表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/16

第5話 『うんこしに山に向かってたら村を救う事になりました』

 「とりあえず裏庭に来ましたが・・・。 何をするつもりなんですか?」


 俺は手を前に出す。

 想像するんだ。


 「この世界に来る前に俺は、ハニヤスって奴に会っている」


 「え!?」


 「そこで俺は、土で好きな物を作れる加護を渡すと言われたんだ」


 「・・・あ、そうでした。 たしか、『土の加護』を受けたものは色々なものを作って、畑を豊かにしたと言う記述があったはずです!」


 「だからな? 俺の前の世界での知識があれば・・・」


 想像するのは水を綺麗にする装置。

 機械は無理だ。

 土で想像しろ。


 土の範囲が分からない。

 だが、女神は言ったんだ。

 土で何でも作れると。


 俺は、砂や石も土だと思う。

 もし、これが通るなら鉱石だって土だ。


 俺の都合で考えろ。

 想像しろ。


 「こい!」


 俺は、想像したものを目の前に強く思い描いた。


 すると。


 周辺の砂や石、鉱石なんかが集まり始めた。


 「な、なんですかこれは!?」


 ソフィアさんの驚きの声。

 次々と集まって形を成していく。


 それは、やがてひとつの装置を作り上げた。


 「よし。 無事完成だな!」


 俺は、ソフィアさんに振り替える。

 

 「見ろ! 『ろ過装置』だ!」


 土で出来た巨大なろ過装置が出来上がったのだ。

 家と同じくらいの高さ、ペットボトルのような円筒。

 4足が支えるその中心に、栓をした水を出す口。

 中は大きさの違う砂や石を層毎に分けて入れてある。


 我ながら素晴らしい出来だ。


 「ろ過装置・・・。 いや、こんなに立派なのは大きな工場でしか見れないですよ!」


 慌てた様子のソフィアさん。


 「それを、『魔術』で作ってしまうなんて・・・。 しかも、この大きさ。 かなりの『魔素』を必要とするはず」


 ぶつぶつと独り言を言いながら装置に近づいて手をつけるソフィアさん。

 見上げたり、辺りを見回したりと、じっくりと観察する。


 「・・・なるほど。 足りない『魔素』は周辺の土で補ったのですね。 素材を0から作るのではなく、あるものを組み合わせる。 これなら、組み合わせる時に使用する『魔素』だけで足ります。 ・・・それでも、中々の『魔素量』になりますが。 ・・・凄いですね。 これが『土の加護』」


 真剣な眼差しのソフィアさんの横顔に見入ってしまう。

 ソフィアさんはきっと、ポーションと『魔術』が好きなだけでなく、好奇心が旺盛なのだろう。

 だから、色々な知識を持っている。


 凄い人だ。

 尊敬する。


 俺よりも10歳以上も若いのに。


 「それで、これはなんのために作ったのですか?」


 ふと、そんな問いがソフィアさんから飛んできて力が抜けた。


 「あれ!? 変なこと聞きましたかね!?」


 ろ過装置だって言ってるのに、これを天然でやっているのだからたちが悪い。

 自分のために使うなんて考えてないのだろう。


 「いや、ソフィアさん。 HQ以上の中級ポーションにはHQの綺麗な水が必要なんですよね?」


 「あ! まさかこれを使って!?」


 「そうですよ!」


 「そ、そんな! お、恐れ多いです! 『土の加護』を使ったこんな神聖なものを、私なんかのために使うなんて!」


 あわあわしてしまっているソフィアさんを見るのは楽しいが、今はそれどころではない。


 「ソフィアさん! 言ったじゃないですか! 俺に貴女を助けさせてくれって! 神聖だとかそんなことはどうでもいいんです! 俺はこれをソフィアさんのために使いたい!」


 「あ、あ、あう~・・・」


 真っ赤になったと思ったら帽子のツバをもって顔を隠しながらしゃがみこんでしまったソフィアさん。

 言いすぎてしまっただろうか・・・。


 「・・・大丈夫ですか?」


 俺はそばによって体調を聞く。


 「だ、大丈夫です。 ちょっと、整理しますのでお待ちください」


 ちんまくなって、動かなくなってしまった。

 いや、ぶつぶつと独り言を呟くのは聞こえている。


 大丈夫そうだな。


 俺は装置の点検を始めることにした。


 ○


 「・・・よし。 もう大丈夫です!」


 ばっと立ち上がったソフィアさん。

 見慣れた、眠そうな顔になっていた。


 「すみません。 取り乱しました。 それで、えと」


 ソフィアさんが俺の方を向いてもじもじし始めた。

 

 あぁ、もしかして手伝ってくれようとしてるのかな?

 ソフィアさん曰く、神聖な物なのだ。 きっと、そんな物の手前、遠慮してるのだろう。


 「丁度良かった。 ソフィアさん、早速水を入れてもらえますか? 点検して穴はない事は確認してますので大丈夫だと思います」


 「わっ、分かりました! 水。 水ですね! あ、あったかな?」


 おろおろとしている。

 なにも大丈夫じゃないじゃないか。


 「ソフィアさん! 落ち着いてください! 大丈夫ですから!」


 「うっ・・・すみません。 こんな大それたものを、前にしたら」


 「・・・ははっ!」


 俺は思わず笑ってしまった。

 さっきまであんなにクールに話していたソフィアさんの取り乱しようが可愛らしかった。


 「なっ、なんで笑うんですか!」


 きっとした目で、顔を赤くしながら怒ってくるソフィアさん。


 「いや、すみません。 あまりにも、可愛らしくて」


 「かわっ!?」


 俺ははっとする。

 まずい。

 おっさんが可愛いと言うのはセクハラだ。

 気持ち悪がられてしまう。


 「すまん! 許してくれ!」


 俺は頭を下げて謝る。


 「な、なんで謝るんですか!?」


 「え? だって、気持ち悪かっただろ?」


 俺は、ソフィアさんの表情を伺う。

 顔は赤いままだった。


 「な!? どうしてそうなるんですか! わ、私は気持ち悪いなんて思ってません! むしろ・・・えぇい! 私は何を言おうとしてるんだ! まったく! ハニオカさん! 水はどこに入れればいいんですか!?」


 驚いたり照れたり怒ったり、ソフィアさんの意外な姿が見られた。

 良かった。 嫌われなくて。

 それに、入れてくれる気になったらさしい。


 「えーと、あの上から入れてくれれば大丈夫です」

 

 俺は、ろ過装置の天板を指差した。

 あそこに水を入れる所がある。

 蓋もそんな重くないからソフィアさんなら余裕だろう。


 「あの上・・・ですか」


 ソフィアさんが尻込みした。


 「裏に、はしごがあるのでそれを使ってください」


 「はし・・・ご・・・うっ」


 ソフィアさんが裏に回ってはしごを見つけたらしいが、なにやら様子が変だ。


 「どうしました?」


 「・・・いえ。 何でもないです。 行きます!」


 なぜか気合いを入れてはしごを登り始めた。

 ソフィアさんが登っていったのを見上げようとして。


 「あっぶね!」


 ソフィアさんがスカートなのを忘れていた。

 ぎりぎり見えなかったが、危うく痴漢で訴えられるところだった。


 「こ、こここ、この中ですね!?」


 ひどく震えた声が聞こえた。

 俺は、ろ過装置の前に回ってソフィアさんの様子を見る。

 

 ずいぶんと怖がっていた。


 「あ、もしかして高いところ苦手でした?」


 「そ、そそそ、そんなことないです! は、早く答えてください! こ、こここ、ここで良いんですね!?」


 ふむ。

 あれは間違いなく怖がっているな?

 後で、下が見えないようにちゃんとした階段を作ろう。


 俺は、そう決心しながらそこで良いと答える。


 「わ、わわわ、わかりまひた! い、行きます!」


 しっかし、酷い怖がりようだな?

 滑舌まで怪しく・・・って!


 ソフィアさんが水を作り上げてろ過機の中に落とした次の瞬間。

 震える足が、はしごから離れて落下を始めた。


 「え?」


 「ソフィアさん!」


 俺は、一気にソフィアさんの下に駆け寄る。

 怪力のおかげか、走る速度も上がっていて良かった。

 なんとか間に合って抱き抱える事に成功した。


 ソフィアさんの軽さに驚いていると、ぱさっと、遠くにソフィアさんの帽子が落ちた。


 と、腕の中に収まるソフィアさんが俺の胸元を引き寄せて抱きいてきて、震え始めた。

 

 「こ、怖かったぁああ!」


 「あー、すみません。 高いところが苦手とは知らず」


 「わ、私も意地を張らないで言えば良かったですぅ! すみません!」


 「と、とりあえず怪我はないですか?」


 腕の中のソフィアさんの体を一応見る。

 怪我は無さそうだ。


 と、落ち着いたのか顔を離したソフィアさんと目があった。


 「あ、あ、あ」


 みるみる内に真っ赤になっていくソフィアさん。

 怖かったのだろう、涙目だ。

 と、突然パンッと、音が鳴る程に強く両手で自分の顔を隠したソフィアさん。


 「み、見ないでくださいぃ・・・」


 いや、可愛いかよ。


 ・・・いや待て、気持ち悪いぞおっさん!

 はやく降ろせ俺!


 ソフィアさんをできる限りで優しく降ろし、ろ過装置の蛇口・・・と言っても鉱石で栓をしただけの物の前に行く。


 あ、コップがないな?

 取りに行くか。


 ○


 コップをとって戻ってくると、ソフィアさんが気を取り直したようでまた見慣れた顔つきで立っていた。


 「すみません。 取り乱しました」


 「今日なん回目だよ」


 「う、うるさいですね! 仕方ないでしょ!?」


 敬語を忘れるほどの怒りっぷり。


 「ごめんて」


 「・・・悪いのは私ですから謝らないでください!」


 「お、おう」


 難しいなぁ。


 俺は、コップを栓の近くに持っていく。


 「わざわざ持ってきたのですか? これだけ凄いものを作れるのですから、コップくらい作っても良かったのでは?」


 「あ、そう言えばそうだな? 次は作ろう」


 ソフィアさんの言う通りだ。

 コップは透明な物であるイメージだったから、土では無理かなと思ったが、よくよく考えてみたら水を入れることが出来れば良いのだから透明である必要はない。

 良いことを聞いた。

 まぁ、今回は持ってきてしまったのだから持ってきたコップを使うが。


 俺は、栓を開けてコップに水を注ぐ。

 俺の隣でソフィアさんも見ている。


 コップと言えばソフィアさんが作るポーション。

 これからそれを売っていくことになると思うが、入れ物はどうすれば良いんだろうか?

 土で作っても問題なければ俺が作るとしよう。


 なんて考えていた俺の手元のコップに水が1杯分入り終わる。

 ソフィアさんがそれを観察して呟いた。


 「凄いですね。 本当にクオリティが上がって、水から綺麗な水になりました。 もう、この時点でSHQの下級ポーションが作れます」


 「ちなみにそれの価値は?」


 「大体ひとつ500マルですね」


 「じゃあ、最悪それを1万個売れば何とかなるわけだな?」


 「・・・現実的じゃないですね」


 「そうだな」


 俺は、『魔術』を使用する。

 土で出来た大樽だ。

 その中に綺麗な水を貯めはじめる。


 「だから、より良いポーションの素材を作る必要があるな?」


 俺は、水が全部出たのを見計らって大樽の中の水を上まで運ぶ。

 怪力は凄いな。

 大人一人分はある大きさの樽を片手にはしごを登ることができる。

 まぁ、1回1回やるのは面倒だから後で自動で出来るように改良しておこうとは思う。


 上までたどり着いた俺は中身の綺麗な水を入れる。


 下の方でソフィアさんが心配そうな顔をしてした。

 大丈夫だって。

 おっさんでもこれくらいできるって。


 俺は、下に降りてしばらく待ち、もう一度コップに水を入れた。


 「え!? なんで!? 綺麗な水のクオリティが上がってる!?」


 ソフィアさんがとても驚いていた。

 

 「・・・さっきから思ってたけど、見て分かるのか?」


 「あ、一応私たち『魔術師』は『魔術』の修練の過程で『魔素』を感じたり見たりすることができるようになるんです。 ハニオカさんも修練を積めば見れるようになると思います。 そして、この世界のものには『魔素』が多かれ少なかれ宿っていますから、その『魔素』の量の見え方で素材のクオリティを判断することが出来るのです」


 「なるほどね? そんで、これが?」


 「・・・はい。 初めて見るクセのような物はありますがHQの綺麗な水です!」


 目を輝かせるソフィアさん。

 俺は、彼女の喜びように軽く調子に乗る。


 「じゃあ、もう一回やったらどうなるんだろうな?」


 「え!?」


 俺は、早速3度目のろ過を施す。

 すると・・・。


 「あり得ません。 クセも強まってますが、間違いなくSHQの綺麗な水です。 こんなの、大企業や国営機関、またはその道の職人でないと作れない代物です。 故に高級品。 なのに」


 「現に出来ちまったな?」


 「こ、これだけでも500ミリリットル1000マルですよ!?」


 「お、5000個まで減ったな?」


 「ま、待ってください! もし、これとHQの中級薬草があったら・・・」


 「SHQの中級ポーションが作れちまうな?」

 

 「で、でも!」


 「ん?」


 「うっ」


 危険だと言おうとしたのだろう、しかし、言わせない。


 「ここまで来たんだ。 採りに行こうぜ? HQの中級薬草」


 「・・・わかりました。 行きましょう。 HQの中級薬草も1枚1000マル。 もし、N中級ポーションが出来たら2500マル、HQ中級ポーションだと5000マル、SHQ中級ポーションなんて出来た日には、ひとつ1万マルで売れます。 ・・・そしたら」


 両手を見ながら計算している隣のソフィアさん。

 俺も隣でその両手を覗き込む。

 指折りしている。

 信じられないのだろう何回も数え直している。

 そんな彼女の計算を待ってられずに売る個数を口に出す。


 「500個だ。 現実的になったな?」


 思わず笑う。

 これは、行けるぞ。

 この方針で間違いなさそうだ。


 思ったより近くにあったソフィアさんが、俺の顔を呆然と見つめていた。


 おっと近かったな。


 俺は、ソフィアさんが不快に思う前に離れて話を進める。


 「さて、行きますか! モニター山!」


 「・・・ふふっ。 モンタージュ山ですね」


 「おっと、そうだった!」


 と、言うことで俺とソフィアさんはモンタージュ山に向かうことになった。


 ○


 期限まで後2週間しかないのだ。

 急いでモンタージュ山まで向かわなければ。

 

 と言うことで俺とソフィアさんはモンタージュ山まで向かっていた。


 道中ソフィアさんに聞いた事だが、どうやら俺は、この世界に4つある大陸のひとつ、『オリエント大陸』と言う大陸に『転移』してきたらしい。

 ソフィアさんの家は、オリエント大陸の北側の海をわたった先にある『シャウレー大陸』にあるとの事だった。

 『オリエント大陸』は現在北側の一帯を『レイノ王国』が、南側を6つの国が治めている。

 今のところ大きな戦争は起きていないが『レイノ王国』と隣接している南西全域を治める『オリエント大陸』2番目の大きさの国『ライヒ帝国』が土地を巡って少し危ない状況らしい。

 そんな、関係のないことまで得意気に教えてくれるソフィアさんだった。


 さて、肝心のモンタージュ山だが、オリエント大陸の北東部にあり、ソフィアさんの家からは徒歩2日と言った距離にあった。


 出発前に必要日数は聞いていたが、正直この移動時間が勿体無いが、他のどこの箇所も3日以上かかり、モンタージュ山が一番の近場だった。


 しかし、この往復4日間。

 何とかうまく使えないだろうか。

 と言うことで考え付いた事があった。


 荷車を作り、『ろ過装置』や『調合道具』等を備え付け、既に作れるSHQ下級ポーションと、ろ過装置で作られるランクが高い綺麗な水を合わせて売り歩こうと。


 ソフィアさん特性ポーションの移動販売を行うのだ!


 要は行商の真似事をしようと考えついたのだ。

 ソフィアさんには、店が無い。

 荷車さえあればどこでも商売ができるだろうし、今後の事も考えられた、我ながら素晴らしい案だと思う。


 で、俺は今荷車を引いているのだが・・・。


 「・・・すれ違う人、みんな見てますね」


 ソフィアさんが荷車の前方に突いている小窓(と言ってもガラスは無いので、開閉式の扉がついている穴だ)から声をかけてきた。


 「いや~・・・。 ちょっと気合い入れすぎましたかね?」


 「気合いなんてもんじゃないですよ! なんですかこの荷車は!」


 ソフィアさんも段々遠慮がなくなってきたな。

 良い傾向だ。

 ちょっと嬉しいぞ?


 なんてバカなことを考えている俺が引く荷車。

 それは、荷車と言うには立派なものだった。


 前の世界でキッチンカーや移動販売車と呼ばれる物をイメージして作ったため、運転席のかわりに荷車の前ハンドルを取り付けただけで後ろは、白と青の石や鉱石を主に使ったキッチンカーその物になっていた。

 クレープとか売ってる、あのキッチンカーの形そのものだ。

 ちなみに、青い石を使ったのはソフィアさんをイメージしたとは誰にも言ってない。

 ・・・ちょっと、キモかったかもと思ったからだ。


 重さは俺の怪力であれば問題なく引けるくらい。

 タイヤも石や土で出来ているためちょっと振動が酷いが・・・。

 

 しかし、キッチンカーの中には小型化したろ過装置、薬草保管庫、ソフィアさんが使っているポーション製作に使用する道具と、かまどなんかが揃っている。

 さらに、荷車左側面には大窓も用意してあり、扉を開ける事で、キッチンカーがクレープとか売ってるあの感じでポーションを売ることも可能だ。


 我ながら素晴らしい出来だと思う。


 ただ、振動軽減はもう少し考えたいが、土や石なんかでやれることが思い付かなかった。


 「まったく。 ・・・私はハニオカさんに何を返せば良いんですか」


 唇をとんがらせながら荷台の中に戻り、ポーション製作を再開したソフィアさん。


 「・・・しかも、家の『調合室』よりも立派な荷車で良い素材でポーション作りもさせて貰って」


 ぶつぶつとなにかを言っているのが何となく聞こえてくるが、荷車の音や、そもそも小窓しか開いていないので良く聞こえない。


 こんな調子でなにかを言い続けているソフィアさんは、出発してからずっとSHQ下級ポーションを作り続けている。

 休憩を促してはみたのだが・・・。


 『これは、私の仕事です。 甘えっぱなしではいけません。 ポーションをひとつでも多く作って、はやく借金を返せるようにします!』


 と、断られてしまった。

 モンタージュ山で登山が待っていると言うのに、体力は持つのだろうか?


 「む?」


 半日ほど歩いただろうか?

 日が傾き始めた頃。

 村、らしき物が見えた。


 「ソフィアさん、あれは村か?」


 声をかけると後ろの小窓からソフィアさんが顔を出した。


 「む。 そのようですね。 ですが、様子が変です」


 そう、ソフィアさんが言う通り変なのだ。


 静かすぎる。


 村は、木造建築の家が数10ある程度の小さなものだった。


 時間的には夕飯時とも言えなくもない時間。

 少し早いか?

 だとしても料理をしている雰囲気とかあるんじゃないか?

 いや、そもそも人ひとり歩いていない。

 

 畑や酒屋、小さな店。

 さっきまで人がいた形跡が確かにある。

 

 なのに、静かすぎる。


 まるで、突然人が居なくなったような・・・。


 「うわぁああああ!!」


 「ハニオカさん!!」


 「あぁ!」


 今のは間違いなく子どもの声だった。

 ソフィアさんも分かったのだろう、俺は荷車を引きながら全速力で村に向かった。


 「どこだ! どこに・・・!?」


 俺は足を止める。


 村の中心部。

 広場。


 その中心にそいつはいた。



 「・・・ん? あれ? 君もここの村人?」



 俺たちに背を向けて、右手で少年の首を閉めながら持ち上げる男・・・?

 背格好は男に近いが、首を回して俺の方を見る顔は中性的で男とも女とも言えない。

 髪は黒く、肩下までのセミロング。

 赤い目は血走っているが、怖いくらいの無表情。

 左手には血がベットリとついたダガー。

 そんな人がそこにいた。


 「うっ・・・ううっ」


 子どもは生きている。

 良く見ると、子どもの足元では少女が血を流して倒れていた。

 

 「・・・ひどい」


 小窓から覗いていたソフィアさんが口を押さえて怯えた顔をしていた。

 少年の首を絞める人がダガーを舐める。

 美味しそうに血を『食べた』。


 「僕はね? これからこの子の血を食べるんだ。 だから、邪魔しないでね? あ、安心してよ。 次は君たちの血を食べるから」


 「血を食べる・・・。 ハニオカさん」


 俺はソフィアさんが考えていることを察する。


 「あぁ、あいつが『穢れ人』か」


 俺の言葉を聞いて、ピタッと動きが止まった。

 

 「・・・まさか。 まさかまさかまさか!」


 ぐりんと体をこちらに向けた。


 返り血まみれのその全身。

 胸は男性特有の筋肉か? 女性特有の膨らみか?

 腰が細いのは男性特有の肩幅が広さがあるからか? 女性特有のくびれか?

 

 奇妙な体躯のその『穢れ人』。


 「・・・あなた。 『清め人』ですか?」


 「・・・だったらなんだ?」


 「あぁあああ!! やっと会えました! 私、幼い頃から夢がありましてね? いや、幼い頃なんて無かったんですけど!」


 子どもを雑に投げ捨てる『穢れ人』。

 投げ捨てられた子どもは咳き込んでいる。


 よかった。

 生きてる。


 「いや、その話は良いんですよ! そう、私の夢ぇ!」


 ぎゅっと、自身の体を抱き締める『穢れ人』。

 奇妙かつ、気色の悪さを強く感じる。


 

 「私はいつか! 『清め人』の血を浴びて! 飲んで! ひとつになりたいと思っていましたぁ!!」



 ソフィアさんが荷車の出入り口である後ろ扉から鞄を背負って飛び降り、俺の隣に来た。


 「ハニオカさん、私はあの子達を助けたいです」

 

 「あぁ、俺もだ」


 俺の返答に驚いた顔をした後、微笑んだ。


 「やっぱりハニオカさんは優しいです」


 「それは、ソフィアさんだ。 今だって俺を助けたときと同じように、理由もなく助けようとしてる」


 「それは・・・。 人を助けるのに」


 「理由はいらない。 だろ?」


 「・・・はい。 助けた結果、騙されるかもしれないですけどね」


 「それを覚悟で助けようとしてるんだから、ソフィアさんは優しすぎるよ。 大丈夫。 もし騙されたとしても俺がなんとかしてみせるから」


 「・・・やっぱり都合が良すぎます」


 「え?」


 「なんでもありません! お人好しって言っただけです!」


 「それは盛大なブーメランだと思うが!?」



 「さて、『清め人』の血はどんな味がするのでしょう?」



 バフッ!


 砂が舞った。

 何も見えなかった。

 一瞬で『穢れ人』は俺との間合いを詰めてダガーで切りかかって来たのだ。


 自動発動する土の守りがなければ死んでいた。


 「面白いですねぇ! あなたは『土の加護』を与えられた『清め人』なのですね!!」


 目で終えない速度で何度も切りかかってくる『穢れ人』。

 何度も訪れる死の危険に縮み上がる俺は、後退する他無い。

 戦ったことなんて無いのだから。


 目の前の狂人が怖い。


 「ハニオカさん!」


 ソフィアさんが俺を助けようとかなりの速度で水の弾丸を『穢れ人』に打ち込んだ。


 「邪魔しないでよ!」


 『穢れ人』はそれを手で払おうとしたが、途中で行動を変える。


 「おっと」


 体を逸らせてかわしたのだ。


 「危ない危ない。 ねぇー! 邪魔しないでよー! 邪魔するなら君から殺すよ~! ・・・ってあれ? 君」


 『穢れ人』は俺を切ろうと剣を振るのを再開させながらソフィアさんを見て首をかしげる。

 俺を片手間のように殺そうとしてくる『穢れ人』は正直怖いが、その全てを土がガードしてくれているため、幾分か余裕はある。


 「ソフィアさん! こいつの狙いは俺だ! あの子を頼む!」


 「くっ・・・。 はい!」


 ソフィアさんは俺の言葉を聞くなり駆け出した。

 それを見た『穢れ人』がソフィアさんに手を伸ばす。


 「いーや、君も連れて帰る!」


 「やらせるか!」


 ソフィアさんに標的を変えるため出来た隙。

 手を伸ばしたことで生まれた一瞬の硬直。


 ここしかない!


 「そりゃあ!」


 タックル。

 羽交い締め。


 「なっ! なんですかこの力は!! はっ!? そう言えば『土の加護』には怪力をもたらせると言う記述もありましたねぇ! なるほどこれが怪力・・・。 あぁ、すっばらしぃいいい!!」


 奇妙な声をあげて興奮し始める『穢れ人』。


 「あっ、あはぁ! あっ、あっ、あぁっ!」


 「くっそ、気色悪いなぁ!」


 羽交い締めにされて悶える『穢れ人』に嫌悪感が止まらない。


 視界の奥でソフィアさんが少女を抱えて少年と共に走り去ったのを確認する。

 そういえば、羽交い締めにしたは良いが、どうやって倒せば良いんだ?

 出来れば、殺しはしたくないんだが・・・。


 「あっは! あぁ、キます! キてますよぉ! やりますねぇ!」


 「だぁもう! やめろ!」


 そのミームネタは厄介だ!

 まぁ、こいつの場合はそんなもの知らんのだろうが・・・。


 「ハニオカさん! 土です! 土で攻撃してください!」


 「土!?」


 突然戻ってきたソフィアさんが俺に叫んで教えてくれる。


 「はい! ハニオカさんは『土の加護』を受け取った『清め人』です! なので、ハニオカさんが使う土には、穢れを払う力があるはずなんです!」


 「それも、『神話』か!?」


 「あ、こっちは『昔話』の方です!」


 「なるほどな! やるだけやってみるか!」


 俺は土の拳をイメージする。

 切るのは危ないと思ったからだ。


 羽交い締めにした『穢れ人』の前に拳を形作る。


 「ぬふっ! それで私をイかせてくださるのですね!」


 「やめろ! 気持ち悪い!」


 俺は言いながら拳を『穢れ人』の腹にめがけて飛ばした。


 「んぐふっ!?」


 見事にぶち当たり、『穢れ人』が変な声を出して力を抜いた。

 力が抜けたため、様子を見ようと拘束を緩めた途端。

 

 「痛い! 痛い痛い痛い!」


 俺を押し退けて拘束から抜ける。


 「くっ。 しまった!」


 するりするりと俺から距離を取るべく離れていく『穢れ人』。


 「あぁ! 痛い! この私が痛みを感じている! あぁ、傷みはいつぶりでしょう!?」


 自分の体を抱き締めながらくねくねと動きつつ悶絶している『穢れ人』。


 「いぃ・・・。 良いですよこれはぁ!!」


 両手を広げて空高くに叫ぶ『穢れ人』。

 嫌な予感がする。


 「ソフィアさん! 離れててくれ!」


 「でも!」


 「いいから! さっきの子達も心配だ! ちゃんと逃がしてくれ!」


 「うっ、わ、わかりました!」


 ソフィアさんが惜しむように子どもが逃げていった方向へ駆け出していった。

 俺は、『穢れ人』の雰囲気に怖さを感じながらも睨み付ける。


 「んふー! 安心してください! 私は今! あなただけを見ています!」


 ゆらりと脱力して、手を下にだらりと垂れ下げながら俺を、恍惚の表情で見つめる。


 「なのであなたも私だけを見てください! そして、私にもっと痛みを! 最後はあなたの血を! あぁ、私にください! うおえぇえええ!」


 気持ちの悪い叫びと同時、『穢れ人』が血を吐き出して、血の池を作った。

 嫌悪感が増す。


 「あぁ、『清め人』! 私の欲の為に死んでくださぁい!」


 『穢れ人』の叫びに合わせるように血の池から水滴が浮かび上がり、それは銃弾のように襲ってきた。


 「くっ!」


 思わず恐怖に目を瞑り、手で頭を守る。

 血の銃弾は俺の周囲に現れた土によって防がれたが、飛ばされ続ける銃弾に正直いつまで持つのかわからない。


 「その守りは、いったい、どれだけの速度についてこられるのでしょう!?」


 痛いところをつかれた。


 止まらない血の銃弾が俺の土の守りを次々と打ち続ける。

 様々なところから迫り来る銃弾に対応しきれなくなってくる。

 頬を掠め、服を破く。


 怖い。

 ただ、俺を殺すために攻撃を続ける『穢れ人』が怖い。


 「・・・くっ」


 何か抵抗しようにも、迫り来る銃弾や恐怖のせいでうまく想像できない。


 「おやぁ? おかしいですねぇ? 土に当たった私の血が使えない? あぁ、まさか! 『清め』ているのですね!?」


 訳が分からないことを叫びながら自分の周辺の血を更に打ってくる『穢れ人』。


 「素晴らしい! すばらしぃですよ『清め人』!!」


 「・・・くそ!」


 死が着実に迫る恐怖。

 圧倒的な力の差。

 今まで平和に生きてきたただのおっさんが、あんな化け物を前に出来ることなど無かったのだ。

 削れていく土の壁。

 増える傷。


 死を目の前にしたその時だった。



 「待たせたわね! 助かったわ!」



 炎が舞った。


 「なに・・・」


 狼狽える。

 

 目の前が燃え上がり、一瞬にして銃弾を燃やし尽くした。

 炎はすぐに収まり、目の前に美しい赤髪を露にさせる。


 俺に背を向けて立つのは獅子の様に気高い赤髪の女騎士だった。

 彼女が振るう剣は、炎を纏っていた。


 「『レイノ王国騎士団』『特別哨戒班』『班長』『イグニス』よ! 遅くなってごめんなさい。 私が来たからにはもうこの村は大丈夫!」


 振り返った女性。

 腰上までの美しい赤髪を翻してこちらを見た彼女の瞳は、髪と同じく赤色。

 ややつり目だが、こちらを安心させるためだろう、優しい笑みを浮かべていた。


 「あ、ありがとうございます」


 思わず礼を言う。


 「それはこちらの台詞よ! 副班長! ウズメを連れて怪我人の有無を確認、怪我人がいたら治療! フィールとアウトは村の偵察、状況確認と情報収集! アングリフはフィールとアウトの護衛! あいつは私がやるわ!」 


 「了解!」

 ごつい体躯で、ごつい甲冑を着た騎士。


 「りょーかい! 任せてよ!」

 巫女服姿の可愛らしい黒髪姫ロングの少女。


 「おけー」

 「まかせときなって!」

 軽装備の、似た顔の男女。

 

 「・・・」

 頷く無口な男性騎士。


 そんな、指示された者達がそれぞれの反応を示して散り散りになった。


 目の前に残ったのは赤髪の女騎士のみ。

 俺に背を向けて剣を構え直す。


 「・・・もしかしてあなた、『清め人』だったりする?」


 「・・・そうらしい」


 「そう。 なら、後で話があるわ」


 「え?」


 「貴方! 『穢れ人』ね! その『穢れ』! ここで『払って』あげる!」


 俺の事を構わずに目の前で邪魔されたことに苛立っていた『穢れ人』に叫ぶ女騎士、名前はイグニスだったか?


 「うっるさいよ! わ、私はそっちの男にしか興味がないんだからどきなさいよ!」


 「・・・ふっ!」


 一息。

 『穢れ人』との間合いを一気に詰める。


 「はぁ!!」


 燃え盛る剣で『穢れ人』を下から切り上げる。

 目で終えない速度。


 「あぁもう! 邪魔! 邪魔邪魔邪魔! そんな、『加護』の真似事で私が満足できるわけ無いじゃない!!」


 『穢れ人』はそれをバク転してかわす。

 交わしたまま、バク転のままどんどん離れていく。


 「な! 待ちなさい!」


 「嫌だね! 『清め人』! また会いましょう! その時はまた、感じさせてねぇ」


 バク転のまま目にも止まらぬ速度でどこかへ行ってしまった。


 「・・・ちっ。 また逃げられたわ」


 女騎士が剣を振って腰の鞘に収める。

 俺に近づいてくる。

 背は思ったより高くない。

 俺と同じくらいだ。


 「怪我はない?」


 凛とした雰囲気と、つり目で少しキツイ印象を受ける。

 ただ、相貌は整っていて、とても美人だ。

 騎士の装備を着ていてもスタイルの良さが際立っている。  その姿勢の良い立ち姿から気高さを感じる。


 「あ、あぁ。 ありがとうございます。 助かりました」


 「いいわ。 もっと早く来ることができれば良かったんだけど」


 言いながら周囲を見渡すイグニスさん。

 彼女が突然、俺の耳元に口を近づけてきた。


 香水か?

 凄くいい匂いが鼻腔を擽る。


 「・・・貴方が『清め人』って本当?」


 耳打ち。

 声も美しい。


 いや、落ち着け。

 

 「そうらしい。 『女神』から『加護』を貰ったからな」


 「・・・そう。 それはあまり言わない方が良いわ。 でも、そうなのね。 やはり、『穢れ人』の出没が増えているし、あれが近付いているのね」


 「あれ?」


 「・・・いえ。 今の貴方には関係ないわ。 もしかしたら、今後私たちの方から声をかける可能性があるからよろしく頼むわね」


 「は、はぁ・・・?」


 話がまったく見えない。


 「班長・・・。 来てください」


 と、先ほど巫女服の少女と共に駆けていったごつい騎士が走りよってきた。


 「・・・わかったわ」


 イグニスさんは、ごつい男について歩いていった。

 

 あ、俺もソフィアさんを探さないと。


 イグニスさんが、ソフィアさんが走っていった方向に向かっていったので俺もそれを追いかけた。


 ◯


 「・・・酷いな」


 イグニスさんは拳を強く握って怖い顔をした。

 

 だが、彼女がこのような顔をするのには当然の理由があった。


 「なんだよ・・・これ」


 俺だって酷い嫌悪感にさいなまれている。


 村の端。

 小さな広場に何人もの村人が転がっていたのだ。

 安全が確保できたのを知ったらしい村人だろう幼い少女や年寄り達が家を飛び出し、倒れ込んでいる村人の元に駆け寄っていた。

 泣く人、吐く人、呆然とする人。

 怪我や村人達の反応からほとんどが死んでいるか助からないのだろうと察する。

 酷い参場だった。


 俺はソフィアさんを探す。


 ・・・居た。


 倒れ込んでいる女性の隣にこちらに背を向けて座り込み、なにやらやっている。

 傍らには先ほど助けた少年が呆然とした顔でそれを見つめていた。

 近くには血を流して倒れていた少女も横になっていた。


 俺はソフィアさんに近寄る。


 「・・・なに、してるんですか?」


 俺は彼女の近くに来たことで、彼女がやろうとしている事を知った。


 既に事切れているだろう女性に、無理にSHQ下級ポーションを飲ませようとしていたのだ。


 「・・・この人を助けるんです」


 「でも、その人はもう」


 「まだです! まだ、息はあります!」


 見ると確かに息はしている。

 だが、腹部は深く切り裂かれて、内蔵も飛び出してしまっている。

 あまり直視すると、吐きそうになる。


 もう、いつ死んでもおかしくないのだ。


 「ソフィアさん! もう手遅れだ! 第一、俺たちが作れたのはSHQの下級ポーションだ! それでその傷は治るのか!?」


 俺はソフィアさんの肩に手を置く。

 先ほどからソフィアさんの顔が見えない。

 酷く振るえていた。


 「わ、わかってます! 下級ポーションでは、無理なことくらい! Nは傷や風邪等に気休め程度にしか効かないし、HQは軽い2日酔いや、少しばかりの解熱と鎮痛作用、傷の悪化阻止、SHQは2日酔いの完全解消、解熱、鎮痛、自然治癒力の増加! これでは助けられない! そんなことは分かっています!」


 「じゃあ、どうして」


 「諦められるわけ無いじゃないですか!!」


 バッと顔を上げて俺を見るソフィアさん。

 その両目からは大粒の涙が溢れていた。

 息絶えそうな女の傍らには既に2本のSHQ下級ポーションが入っていた瓶。

 少女の近くにも落ちていた。


 「あの女の子は彼の妹で、この人はあの子の母親です! 私には母も妹も居ませんでしたが、親が・・・大切な人が! 目の前で、こんな、こんな酷い状態のまま亡くなるなんてことあっちゃいけないんです!」


 その勢いに圧倒される。


 「他の、人たちだってまだ、頑張ろうとしています」


 ソフィアさんが周囲を見る。

 俺も視線を追う。


 もう駄目だと思っていた村人達は、重傷を負いながらもまだ、息絶えてはいなかった。

 隣には、ソフィアさんがこつこつと作っていたSHQ下級ポーション達。

 ソフィアさんの隣に下ろされた鞄の中にはもう、なにも入ってなかった。


 あれは、彼女が借金を返すために作っていたものだった。

 それを惜しみなく使って、助かる可能性なんて無いと言っても過言ではない人を助けようとしている。


 本当に、どこまで優しいのだろう。

 せめて、この2人だけでもなんとかならないのか・・・。


 「これで全員だね!」

 「地べたでごめんね!」


 と、似たような男女の声が聞こえた。

 先ほど、村に走っていった軽装備の男女だ。

 2人の後ろにはしっかり無口な男性騎士もいる。


 彼らは目の前の地面に怪我人をおろしていた。


 「じゃあ、治療を始めるよ!」


 そう言って立ち上がったのは、遠くで怪我人の看病をしていた巫女。

 彼女がこっちに駆け寄ってくる。


 「これらのポーションはあなたが作ったのですか?」


 そうソフィアさんに問う黒髪姫カットの似合う人形の様に可愛らしい少女。

 ソフィアさんが真っ赤な目をこすって頷く。


 「・・・そうですか。 色々と気になる点はありますが見事なポーションでした」


 「え?」


 彼女は神楽鈴を懐から取り出して、広場の中心に向かっていく。


 「あなたのポーションで、村人達は死んでないのですよ」


 俺とソフィアさんが目を合わせる。

 いったいどういう?


 と、シャリンっと綺麗な鈴の音が響いた。


 俺とソフィアさんが同時に音の出所を見る。


 小さな広場の中心。

 そこで、巫女が舞っていた。


 優雅で洗練されたその舞いに釘付けになる。


 すると。


 「・・・あれが、『巫女舞』」


 「『巫女舞』?」


 俺はソフィアさんに説明を求む。


 「はい。 『巫女』と呼ばれる方々は、神に仕え、神の声を聞き、神の力を借りる女性たちです」


 ・・・前の世界の巫女と同じようなものか。


 「普段は神社でご奉仕に努めているのですが、中には経験として神の力を借りて『冒険者』や『騎士団』と行動を共にしている『巫女』もいます。 そんな、『巫女』達ですが、その中でも特別な『巫女』は『巫女舞』によって本物の神様をその身に降ろす『神降ろし』をする事ができると聞いたことがあります」


 前の世界で言うところの聖職者やシスター、白魔道士と言った立ち位置か? 召還術師の方が近いかも知れない。

 ただ、まぁ、本物の神をその身に宿せるってのは凄いことだと思う。


 「特別な『巫女』は『神子』と呼ばれ、自分の体に神を降ろして人々の役に立つ事をご奉仕としていたはずです」


 「それが、あそこで舞っている『巫女』が『神子』か?」


 「はい、恐らくは」


 と、話していると周囲に光の粒が浮かび始めた。

 それは、『巫女』を中心としてゆらゆらと舞う。


 「我が身を捧げます。 『スクナヒコナ』様」


 そう『神子』が呟いたと同時。

 『神子』に半透明の何かが降りてきた。


 それは、そのまま彼女の体に入り込む。


 『神子』が脱力して舞が止まった。

 その次の瞬間、男のような立ち姿になって背筋を伸ばした。


 『・・・ふ~。 さぁ、張り切って救っていくとしよう!』


 神子が、少年のような口調で言うと、違う舞を始めた。


 鈴を置いて、懐から扇を出して。

 扇を持ちながら舞う。

 

 すると、光の粒が次々と村人たちに宿っていく。

 どういう事か光の呟が次々と傷口を塞いでいくではないか。


 「あ、凄い。 凄いです!」

 

 ソフィアさんが興奮気味に修復されていく傷を見つめる。

 俺だって驚いている。


 やがて、村人全員の傷が修復された。


 息を吹き返す村人達。


 ソフィアさんが看病していた女性も目を覚ました。


 「・・・あら? 私」


 起き上がって頭を押さえる女性。


 「お、お母さん」


 子どもがよろよろと母親に近付く。

 子どもの顔を見て自分の身に起きたことを思い出したのだろう、子どもを引き寄せてきつく抱き締めた。


 「ラー! 無事だったのね!」


 「お母さん!」


 大声で泣き出したラーと呼ばれた子ども。


 その隣で少女も起き上がった。


 「お兄・・・ちゃん?」


 親子は大切な家族を強く抱き締めたのだった。


 その様子を見たソフィアさんが、また泣き出す。


 「よ、よがっだでずぅ~」


 どこまで優しい人なんだ彼女は。


 『おい、そこの青い髪の女と、ハニヤスの加護持ち!』


 俺とソフィアさんは呼ばれて振り返る。

 先ほど、舞っていた巫女からだった。

 腕を組んで俺たちを見ていた。

 意識を取り戻した村人達も巫女に注目していた。


 『こいつらの命を『現世(うつしよ)』に留めていたのは貴様ら2人だな!?』


 俺とソフィアさんが目を合わせる。

 首をかしげる。


 「あ、えと、申し訳ありません! な、なんのことやら?」


 ソフィアさんが緊張しながら答える。


 『戯け! この薬を作ったのは貴様であろう! して、素材は貴様の『土の加護』で作ったものだな!?』


 女の子の声で、少年っぽく話す姿は可愛らしかったが、今しゃべっているのは間違いなく神様だ。


 「は、はい!」

 「あ、あぁ」


 俺とソフィアさんは同時に返事を返す。


 にやりと黒髪の可愛らしい巫女さんが笑う。



 『実に見事』



 「・・・へ?」

 

 ソフィアさんがすっとんきょうな声を出す。


 『ふん! 女! 名は!?』


 「え、あ、ソフィアです! ソフィア・ロクサーヌ!」


 『ソフィア! 覚えたぞ! 貴様の献身がここに居る者らを『現世(うつしよ)』に留めた! 誇れ!』


 「あ、え、えぇ!?」


 『して、ハニヤスの加護持ち! 『穢れ人』の事は頼んだぞ!』


 「お、おぉ?」


 あまりの勢いに俺もソフィアさんも反応できない。

 全員の視線はこちらに向いていた。


 

 『皆の者! 貴様らが今『現世(うつしよ)』に留まれているのはあの2人のおかげだと知れ! ではな! ソフィア、また会おう!』



 それだけ言い残して巫女から力が抜けた。

 それに気づいた赤髪のイグニスさんが一瞬で側に駆け寄って体を支えた。


 「うぅ~・・・。 喉が痛いよぉ」


 「まぁ、あれだけ叫べばな」


 「ごめん。 ちょっと休むね」

 

 「あぁ、ゆっくり休んでくれ」


 眠りに落ちた巫女を両手で抱えて俺たちの方に歩み寄るイグニスさん。


 「2人には感謝しなければならないな」


 「え、え~と。 すみません。 私には何がなにやら?」

 「俺だって、何もしてないぞ?」


 「ふっ。 しかし、神の言うことだ。 この村の皆はそう思ってないらしいぞ?」


 俺とソフィアさんは周囲を見渡す。


 「うぉ~! 英雄だぁ!」

 「この村にとっての救世主だぁ!!」

 「ありがとー!」


 奥からひとりの老人が歩いてきた。


 「初めまして救世主。 私はこの村の村長をしております、『メア』と申します。 差し控えなければ『騎士団様』とお2人に礼を兼ねて食事を振る舞いたいのですが・・・」


 とても腰の低いおじいさんだ。


 「分かった。 では、頂くとしよう! 2人も参加で良いな?」


 ・・・先を急ぐのだが。

 

 ソフィアさんと目を合わせる。


 周囲の期待の目。

 断れない雰囲気。


 「仕方ないですね。 今日はここでご飯を頂きましょう」


 照れ臭そうなソフィアさん。


 「そうだな」


 俺も諦めて食事を振る舞われることにした。


 「いよし! 村人達よ! 今晩は祭りじゃあぁああ!!」


 俺たちが頷いたのを見て村長が振り返り、村人たちに号令をかけた。

 村長の服の背中部分が切り裂かれて、素肌が露になっていた。


 「村長はね? 僕達を助けてくれたんだよ」


 俺とソフィアさんの間に子どもが入ってくる。

 ラーと呼ばれた少年。


 「僕と妹を庇って斬られたんだ。 結局、僕も守りきれなかったけど、お母さん妹も村長も皆も元通りで僕、とっても嬉しいよ!」


 ぎゅっと俺とソフィアさんの腕に抱きついてくる少年。


 「ありがとう! お姉ちゃん! おじさん!」


 また、ソフィアさんと目が合う。

 ソフィアさんが柔らかく笑う。


 「良かったな、ソフィアさん」


 「はい!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ