第2話 『うんこしたらめっちゃ育った』
俺はまず、食器を洗うことにした。
いつだって水回りは綺麗にしとかないとな!
水道はあるらしく、普通にシンクがあって蛇口もついていた。 捻るとちゃんと水が出た。
上下水道は通っているのは助かるな。
石鹸とスポンジもあった。
流石に液体洗剤は無かったが、石鹸をこすって泡を出し、それをスポンジに塗りたくった。
スポンジは、前の世界のような物ではなく、おそらく何らかの植物だろう。
前の世界でもヘチマを使ったスポンジがあったような気がする。
まぁ、それでもスポンジの役目をしっかり果たしてくれたので、ちゃちゃっと洗い終えることが出来た。
お湯でなく水だったため、少し汚れを落とすのに苦労したのは秘密だ。
手拭いやタオルの類いもあり、その中から1枚皿吹きで使用した。
次に本を片付けた。
一応部屋に籠っていたソフィアさんには、触って良い物かを聞いてからだ。
本を積み上げる人は、意外と置き場所を決めている事が多いからな!
大丈夫だと許しが出たため、10冊程と数は多くないが思う存分好きなように棚に戻す。
俺が貰った、馴染みある言語に変換される加護は読み書きも対象らしく、片付ける本のタイトルを読むことが出来たし、不思議な事に前世で書き方を想像するのと同じようにこちらの文字も書き方を想像することが出来た。
と、言うことで俺が前の世界で本を片付けるときにやっていたあいうえお順で本を並べていく。
まぁ、こっちの世界の語順がどうなっているかは知らないがな?
本は、ポーションの作り方や『魔術』の参考書、植物図鑑などが半分。 『業火』、『明日』等とタイトルがついた小説がもう半分だった。
参考書や図鑑からソフィアさんが魔法使い、あるいはそれに近い存在であることは分かったし、小説を親しむ事ができる程度には教養を身につけている事を察することが出来た。
本の片付けも問題なく終わり、次に取りかかったのは棚や壁に張った蜘蛛の巣や埃の除去と、床掃除だ。
大きなゴミはないものの、蜘蛛の巣や埃、カビ、良くわからない染みなどが目立っていて中々に強敵だった。
出たゴミは、ゴミ箱に詰め込んでいっぱいになる度に、ソフィアさんが言っていた裏庭のゴミ置場へ置きにいく事になる。
と、言うことで俺は早速、木製のバケツと、汚れた雑巾、ほうきとちり取りを見つけて掃き掃除と拭き掃除に取りかかった。
途中、トレイも掃除させて貰ったが、俗に言うぼっとん式トイレにも関わらず綺麗で臭いもほとんど無かった。
水の溜まったバケツがあるにあれで汚物を流したり、尻を洗ったりするのだろう。
掃除を夢中でやっていると、あっという間に日が大分傾いてしまった。
俺は集めたゴミを入れたゴミ箱を外に持っていく。
これで最後。
これの中身を裏庭のゴミ置場に持っていけばおしまいだ。
家のドアを開けて外に出る。
外に出る度に思っていたが、周囲は森に囲まれていて、近所に家は無さそうだった。
森の中の一軒家。
ここで、ずっとひとりで生きてきたのだろうか?
「まぁ、今は掃除だな。 これ持ってけば終わりだし、ささっとやってしまおう」
俺は独り言ちて裏庭に向かう。
と。
「・・・畑?」
掃除に夢中にっていて気づかなかった。
裏庭に2畳程の小さな畑があった。
と、言っても何となく土が盛られ、元気の無い雑草のような葉が少しだけ植えられているだけだが。
いや、あの雑草はさっきソフィアさんが熱弁していた薬草だな?
小さいくて枯れかけているが、葉の形が似ている。
ふと、思い付く。
あそこでうんこをしたら、あれも育ったりするのだろうか?
いや、そもそもソフィアさんが拾っていたあの草は本当に俺のうんこで育ったものなのか?
大分意識が朦朧としていたからな・・・。
俺は周囲を見渡す。
・・・いや、何を考えてるんだ俺は。
だが。
よし。
物は試しだ。
やってみるか!
俺は、思い立ってすぐに家のトイレに入り、水の溜まったバケツを持ってくる。
「よし」
俺は、覚悟を決める。
今なら誰も見ていない。
枯れかけている薬草の上に股がって。
ズボンを降ろして。
えぇいままよ!
ぽんっ!
「・・・もしこれで成長しなかったら完全に変質者だな」
なんてスッキリした感じの中、水でけつを洗い流してズボンを上げながら呟く。
失うものがないってすげぇな。
なんてふざけたことを思った途端。
にょきにょきにょき~!
アホみたいな擬音だと思うだろ?
だが、これを表現するのにはこれしかなかったんだ。
「なっ、なななっ、なんですかこれはぁ!」
丁度玄関から出てきたソフィアさんが、目を一生懸命見開きながら驚きの声を上げた。
危ない。
もう少し遅かったら見られていたところだった。
「あ、ソフィアさん。 ポーション作りは終わったんですか?」
「いやいやいや! それどころではないですよ!」
ソフィアさんが慌てた様子で薬草に近づく。
「わ、私の薬草が・・・」
元気になるどころか、自分の背丈よりも高く伸びて耀いている薬草に向かって震える手を伸ばすソフィアさん。
震えた声。
あ、まずい。
先に触ってもいいか聞くべきだったか?
「えと、ソフィアさん? これはそのぉ」
「凄いです! ノーマルの『下級薬草』にも満たない、雑草と同じレベルだったのに! 私、失敗して枯らしていたのに! こ、こんな立派になってます!」
振りかえってこっちを見たソフィアさんの目が輝いていた。
「いったい何をしたんですか!?」
ズイッと顔が近づく。
「あ、え~と・・・」
俺のうんこを使いました?
言えるか!
「むむっ! 教えてくれないのですね! ならいいです! 自分で調べますから! おや? この土は・・・」
「うぉい! 駄目だ! 触るな!」
俺の煮えきらない反応に唇をとんがらせたかと思いきや、身を翻してしゃがみ、突然土(俺のうんこ)を触ろうとした。
それを全力で止めるべく羽交い締めにする。
「むっ! 何をするんですか!? 教えてくれないなら自分で調べるしかないじゃないですか!」
暴れる力が思ったよりも強くて踏ん張りが効かずに後ろに倒れる。
「いでっ! ったく! わかった! わかったから! 言うから! 絶対怒るなよ!?」
俺の上で暴れ続けるソフィアさん。
「え!? 教えてくれるのですか!?」
ぐるりと体を回して俺の方を向く。
俺の体の上に収まるように乗る形。
こんな状況でなければ彼女の体温や香りにドキドキもしたかも知れないが、俺がこれから話すことを思うとそれどころではない。
「さぁ速く教えてください!」
近くにいるソフィアさんから、甘い香りがした。
目を反らす。
口にするのがものスッゴク恥ずかしい。
が、言うしかない。
言わない限りは退いてはくれないのだ。
「あ~・・・。 ・・・こです」
「ごめんなさい! 速くて小さくて聞こえなかったです! もう1回!」
このドS!
「あ~もう! うんこです! 俺のうんこ!」
もう、なるようになれだ!
「へ?」
ポカンとした顔で首をかしげるソフィアさん。
「聞こえなかったですか!? なら何回でも言ってやりますよ! うんこです! うんこ! 俺のうんこ!」
「あ、いや! もういいです! 聞こえましたから! えと、その、あなたのう・・・。 こほん。 排せつ物がこれに関わっているんですか?」
ばばっと離れて、手を振りながら距離をとって、俺の前にぺたんと座り直して、顔を赤くしながら咳払いし、うんこを排せつ物に言い直してやっと俺の話を先に促してきた。
俺も起き上がって胡座で座る。
「はい。 信じられないかと思いますが、俺はこの世界にやってきた『異世界人』です。 ここに来るときに女神様から加護を貰いました。 多分、その加護の中に俺のうんこが植物の成長に何らかの作用を及ぼす力があるのでしょう」
「え!? 『異世界人』ってもしかして・・・。 いや、ちょっと待ってください! え? うん・・・排せつ物に関わる加護!?」
ソフィアさんがもう一度土を見る。
「・・・確認ですがその女神様は土に関する加護もあなたにお渡ししませんでしたか?」
「え? なんでわかるんですか? その通り『土の加護』を貰いましたよ?」
「うそだ・・・。 『ハニヤス様』の加護を持った『異世界人』? そんなの『昔話』の中でしか・・・」
畑に振り返り、地面を見つめる。
肩が震えていた。
鼻を啜る音。
泣いているのか?
「・・・運命って本当にあるんですね。 師匠」
か細い涙声がソフィアさんから聞こえた。
「・・・運命?」
ソフィアさんが俺を見る。
赤くなった頬。
潤む瞳。
嬉しそうな微笑み。
心臓が跳ねた。
彼女の微笑みに言葉を失う。
随分と大人っぽい顔をする。
いや、見た目が幼いだけで彼女は大人だった。
少しの静寂。
目と目が合って離せなくなる。
「この世界にはいつ来たのですか?」
ソフィアさんが涙を拭いながらそんなことを聞いてきた。
「え、あ。 今日です」
「そうですか。 行くところはありますか?」
「いや、無いな」
「そうですか。 では、家で休んでください」
立ち上がって土を払うソフィアさん。
「え?」
「あなたは私にお返しをしてくれましたので、次は私が返す番です」
「いやいやいや! 俺が助けて貰ったからそれを返したのに、それだと堂々巡りになるだろ!」
俺が必死に言う。
だって、ソフィアさんは独り暮らしの女性だ。
俺がなにかをするつもりはないが、それでもおっさんだ。
そう易々と男を家に入れるものではないだろう!
「堂々巡り・・・。 そうですね。 ですが、あれだけ丁寧な家の掃除だけではなく、この薬草も渡されてしまうと今度は私が貰いすぎになるんですよ。 この家に泊めるくらい安いものです」
「いやいやいや! まずいだろ!」
「・・・まずいですか? 何かおかしなことを言ってますかね?」
「だって俺男! 君は女の子だ!」
「? 何かするつもりなのですか? こんな貧相な体つきの私に?」
本気でそういうことにならないと思っているらしい。
「くっ・・・。 いや、ソフィアさんに何かするつもりはない。 それこそ神に誓おう。 だけど、ソフィアさんはもう少し警戒心を持つべきだと思う。 君は魅力的なんだから」
「・・・へ!?」
赤くなりながら身構えるソフィアさん。
・・・ふむ。 まずったな。
今の言い方だと狙ってると言ってるようなものだな。
「ごめん。 そう言うわけだから泊まるわけにはいかないよ。 あ、近くの町だけ教えてください」
町まで行ければ後はなるようになるだろう。
日も大分落ちてきてる。
夜に森を歩くのは厳しいだろう。
と、袖をつままれた。
帽子で表情は見えないが少し震えているのがわかった。
「こ、ここから町までは2日以上かかってしまいます! 日もすぐに落ちるでしょう。 日が落ちたら『魔物』が活発になります。 森の中は大変危険です。 家の中は安全です。 それになにより、私の気が収まりません!」
「・・・怖いんだろ? やめとけやめとけ」
おっさんは気持ち悪がられたり怖がられたりするもんだ。
それを無理に泊めさせるわけには行かない。
俺自身も怖がる家主のもとで泊まりたくはないしな。
「ち、ちがいます!」
ばっと顔を上げた。
頬が少し赤い。
「き、緊張してるだけです! あ、あのように言って貰えたのは初めてで! ビックリして! へ、変なのは分かってますけど! でも!」
話を進めるごとに慌てた様子になっていくソフィアさん。
あわあわしながら近づいてきて、心なしか目もぐるぐるとしてきた気がする。
可愛らしい人だ。
これで断るのは逆に申し訳ないな。
「わかった! わかりましたから! 落ち着いてください!」
「きやっ!」
俺は、両肩を掴んで近づいた距離を離す。
驚かせたらしい、小さな悲鳴を上げるソフィアさん。
「あ、すみません!」
俺は、すぐに両手を離す。
「・・・いえ。 こちらこそすみません。 取り乱しました」
1度深呼吸をするソフィアさん。
元の無気力な目に戻る。
「話を戻します。 私はあなたから多くをお返しされました。 なのでそのお返しをしたいです」
「お、おう」
「なので、とりあえず今晩は家に泊まってください」
「・・・わかった。 ただし、俺は床で寝る」
「え、それでは疲れがとれないです! それにあなたはお客さんです!」
「いや、これは譲れない。 客とはいえ家主のベッドは借りられない」
「・・・あなたは頑固なのですね」
「それはソフィアさんもだろ」
しばらく見つめあってソフィアさんが笑った。
「ふふっ。 わかりました。 せめて、タオルはかけてくださいね」
「わかった。 ありがとう」
こうして俺は、ソフィアさんの家で休ませて貰うことになった。