第6話 仮面と棘
放課後の廊下。
部活のある子たちの声が、いくつも重なっていた。
笑い声、部誌を手に走る子、LINEの通知音。
橘天音は、その輪の中心にいた。
「え〜やだ〜あの男子マジで天音のこと好きでしょ」
「天音ちゃん何でもできるもんね〜ズルい」
「今度カラオケ行こ!バラード聞きたい〜」
彼女は笑っている。
驚いたふり、照れたふり、謙遜したふり。
すべてが自然。すべてが完璧。
でも、そこに**“本当の自分”はいない**。
そんな中、階段の下から声が響いた。
「は?意味わかんないんだけど」
女子の怒鳴り声。数人の人だかり。
その中心にいたのは、花鷹しずくだった。
その相手――天音の“友達”のひとり。
明るくて少しおしゃべりな、グループのムードメーカー。
揉め事の発端は些細なことだった。
ロッカーでぶつかった。文句を言われた。
しずくが無視した。相手が嫌味を言った。
その程度の口火で、しずくは一気に態度を変えた。
「自分の荷物ぐらいちゃんと見てろ。こっちは踏まれてないだけマシなんだよ」
「え、なにその顔。喧嘩売ってんの?だったら黙ってろよ」
口調は冷たい。表情も硬い。
それでも、一歩も引かない。
相手の女子がぐっと目を潤ませたとき、
天音が、割って入った。
「ちょっと、ごめんね。しずくちゃん……だよね? 何か誤解があったみたい」
しずくは天音を見た。
その目には、まるで別の生き物を見るような距離感があった。
「あんた、誰?」
「えっと……私、同じクラス。橘天音」
「ああ、あんたか。“みんなに好かれる子”」
「…………そう、かもね」
天音は笑った。反射のような、完璧な笑顔だった。
でも、しずくはそれを見て――明確に嫌悪を示した。
「……気持ち悪いんだよ、その顔」
周囲が一瞬、静まり返った。
天音の“友達”が一人、「何それ!」と声を上げた。
でも、しずくはもう、背を向けて歩き出していた。
その場は何となく収まった。
天音は「大丈夫」と言って笑っていた。
でも、あの言葉――
「気持ち悪いんだよ、その顔」
――は、確かに胸に刺さっていた。
仮面にしか見えないのか。
“笑顔”が、誰かにとっては拒絶の対象になるのか。
しずくの目は、
“演じる天音”ではなく、
その奥の何かを見抜いていた気がした。




