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幕間 『う・・・排せつ物は関係ありません。 私の話です』

 5年前。


 「師匠? こんなに悪いですよ」


 私は、『魔術』とポーション作りの師匠であり、私の叔母に当たる人に荷物を持たされていた。

 『ジェイド・ロクサーヌ』。

 翡翠色の瞳が収まる切れ長の目。 尖った長い耳。 目と同じ翡翠色で、私が真似をしている美しい長い三つ編み。

 ドワーフの血が流れる私と違って、エルフの血が流れる彼女は大人っぽくて背も高くてスタイルも良い。

 憧れの師匠。

 彼女は私にお弁当、数種類の調味料に、数冊の本を持たせてきた。

 すでに私が持っていこうとしていた物や本もあると言うのに・・・。


 「それに、この本はなんですか? 小説?」


 真新しい黒いローブまで私に着せてくる。

 そんな師匠に本の事を聞く。

 確かに小説を読むのは好きだけど、お気に入りのは持ったしこれ以上の必要性をあまり感じない。


 「そうですよ~! 海の向こうで大人気の小説です! その本を旅の合間に読んでおけば、共通の話題が出来てお友だちが出来るかもしれないです~!」


 なるほど。

 さすが師匠だ。


 そう思いながら鞄に詰め込む。


 「ふふふっ。 そしてこれもどうぞ!」


 そう言って差し出してきたのは『金貨』だった。

 いくらポーション作りにしか興味が無いとはいえ、『金貨』がとても貴重なもので高価なものであることは分かっている。


 「そ、そんなもの受け取れないです!」


 「いいえ、駄目です! これは、本当に困ったときの大切な手段です。 外の世界は優しい人だけではありませんので、どこで何をされるかわかりませんから、必ず持っていてください」


 師匠の真剣な顔。

 真面目な声音。

 こういう時の師匠は本当に大切なことしか言わない。


 私は渋々受け取った。


 「わかりました。 では、お守りとして大事にしますね」


 「いや、困ったときには使ってほしいのですが・・・。 まぁ、良いでしょう! 本当はこれでも足りないくらいなんですよ~? 私の大切な愛弟子ですからね! 後2、3枚は持たせたいくらいなのよ~?」


 いつものふわふわした話し方に戻る師匠。


 「いいえ! 大丈夫です! お金は極力自分で稼ぎます!」


 「本当にもう! 結局あなたのその頑固なところは直らなかったわね?」


 「こ、これは性分です! 仕方ないです!」


 「ふふっ! えぇそうね? あなたは頑固で真面目で義理堅い」


 「・・・むぅ」


 私はあまり良く言われなくてちょっとむっとする。


 「でも、ふふっ。 あなたの根底にあるのは優しさよね?」


 「え?」


 「これでも10年の付き合いなのよ? あなたのことは娘の様に思っているわ。 だからちゃんと分かるのよ!」


 そう言って私を抱き締めてくれた師匠。

 大好きな優しい匂いに包まれる。


 「娘・・・ですか?」


 「えぇ、もう、あなたは私の娘よ」


 嬉しい言葉に私の目に涙が溜まる。


 私に親は居ない。

 母はドワーフの体で私を産み落とすのに耐えられず、私と引き換えにこの世を去った。

 父は『冒険者』で、私が5歳になる頃に師匠へ私を預けて仕事に行ったっきり帰ってこなかった。


 私をここまで育ててくれたのは間違いなく師匠だ。


 「本当に行ってしまうの? ずっとここにいても良いのよ?」


 耳元で師匠の寂しそうな声が囁く。

 私は、師匠を優しく抱き返して答える。


 「はい。 私は夢を叶えたいですから」


 「でも、その夢はここでも叶えられるのではないかしら?」


 「ふふっ。 そうですね。 そうかもしれません。 ですが、ここに居るだけでは分からないことが世界には沢山あると師匠が教えてくれたじゃないですか」


 「えぇ、そうだったわね」


 さらに強く抱き締めてくれる。

 私の事が心配なのだろう。

 仕方の無い師匠だ。


 「私は、この手で夢を叶えたいのです」


 安心させるために胸を張って、自信を持って言う。

 ・・・本当は不安でいっぱいだけど。


 体を離して、私の目を涙で赤くなった目で見つめてくる師匠。


 「・・・わかったわ。 でもソフィア? あなたは優しすぎる。 悪い人には気を付けるのよ?」


 私は頷いて、鞄を背負う。

 師匠とお揃いのとんがり帽子を被る。


 師匠の家。

 ・・・いいえ、違いますね。


 我が家の扉に手を掛ける。

 

 「大丈夫です! 師匠は言ってましたよね? 世界中のあらゆるものに神様が宿っていて、私たちを見守っているって」


 振り返ってもう一度師匠を見る。


 「神様達は、善き行いをしっかり見ててくれて、善者には祝福をもたらすと」


 「えぇ、そうよ。 その通りよ」


 「その祝福は『運命』と言う形で人を救うとも言っていました!」


 「えぇ、えぇ!」


 「それなら大丈夫です! 私は神様達に見られても恥ずかしくない生活をこれからも続けていきますから! 必ず、うまく行きます!」


 右手に師匠から貰った金貨を握りしめて、勇気を貰う。


 思いきって扉を開けて外に出た。


 しばらく歩いて振り返る。

 まだ見送ってくれている師匠に向かって手を振って大きく叫ぶ。



 「師匠に教えて貰ったポーションで沢山の人を救う、その夢を必ず叶えてみせます! だから師匠! 夢を叶えたら必ずこの金貨を返しに帰ると約束します!」



 大粒の涙を流す師匠と私は笑顔で別れることが出来た。


 ですが、私が笑顔で居られたのはここまででした。


 ○


 「え!? ここも!?」


 私は、海を越え、10日かけて東にある大きな大陸、『オリエント大陸』にある大きな街、『王都』『フエーゴ』に来ていた。

 まず私は、世界的に有名で大きな『病院』『ゼィークンホイス』の門を叩いた。

 私がこの大陸に来た理由はこの病院だ。

 腕の良い医者が揃っているこの病院なら患者も多いだろうし、私の作ったポーションで沢山の人々を救えると思った。

 でも、ポーションは『薬屋』の管轄だと断られてしまった。


 出鼻を挫かれたが諦めるのは速い。

 『薬屋』の管轄なら『薬屋』に行けば良い。

 『王都』で聞いた、隣街にある大きな『薬屋』に向かった。

 しかし、そこは働きたい人が多く、なんの実績もない私では採用されなかった。

 同じ街や『王都』の小さな薬屋もいくつか当たってみたが、実績なしの人を1から育てる余裕はないと断られてしまった。


 次は『王都』に戻ったので、『騎士団』の門を叩いた。

 『医療班』として、傷ついた騎士団の人々を助けられると思ったからだ。

 しかし、ここで言う『医療班』とは、戦闘経験があり、加えて特別な訓練を受けた『巫女』しかなれないらしく、門前払いを喰らってしまった。

 『巫女』と言えば神の力を借りて人の傷を癒すことが出きる特別な女の人たちだったはずだ。

 数が極端に少なく、普通は医者にかかる事になるが、『冒険者』や『騎士団』のように命の危険と隣り合わせだと医者まで持たない。

 その場で治療できる『巫女』は貴重かつ、重宝される売れっ子だ。

 ポーションだって良いものを作れば同じようなことが出来ると食い下がったけれど、良いものを作るための素材をどうするのか、そもそも私が作れる保証もないと一蹴されてしまった。


 私は、最終手段で『王都』の『冒険者ギルド』『オリエント大陸本部』に向かった。

 ポーションで役立てそうなのはもう『冒険者』しか思い付かなかった。

 本当は『薬屋』をやろうかとも思ったけれど、それを始めるのにもお金がいる。

 父が『冒険者』として命を落としているため、少しの抵抗感はあったが、背に腹は変えられないと諦めて、『冒険者』になった。

 しかし、『王都』は『冒険者』が沢山いるため、辺境の『デビュー領』にある『デビュー領支部』に向かわされる事になってしまった。

 『デビュー領支部』で依頼をこなし始める頃には、我が家を出発してから一年以上が経過していた。

 『冒険者』には、ポーションに関係ある依頼はほとんど無く、あっても素材採集だけだった。

 しかも、『巫女』が何人か居て、数が少なくひっぱりだこな彼女たちのせいで、素材の関係上、下級から中級までのポーションとマジックポーションしか作れない『薬師』では討伐の仕事を貰えなかった。

 結局は『魔術師』として依頼を受けるようになり、得意の『水』を使った『魔術』で害獣や弱い『魔物』を討伐したり捕獲したりして日銭を稼ぐ日々。

 せっかく作ったポーションやマジックポーションも自分用に消えるのみでやるせない気持ちになったが、宿に泊まるのにも、食料を購入するのにも、『薬屋』を始めるためにも、その他にも細々とお金が必要で我が儘は言ってられなかった。


 『冒険者』を始めてからあっという間に3年以上が過ぎた。

 それは、師匠の元を離れてから4年以上が過ぎたと言うこと。


 夢である、師匠に教えて貰ったポーションで沢山の人を救うこと。

 それが何度も脳裏によぎった。

 救うどころか、誰かに使って貰う事すらしていない。

 しかも、私が今やっているのは『魔術師』として討伐依頼をこなす『冒険者』だ。

 やりたい事と違いすぎる。

 

 そんな自分が不甲斐なくて惨めだった。


 その日も、死んだように猪の害獣を討伐し、討伐証明の為の耳を持って『冒険者ギルド』『デビュー領支部』のある、『領主』『ニーニャ・ティアーモ』が住まう『デビュー領』『首都』『コマンスマン』に戻ってきた。


 街は、『害獣』や『魔物』から守るために高い塀で覆われていて、門番が守る門まで向かわなければならない。

 南側と北側の2つがあるが、その日は北側から街に入ろうとした。

 街までの道は整備されているため歩きやすい。

 となり街までの交通に使われる道だからだろう。

 街灯もあって、明かりには『魔物避け』の『神性』を帯びた『神石』が使われていた。

 まさに、至れり尽くせり。

 行商に雇われる護衛も、害獣だけに気を付ければ良いため幾分か気が楽になるだろう。

 道の舗装にはそれなりにお金がかかるはずだ。

 『神性』を帯びた『神石』に至っては、ひとつひとつがそれなりに上位の『巫女』が作っているため高級品のはず。

 それを隣り街まで伸ばしているのを見るに、『デビュー領』は辺境の割には財政が安定しているのだなと思う。

 まぁ、税金が高いのはもう少し考えてほしいものだが。

 

 なんて事を考えて歩いていたら、道の途中で街灯に背中を預けて苦しそうにする女性を見つけた。


 「うぅ・・・」


 苦しそうな声を漏らす桃色の髪の女性。

 種族はヒト。

 泥で汚れてしまっているが、動きやすい服装と腰についたダガーで彼女も『冒険者』だと察する。

 大方、私と同じで依頼を受けて仕事に出たのだろう。

 失敗か成功かは分からないけれど、血が出た様子もないのに立ち上がるのが辛そうだったから『魔力』の枯渇が疑われた。

 近接職は、『魔術』の才能がないか、生まれもった『魔素』の量が少ないからなる職だ。

 『魔術』が使えるなら誰だって『魔術師』として離れた位置で守られながら安全に戦いたものだ。

 だから、きっと。

 彼女は近接職にも関わらず、少ない『魔素』で無理をしたのだろう。


 私は女性に近づく。

 放って置くのは良くないことだ。

 今だって神様に見られているかもしれない。

 無視すると神様に怒られてしまう。


 「大丈夫ですか?」


 片膝をついて声をかけた。

 かけてしまった。


 「・・・あなたは?」


 顔を上げた彼女の顔はひどく蒼白していた。

 思った通り『魔素』が枯渇している。


 私は鞄に入れていたマジックポーションを彼女に渡して飲ませる。

 すると、元気になったのかお礼を言ってきた。


 「あ、ありがとうございます! あなたは命の恩人です!」


 「そんなこと無いですよ」


 「なにかお礼させてください! そうだ! 夕飯を奢らせてください!」


 「・・・では。 お言葉に甘えて」


 一食分のご飯代が浮く。

 その程度の考えで了承した。


 そして、この日から彼女との関係が始まったのだ。

 彼女は『レイラ』と言う名前で、見立て通りの『近接職』。 『風』の魔術を自分の速度上昇のために使うことができるため、ダガーを使ってのかく乱が得意なのだと言う。

 速度上昇の魔術はそんなに『魔素』を消費しないため、生まれ持った『魔素』の量が少なくてもなんとかなってきたらしいが、倒れていたのは狼の群れから逃げるために使いすぎてしまったかららしい。 

 

 あの日から彼女は頻繁に私の元へ顔を出すようになった。

 近接職と遠距離職だ、相性も良い。

 2人で少し難易度が高い依頼をこなすようになり、少しずつ貯金も出来始めていた。

 彼女と依頼をこなしたり、小説の話で盛り上がったり、食事に行ったり、関係を深めていくにつれて友人と言えるような仲にまでなっていた。

 この時、小説の話が出来たのは師匠に借りた小説を読んでいたからで、やはり師匠は凄いなと痛感した。


 あっという間に3ヶ月が過ぎた頃。

 貯金も貯まってきた為、いずれは『薬屋』を開くためにそろそろ家を借りようかと考えていることを食事中の話題でなんとなしにレイラに話した。

 すると、レイラが立ち上がって言ったのだ。


 「今こそ、助けられた恩を返す時だよね! それなら力になれる!」


 と、鼻息荒く言うから何事かと思った。

 何でも彼女の家族は『不動産屋』を営んでいるらしく、驚くことに西の区画を『領主』に任せられているのだそうだ。


 それを信じた私は、彼女に連れられて彼女の家まで向かう事になった。 


 「やっと、あの時のお礼が出来るよ~! ちょっと怪しいやつらだけど私の家族だから大丈夫!」


 友人の話だ。

 疑いなどしなかった。


 どんどん、暗い路地に入っていく。


 不安になってきた。

 ローブの裏ポケットにしまってある金貨を取り出して握りしめる。


 「それ、不安になったらいつも握ってるね?」


 「・・・はい。 大切なお守りなので」


 歩きながらも、じーっと金貨を見つめられる。


 「な、なんですか?」


 「ううん! なんでもないよ! それよりほら!」


 レイラが笑顔で首を振った後、立ち止まった。


 「ここが、私の家だよ!」


 レイラが足を止めたのは、裏路地にある怪しい扉だった。

 金貨を戻して建物を見上げる。

 木造建築の2階建て。

 建物に囲まれた路地裏から見上げるその建物は、薄暗く、不気味だった。


 「ここが・・・?」


 本当に領主に土地を任されている不動産屋なのか?


 「まぁまぁ、入って入って!」


 私を家の中に詰め込むように背中を押してくるレイラ。


 中に入って玄関から奥に進むと広い居間に出た。

 中は広く、木造。

 家屋の中は吹き抜けになっていて、2階から1階の居間を見下ろしている数人の男女が居た。

 そんな居間の中心にローテーブルがあって、革製のソファーが向かい合うように置いてあった。

 それを囲うように1階にも数人の男女が居た。

 その誰もが真っ当とは思えない風貌で、領主に区画を任されている店とは思えない雰囲気だった。

 まるで、盗賊やあまり良くないことを生業としている団体の雰囲気。


 奥の方のソファーに座っていた、頭の毛を全て剃っている大男。

 オーク系の血が流れているのか強面でこちらを見る顔が少し怖い。

 オークは体が大きく力持ちだが、優しく、おおらかな性格が多いと言われているけれど、あれはきっと、優しくない。


 「彼女が私を救ってくれたソフィア」


 隣のレイラが私を簡単に紹介してくれた。

 私の紹介を聞いて笑顔になる。


 ・・・よ、よかった。

 本当は優しい人なのかもしれない。 


 「あぁ、そうか! その節は世話になった! 俺の大事な妹をよく救ってくれた」


 大男は頭を深々と下げる。

 なんだか申し訳ない。


 「いえ、そんな」


 手を振って何でもないと示すが、頭を上げた男の人は嬉しそうな笑顔を見せた後立ち上がった。

 私はレイラに促されるままソファーに座る。

 

 「お兄ちゃん! お礼の事なんだけど!」


 レイラは大男の隣に行って、仲良さそうに話しながら家の奥に何かを取りに行った。


 周囲に居る数10人の顔と雰囲気が怖い。

 早く帰ってきてぇ・・・。


 と、震えていたら数分で戻ってきた。

 レイラが私の隣に座り、目の前のソファーに大男が座り直した。

 大男は持ってきた紙をローテーブルの上に置いて見せてきた。


 「今回の礼なんだが、これでどうだ?」


 その紙に書かれていたのは、一軒家の詳細。

 大きさや備え付けの設備。

 家賃等が書かれていた。

 

 「これは・・・?」


 私は家賃の額に驚いた。


 「破格の値段で貸し出そうと思ってよ?」


 大男が言う通り、確かに書かれている値段は破格だった。

 こんな立派な一軒家で、この値段はまずあり得ない。

 少し怖いくらいだ。


 「・・・どうしてここまで?」


 恐る恐る問う。


 「私を救ってくれたからだよ! 恩人にはそれ相応のお返しが必要だもんね!」


 言って笑う彼女の笑顔を疑う余地など無かった。


 私はこれを『運命』だと思った。

 神様が私にくれた『運命』。

 あの日、レイラを見捨てなくて良かった。

 今まで、真面目に頑張ってきて良かった。


 そう思って、契約した。


 それが、馬鹿だった。


 あれほど師匠に悪い人には気を付けろと言われていたのに、私は彼女たちを信じてしまった。


 信じて家を借りてしまったのだ。


 ○


 家を借りた私は、貯金をあまり崩す必要がなくなった為、そのまま『薬屋』を始める事ができた。

 

 下級ポーションとマジックポーションなら素材の仕入れでそこまで困らないため、この2つを中心に売り始めた。


 『西区』にある一軒家。

 玄関周りと居間をお店にして、奥の部屋を自室兼『調合室』にした。

 近くの森の中には下級薬草が生えている。

 水は自分の『魔術』でなんとかなる。

 その他の素材は、安く売っているお店を見つけた。

 ある日は素材を集めて、ある日は『調合』し、ある日は売った。

 私なりに頑張ったつもりだ。

 品質だって、その辺の『薬屋』には負けてない。

 自負とかではなくて、師匠から教えて貰ったのだ。

 そこも自信があった。

 多くの人に使ってほしくて、値段もギリギリまで安くして売った。


 だけど、なぜか人がつかない。

 師匠が言っていた通りなら、ポーションは『巫女』が居ない『冒険者』のパーティでの生命線だから、安く売っていればそこに食いつくし、質が良ければまた買ってくれるようになるはずなのだが。

 1度買った人が2度と来ることはなかったし、どんどん客足も途絶えていった。


 安く売っていたのが仇になった。

 経営が回らなくなった。


 値段を上げるしかなくなった。


 でも、その頃にはお客さんは誰も来なかった。


 やがて、破格のはずの家賃さえも払えなくなった。


 だから、どうしたら良いか、唯一の友人だったレイラに相談したのだ。


 「実は、私の家、金貸しもやってるんだ」


 この時の彼女がなんで笑っていたのか、この時の追い詰められていた私には分からなかった。

 私を安心させるためかな? なんて、甘いことを考えていたのだ。


 そして、私は、彼女の家族に借金をした。

 してしまった。

 

 貰った物はちゃんと返す。

 私の信条だ。

 借金だって例外じゃない。


 ちゃんと返せる額。

 家賃2ヶ月分。

 『冒険者』の方で稼げばすぐに返せる額だ。

 

 私は、借りた日にちと、借りた額が書かれた借用書の借りた人の欄に名前を書いた。


 「おぉ、頑張れよ」


 と、笑いながら言う大男は私から借用書を受け取った。

 すぐにお金が運ばれてきて、私はそのお金を受け取った。


 そのお金で家賃を払い、『冒険者』の仕事でなんとか2ヶ月の内に3ヶ月分の家賃を稼ぎ、その内の2ヶ月分を持って返しに行った。

 『薬屋』は1度廃業し、またお金を溜めながら何が悪かったのかを学び、いずれ再開させるつもりだった。


 ○


 「これ、借りていたお金です」


 私はローテーブルの上にお金が入った袋を置いた。


 「おう、ご苦労さん」


 言いながら大男は袋を開けて、近くの人に数えさせた。


 「・・・」


 大男のとなりに座るレイラはなぜか震えていた。

 どうしたのか聞こうとした時、お金を数えていた人が口を開いた。


 「足りないです」


 「・・・え?」


 そんな筈はなかった。

 しっかり数えた。

 何度も数えて間違いはなかったはずだ。


 「そ、そんなはずありません! ちゃんと借りた額は入ってるはずです!」


 私は立ち上がって何かの間違いだと怒りを露にした。

 だが。


 「あぁ? 借りた分だけ?」


 大男はどすの聞いた声を出して私を睨み付けてきた。

 恐ろしい雰囲気に怖くなる。

 何も言えなくなる。


 「おい、借用書を持ってこい!」


 大きな声に震え上がる。

 足が震えて立っていられない。

 後ろのソファーに座り込む。


 バタバタと汚ならしい男の人が借用書を持ってきた。


 それを乱暴に取った大男が私に書類を見せつける。


 そこには、書類作成日、借入日、借入金額、貸主の名前、借主の名前、借主の住所、返済期日、そして、利息が書かれていた。


 「な、何ですかそれ」


 それも、ひどい利子だった。

 額が信じられないことになっている。

 

 「ぶふっ」


 レイラさんが吹き出した。

 私は恐る恐るレイラさんを見る。


 ・・・まさか。


 「あらぁー? ちゃんと見てなかったのかしら?」


 恐ろしい顔だった。

 今まで見たことがない。

 人を馬鹿にしたような見下したような、厭らしさがこもった酷い笑み。


 先程から震えていたのは笑うのを我慢していたのだ。


 「な、なに言って・・・」


 絶望で声が震える。

 

 「だから、ちゃんと見てなかったのかって聞いてんのよ!」


 ガンッとローテーブルの上に足を強く置いて、怖い声で言うレイラ。

 涙が滲んでくる。


 あぁ、騙されたのだ。

 私は騙された。


 「・・・いつから、騙してたのですか」


 「あぁ? んなもん、最初からに決まってんだろ? なぁ? おめぇら!」


 レイラが周りの人に問うと全員が大笑いした。


 「あっはっはっはっは! 姉さん役者だったぜ! 本当に枯渇するまで『魔術』使うとか普通出来ねぇって!」

 「姉さんさいこー! あれは騙されるって!」

 「見ろよあの顔! 騙されてかわいそ~!」

 「狼に追いかけられてるのに、街灯の前で座ってた時点で気づくだろ普通!」

 「あの街灯は『魔物』にしか効かないのよ~? 知らなかったの~?」


 口々に好き勝手言うレイラの家族。


 悔しくて、惨めで。

 涙が溢れてくる。


 「わ、わかりました。 レイラが私を騙していたのはわかりました」


 涙を拭う。

 泣いている場合じゃない。

 私が書いた『借用書』は違うものだったと思う。

 2ヶ月近くも前の話だから自信はないけれどあんなに記入箇所は無かったはずだ。


 「で、てすが! その書類に記入した覚えは無いです!」


 勇気を振り絞って叫んだ。


 しんっと、静まり返る室内。


 途端。


 「つべこべ言わずに払えや!」


 レイラが私の髪を掴んだ。


 「いたっ!」


 私の帽子が床に落ちる。


 「大体、覚えてないだぁ!? 良く見ろや!」


 ガンッとローテーブルに顔を叩きつけられた。


 「・・・うぐぅ」


 鼻から血が出る。

 テーブルに顔を押し付けられたまま借用書を見せつけられる。


 私の名前が書かれていた。

 痛みと押さえつけられて見辛い視界の為はっきりとは見えないが、借りた人の名前の欄には確かに私の名前が書かれていた。


 ・・・私の字で。


 本当にあの書類だったのだろうか。

 追い詰められていたから気づかなかったのだろうか。


 目の前に私の字で書かれた書類がある以上、あれは私が書いたものだ。


 書いた自分を呪った。

 涙が溢れ出る。


 ぐいっと髪を引っ張られて頭を上げられる。


 「ふふっ。 私たち友だちでしょ?」


 見知った笑顔。

 友だちだと思っていた笑顔。


 嘘の笑顔。


 「だから、この返済期限の来月いっぱいまでは待ってあげるね!」


 「・・・い」


 うまく声が出なかった。

 

 「聞こえねぇよ!」


 髪を掴まれたまま投げられる。

 

 「うっ!」


 ソファーの背もたれにぶつかって、ソファーを後ろに倒しながら床に落ちた。

 レイラがこっちに来る。

 また、痛い事をされる。

 

 私はうずくまる。


 「ご、ごめんなさい。 か、返します。 返しますからぁ」


 この場に居る全員が私を笑った。


 情けなかった。

 惨めだった。


 消えてしまいたかった。


 私の側に来てしゃがみ、私を見下すように見下ろすレイラ。


 「それで良いのよ。 もし、返せないようならおいで? 次は良いお仕事を教えてあげるから」


 ○


 私は酷い顔のまま家に帰りついた。

 ポーションで治そうにも、今手元にある物で造れるのは一番価値の低いノーマルランクの下級ポーションだ。

 気休めにしか使えない。

 行商が売りに来る中級薬草と綺麗な水があれば傷を治せる中級ポーションを作れるが、その素材を買うお金もない。

 気休めの下級ポーションを使いながら、お金を稼ぎに出た。


 返済期限まで後3週間を切った。


 貯まるわけがなかった。

 毎日、難易度が高い依頼を受けて、少しでも稼ごうと頑張ってきたが限界だった。

 寝不足、魔力枯渇と回復の乱降下で常に頭痛、途切れる集中力は命の危機を何度も誘発した。


 もう、限界だった。 


 家の中。

 売れるものは全部売った。

 残ったのは師匠に貰った物と向こうから持って来た私物だけ。 

 床に膝を抱えて座る。

 手元の金貨を見つめる。


 これは、お守りだ。

 私が師匠に必ず夢を叶えて帰ると誓った大切なお守り。

 これだけは売れない。

 

 そもそも、この金貨を売っても全然足りないのだ。

 毎日のように来る取り立てに、毎日貯まる度に全てのお金を吸い取られる。

 食料も私を見かねた隣の優しいおばさんがくれた米と味噌、それと持ってきた調味料だけになっていた。


 私は、信条を捨てることにした。

 多分、私はこれから酷い目に遭う。

 悪行をするのだ。

 神様から天罰を受けるだろう。


 だけど、死ぬことはないはずだ。


 師匠が言っていた。

 死ねば終わりだと。


 そう、死んだら夢は叶えられない。


 なんとしてでも生きて、夢を叶えたい。


 私なんかを見捨てずに育ててくれた。

 大好きな師匠に返せる精いっぱいの恩返しだから。

 これだけは譲れない。



 だから私はその日の夜遅く。

 逃げた。



 ○


 夢中で逃げた。

 森の中に入り、できるだけ遠くに、残った荷物を全て鞄に詰め込んで、逃げて逃げて逃げた。


 ここがどこかもわからない場所。

 日は、3回登った。


 逃げた先で、この森の中にある廃屋を見つけたのだ。

 誰も使っていないだろう廃墟。

 ここがどこにあって誰が住んでいたのかすらわからない。

 だけど、ここしかなかった。


 家の中は廃墟にしては綺麗だった。

 掃除が苦手で、そもそも汚くてもそこまで気にしない私には十分すぎるほどに綺麗だった。

 トイレや台所からは水が出た。

 家具も備え付けの物があって、埃っぽいがベッドもあった。


 近くに川もあった。

 洗濯と魚釣りもした。


 薬草の芽があった。

 裏の畑に植え直して育ててみることにした。


 周辺を探索して、この家がどの辺にあるのかも理解した。


 一瞬で3日が経った。

 その日の朝だ。


 また、借金の取り立てが来た。


 ずっと付けられていたのだ。

 3日、様子を見られていた。

 ここに住み着いたのだと判断されたのだろう。


 私は、私の本を1冊差し出した。

 『魔術の本』や『専門的な教本』は高価なものだ。

 その日は、1冊で許してもらえた。


 だけど、私は途方に暮れた。


 もう、逃げる体力は残っていない。

 このままでは全て失ってしまう。


 心が刷りきれていた。

 絶望が心を支配していく。


 「・・・神様。 ごめんなさい。 私が『借用書』に記入して、私がお金を借りたのに、その責任から逃げてしまいました」


 意味があるのか無いのか。

 下級薬草を森の中で採る。

 畑の薬草は下級薬草にすらならなかった。

 ポーションの作り方は教えて貰ったけど、薬草の育て方は知らなかった。


 「師匠。 私が至らないばかりにごめんなさい」


 下級薬草を採る。

 下級薬草では、ノーマルランクかハイクオリティランクの下級ポーションしか作れない。

 ハイクオリティの下級薬草があれば、もうひとつ上のスーパーハイクオリティの下級ポーションが作れる。

 それがあれば、少しでも稼ぎが出る。

 雀の涙ほどの稼ぎだが、無いより増しだ。

 だけど、周囲にあるのはどれも質の悪い下級薬草だけ。


 「師匠・・・? 私には『運命』なんてものは無いのでしょうか?」


 視界が潤む。

 嫌になる。


 私がやりたかったのはこんなことじゃない。

 お金とポーションを結びつけて考えるなんてやりたくない。

 私は、沢山の人を助けるポーションを作りたいのだ。

 なのに今やっているのは、お金を返すための無茶。

 ポーションなんて、しばらく作れてない。


 「私は・・・ただ、沢山の人をポーションで救いたいだけなのに。 それは、悪行なのでしょうか?」


 手が止まる。

 うずくまる。

 動けなくなる。

 涙が止まらなくなる。


 あぁ、どこで間違えたのでしょう。


 我が家を出たところ?

 師匠に教えを請うたところ?

 父を仕事に行かせたところ?

 

 生まれてしまったところ?


 「あぁ、どうして生きているのでしょう私は」


 世界から色が褪せていく。

 あれだけ、輝きに満ちていた世界はどこへ?

 私の世界は白黒に・・・。


 「あぁ、死ねば、楽になれますかね」


 みっともなく、現世からも逃げようとした。

 夢の事を考える余裕もなかった。


 ただ、ただ楽になりたかった。


 「あぁ、死ねば終わりでした・・・」


 師匠の言葉を思い出す。

 私を止めてくれる言葉。


 でも。

 気づいてしまった。


 「あ、死ねば終われるのか」


 そう、呟いてしまった時だった。


 『魔素』のおかしな流れを感じた。


 顔を上げる。

 『魔術』の修練で『魔素』の大まかな動きを感じることができるが、ここまで大きな流れは初めてだった。


 流れは1ヵ所へ集まっている。


 特定の決められた『魔素』が集まる感覚。

 

 私は、導かれるようにその場へ走る。

 涙をぬぐう。


 わからない。

 だけど、あの先に何かがある気がしたのだ。


 そして、出会った。



 私の『運命』に。

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