィアさんに声をかける。
先ほどの赤い旗。
遠くからでは分からなかったが、見上げる程の高さにその旗は揺れていた。
小窓が開く。
「あ、とうとう2000メートル地点ですね。 そろそろ中級薬草が見えてくると思います」
言いながらまた荷台に戻る。
と思ったら出てきた。
「ここからは私も歩きます。 良いですよね?」
「いや、危険だよ。 寒いし」
実はここに来るまで、ポーションを飲ませてもらったあのとき以外ソフィアさんを外に出してなかった。
理由は明白。
寒いし、魔物の危険生があるからだ。
「危険ですか・・・。 不思議と近くに魔物の気配は感じないんですよね。 この旅の間1回も。 もしかしたらハニオカさんの『土の加護』の影響かもしれません」
「そうなのか?」
「寒さは・・・我慢します」
「そこは根性論なんだ」
「むぅ・・・。 仕方ないじゃないですか。 では、逆に聞きますがハニオカさんは中級薬草がどう言ったものか分かってますか?」
「え? そりゃあ、葉っぱだろ?」
「具体的に」
「下級薬草と同じじゃないのか?」
「ハニオカさん、中級薬草と言うものは下級薬草と違うから中級薬草と呼ばれているのですよ」
「わ、わかっとるわい!」
「・・・ふふっ。 なんだか初めてハニオカさんに勝った気がします。 悔しそうな顔はなんだか少しかわい・・・らし・・・いなんでもないです!」
得意気に笑った後に、慌てて早口で言いきったソフィアさん。
今、俺の事をかわいいとか言わなかったか?
湯気が出るほど真っ赤になりながら手で自分を仰ぐソフィアさん。
「あ、暑いですね」
「いや、この寒さでそれは無茶があるだろ」
「うぅ・・・。 ごめんなさい。 失礼なことをぉ」
言いながら帽子で顔を隠して縮こまり、小さくなって行くソフィアさん。
「いや、良いんだが」
俺はほほを掻く。
あれか?
キモカワ的なやつか?
「ん、あれ?」
ソフィアさんが、唐突に首をかしげた。
「どうした?」
「これ見てください!」
そう言って、ソフィアさんは真下の地面を指差す。
覗き込む。
草。
下級薬草と似た形の葉を付けた草があった。
違うのは大きさと葉の回りのトゲ。
「下級薬草よりも小さめだな? 葉の回りには刺がついてる」
「はい。 間違いなく中級薬草です!」
言いながら取ろうとする。
「刺があるぞ? 素手は危ないんじゃないか?」
「あぁ、大丈夫です! 葉の回りについているのは刺に見えるただの毛ですから!」
「毛? 毛があるのか?」
「? ありますよ? 植物の中には、毛がある種類もありますよね?」
どうしてそんな当然の事を?
みたいな顔をしないでほしい。
言われてみれば、前の世界にもあったような気がする。
知らんけどな?
「さて、中級薬草があったので採集しましょう!」
「いや、待ってくれ」
俺は再度止める。
「むっ、だから危険はないですよ?」
2回も止められてさすがにおこだ。
唇がとんがってる。
「いや、採集する前に撒くぞ」
「え?」
「俺のうんこ!」
「うっ・・・。 ハニオカさん! 排せつ物、もしくは肥料と言ってください!」
立ち上がって怒りを露にするソフィアさん。
「お、おう。 悪かったって。 じゃあ、肥料にしよう!」
「それでお願いします!」
念を押される。
「わかりました・・・。 じゃ、じゃあ、とりあえず『肥料』を出してくるな?」
「・・・どこでですか?」
周囲を見渡す。
うーん。
影になるような所がない。
「まぁ、仕方ないだろ」
失うものなんて無いしな!
俺は勢い良くズボンを降ろした。
「なっ! 何してるんですか!?」
「ここでうんこするだよ!」
「や! 止めて下さい! これだけ立派な荷車が作れるんですから、おトイレぐらい作れるでしょ!?」
慌てすぎて敬語を忘れている。
手で目を隠して見ないようにしているが、ソフィアさん。
指の間からしっかり目が見えてるぞ。
たしかにちょっと恥ずかしいかもしれない。
と言うか、そうか。
作れば良いのか。
「その手があったな」
俺はトイレ、工事現場なんかでよく目にした置き方のトイレを想像する。
「いでよ、トイレ!」
ゴゴッと下から生えるように長方形のトイレが現れた。
「よし、行ってくる。 水をくれ!」
「いやまずはそれしまって下さい!」
俺はズボンをあげるのを忘れていた。
まぁ、もう遅いか。
そのままトイレに向かう。
ソフィアさんから水を飛ばしてもらって土の入れ物に入れる。
扉を開けて中に入る。
中は水洗トイレと同じ形だ。
まぁ、水は流せないが。
代わりに土でバケツを作って中にセットする。
トイレに腰を下ろして。
「行くぞ!」
ぽんっ!
◯
バケツを持って外に出ると、ソフィアさんが小さくなっていた。
両手の人差し指を立ててその間を10数センチほど開けてそれを見つめながら、ぶつぶつと何かを呟いていた。
「こ、これくらいでした・・・。 し、師匠から聞いてましたがあそこからさらに大きくなるんですよね・・・。 え、えぇ~・・・。 は、入るんですか本当に・・・?」
「ソフィアさん?」
「うひゃあ~!?」
酷く驚いて尻餅をつき、俺から後ずさりながら距離を取るソフィアさん。
顔が真っ赤だ。
まずいタイミングだっただろうか?
「あ、な、ななな、なんでもないです! お、終わったんですね!?」
触れられたくないのだろう、早口で俺の持つバケツを指差していた。
「おう! スッキリだ!」
「いや、そこは聞いてません」
じとっと睨まれる。
おふざけが過ぎたな。
「さて、さっそく撒くぞ」
俺はバケツの中にある『肥料』を土で作ったスコップで少量掬って目の前の中級薬草に撒く。
すると。
にょきにょきにょきにょき~!
ご存知、急成長である。
「相変わらず凄いですね・・・。 って、葉が増えてません?」
俺のとなりで、葉が増えていることに気づいたソフィアさんが顔を近づけて観察する。
「言われてみればそうだな?」
10枚程しか葉はなかったのに、俺の背丈ほどまで伸びて、葉もパッと見では数えられないくらいに数を増やしていた。
「これは凄いことですよ・・・。 ポーション作りの為に必要な葉の枚数は、大体1本1枚ですからね。 ハニオカさんの『肥料』があれば2本しか作れないポーションが、その何倍も作れるようになってしまいます」
「ほう。 なら、採集する前には必ずうんこを撒くべきだな」
「『肥料』です。 ですが、そうですね。 撒く量も少量で済んでますから、一々用意する必要はないかと」
「そうだな。 一々うんこしなくて良いのは助かるな? 出すの結構大変だからな」
「言い直さなくて良いです。 って、出すの大変なんですか?」
「え? うん。 これ、中々出てこないんだよ」
「それは、傷が付いてしまいますよ」
「まぁ、これくらいなら大丈夫だろ」
「これからは必要最低限で良いですからね?」
「おう」
言いながらソフィアさんは『魔術』で水の玉を幾つか作り、葉っぱ1枚1枚をその玉で包んで洗い始めた。
「おぉ、便利だな!」
「師匠が採集するときにこうすれば楽だと教えてくれたんです」
洗いつつ葉を採集する。
細かい作業だ。
『魔術』はこんなこともできるんだな。
便利だ。
「よし、これで綺麗に採集出来ました! これ1本で47枚も採集できました! 凄いです! 4倍以上ですよ! しかも、ご丁寧に全部がHQ相当の出来・・・。 いや、それ以上? いや、薬草にHQ以上の物は無いですね」
全部綺麗に採集したソフィアさんが嬉しそうに報告したり、真剣な顔で考え込んだりしていた。
と、顔を上げる。
目が心なしか輝いているような。
「早く『調合』したいので、さっそく『調合』に入ります!」
なるほど。
早く『調合』したいのね。
「おう! じゃあ、俺はもう少し探してみる! 形とかは覚えたから、見つけたら確認のために声かけるな?」
「はい! よろしくお願いします!」
ソフィアさんは、中級薬草を大事そうに抱えながら荷台に向かう。
「あぁ! 中級ポーションなんていつぶりでしょう! 腕がなります!」
わくわくが伝わってくるようだった。
これは、たくさん見つけてやらなきゃな!
と、言うことで俺は採集を、ソフィアさんは『調合』に集中することになった。
最低でも500個は作りたい。
一応ここに来るまでの村や街でSHQ下級ポーションをそこそこの数を売りさばいてきたため6万マル程稼いではいるが、目標金額は500万マルだ。
全然足りない。
欲を言えば500万以上は軽く越すぐらい稼いで、越えた分でソフィアさんに次の稼ぎの地盤を築かせたい。
よーし!
探すぞ~!
◯
「見つけすぎです! 流石の私でもこれを『調合』し終えるのには1週間はかかりますよ!?」
怒られた。
張り切りすぎた。
「・・・すまん」
荷車の中を中級薬草で埋め付くし、その中で葉っぱまみれになりながら怒るソフィアさん。
ちょっとしょんぼりだ。
いや、本当にしょんぼりするわけじゃないぞ?
おっさんのしょんぼりなんて需要無いからな。
「べ、別に本当に怒ってるわけじゃないですから。 そんな、悲しそうな顔しないでください」
それでもちょっと顔に出てたらしい。
慌てたように荷台の入り口前に立つ俺の近くにソフィアさんがやって来た。
そのままぺたんと座って、俺に手を伸ばそうとして止まる。
「あ、ふふっ。 初めてあなたを見下ろしてる気がします」
朗らかな微笑みで俺を見下ろすソフィアさん。
荷車に乗れば必然的に高い位置に居ることになるため、地面に立つ俺より高い位置にソフィアさんの顔がくる。
見上げた先の、微笑みにドキッとしてしまう。
「あ、ごめんなさい。 失礼でしたね。 ハニオカさん。 少し驚いてしまっただけで怒ってないです。 なので謝らないでください」
「お、おう。 それなら良かったよ」
年甲斐もなく照れくさくなる。
そんな俺の上で、座ったまま後ろを振り返るソフィアさん。
顎に指を当てて考え始める。
「ひとつあたり、製作時間は約5分。 1時間で良いところ12本ですか。 私の集中力が切れないギリギリの睡眠時間は3時間、休憩で1時間とったとして20時間は使えますね。 1日あたり240本前後と言ったところでしょうか? 残り期限は1週間と4日。 つまり11日。 売るのに1週間は欲しいところなので、4日で500本作るのは余裕ですね。 ですが、これ全部は」
真剣な顔で、なんだか、とんでもないスケジュールを組んでいるな?
「ソフィアさん!」
「はい? どうしました?」
俺の呼び掛けにゆっくり振り返る。
「・・・無理する必要なはいぞ? ソフィアさん。 戻ってから500本売れば借金は返せるんだ。 単純計算9日で500本売れば良い。 だから、そんな詰め込んでやる必要はないんだぞ?」
「あ、そっか。 全部使わなきゃと思ってました」
「いや、あの枚数全部は無理だろ? 向こう数ヵ月分で考えてくれ」
「あ・・・ふふっ。 もしかしてハニオカさん、借金を返した後の事も考えてくれました?」
「それは、まぁ。 返して終わりじゃないからな? ソフィアさんには『夢』もあるんだろ? 俺はそれも応援したいから」
「・・・まったく。 ハニオカさんは都合がよすぎますよ」
「おう! 都合よく使ってくれ! 俺は優しいソフィアさんには報われてほしいからな!」
「むぅ・・・。 ハニオカさんはずるいです!」
唇をとんがらせて言うソフィアさんの姿が可愛らしくて思わず笑ってしまう。
「はっはっは! じゃあ、戻るか!」
「はい! 無理しない程度に『調合』頑張りますね!」
「そのいきだ!」
俺は扉を閉めて荷車を引くのを再開させた。
さぁ、次は下山してソフィアさんの家に向かうぞ!
◯
「この村でも売ってるよ! ・・・ソフィアさん、いったいどれだけの速度でSHQ下級ポーションを作ってるの?」
そう、戦慄しているのは巫女ウズメ。
とある村のとある家。
そこで見せてもらったSHQ下級ポーションは、間違いなく昨日使われたソフィアさん特性のSHQ下級ポーションだった。
ウズメの隣でポーションと水を覗き込むイグニスは、ウズメに問う。
「速度って、ポーションは大量生産されているじゃない」
イグニスの脳内に浮かぶのは、王都にあるポーション工場。
「それは、普通の素材を使ったポーションの話でしょ? 少しでも『神性』を帯びた綺麗な水を使ってるんだよ?」
「あぁ、『調合』が難しくなるとか言ってたわね」
「よく覚えてたね! あ、ありがとうございます!」
ウズメはイグニスを褒めながらポーションを返す。
「フフン! 馬鹿ではないからな!」
得意気なイグニスとともに家を後にしたウズメは、外に出ても話を続ける。
「つまり、王都で大量生産されている下級ポーションと、ソフィアさんが作っているポーションは同じようで別物なんだよ」
「素材が違うからか?」
「その通り! 今日は冴えてるね!」
「だろ?」
「で、勿論『神性』を帯びてると『調合』にかける時間も伸びる事になるんだ」
「難しいからだな!」
「その通り! またまた正解!」
「ふふーん!」
「熟練の『薬師』があの濃度の『神性』を帯びた綺麗な水を使って下級ポーションを『調合』しようとすると、だいたい10分くらいかな? もちろん、クオリティや階級が上がるにつれて時間が伸びるものなんだけど・・・」
「・・・ん? と言うことは1時間で6本位しか作れなくないか?」
「その通りだね。 1日寝ない、かつ、休憩も無し、集中力も切れないとして作り続けたとしても144本。 勿論これは理論値だから、現実的に作れるのはこの半分もいかないくらいだと思うよ?」
「待て、昨日から1日かけてこの村にきたよな?」
「うん」
「その間の村は3つだった」
「うん」
「その村全部でそのソフィアさん特性の下級ポーションが売られていたよな?」
「うん、家一件にひとつはあるくらいに売れていたね。 出来が良いのは1度使えばわかるから、実演販売でもしたんだと思う。 しかも、それが王都や街よりも安く売られてるんだ」
「え? そうなのか?」
「え? 気づかなかった? 王都や街だと税金とかの関係と、品質保証の関係でSHQ下級ポーションを1000マルでは売れないんだよ? 1000マルは個人売りの最低額。 駆け出しの『薬師』が頑張って作ったSHQ下級ポーションを売り出すときの値段だよ?」
「そ、そうだったのか」
「まぁ、イグニスちゃんは値段を一々見ないからねぇ」
「うぐっ」
「まぁ、とにかく品質がよくて、とても安く売られてるSHQ下級ポーションだから買わない手はないんだよ。 私だったら買えるだけ買う。 今寄った家もだったけど、いくつかの家では20個近く買ってた」
「なんだって? まったく気づかなかった」
「まあ、普通はそんなところまで見ないからね」
「ん? まってくれ? だとすると、さっき言っていた数では足りないんじゃないか?」
「うん。 全然足りてないよ」
「あの『穢れ人』は襲撃を受けた村で全部使ったって言ってたな?」
「うん。 言ってたね。 だから、全部作り直したものになるね」
ここでやっとイグニスはソフィアがとんでもない速度で薬を作っていることを実感した。
「ね? ソフィアさん、ちょっと、ヤバイでしょ」
ウズメのしたり顔。
「いやこれは・・・。 ちょっとどころではないぞ!?」
「ふふっ」
「ウズメ。 どうしよう。 私は、ソフィアが欲しくなってきた」
「久しぶりに見たよ。 イグニスちゃんのその顔」
「必ず手に入れるぞ」
「イグニスちゃんがその顔したら止められるわけないでしょ」
「がっはっは! その通りだな!」
「わっ」
「「うおっ」」
後ろからの突然の声かけにウズメとイグニスが驚いて振り返る。
「副班長! 声をかけるときはもう少し優しくといつも言っているだろ!」
「あぁ、すまないな班長! しかし、そうか! 今度はあの娘か!」
「あぁ、ウズメから話を聞くたびに欲しくなる」
「がっはっは! まったく、我儘姫は健在だな!」
「ふ~くは~んちょ~?」
ウズメが副班長をじどっと睨む。
「あぁ、すまんすまん。 詫びと言っちゃあなんだが朗報だ。 あの2人の行き場所がわかった」
「なに!? 本当か!? 教えてくれ!」
「あれだ」
イグニスに聞かれた副班長が近くにそびえ立つ巨大な山を指差した。
「あれって・・・モンタージュ山?」
「あぁ、なんでも借金を返すために中級ポーションを作って売るつもりらしい。 またこの村によるから、その時は買ってくれって頼んでったらしいぞ」
「そっか、それならこの村で待ってれば良いね?」
ウズメに聞かれたイグニスは、頷かない。
笑っていた。
獰猛に。
ウズメはため息を付いて頭を抱えた。
「イグニスちゃん? 私、絶対にこの村で待ってた方がいいと思うよ?」
「待ってられない。 会いに行こう」
「がっはっは! まぁ、班長ならそう言うわな!」
「もう! すれ違いになっても知らないからね!」
そして、『哨戒班』はモンタージュ山に向かっていった。