表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/16

プロローグ 『うんこしたら『土の加護』を貰った』

 「ぬぅおおおおおっ!?」


 御年36歳。

 彼女無し。

 友人無し。

 元々施設育ちの俺に親は居ない。

 仕事はとある企業の中間管理職。

 孤独死まっしぐら、生きるのに精一杯な底辺。

 中肉中背。

 熱中する趣味はなく、俗に言う中キャ。

 見た目は、サラリーマンのフリー素材のように特徴無し。

 それが俺。

 

 そして、そんなクソみたいなおっさんは今、自宅のぼろアパートの便所にて、人生でこの上ないほどの腹痛に襲われながらクソをしていた。


 腹痛の痛みは、もうとにかく痛い。

 腹の中を何か、悪いものが這いずり回っているかのような痛み。

 トイレで何度もふんばっているが、なぜか出てこないのだ。

 最初はただの胃腸炎かと思っていたが、どうも様子がおかしい。

 まず、胃が痛くないし気持ち悪くもない。

 次に、腹痛が来てトイレに座ればすぐに出る物が出ないのだ。

 こう言うのは出せば一度落ち着くのだが、そもそも出てこないため、持続的な腹痛が俺を襲っていた。


 「ぐぅおおおおっ!?」


 呻く。

 喘ぐ。

 

 誰かに助けを・・・。


 一人暮らし。

 彼女なし。

 友人無し。

 携帯は部屋。


 頭が痛い。

 息みすぎか?

 

 「がっはっ!?」


 続く腹痛。

 終わらない地獄。


 そのとき。

 頭の中に声が響いた。



 『もう少しです。 頑張ってください』



 こいつ、脳内に直接!?

 なんて、普段ならボケられるがそんな余裕はない。

 もう少しってなんだよ。



 『最後のひと踏ん張りです! それ! ひっひっふー!』



 確かに今、やっとうんこが降りてきてる気がするが、そのおふざけに付き合う余裕はないぞ!?

 


 『あ! 声が届いてる! 接続が強まっている証拠です! さぁ! 最後のひと踏ん張り! せーの!』



 は?

 なに?

 ぐぬぅおおお!?

 いたたたたた!?


 

 『合わせてください! せーの! ひっひっふー!』



 「はっはっはっ!」


 過呼吸。

 意識混濁。

 朦朧とする意識の中で、頭に響く声に合わせながら息をする。


 「ひっひっふー! ひっひっふー!」


 少しずつうんこが降りてきた。

 早く楽になりたい。



 『さぁ、行きますよ! せーの!』



 「ふんっ!」


 最後。

 おもいっきり力を入れた。


 ぽんっ。


 あ。


 途端。

 白い光に包まれた。


 ・・・俺の死に場所は便所か。


 あぁ、このまま死んだらよくある異世界転生ってやつにならないかな。

 もし、異世界に行けたら・・・。


 家族や友達を作って、のんびりスローライフを送りたいな。



 ・・・。

 ・・・・・・。

 ・・・・・・・・・。



 「はーい! いらっしゃいませー!」


 「はっ!? どこだここ!? なにがどうなった!?」


 俺は意識を取り戻した。

 白い世界。

 その中心で周囲を見渡す。

 白い世界とは行ったが、これトイレの中だ。

 狭い個室。

 淡く発光している白い壁に白い床と白い天井。

 俺が下半身丸出して座っているのは白い便器。 


 そして目の前では、どえらい美人が両手を広げて、ぷかぷか浮かびながら満面の笑みで俺を見下ろしていた。


 どえらい美人。

 どのくらい美人かと言うと女神。

 腰まで落ちる滝のように美しい漆黒のストレートロング。

 服装は真っ白な衣と袴。

 まさしく大和撫子。

 和服の清らかと美しさは、彼女の豊満な胸を包み隠して卑しさを消し去っていた。

 まごうことなき和の女神。

 そんなとんでもない美人が笑顔で俺を見下ろしていたのだ。


 大便中の俺を。


 「ひえっ!」


 俺は反射的に身を屈めた。

 下半身は何も着ていない。

 

 「あらあらー! 恥ずかしいんですか? あんな酷い顔でうんこしていたのに?」


 「なっ!? はっ!?」


 前言撤回。

 大和撫子的な清らかさも美しさもなかったわ。


 「あ、ズボン。 履いても大丈夫ですよ? ここに来た時点であなたの体は綺麗になってますから!」


 ・・・。

 気分的に嫌だ。

 嫌だが、下半身丸出しで誰かと話すような趣味はない。


 俺は立ち上がってズボンをあげる。

 腹の痛みはすっかり消えていた。


 目の前に美人の腹があり、ふわりとフローラルな良い香りがした。


 いや、トイレの中でフローラルって消臭剤じゃねぇんだぞ。

 まぁ、あのような強い臭いではなく、ふわりと漂う心地よい香りだが。


 俺は再びトイレに腰を下ろす。

 近くて敵わんからな。


 ズボンで便器に座る違和感を感じながらも、腕を組んで目の前の美人を睨みつける。


 「お前はなんなんだ!」


 一生懸命睨み付けてやったが全く効いてないようで、可愛いものを見るような目で見てくる。


 「ふふっ! こんにちは! そしておめでとうございます! 埴岡(はにおか) 幸彦(ゆきひこ)様! あなたは『異世界転移』の権利を得ました!」


 ・・・なんだって?


 「『異世界転移』?」


 俺は首をかしげる。


 「はい! 『異世界転移』ですよ! あなたの世界ではこれに憧れる方が沢山いるのですよね?」


 「いや、まぁ、少なくはないと思うが」


 事実、俺も憧れてはいる。

 なんなら死の間際に思ったくらいだ。


 異世界に転移して、自由気ままにスローライフを送る事を。


 綺麗な女性と付かず離れずな関係を維持して幸せな生活を送るのだ。

 そして、異世界で出来た友人と酒を飲んで語らいながら人生をゆっくり消費していく。

 最後は優しい人と結婚して子を作り、暖かな家庭を築いて幸せなスローライフを送りきり大往生する。


 そんな、幸せな異世界スローライフに憧れないこともない。

 いや、正直めちゃくちゃ憧れる。


 ・・・少なくとも、希望も未来も、愛する人も大切な人もいない今の世界で生きるよりは何億倍もましになるはずだ。


 「良かったです~! そう、あなたは『異世界』で自由に生きる権利を得たのです!」


 「いや、突然言われても」


 そのような権利を与えられたと言われても実感はわかない。

 と、言うか怪しさマックスだ。


 「しかもなんと、女神である私から『土の加護』をプレゼント! この力で『異世界』を生きてください!」


 加護。

 まぁ、異世界ものならあるあるだが。


 「『土の加護』? それって、なにができるんだ?」


 俺がやりたいのは異世界スローライフだ。

 世界を救う勇者や、光と闇のバランスを取り戻す戦士でもない。

 ましてや何回もループして愛する誰かを助けたり、転生して本気出して人生をやり直す事も望んでない。

 本当になんでもない、普通の人間の、普通の人生なのだ。


 「はい! あなたの想像力次第で、土の力を自在に操り、好きな物を作ったり、誰かを守ったりすることが出来る加護です!」


 この展開は異世界物の定跡だが、話があまりにもうますぎて怪しさが増す。


 「新しい世界で最強になるも良し! 収入を確実にしてスローライフを送るも良し! 女の子を沢山侍らせてハーレムを築くも良し! あなたは『異世界生活』を満喫できるんですよ!」


 キラキラとわざとらしい女神に俺は待ったをかける。


 「待て! 『異世界転移』するのも、『土の加護』があるのも嬉しい。 夢見た『異世界』だ。 すぐにでも了承したい」


 「では、早速」


 「だが、ちょっと待ってくれ!」


 俺は先を急ごうとする女神相手に再度待ったをかけて考えを巡らせる。

 『異世界転移』して、女神に次会えるのはいつになるかわからない。

 もしかしたらこれが最後になるかもしれないのだ。


 今のうちに聞けることは聞いておかないと。


 「あー、えっとー。 あ、そうだ。 俺がさっきまでいた世界はどうなってるんだ?」


 「はい! 今回は『異世界転移』と言う形になりますのであなたは行方不明となります! あなたがいたトイレには、今のあなたひとり分の情報がつまったうんこが残るのみですね!」


 「え? 俺ひとり分の情報がつまったうんこ?」


 「はい! あなたがこれから転移する先の世界にある物質と交換になるのです! あなたの世界で言うところの『質量保存の法則』? 『等価交換』? って、やつですかね? あ、あなたがさっきまで踏ん張ってたうんこがそれです!」


 「いや、知らんがな。 え? ちょっと待って? 想像できないんだけど」


 「う~ん。 具体的に言えば水35L、炭素20kg、アンモニア「おっけー、大体わかった」


 どっかの錬金術師かよ。

 と、言うかその辺の物質は『異世界』にもあるのな。


 「? 分かっていただけたなら良かったです! まぁ、そんなのが入っためっちゃ大きいうんこがあなたの変わりにトイレに残ってます!」


 「分かってないが分かった。 ちなみに元の世界には戻れるのか?」


 まぁ、戻ろうとは思わないだろうが一応確認しておこう。


 「う~ん。 反対の事ができれば戻れるかもしれないですけど、その時は、あなたがトイレに排泄したうんこを全部集めなくてはなりませんね?」


 なるほど。

 質量保存の法則だとか、等価交換だとか言っていたが、それを踏まえて考えると、集めないで同じことをすれば空白を埋めるように、うんこの破片があったところに俺の肉体が転移してしまうのだろう。


 「実質無理か」


 「そうですね~。 あ、今ならまだ間に合いますよ」


 言いながら心配そうな顔になる女神。

 人差し指を合わせてもじもじし始める。

 不安なのだろうが、最近見ない反応だな?


 「あ~。 心配するな。 俺は、今の世界に未練はないからな。 『異世界』で自由に生きられるのならそっちに行く」


 まぁ、全く無い訳ではないがな?

 例えば、施設で世話になった『あの人』に礼のひとつも言えてないとか・・・。

 後はなんだ?

 それだけか?

 それだけか。

 なら、いいか。


 俺の返答にぱぁ!と、顔が明るくなる女神。

 いちいち反応が大袈裟で可愛いな。

 顔も良いし、眼福としておこう。


 「良かったです~! 後はなにか質問ありますか?」


 聞かれて考える。

 今しかないかもしれない質問タイムだ。


 「う~ん。 『異世界』に転移したとして言葉は通じるのか?」


 「はい! そこは心配ありません! 話す言葉も聞く言葉も全部あなたの聞き馴染みのある言語に変換される加護をお渡ししますので!」


 まぁ、よくある便利加護だな。


 「衣食住はどうなってる? 発展してるのは魔法か? 科学か?」


 「発展してるのは魔法です! ファンタジー世界ですよ~! 衣食住はごめんなさい! 衣は、今着ている物だけになります。 他の持ち込みは出来ないです! 食と住は現地調達でお願いします!」


 今着ているもの・・・。

 俺は服装を確認する。

 白いTシャツと黒いジャージの長ズボン、それと黒いパンツか。

 部屋着のままで、かなりラフな格好だ。

 これで異世界に行っても大丈夫なのか?

 それに、食と住は・・・。


 「・・・現地調達か」


 「獣だとか、魔獣だとか、色々いますが大丈夫です! 貴方には『土の加護』がありますのでなんとかなりますよ! おっとと、ごめんなさい! 本当にもう時間がありません!」


 女神がそう慌てて言うと、女神の姿が消え始めていた。


 「あ! くそ! ちょっとまってくれ! じゃあ、あれだ! 俺はこれから行くだろう『異世界』で、本当に自由に生きるだけで良いのか!?」


 本当に転移して自由に生きるだけ。

 そんな、都合の良い『異世界転移』があるのか?

 『土の加護』なんて便利能力があるんだ、誰かに狙われたりとか何かを倒すだとかは本当に無いのか!?


 「あ! 大事なことでした! 基本的には自由にして大丈夫ですが・・・。 ただ、ひとつだけ。 どうしても避けては通れない存在がいます」


 「避けては通れない存在?」


 俺は嫌な予感がする。

 マジで魔王案件とかじゃないだろうな?


 「はい。 その存在の名は『穢れ人』」


 「・・・『穢れ人』?」


 「『現世(うつしよ)』には、死、血、病気などの『穢れ』があります」


 「・・・聞いたことがあるような」


 仏教だったか、神道だったか定かではないがそんな話をどこかで聞いたような気がする。


 「人が寝て、食べて、排せつしなければ『帰幽(きゆう)』・・・分かりやすく言えば死んでしまう様に、『穢れ人』は『穢れ』に触れなければ死んでしまう存在です」


 「『穢れ』に触れる?」


 よく分からなくて首をかしげる。


 「今はそうでしょう。 ですが『穢れ人』はいずれ、自身の欲望のために『現世(うつしよ)』を混乱に陥れます」


 「それはつまり、それを、倒せと?」


 やはり、倒すべき存在がいるのか?


 「いいえ。 絶対とは言いません。 ですが、『穢れ人』を『清め』、『払う』事が出来るのは、私たち神から『加護』を与えられた存在だけなのです」


 俺は、ここで始めて悩んだ。

 俺に、そんな重い責任を負えるのか。

 俺が、その『穢れ人』を『清め』、『払う』事が出来るのか。


 「出来ると私は信じています」


 女神の声に、下を向いていた顔を上げる。

 思ったより近くに半透明の女神の顔があった。

 真剣な瞳に釘付けになる。


 そんな真っ直ぐな目を向けられたのなんていつぶりだ?


 俺を真っ直ぐに信じる目。

 その目で見てくれる人は、施設で世話になった『あの人』くらいだった。


 そんな目で見てくる女神。


 「『穢れ人』も苦しんでいるのです。 出会ってしまったらで構いません。 どうか、目の前に『穢れ人』が現れたら『払って』あげてください」


 必死な訴え。


 「・・・そうか。 わかった。 善処しよう」


 頷く。

 善処するだけだ。

 こちらから探しに行くようなことはしない。

 万が一、『穢れ人』に出会ってしまったら、時と場合によっては頑張ってみないこともない。


 「それでも嬉しいです! ありがとうございます! よろしくお願いします!」


 ぺこり。

 がんっ!


 「いって!」

 「ごめんなさい!」


 お互いに衝突した頭を押さえて呻く。

 狭いトイレで頭を下げたらそうなるだろ。


 「で、では! 『異世界』に送ります!」


 ぐるるるる~。

 突然の腹痛。

 

 「・・・えっ。 また?」


 痛みに腹を抱える。


 「はい! そこのトイレに座ってうんこしてください!」


 「は!?」


 今さっきのシリアスな雰囲気はどこへ!?

 人に見られながら脱糞だと!?


 「ふざけるなよ!? そんな」


 ぐるるるる~!


 「くそ!」


 マジで限界だった。

 背に腹はかえられない。

 勢いよくズボンを降ろしてトイレに座る。

 

 息む。

 息みつつ、痛みに耐えながら最後の質問をする。


 「くそっ! はぁはぁ。 おっ前、名前は!?」


 相手の名前も知らないと、この腹痛の恨み辛みによる文句も言えない。


 「・・・名前を聞いてくれるのですね。 嬉しいです!」


 嬉しそうな微笑みが薄れていく。

 世界が光り輝き、視界が光に飲み込まれていく。


 そんな中で、女神は俺に言うのだ。

 自分の名前を。

 照れ臭そうに。



 「私の名前は『ハニヤス』です!」



 俺は、最後に言う。


 「ハニヤス! この痛みは忘れねぇからな! だが、さっきの真っ直ぐな目に免じて、その『穢れ人』の事はなんとかできたらしてやると約束してやる!」


 視界が光で包まれる。

 声が遠退く。

 うんこが降りてくる。


 「・・・貴方を選んでよかった。 どうか、目の前の女の子と『穢れ人』の事をよろしくお願いします」


 選んで?

 抽選ではなかったのか?

 女の子?

 聞いてないぞ!?


 痛みで遠退く意識。

 女神のお願いを最後に。


 ぽんっ!


 排泄。

 すなわち。



 『異世界転移』。

 いつもお世話になっておりますたちねこです!

 今回は、少々汚い言葉が目立つかも知れませんがお付き合い頂けると幸いです!


 皆様のPV、リアクション、感想、応援。

 私の励みです!

 このお話も読んでくれたら嬉しいな!

 なんて思いとともに書きましたのでどうか応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ