表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/16

第3話 『うんこなんかしてる場合ではありません』

 家に戻り、ソフィアさんが台所に立とうとした。


 「ソフィアさん。 夕飯、自分が作りますよ」


 俺の提案にソフィアさんが立ち止まる。

 隣の俺を無気力な目で見上げてきた。


 「いえ、これもお返しです」


 「でも・・・」


 ここで俺は察する。

 あ、これさっきと同じ感じになるな?

 俺が折れたら簡単なのだろうが、ここで夕飯を作って貰ってしまうとなんだが申し訳ない。

 ソフィアさん風に言えば貰いすぎになってしまうのだ。

 と、言うことで提案をしてみることにした。


 「そうだ。 ソフィアさん、一緒に作っても良いですか?」


 「・・・ですが」


 何かを言おうとして、はっとした顔をするソフィアさん。


 「なるほど。 先ほどの会話であなたが頑固で義理堅いのはわかりました。 もしかして、夕飯を作って貰うと今度は自分が貰いすぎだと思っていますね?」


 頭が回るし、察しも良いな?


 「まぁ、そうですね」


 「・・・ふふっ。 あなたのような人もいるんですね。 ・・・貴方みたいな人しかいなければ良かったのに」


 「え? どう言う?」


 「なんでもありませんよ。 わかりました。 では、一緒に作りましょう。 今晩はご飯とお昼に作ったみそ汁、山菜の野菜炒めにしようと思ってました」


 「お昼と同じ・・・」


 俺は口を押さえる。


 じとっと見られる。


 「・・・お金が無いので仕方ないんですよ。 お米とお味噌は貰い物ですし、お出汁も先日自分で釣り上げたお魚です。 調味料も旅に出る前に持たされた物を少しずつ使ってますし、野菜炒めの山菜に至ってはその辺に生えてるものです」


 言いながら暗い顔になっていく。

 金がない?


 「ごめん。 失礼なんだが、職業は?」


 俺の問いに答えてくれるソフィアさん。


 「『薬屋』です。 『薬師』として自作ポーションを売って日銭を稼いでいます。 いえ、稼いでいましたですね・・・」


 「稼いでいた?」

 

 なんで過去形に直したんだ?


 「・・・いえ、なんでもありません。 とにかく今の私に収入はありません」 


 顔に影が落ちた。

 追い詰められているような、苦しんでいるような。

 そんな、顔。


 何があったのか聞こうとして。


 「いえ、今は夕飯でしたね! 貴方はお米を炊いてください!」


 露骨に話を逸らしたソフィアさん。

 まっすぐ台所に向かっていく。


 聞かれたくないことなのだろう。


 しかし、その表情の理由は翌朝知ることになる。


 ○


 「ソフィアさ~ん!? お金、貰いに来ましたよー!?」

 「返済期限、今月中ですよー!?」

 

 「あの、お金は必ず今月中に」


 大人の男の、脅すような怖い声で目が覚めた。

 床で寝たからだろう。

 体が痛む。


 周囲を見回す。

 ソフィアさんの姿は無い。

 玄関の方から声が聞こえる。


 起き上がって玄関に向かう。


 扉が閉められているが声はそこから聞こえた。


 「本当に用意できるんですかー?」

 「なんなら、返済するのに良い仕事紹介しますよー?」


 「だから今月中に必ず返すと!」


 「でも逃げましたよねー!?」

 「我々からお金、借りたのに逃げましたよねー!?」


 「あ、あれは! げ、限界だったから・・・」


 「限界だからって逃げられると思うなよ!?」

 「舐めてんじゃねぇぞコラァ!」


 「うっ」


 どうも穏やかじゃない。

 俺が入っても良いものかは正直迷う。


 無一文。

 服も今着ている物だけ。

 おっさん。

 天涯孤独。

 身元不明の転移者。

 失うものがないと言うことは、なにも持っていないと言うこと。


 こんな俺が助けに入って何になるんだ。


 ドンッ!


 何かが扉にぶつかる音。

 

 「痛っ!」


 「金が用意できねぇんなら諦めてよぉ!」

 「てめぇの体で稼ぎゃあ良いんだよ!」


 「わ・・・私なんかの体で」


 「かっはっはっはっは! いやいやいやいや! お前みたいな子どもに興奮する物好きもいるんですわ!」

 「お前が体を差し出せば、本当のガキに行くはずの性欲がお前に向くぜ? いよ! こどもの救世主!」


 「・・・うっ」


 「なんなら、ここで俺らがテストしてやっても良いぜ?」

 「ははっ! お前みたいなのでも穴はあるからな!」


 ふむ。

 駄目だな。

 なんのためのおっさんだ?

 

 おっさんは気持ち悪がられるし怖がられるもんだ。

 だけど、怖がられるのは力があるからだ。


 どうも年を取ると後先を考えてしまうな。


 俺は、扉に手を掛ける。


 それに、やっぱり俺には失うものが無い。

 それなら、誰かを助けた所でなにも失わないはずだ。

 だったら、助けてなんぼだろ!


 俺は、扉を開ける為に力を込める。

 何かに引っ掛かっている?


 「よっと」


 ちょっと力を込めて無理に扉を押す。


 「んだ~?」


 男の声。

 

 「わっ」


 驚いた声を出すソフィアさん。

 俺は扉から顔を出す。


 「・・・ハニオカさん」


 俺を見上げたソフィアさんと目が合う。

 辛そうな顔で、涙目で、スキンヘッドに刺青の汚ならしい男によって、扉に押し付けられていた。


 「なんだてめぇ!」


 男が俺を出さまいと扉に体重を掛ける汚ならしい男。

 ・・・妙に軽いな?

 人2人が扉に体重をかけているはずなんだが・・・。


 「なんだお前、男連れ込んでたのか?」


 扉に手を掛ける男とは別に、奥の方に無精髭のこれまた汚ならしいおっさんがいた。


 「ソフィアさん。 大丈夫?」


 明らかに大丈夫ではないか。

 出ていって言うことを考えてなかったのが悪い。

 

 「だ、大丈夫です。 ハニオカさんには関係ないので」


 ソフィアさんは俺に、無理に笑ってそう答えた。


 あぁ、彼女も頑固で義理堅いのだ。

 そして、頭も回る。

 そして、根底にあるのは優しさだ。


 きっと彼女はこう思っているのだ。

 ここで助けを頼むと俺に返しきれない恩が出来てしまうと。

 そして、自分の問題に俺を巻き込んでしまうと。

 そのどちらも、俺に申し訳ないと。


 馬鹿な人だ。

 こんな状況になっても俺みたいなおっさんなんかの事を考えてくれるなんて。


 俺は、ため息をつく。


 最初からこうすれば良かった。

 大丈夫なんて言わせなければ良かった。


 俺は力を込める。

 思っていたより力が入る。


 「うおっ!? なんだこのおっさん! 力がつえぇ!」


 奥の無精髭の男が腰を落として、腰元に手を持って行って身構えるのがわかった。

 腰にあるのは剣か?


 「ソフィアさん。 避けてくれ」


 「ですが!」


 「いいから、俺に君を助けさせてくれ。 泊めてくれたお礼だ。 足りないと思うならそうだな・・・。 仕事を一緒に探してくれ。 俺の人生に関わる事だ。 これは大きな事だぞ?」


 俺の顔を見つめるソフィアさん。

 無理があっただろうか?

 何か条件をつけてやった方が頼りやすいかと思って提示したが、無理があったか?

 

 ソフィアさんの顔は、泣きそうで。

 嬉しそうな、申し訳なさそうな、そんな複雑な表情。


 しかし、ソフィアさんは言ってくれたのだ。


 「・・・わかりました。 助けてください」


 ソフィアさんが扉から転がるように離れる。

 俺は、それを確認して一気に扉を開けた。


 彼女がいなければ、俺はこの世界に降り立ったあの場所でうんこをした後、そのまま死んでいたかもしれないのだ。

 彼女は命の恩人なのだ。


 彼女にとってはなんでもないことだから、お返しが足りないと言うのだろうが、俺にとっては大きな恩だ。


 だから、貰った恩は返すべきだ。


 恩人を必ず助けてみせる。


 「ぬぉおおお!?」


 扉を押さえていた男が変な声を出しながら跳んでいき、転がっていった。


 あれ?

 人が軽い?


 扉から外に出る。


 「なんなんだてめぇ!」


 吹っ飛んでった刺青男が体勢を整えて、腰の剣を抜いた。


 「死ね!」


 抜いた剣を持ってそのまま、目で終えないほどの速度で目の前に迫った。


 「きぃえぇ!」


 奇妙な声と共に振り下ろされる剣。

 しかし。


 目の前に土が現れて剣を受け止めた。


 「んな!?」


 驚きの表情の男。

 驚いたのはこっちだ。

 内心、死んだと思った。

 剣を抜いて襲いかかってくるなんて考えもしなかった。

 冷や汗ものである。

 土が地面に落ちる。

 どうやら、足元の土が俺を守ってくれたらしい。


 「・・・『ハニヤス』様の加護を受けし者。 土が身を守り、土を運ぶ為に怪力となる」


 ソフィアさんがそんなことを呟いたのが聞こえた。


 これも、『土の加護』の力なのか。


 「よく分からないが、加護があるなら」


 俺は呟いてゆっくりと歩く。

 俺に剣を向けた男の元に。


 「ハニオカさん!」


 ソフィアさんの焦った声。

 奥にいた無精髭の男が先ほどの男よりも遅いスピードでこちらに向かってきていた。

 遅いが、あれは殺気と言うものだろう。

 先ほどの男よりも強いプレッシャーを放っている。


 このままでは斬られる。

 あの土がまた出てきてくれるとは限らない。


 俺は思わず手を前に出した。

 あれを止めないと。

 あの男を止めるなにかがあれば!


 すると。


 「な!?」


 男の足元にちょこんと、小さな土の盛り上がりが出来た。

 それに男が躓いてすっころぶ。


 「ぶべー!」


 そのあまりにもな間抜けように俺は吹き出してしまった。


 「あっはっは! ぶ、ぶべー! ってお前!」


 男が顔を上げて、みるみるうちに赤面していく。


 「ふざけるなよ・・・」


 わなわなと怒りが膨らんでいくのを感じる。

 おっと、まずい。

 話を変えよう。


 「おい、さっき聞こえてきたが今月中に返せばいいんだよな?」


 「あ!?」


 男が起き上がって怒声を響かせる。

 鼻血が出ていた。

 刺青男が転んだ無精髭の男に近寄って大丈夫かと心配する。


 「いや、だからお金。 今月中に返せばいいんだよな? って聞いてんだよ」


 「あぁそうだよ! ったく。 こんなことしてただで済むと思うなよ!?」


 「わかった。 じゃあ、今月中に用意しよう」


 「な! ハニオカさん!?」


 「言ったな!? 用意できなかったときはわかってるんだろうな!?」


 「覚えとけよ!?」


 2人、よろよろと立ち上がってどこかへ行ってしまった。


 「えーと・・・。 ソフィアさん? 詳しく聞いても良いかな?」


 振り替えると、申し訳なさそうな顔のソフィアさんがいた。


 「・・・はい」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ