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第4話 『うんこはしてないけれど、恩人を助けます』

 「・・・なんだよそれ」


 俺は、彼女が借金を抱えるに至った経緯を聞いた。


 夢を叶えるために出発したソフィアさん。

 彼女の優しさから来る人助け。

 その、人助けが自分の首を閉める結果になっただと?


 ふざけている。


 その、レイラと言う女に嫌悪感や怒りが沸き上がってくる。


 「ハニオカさん・・・。 今すぐここを出ていってください」


 唐突にそんなことを言い出したソフィアさんの顔を見る。

 寂しそうな、悲しそうな、辛そうな顔。


 「ここにいてはハニオカさんに迷惑がかかります。 あなたは優しい人です。 私と同じく義理堅い。 だからこそ、あなたにこれ以上の恩を売るわけには行かないのです。 いえ、売りたくない」


 寂しそうな目で窓を見るソフィアさん。

 涙が浮かぶ。


 「私はもう、人の優しさを疑いたくない。 あなたの優しさが怖いのです」


 俺は腕を組んだ。

 そして言うのだ、俺の気持ちを。



 「だが、断る!」



 「・・・え?」


 ひどく驚いた顔で俺に視線を戻す。

 

 俺は今、とても腹が立っている。

 ソフィアさんを騙したその女には特に腹を立てている。


 彼女は、ソフィアさんの優しさを踏みにじったのだ。


 俺は、ソフィアさんの優しさに救われたのだ。

 彼女の優しさがなければ、間違いなく俺はこの世界に来てすぐに死んでいた。

 人の命を確かに救った。

 そんなソフィアさんの優しさは報われるべきなのだ。


 なのにそれを踏みにじった。

 利用した。


 「ソフィアさん。 俺を信じてくれ。 いや、今は信じられなくても良い。 俺は、君を救ってみせる。 たぶん、この場所に送られたのは君を救うためだったんだと思うんだ」


 立ち上がる。

 分かってる。 勝手なこじつけだ。


 「だから、ソフィアさん。 君がまた人を素直に信じられるように、まずは俺を信じてもらえるように努力する」


 だが、それでも宣言する。

 恩人の為に。



 「だから、君を助けさせてくれ! ソフィアさん!」



 呆然と俺の顔を見る。

 ゆっくりと涙が浮かび、そのまま流す。


 「・・・ハニオカさんは優しいです。 優しすぎます。 私にとって都合が良すぎるんですよ」


 「それは運が良いな! それこそきっと、神様がソフィアさんを助けてくれたんじゃないか?」


 なんて、確信もないのに良いことを言う。

 だが、俺には彼女を助ける以外の選択肢はもう無いのだ。

 彼女が納得できるなら、なんとでも言う。


 「・・・あ、うっ。 うぅ・・・」


 顔をおおって泣きじゃくるソフィアさん。

 追い詰められていたのだろう。

 辛かったのだろう。


 せっかく女神から貰った加護だ。

 俺はまず、目の前で追い詰められている女の子を助けるために使わせて貰う。


 「ソフィアさん。 泣いている暇はないぞ? 助けるにしても俺1人じゃこの状況は打破できないからな! 一緒に頑張るぞ!」


 こくりと静かに頷くソフィアさん。


 おっさんとして責任をもって、必ず救ってみせる。


 ○


 さて、なにも考え無しに助けさせてくれと言ったわけではない。

 方針をあらかた考えついてはいる。

 しかし、その方針を進めて行く為には色々と確認しなければならないことがある。


 と、言うことで俺はまず、借金の額から確認することになった。


 「ソフィアさん、ぶっちゃけ借金はいくらだ?」


 「・・・500万マルです」


 「ふむ、マルはこの世界のお金の単位で間違いないか?」


 「はい。 正しくは『レイノ王国』の通貨です」


 「そうか。 ありがとう。 そらで、ちなみになんだが、今の所持金は?」


 ソフィアさんは立ち上がり、タンスの中から財布を取り出して持ってきて、中身を机の上に出した。


 「・・・1768マルです」


 申し訳なさそうな、絶望したような顔。

 俺は、出されたお金を見る。


 紙幣と硬貨でやり取りされているらしい。

 日本のお金と同じで、1円硬貨、5円硬貨、10円硬貨、50円硬貨、100円硬貨、500円硬貨、1000円紙幣がそこにあった。

 この世界の物価とかはわからんし、これがお金を持っている方なのかは判断できないが、ソフィアさんの顔と状況を見るに、すっからかんに近いのだろう。

 

 ふと、俺が思い悩んでいると思ったのかソフィアさんが震える手でローブの裏ポケットから1枚の金貨を盗り出した。

 不安いっぱいな顔でぎゅっと握った後、俺に差し出してきた。


 「・・・後は、この金貨を売れば」


 おそらくソフィアさんは、思い悩んでいる俺のため、状況の打破になるならばと差し出してきたのだろう。

 自分の大切なものなのに。


  「それはダメだ」


 俺はキッパリと断る。


 「え?」


 「それは、ソフィアさんが師匠から貰った大切な物なんだろ? 売ればいくらになるとかは知らないし知る必要もない。 ここまで売らずに持っていたと言うことは大切にしたいんだろ? だったら、その金貨は論外だ」


 ぎゅっと金貨を胸元に持っていくソフィアさん。

 この状況に至っても売らなかったのに、人の為なら簡単に大切な物を売ろうとする。

 俺に助けて貰うためならと思っているのか、俺が困っているからか知らないが、どちらにせよ優しすぎて危うさを感じる。


 俺に断られたソフィアさんは、ほっとしたように微笑んだ。

 

 「・・・はい。 これは、師匠が私のために用意してくれたものです。 大切な、大切なお守りで、師匠との約束を果たすために必要な物なのです。 ありがとうございます」


 心なしか喜んでいるようにも見えた。

 そんなに嫌なら無理して売ろうとしなくても良いのに。

 まぁ、そうだとしても、人のために我慢してしまうのがソフィアさんなのだろう。

 彼女の優しさは美点であり、弱点でもあると思う。

 

 まぁ、だからこそ、そこに漬け込まれたのだろう。

 そう考えるとなおのこと、ソフィアさんを騙したレイラとやらに腹が立つ。


 「じゃあ、次。 ソフィアさんが売っているポーションの価値は?」


 ソフィアさんを騙した連中のところに乗り込んで、俺の怪力任せに暴れまわるのは簡単だ。 だが、きっとソフィアさんはそれを望まない。

 彼女の借金は多すぎる利息分だけなのだ。 しかるべき所に行けば何とかなるとも思うが、彼女自身が返したいと考えてしまっている。

 で、あれば、彼女の望み通りしっかり返せるように出来るだけ穏便にすませたい。

 

 それに、ここで遺恨を残して、ソフィアさんが町で商売できなくなるのは避けたいのが一番だ。


 彼女はまだ『薬屋』を諦めた訳じゃない。

 だったらどこでも『薬屋』をやれるように解決するのが一番だ。


 だから、まずは真っ当に稼ぐ必要があった。

 その為、目先の利益が出そうなもの。

 ソフィアさんの作ったポーションの価値を聞くことにした。


 「はい。 下級ポーションがひとつ150マル。 マジックポーションがひとつ300マルで売れます」


 それを売り続けても今月中に間に合う訳がなくないか?


 「それは、市場価値でみれば高いのか? 安いのか?」


 「大手に比べれば安く売っていると思います。 無名の私ではそうでもしないと売れませんから」


 「そうか・・・」


 それっぽっちの物を売り続けても500万までの道のりは遠いぞ?

 ほかに売れるものは無いのか・・・。


 あ、そう言えば。


 「あの、ハイクオリティとか言ってたポーションは無事に出来たのか?」


 「あ! そうでした! どうして忘れていたのでしょう!」


 ソフィアさんが立ち上がって奥の部屋に駆けて行った。

 ガタガタと物音を立てて戻ってきたソフィアさんの手にはポーションが2つ。


 「ハニオカさんのう・・・は、排せつ物で育ったと聞いた、昨日のハイクオリティの下級薬草を使って出来たハイクオリティポーションです!」


 「それは、価値がつくのか?」


 「それはもちろんです! ポーションはそのできの良さによって価値が変わります! 上から順に、神級、王級、上級、中級、下級、それ以下で価値が別れていて、更にそれぞれの級で、スーパーハイクオリティ、SHQと、略されるもの。 ハイクオリティ、HQと略されるもの。 ノーマル、Nと略されるもの。 以上の3ランクに評価が別れています!」


 突然目が輝き出して饒舌になるソフィアさん。

 なるほど、彼女はポーションヲタクか。


 「ちなみに、ソフィアさんが作っていたのは?」


 「はい、下級のノーマルランクなのでN下級ポーションですね」


 「それは、ソフィアさんがそれしか作れないからって訳ではないよな?」


 「と、当然です!」


 バンッと机が叩かれた。

 はっとした顔をするソフィアさん。


 「あ、ごめんなさい。 つい」


 「いや、俺の聞き方が悪かった。 ポーションで人を救いたいって言ってたから、もっと上の物が作れるんじゃないかと思って」

 

 座り直すソフィアさん。


 「・・・その通りです。 私は師匠に教えを請い、N王級ポーションまでは作ることが出来ます」


 良くわからないが、それは凄いことなのでは?

 と、考えつつも腕を組んで考えを進める。


 価値がわかれていると言うことは、おそらく。


 「・・・勝手な想像だが、それは、かなり高く売れるのではないか?」


 「もちろんです! 良いですか? 王級と言えば、死に至る病さえも直すことが出来るのです! HQ王級ポーションは異常行動を起こす細胞を消す事ができ、SHQ王級ポーションは高齢化によって低下した記憶力を元通りにする事もできるんです! N王級ポーションでさえ、先に述べた2つの病以外なら完治させることが出来るんですよ!?」


 異常行動を起こす細胞って、ガンじゃねぇか?

 高齢化で低下した記憶力を元通りって、それは認知症の治療なのでは?


 「お、おう。 すげぇなポーション。 王級でそれなら神級は死者蘇生か?」


 なんて、ふざけて言ってみる。

 そんなものが簡単にできてしまう世界なら命の価値がとても低いことになる。


 「・・・その通りです。 神級のNは死後24時間以内。 HQは肉体が2分の1以上あればたとえ腐っていても蘇生が可能。 SHQは髪の毛1本や血の一滴があれば蘇生可能です。 まぁ、理論上作成可能と言うだけであって、現在に存在するかはなんとも言えないんですけどね?」


 作れるのかい!

 存在が疑われるレベルの作成難易度らしいのが救いか。


 「そうか。 わかった。 それで? 王級のNまでなら作れるんだよな?」


 「はい!」


 「でも、実際今作っていないと言うことは、何か作れない事情があるのか?」


 俺の質問にあぁ、と何やら納得したような顔で頷いた。


 「すみません。 ポーション作りにかかせない素材の話をしてなかったですね。 まず、私が作っている下級ポーションのNを作るために必要なものは、下級薬草と水です」


 その発言で察する。

 ゲームと同じだ。

 なにかを作るためには素材が必要で、ランクが上がるにつれて必要素材が難しくなっていく。

 ゲームだけじゃない、現実だって料理ひとつにしろ高級料理は素材が高級な物だ。

 つまり。


 「なるほど、分かったぞ? つまり、上の物になればなる程素材が手に入らないってことだな?」


 「話が早くて助かります。 そう言うことです。 ちなみにこのHQ下級ポーションは、HQの下級薬草か、綺麗な水のどちらかが必要で、SHQはどちらも必要になります」


 「なるほど」


 素材にもNやHQの物があるらしい。

 それを踏まえて俺は整理する。

 Nは、下級薬草と水。

 HQは、HQの下級薬草と水。 あるいは下級薬草と綺麗な水。

 SHQは、HQ の下級薬草と綺麗な水。

 で出来上がると言うことだな?


 「と言うことは、裏を返せば素材さえあれば作れると言うことだな?」


 「はい。 その通りです。 ですが、それは考えている以上に難しい事ですよ? 中級以上にはそれに対応する薬草が必要になり、それらは特定の地域でしか育たず、栽培も上に行くほど難しくなっていきます。 上級以上は対応するランクの薬草と水だけでなく、ほかにも素材が必要になってきますしね」


 対応する薬草と言うことは中級や上級などの薬草が存在するのだろう。


 「ちなみに中級以上の薬草はこの辺では手に入らないのか?」


 「・・・そうですね。 上級以上の薬草が育つ地域は大抵の場所が国によって管理されていますので手に入れることは難しいでしょう。 そして、中級ですが・・・」


 そこで、言いよどむ。

 

 「どうした?」


 「いえ、場所を伝えたら取りに行くと言いかねないなと思いました」


 「いや、それは・・・」


 まぁ、取りに行けそうなら取りに行くが。

 

 じとーとした目で見られる。

 目を逸らす。


 「で、でも気になるなぁ」


 俺の言葉にため息を吐く。


 「・・・まぁ、知れば諦めるかもしれないですし、わかりました。 まず、下級薬草はその辺に生えているのはわかりますよね?」


 「まぁ、俺がたまたまうんこしたところにもあったわけだしな?」


 「・・・その話はいいです」


 また、じとっと、見られた。


 「まぁ、ですがあなたの言う通り、下級薬草は本当にその辺に生えてるんですよ。 では、中級はどこかと言うと」


 下級薬草の話から始めたと言うことで大体察せるな。


 「ちょっと採集が難しいところか?」


 俺の言葉に固まるソフィアさん。

 得意気に立てた指も止まっていた。


 「あ、ごめん。 話を遮ってしまって」


 じーと俺の顔を見るソフィアさん。

 いや、悪かったって。


 「・・・いえ。 しっかり考えながら聞いてくれている証拠です。 えぇ、ハニオカさんの言う通り、ちょっと採集が難しいところにあります」


 「たとえば~」と言いながら立ち上がり、奥の部屋に向かっていくソフィアさん。

 どうしたのかと思えば、地図を持ってきた。

 彼女が家から持ってきたものだろう。

 それを、テーブルの上に広げる。

 地図にはひとつの大陸が描かれていた。


 「この、標高3500メートルの高さを誇るモンターニャ山の頂上付近。 約2000メートルから2500メートル付近ですねここにあります。 ちなみに、山頂2500メートルから上はレイノ王国の保有地なので入れません。 おそらく上級があるのでしょう」


 指差したのは大陸の北東部にある山。


 「他にはこっちのズムフプ湿地の中心近くの毒沼周辺。 こっちも毒沼から奥は南側にある『ライヒ帝国』の保有地です」


 次に指差したのは国境を越えて大陸の南西部だった。

 そこから更に色々なところを指差していく。


 「他にもグロッタ洞窟の最深部前の緑地。 ラーゴ湖の中心にある小島の海岸。 後は・・・」


 「ちょっ、ちょっと待ってくれ! そんなには覚えられない!」


 次々に指差していくソフィアさんに、待ったをかける。


 「・・・む。 そうですね。 流石に多かったです。 すみません」


 ちょっと、しょんぼりするソフィアさん。


 「いや、良いんだ」


 それを慰めつつも向かう場所を決める。

 いや、『レイノ王国』にあるのはここだけだった。

 地図の大きな山の位置に指を置く。


 「で、この、モンターニャ山だっけ? その2000メートルより上に生えてるんだよな?」


 「はい。 ・・・まさか、ハニオカさん?」


 「そのまさかだ。 中級薬草があれば中級ポーションが作れるんだろ?」


 「で、ですが! 2000メートルから上は体調を崩すリスクが跳ね上がります。 下手すれば死に至ることがある高度です! それに、中級ポーション製作には綺麗な水を更にろ過したHQの綺麗な水が必要なんです!」


 「・・・ろ過。 ろ過すれば綺麗な水はHQになるのか?」


 「え? そ、そうですが?」


 「それはただの水も、ろ過すれば綺麗な水になると言うことか?」


 俺の突然の質問に小首をかしげる。


 「まぁ、そうですが。 突然なにを?」 


 俺は、女神に会った時のことを思い出していた。


 女神から貰った土の加護。

 その事を女神は、確かこう言っていた。

 土で好きな物を作れると。


 そして、この世界には『魔術』と言うものがある。


 テンプレで行けば、俺は、土属性の『魔術』で好きなものを作れることになるのでは?

 もしそうなら、水もなんとかなるぞ?

 うまく行けば、最悪でもSHQの下級ポーションは作れるようになる。


 「ソフィアさん。 『魔術』はどうやって使う?」


 俺の質問に首をかしげるソフィアさん。


 「『魔術』・・・ですか? 先程からどうしたのですか? 今は中級薬草の話じゃなかったですか?」


 困惑した表情のソフィアさん。


 「いいから教えてくれ! どうやって使うんだ!?」


 俺は、前のめりになって聞く。

 目があってお互いに硬直。

 ソフィアさんが目を反らした。


 「・・・近いです」


 「あ、すまん」


 離れて座り直す。

 気持ち悪かったな。

 気を付けねば。


 「いえ、謝ることは・・・。 あ、違う。 違います。 『魔術』の話でした」


 残念そうな顔をした後、首を降って話をもどすソフィアさん。


 「えと、『魔術』の使い方ですが、ハニオカさん、私を助けるために使ってくれましたよね?」


 俺は思い出す。

 砂の壁と、怪力。

 そして、小さな土の盛り上がりだ。


 「あれが『魔術』か? だとしたらすまん。 正直どう使ったのかわからないんだ」


 「・・・なるほど。 ではおそらく」


 顎に指を当てて考える。

 ソフィアさんが考え込むときの癖なのだろう。


 「『土の加護』を受けしもの、土が身を守り、土を運ぶために怪力となる・・・」


 呟いて思考を進めるソフィアさん。


 「なぁ、それはなんなんだ?」


 「・・・それ?」


 首をかしげて問うソフィアさん。


 「その、土の加護を受けしものってやつ」


 「あぁ。 これは、『昔話』の一文です。 この世界には数々の『神話』と『昔話』があるんです。 その中に『ハニヤス』と呼ばれる神様の話、『神話』があってですね? 『ハニヤスヒメ』と言うふうに呼ばれることもあるのですが・・・って今は関係ないですね」


 ソフィアさんは、『神話』や『昔話』も知っているのか。


 「そんな、『神話』の中の神様に『加護』を与えられた人が活躍する話が『昔話』の中にはあって・・・って、なんですか?」


 変な顔をしていただろうか?

 話を遮ってしまった。


 「いや、ソフィアさんは博識ですごいなと思って」


 また固まるソフィアさん。

 心なしか頬も赤いような気がする。

 照れているのだろうか?


 「あ、いえ。 それほどのものでは・・・」


 とんがり帽子のつばを引っ張って顔を隠すソフィアさん。


 「・・・本当に都合が良すぎますよ」


 なんて呟きが聞こえた。

 少しして落ち着いたのか話を続け始めるソフィアさん。


 「すみません。 取り乱しました。 それでその『ハニヤス様』はこの世界で『土』や『肥料』、それから『便所』等を司る神様として『神話』で書かれていて、神様を信じる人々に祀られています。 薬草が育つためには土が必要不可欠ですから、おトイレを綺麗にして私も師匠と一緒に祀っていました。 掃除が苦手な私が、今もおトイレだけは綺麗に使ってますしね」


 なるほど、トイレが綺麗なのはそう言うことだったか。

 いや、しかし。 


 「・・・ふむ」


 俺は神様なんてよく知らないし信仰心なんてかけらもない。

 何かの神様を祀るなんて行為はしたことがない。

 トイレ掃除も施設に居た頃はあの人に言われて毎日のようにやっていたが、今では週に1回やるかどうかだった。

 神様の名前だって、漫画やアニメなんかに出てくる有名な神様しか知らない。

 まぁ、あの女神様が『便所』に関係するのは、彼女と出会った場所が便所だったからなんとなくわかるが。


 「それで、この世界には遥か昔から、人の欲求を完全に捨て去った『穢れ人』と呼ばれる存在が表れています」


 「・・・『穢れ人』」


 女神が言っていたやつらか。


 「彼ら、あるいは彼女たちは『食欲』『睡眠欲』『排泄欲』を一切持たず、どれも必要としない存在です。 その為、人と違って欲しいものを奪い続けるだけの存在。 故に、『穢れ』にまみれた存在として『穢れ人』と呼ばれています」


 「そこは『性欲』じゃないのな」


 ソフィアさんの頬が若干赤くなった。


 「・・・えと、『性欲』に関しては理性で押さえることが出来ますし、最悪発散しなくても生きることは出来ますから」


 「それは、そうか」


 セクハラだったかもしれない。


 「はい。 それでその『穢れ人』ですが、失った欲の変わりに『飲血欲』や『殺生欲』等の特殊な欲望を持っています」


 「・・・物騒だな?」


 「はい、『穢れ人』はその自身の欲望を解消するために様々なことをします。 過去には、街ひとつを血の海に沈めたり、死体の山を積み上げていたり、災害を起こして国をひとつ滅ぼしたりだとか、色々な話が『昔話』には出てきます」


 「なるほど」


 「そこで同じ『昔話』に『穢れ人』を『清め』、『払う』存在として登場するのが『女神の加護』を受け取った人々、『清め人』と呼ばれる方々なのです」


 話が見えてきた。

 多分、この世界には俺のように神様の加護を持って『転移』してくるやつがいる、あるいは居たのだろう。

 そして、それらは全員もれなく『清め人』として『穢れ人』を『払う』事になる。

 女神が言っていたのはこの事だった。


 「・・・つまり、俺が『清め人』だと?」


 「流石です。 私の事を博識と言うわりには、あなたの方が博識なのでは? 理解力が高すぎます」


 「いや、俺は前の世界でこう言った話をいくつも見てきたからな」


 「・・・む。 ハニオカさんのいた世界ではこう言った話は日常茶飯事だったと言うことですか?」


 「あぁ、違う違う! 漫画とか小説とか・・・ってこの世界にあるのか?」


 「漫画は知らないですが、小説なら」


 そう言えば小説はこの家にも何冊か会ったな。


 「そうか、なら、俺のいた世界では俺みたいに別の世界に行く小説が沢山あったんだ。 今の俺の状況に似たような話が転がっててな? だから、想像しやすいんだと思う」


 「・・・なるほど。 それは、こちらも話がしやすくて良いですね。 それに、少し興味がそそられます」


 ソフィアさんも小説が好きなのだろう

 掃除中に見かけた何冊かの小説もソフィアさんの趣味だったと言うわけだ。


 「と、すまん。 話を戻そう。 で、俺は、『土の加護』を持った『清め人』になるんだよな?」


 「そうなります。 あの、排せつ物で異常な成長を遂げた下級薬草。 そもそも、排せつ物が肥料になる事。 そして、私をその、助けてくれたときに出てきた砂の壁とハニオカさんの怪力。 以上の事から間違いなくその通りだと思います。 ハニオカさんのお名前もハニヤス様と似てますしね」


 名前は関係ないと思うが・・・。


 「じゃあ、俺にはあの土の壁と怪力と言う『魔術』が使えると言うことか?」


 俺の問いに首を振った。

 違うのか?


 「え~と、ハニオカさんを自動的に守った砂の壁と、怪力は正確には『魔術』ではありません。 『清め人』が登場する『昔話』でも登場した『加護』のひとつです。 ハニオカさんが気になった一文が、『清め人』が『加護』を使った一文になります。 そして、『魔術』は自分の力で使用するものですが、『加護』は本人の意思にか変わらず勝手に発動されるものになるので、ハニオカさんを守った土の壁と怪力は『加護』になりますね」


 ふむ。

 つまり、俺の怪力と剣から守ってくれた土の壁は常に発動されている『加護』なんだな?

 それじゃあ・・・。


 「もしかして、あの時、敵を転ばせた小さな盛り上がりが『魔術』だったってことか?」


 「その通りです。 あれは間違いなくハニオカさんが使用した『魔術』でした」


 そうか。

 そうだったのか。

 だが。


 「・・・俺にはあの『魔術』が使えるのは分かったが、他にも使えるものなのか?」


 そう考えると不安になる。

 怪力と壁だけでは困るのだ。

 あんな小さな盛り上がりなんて使い物にならない。

 

 それに、俺の考えや思い付きが実行できなくなってしまう。



 「安心してください。 ハニオカさん。 『魔術』は『想像力』の世界です」



 俺はソフィアさんの話に耳を傾ける。

 面白そうな話だ。


 「『魔術』は、使用者が使用できる『魔素』の量と使用者の『想像力』が一致してやっと使用できるものです」


 言いながら空気中に水を作り出したソフィアさん。


 「・・・すげぇ」


 本物の『魔術』に興奮する。


 「『魔素』は先天的な物と体力に比例して伸びるものがあります。 『想像力』は、使用者の知識や経験によって洗練されていきます」


 その水は形を変えて、小さな瓶を形作る。

 水の瓶。

 それは、ソフィアさんがポーションを入れているものと同じ形だった。


 「『魔術』は、思い描くことが出来たら何でも作れるようになるのです。 使用できる『魔素』の量と使用者と『属性』の相性なんて言う制限はつきますがね?」


 言い終えて水を消すソフィアさん。


 「それじゃあさっきの小さな盛り上がりは・・・」


 「おそらく、イメージがあやふやだったのではないでしょうか?」


 「・・・言う通りだ。 何でもいいから止めないとって思って」


 「それでできたのが小さな盛り上がり。 納得ですね。 もし、あの時大きな壁をしっかり想像できていれば、大きな壁が表れたでしょう」


 と、言うことは。

 俺がしっかり想像できれば基本的には何でも作れるわけだ。

 行けるかもしれない。


 「・・・ソフィアさん。 話がだいぶ回り道してしまったが、HQの綺麗な水を作ることが出来るかもしれない」


 「え?」


 「1度、外に出よう」


 俺は立ち上がって玄関扉に向かう。


 「あ、ちょっと待ってください! 中級薬草の件も終わってませんよ!」


 一生懸命ついてくるソフィアさんとともに外に出た。

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